佐宗鈴夫のレビュー一覧

  • 荒野へ

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    先が気になって仕方ない気分にさせてくれる一冊でした。最後の解説で映画になっている事を知り、DVDを借りましたが、本が先で良かったと感じました。きっと、映画を先に見ていたら、主人公のバックボーンに共感できず、原作に手を伸ばすこともなかったでしょう。
    心のままに生きるために選んだ道、誰にも理解されないはずの孤独な道程は、荒野を目指すクリス・マッカンドレスを温かく包もうとする人々との出会いに満ちています。さらに作者の過去がオーバーラップされることで物語の奥行きが広がり、『若者の愚かさや無知から引き起こされるくだらない事件』という、世が貼り付けたレッテルが丁寧に剥がされて行く展開に、青年時代をとうに過ぎた身であっても、クリス頑張れ!頑張れクリス!と応援せずにはいられませんでした。誰もが通る若さの時代を、これから迎えようとする方、そして過去、挑戦に踏み切れなかったがいつか、いつかきっと、と考える、諦めの悪い開拓者精神を燃やす全ての人にオススメします。

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    2018年09月26日
  • 荒野へ

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    毎度感じることで、いい加減学習しろよってところですが、やっぱり途中経過がくどく感じてしまう。エンタメノンフ、殆どそうなんです。徹頭徹尾、ハラハラドキドキしっぱなしでした、みたいな作品、すぐにはパッと思いつかないかも。これって自分の感性の問題なのか、それともつまらないならそこは読み飛ばせばよい話なのか。読み飛ばしのスキルを身につければいいのかもですね。なんかもったいないって思ってしまう自分がいて、でもそのために使う時間の方が、もっともったいないんだってことも分かってたりして。難しいところです。脱線しまくりましたが、答えは何と、蓄積性の神経毒でした。ロマンを追い求める冒険心のせいとか思っていたんで、結構ハッキリした原因究明がなされたことにちょっとビックリしました。そこに至るまでの冒険録は、まあそこそこでした。

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    2017年03月31日
  • 荒野へ

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    なにもかもを歩織り出して放浪に旅だった青年マッカンドレスの話。ノンフィクション。
    こういう人物がいた、ということを覚えていようと思った。死に際して彼は何を思ったのか。

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    2017年01月01日
  • 太陽がいっぱい

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    以前、アラン・ドロン主演の映画「太陽がいっぱい」を観て面白かったので、いつか原作を読んでみたいと思っていた。本屋で探しても見つからなく残念に思っていたら、最近新訳で再出版された。

    有名なリプリーシリーズの一昨目である本作は、原題は「太陽がいっぱい」ではなく「The Talented Mr.Ripley(才能あるリプリー)」。このタイトルのままだったら、きっとあの映画は日本ではそんなに流行らなかっただろう。
    「太陽がいっぱい」、このタイトルは素敵だと思う。
    リプリーが憧れたディッキーの暮らすイタリアの太陽の眩しさと、ディッキーそのものが眩しく見えたリプリーの思いとが重なっており、実に見事だと思う。

    原作を読んで感じたことは、映画とはいくつか異なっているということ。
    ひとつはラスト。
    映画ではリプリーの破滅を仄めかして終わるところが、原作ではそうではない。そうしたことで原題との齟齬は無くなる。ただ、終わり方としては映画の方が正しいというか、やはり犯罪者に罰がないままはおかしいし、映像で観たときのドラマ性は高いと感じる。

    もうひとつはリプリーのディッキーに対する気持ち。
    映画では単に裕福なディッキーへの憧れという感じだったが、原作では経済的に恵まれた男への憧憬に留まらず、ディッキーに恋をしているように感じる。
    金銭だけでなくディッキーに恋するがゆえにディッキー自体になりたいと思ったという方が、リプリーが行ったことへの整合性はあるかもしれない。

    それにしても、殺人犯をシリーズの主役に据えるというのは、なかなか斬新だと思う。
    リプリーシリーズ第二作目「贋作」が、どのようにはじまるのかが気になるので読んでみたい。

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    2016年07月02日
  • 荒野へ

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    望まれた境遇で育った青年がひとりアラスカの荒野へ足を踏み入れた。
    やがて彼は死体となって発見される。
    彼に何が起こったのか?を探るノンフィクション。

    彼のように、無謀ともいえる程、自分の信念に突き動かされた人がこの世の中には一定数いる。
    若さゆえだけでは、語れない情熱的で強烈な生き方を望んでいたのか。
    世間とはかけ離れた地で野生的な穏やかさに魅了されたのか。
    いずれにしても、本人しか解からないことだけれど、破滅的なものではなかったんだと感じとれたのが救いだった。

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    2026年08月26日
  • アメリカの友人

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    リプリーシリーズ5部作中の3作目。
    リプリーの最後が気になって、途中をすっ飛ばして先に最終作を読んでしまったので、今回は3作目に戻ってゆっくり楽しむ。

    病気で余命が少ないジョナサンが、病院の検査結果を待つたびに感じる不安には、読んでいるこちらまで苦しくなる。
    病と生活苦を抱えるジョナサンと、何不自由なく優雅な生活を送るリプリーが対照的に描かれる。

    誠実に生きてきたジョナサンと、平然と危険なことに手を染めるリプリーが並ぶと、リプリーはまるでプロの殺し屋のよう。
    そんな二人の間に生まれる奇妙な関係がなんともハイスミスらしい。

    1作目『太陽がいっぱい』では嫌悪感しかなかったリプリーだけど、読み進めるうちになぜか憎めなくなってくるのが本当に不思議。

    このシリーズは、リプリーの優雅なフランスでの生活も楽しい。
    家政婦マダム・アネットの美味しそうな料理を堪能し、絵を描いたり、ハープシコードを弾いたり、美人の奥さんやマダムにプレゼントをしたり。
    昔の不幸な生い立ちからは考えられないほど、丁寧な生活を送っているリプリー。

    もう十分に裕福で幸せを手に入れたはずなのに、なぜか自ら危ないことに足を踏み入れていくリプリー。
    生まれ持ってのサイコパスなのか…。
    原題は『Ripley's Game』で、原題のほうが合っている気がする。

    残り1作なので、今度は少し間を空けて最後のリプリーを楽しもう。

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    2026年08月22日
  • 太陽がいっぱい

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    ネタバレ

    キャロルに続いてのハイスミスの作品。
    これまた全然違った雰囲気なんだけど、翻訳物と忘れるほどの読みやすさ!
    ストーリーはテンポよく進むんだけど、なんで直ぐに罪を犯すんだ、理解できんぞって気持ちで読んでいた。
    ラストもこう言った作品には珍しいのでは??
    贋作も読むか悩む〜

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    2026年08月21日
  • 太陽がいっぱい

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    もっと他に良い邦題タイトルがあっただろうと思う。
    イタリアでの晴天の下でヨットに乗ったり、酒を飲んだりする生活はとても明るくタイトルに相応しいが、あくまでこれは序章に過ぎない。

    放蕩息子の生活に嫉妬した主人公の生活に嫉妬した主人公が息子を殺害し、その息子に成りかわって生活をするというストーリーへと進んでいく。

    主人公が正義のために犯罪を犯したりする設定は割とあるが、単純に自分の欲のために殺人を犯すというのは珍しい気もする。

    後半からは他人へのなりすましがばれるかばれないかの瀬戸際にハラハラさせられる。果たしてばれずに逃げおおせることができるのか・・・

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    2026年02月08日
  • 太陽がいっぱい

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    アラン・ドロンの同名映画も知らず、そのリメイク版『リプリー』も知らず、海外文学が最近読みたいのと、版元が河出、カバーの絵のセンスから読もうと手に取った1冊。青く未熟で自意識過剰なトムの逃亡劇。なかなか良かったです。シリーズ化されてるらしいので続きを読みたい。

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    2025年11月19日
  • 荒野へ

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    ある青年のノンフィクション。「人はなぜ憎しみあうのか」からの派生で読んだが、 結末が明白でも面白かったのは、邪な期待感か。「清廉潔白」、モラトリアム、エディプスコンプレックス、情報戦。

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    2025年03月23日
  • 荒野へ

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    映画で観て主人公の青年がなぜ荒野へ向かったのか?その辺りの心理的なところがよく分からなかったので、本を読んで詳しく辿っていきました。

"社会での生きづらさ、理想となるものを求めて"

生きづらさ、社会やコミュニティでの居心地の悪さ——これらは、生きていくうちに段々と分かってきたことです。私自身、五十年も人間をやってきたのですから。

    この生きづらさは、性質や体質による特質的なものが影響しており、またそこに運や環境における偶然性も大きく関わってくるものだと思います。では、それを理解したうえで、どう生き抜いていくか? それは「やり方次第」「演じ方次第」であり、それができるかどうかが重要だと考えています。

    「自分は自分であり、他人とは違って当たり前」と言う人もいます。しかし、違う他者と共存する中で、本当に心地よく生きられているのか? そう問うことになります。もし「居心地が悪い」と感じるなら、無理に付き合わず、属さなくてもいいという考え方もあるでしょう。

    では、同じような生きづらさを感じる人たちとコミュニティを作れば良いのか? たしかに、一時的には安心するかもしれません。しかし、そこでもまた居心地の悪さを感じ始めるでしょう。なぜなら、それが「自分の特質」だからです。

    では、どうすれば良いのか?
他人を見て「なぜ彼・彼女は楽しそうに過ごしているのか?」と考えたとき、それは性質的に環境に合っているからかもしれませんし、上手く「演じて」適応しているのかもしれません。しかし、同じように振る舞えば自分も楽しくなれるのかといえば、それは難しいでしょう。特質的に合っておらず、好きでもないからです。深層心理的にやりたくないことなんです。

    だからこそ、「生きづらさ」に囚われるのではなく、「そういうものだ」(スローターハウス5より)と理解し、好きなこと、夢中になれること、楽しいことに一生懸命時間を使うべきです。そういったものがないというのなら、一生懸命探すのです。それこそが人生の目的なんですから。

    すべては考え方次第、やり方次第。
いろいろ試し、成功と失敗を繰り返しながら経験を積むこと。これも大切なのですね。

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    2025年02月14日
  • 荒野へ

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    友人のおすすめ本。
    2008年に映画化もされてます。

    ノンフィクション。著者のクラカワー自身が登山家であり彼の経験したエピソードを交えることで、恵まれた環境から抜け出し数年の放浪の後1992年にアラスカで餓死しているところを発見される20代青年の軌跡がより鮮明に浮かび上がっていると思う。

    バックパックひとつ背負って世界中を旅するのとはまた一線を画した放浪の旅であり、そういう人種もこの世には少なからずいるということはわかった。決して破滅に向かいたいのではなく、あくまで本人にとっては前向きな生き方のようだ。

    所謂冒険家とは全然違う気がする。冒険家は最後は必ず生きて生還するために万全の準備を整えて旅に出ていると思う。(亡くなった彼はほぼ全ての食料等を現地調達しようとしてアラスカへ向かっている。)

    読んでる途中では、亡くなった登山家栗城さんを思い出してしまった。

    2024年のアメリカでもこのような旅ができるのだろうか?広大な国土だからまだまだ未開の地はあるのだろうか。

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    2024年02月24日
  • 太陽がいっぱい

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     1955年作。
     1960年、ルネ・クレマン監督による、アラン・ドロン主演の映画が名作としてすこぶる有名で、「太陽がいっぱい Plein Soleil」というタイトルはこの映画によるもの。小説の原題は「才能あるリプリー氏」という、ちょっとつまらなそうなタイトルである。
     犯罪サスペンスもの、ということになる。全体の3分の1辺りで主人公トム・リプリーが殺人を犯して、そこからサスペンス風になる。が、私は何となくこの小説に没入できなかった。主人公の性格が曖昧でとりとめなく思われ、その心の動きに近づくことが難しかったせいだろう。
    「犯罪を犯したのちの、追い詰められる切迫感」は、もっとシンプルな描写の松本清張の短編の方が引きずり込まれるような迫力、悪夢感があったのだが、本作はもうちょっと心理描写をきちんとやっているのに、いやそれだけに、その心理がどうも私にはよく把握できなかったのである。
     結末は映画のそれとは違う。このトム・リプリーを主人公としてハイスミスは更に何編も長編を書いたらしい。私には特徴の掴みづらい人物であったため、あまり興味を持てないのだが・・・。

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    2023年05月02日
  • 荒野へ

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    実話に基づくノンフィクション。

    裕福な家庭に生まれ、成績も優秀。そんな彼はどうして、全てを捨てて、アラスカの荒野に分け入り、餓死しなければならなかったのか。

    人智を超えた自然の過酷さ。自分探しの旅は時として、命の代償を必要とすることがある。

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    2023年01月04日
  • 太陽がいっぱい

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    1960年にルネ・クレマン監督/アラン・ドロン主演で映画化(1999年「リプリー」として原作をほぼ忠実にリメイク)されたことにより、ハイスミスの最も有名な作品となった。1955年発表作だが、全編独特なトーンを持ち、時代を感じさせない。物語の舞台として、当時のローマ、カプリ、ベネツィアなどの名所を巡るため、観光ガイドとしても有用かもしれない。よく知られた粗筋は省略するが、先の映画とは随分と印象が違う。饒舌で冗長。犯罪小説と呼ぶには文学に偏り過ぎ、文学と称するには青臭い生硬さがある。

    主人公は、アメリカ人トム・リプリー25歳。幼い頃に両親を亡くし、守銭奴の叔母に育てられた。生い立ちは殆ど語らず、世界中を旅して回る望みを持つ以外は、将来について夢描くこともない。孤独な自信家で、何よりも貧しい。金持ちに対するルサンチマンを抱き、彼らの〝物真似〟をすることで自己同一性の欠損を補い、自尊心を慰撫する。切れ者だが、倫理観が欠落している。最初に犯す殺人の動機は嫉妬からくる逆恨みで、以降も犯罪を重ねていく。大金を狙うのではなく、自由に旅行ができる程度で満たされる。退廃的で刹那的、ただ今を生きている。そこには、明確な狂気がある。己が殺した相手と同化して一人二役を演じ、危険な者は躊躇わずに消す。中途で何度も危機に見舞われるが、機転と悪運によって逃れる。狂的な楽天家で罪に苛まれることがないが、犯罪が発覚することには怯える。そして、それを楽しむ余裕さえ見せる。その人間像は複雑なようで〝底が浅い〟。故に、捉え難い。

    物語の中では何度も否定しているが、主人公はホモセクシャルであることを濃厚に匂わせる。同性愛者だったハイスミスが「リプリーは自分自身である」と述べているが、青年への投影はこれにとどまるものではないのだろう。この〝男色〟が本作に漂う異様な緊張感の素因ともなっている。他の登場人物は例外なく俗物で、作者の人間不信に基づく醒めた視点を反映していると感じた。そもそも、男と女を魅力的に描く気などさらさら無かったようで、ハイスミスの造型は極めて異色だ。
    終盤で、完全犯罪を確信したリプリーは、ギリシャ旅行を夢想し「太陽がいっぱいだ」と独白。怠惰で虚無的な結末を迎え、物語は閉じられる。読み手によって、はっきりと好き嫌いが分かれる作風だが、ミステリの深遠を知ることは出来るだろう。眼光鋭い肖像が印象的なハイスミス。その屈折したスタイルによって、異端の存在であり続けたことは間違いない。

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    2021年09月25日
  • 荒野へ

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    映画も観た。是非原作を読んでみたいと思い本書を手に取った。1日で読んでしまった。
    実際にはあまり主人公クリスの動機、死亡原因、詳細な行動履歴は分かっていないことが分かった。
    残された日記と彼と道中に出会った人物の証言から事実をもとに丁寧に行動経緯、動機が推測されている。映画ではあたかもその履歴がすべて本人の日記などから明らかなように描かれていたが、実際には多分に推測の部分も大きいということが分かった。

    「サハラに死す」にせよ、無茶な旅をして最後に死ぬとそれを批判する人たちも多い。
    しかし、自分には少し共感できる部分もある。皆そうではないのか?
    自分が何者か?自分の限界がどこにあるのか?知りたくなるのではないか。
    今の自分を変えたい。本当の自分はこんな狭い世界で止まっているべきではない。やり遂げた先に何か薔薇色の世界が待っていると思ってしまうことはないか?
    大部分の人たちはその心の欲求に気づかないふりをするか、気づいてもバカなことだと嘲笑し、同じ毎日を過ごす。
    行動に移した彼らは本当に勇気があるし、行動力がある「探求者」だと思う。
    決して自殺にも等しい無謀な冒険を推奨するつもりはないが、何も非難される筋合いのことはしていないと思う。

    私は彼らが純粋に羨ましい(同じことをしようとは思わないが)。

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    2021年09月20日
  • 太陽がいっぱい

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    かつてはアラン・ドロン主演で映画になり大ヒットし、最近はマット・デイモンが主演してリメイク(題名は「リプリー」)された映画の原作。
    アメリカ人の青年トム・リプリーは家柄も地位も定職も持たず、薄汚れた部屋で、その月の部屋代にも事欠く生活をしていたが、友人のディッキー・グリーンリーフを連れて戻るようディッキーの父親に頼まれてヨーロッパに渡る。
    ディッキーの父親は造船会社を経営する資産家で、ディッキーはその御曹司。
    自分の生い立ちに比べて恵まれすぎているディッキー。トムは父親から渡された報酬が目当てでいたが、ディッキーに対する嫉妬心からか、ディッキーを殺してしまう。
    殺人の隠蔽のためにトムはディッキーになりすまして彼がまだ生きているように思わせて、警察の捜査を切り抜けようとするが、、、
    主人公が経済的に恵まれているにも関わらず気ままに暮らす友人の境遇と、同性愛者としての嫉妬から殺人を犯すという当時としては異色の設定?ではないだろうか。
    決してトムという主人公は同情を抱かせるような感じではないが、その真相がバレそうになるのを機転で切り抜けながらも、行き詰まってまた犯罪を繰り返すという進行には、バレるのか?切り抜けるのか?また犯罪を犯して深みに入っていくのか?とヒヤヒヤさせられる。
    アラン・ドロン主演の映画の結末の方が大衆受けするのは頷けるが、この原作の結末も嫌いではない。

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    2020年11月01日
  • 荒野へ

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    映画化もされたノンフィクション。ある裕福な育ちの若者が放浪の旅の末、荒野で遺体となって見つかる。彼は自殺したのか、何かを求めていたのか。「ただの無知」「自己責任」といった当然想定できる批判を受けつつも、著者は若者の「冒険心」という観点を基に、彼を理解しようと取材を重ねる。そういう試み自体はとても大切なことで、大いに支持するが、全体の構成が好みじゃなくて辛い。彼の旅ルートをひたすら辿る前半で興味が薄れてきてしまったかな。結局、この若者の評価を覆すようなインパクトはあまりなかった。映画見ようかな

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    2019年09月04日
  • アメリカの友人

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    太陽がいっぱいは、名前くらいは知ってるけど、実際の中身はよく知らない。と思う。
    というわけで、続編として読むんではなく、単に新しい話として読ませていただいたわけで。
    でもって、背表紙に書いてある、天才的犯罪者、というところも読んだうえで、判断させてもらうならば。
    天才っていうか完全に行き当たりばったりの人生じゃないか。もしかしたらデビュー当時はそういう設定でうまくいってたかもしれんけども、今はもう往事の面影もなく、なんていうか単に勢いで生きてる感じで。普通に自分の家で殺しもやるわ、人んちでも何も考えずに殺すし、コナン君いなくてもどうにかなるっしょ、これ。
    でも学ぶところがあるとすれば、ともかく勢いでも行動するのが大事ってことか。案ずるよりもなんとやら、というやつで、
    それって地中海近辺の人っぽいイメージだけど、
    著者によるとこのあたりの人は金にうるさいらしくて、4へぇ。

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    2019年04月22日
  • アメリカの友人

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    マフィアがらみの話なので暴力的な行動も多く、
    死体もゴロゴロだが。。。
    前の事件から、それほど間を置かず、こんな危険なことに
    それも、自ら必要もないのに勝手に飛び込んで
    より深く巻き込まれるなんて。
    そもそも、きっかけは根拠の薄い猜疑心から出た
    ほんのいたずらに近い『ゲーム』でしかなくて、
    それなのに、他人を悪に引き込み、悩み苦しませ
    人生や家庭を崩壊させ、負の暗い影を落とす。
    ドロドロ粘り気を帯びて嫌悪感を覚えそうな物語だが、
    うまく片づけたり、立ち回れた後等にリプリーが思わず
    笑いだしたりするので、読者はいつの間にか
    リプリーの世界観・人生観を自然に受け入れて、
    リプリーの視点で世界を眺めてしまう。
    登場人物だけではなく、読者もリプリーの世界に
    引きずり込まれているのだ。

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    2018年08月07日