佐宗鈴夫のレビュー一覧
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リプリーシリーズの5作目であり、最終作。
2作目『贋作』の続編にあたるため、3、4作目をすっ飛ばして、つい読んでしまった。
「ディッキー・グリーンリーフだ。おぼえてる?」リプリーが若き日に殺したディッキーを名乗る者から電話がかかってきた。一体誰が?なぜ…?
今まで殺人を犯しても罪悪感ゼロで過ごしてきたリプリーが、最終作では嫌がらせを受ける立場になる。
じわじわと追い詰められるリプリーを見ていると、最初は嫌いだった彼が可哀想に思えてきた。
シリーズを追うごとに、リプリーへの感情が「嫌悪」から「共感」へ、最終作では「応援」へと変化していったのは、自分でも驚きだった。
家政婦マダム・アネットの -
Posted by ブクログ
映画『リプリー』が大好きなので、原作をずっと読んでみたいと思っていた。
イタリアに行ったまま帰らない息子ディッキーを連れ戻して欲しいと、富豪に頼まれたリプリーだったが…
読んでいると、マット・デイモンとジュード・ロウ、グウィネス・パルトロウの映像が自然と脳内再生される。
倒叙が大好きなので、「バレる!バレる!もうダメだ!」と何度も叫びたくなるような、ハラハラどころではない緊張感がたまらない。
肩が凝るほどの張りつめた空気に、「早くバレて、楽にしてくれ」と何度も願ってしまった。
イタリアの明るくて美しい景色と、リプリーの内面に渦巻く劣等感や不安が対照的。
リプリーは、あれほどの知性と鋭い -
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素晴らしい…
なぜも、こんなに、惹き込まれるのか。
まるで動く絵画を観ているかのような小説。
しかし、二度と叶わない望みとしては、、
映画を観る前に原作を読みたかった。
私は『リプリー』→『太陽がいっぱい』→『原作本』の順だったのだけど、
リプリーの印象があまりにも強烈すぎて……
終始マットデイモンとジュードロウ、ホフマン、パルトロウの姿で物語が進行していく笑笑笑
かなり不思議な感覚だったなあ
もしかしたら、このイマジネーションは映画を観た故のものだったのか……
ガチ記憶喪失でもしない限り、映画の影響ゼロで読むことは叶わないというもどかしさ。
しかし逆に言えば、だからこその楽しみ方ができ -
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ネタバレニューヨークで国税庁職員のふりをして詐欺をはたらいていたトム・リプリーは、かつての友人ディッキー・グリーンリーフの父親から「ヨーロッパへ行って帰ってこない息子を呼び戻してほしい」と依頼を受ける。トムがイタリアのモンジベロを訪ねると、ディッキーはマージという女性と共に悠々自適に暮らしていた。トムは徐々にディッキーと距離を縮め一つ屋根の下で暮らすまでになるが、二人のあいだには常にマージがいた。そしてある決定的な事件を境にトムはディッキーから疎まれてしまい、傷心のトムはディッキーを殺し彼になりすますことを思いつく。サンレモへの二人旅の途中、ディッキー殺害計画を実行したトムの危険な逃避行がはじまる。映
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ちょっと、三島由紀夫さんのような。
水面下に脈々と流れる、異常で変態な、ぞくぞくぬめっとする不安感というか。足下の地面がぐにゃっと軟化しそうな味わい。この本には、それが上手くマッチしていていました。
若くて才能があるのに、努力してもどうにもならない境遇の自分と。
なにもしなくても親の巨額な財産で、優雅に文化的に恋愛と芸術を謳歌する友人と。
物凄い格差を挟んだふたりの若者の、うたかたの交流と愛憎。
「格差の葛藤」という、まさに今現在の世の中の仕組みの脆さを突きつけて、突き刺し貫くようなキケンな小説でした。
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嫉妬。軽蔑。
絶望。羨望。
屈辱。怒り。
そんな主人公の心の襞を、舐めるよう