板谷敏彦のレビュー一覧
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世界史的に見て第一次世界大戦はどう位置付けることができるのか、全13章73話から成る本書は、大戦前のグローバリゼーションの進展、国民国家意識の高まり、兵器産業をはじめとする新しい産業の勃興、第0次世界大戦としての「日露戦争」などの前半の叙述を経て、後半は第一次世界大戦勃発から終戦後までが詳細に記述される。
第一次世界大戦はとにかく長い戦争であり、その間にいくつもの有名な戦闘などがあり、それらが全体の流れのなかでどのように位置付けられるかはなかなか難しいところがある(もちろん、第二次世界大戦も同様の面がある)。しかし、本書はそうした個々の戦闘などもやや詳細に叙述し、全体像がイメージしやすいように書かれている。また筆者の専門分野である金融史の角度から当時の国際的な金融市場の動向なども加えられ、立体的な大戦像を浮かび上がらせることに成功しているだろう。
第一次世界大戦が現代の諸課題に直結する面を多く含んでいることも重要だ。普通、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期を「戦間期」と呼ぶのだが、両大戦を一括りに考えれば、現代という時代は長い「戦後」であり、もしかすると次の大戦との「戦間期」なのかもしれない。
*基本「ですます」で書かれているが、時々「である」調がはさまるのは何かの効果を狙ったものだろうか? 違和感を感じた。また誤植も目立つ。『エコノミスト』連載原稿が元であれば、単行本にする際に校正はもっとしっかりとして欲しいと思う。
**映画の話の挿入がしばしばある。第一次世界大戦のイメージをつかむために有益だろう。 -
Posted by ブクログ
前作日露戦争資金調達の戦いが面白かったので読んでみた。古代メソポタミアのハムラビ法典では貨幣より先に利子の概念が定められていた、ところから始まり、現代のリーマン・ショック後に至るまで金融の歴史を追っていく。範囲が広いだけにやや教科書的な簡素さもあって、のめりこんで読む、って感じにはならなかったが、それでもチャップリンの映画「街の灯」にまつわるエピソードや、筆者がニューハンプシャー州の土産物屋で買った「月へ行く鉄道」というビデオの舞台がブレトン・ウッズだったり多様な観点から結びつけてストーリーを紡ぐ博識さはさすが。そして思ったのは、〇〇GDPだとかの用語や株価のグラフの見方など、超基本的な知識は付けとくべきだなと。俺は経済学部で何してきたんやっちゅう。
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「はじめに」に書いてあるけど、御多分に洩れずわたしも、第一次世界大戦に関する知識が浅い。と言うかほぼない。ドイツが負けてハイパーインフレになったんでしょ程度。なんとなくそれも、と言うことで購入。
背景から戦後まで一通り分かる本になってて、素人が読むには十分。
金融の方が書いた本らしく、経済に関する記載が詳しいのは良い視点だった。変遷を後追いするだけでなく、その時のデータを並べると、結果が理解しやすくなる。
第一次世界大戦を通じて、技術がとてつもなく進歩したこと、経済の捉え方が大きく変化したこと、そして各国が社会の過渡についていけなくなっていった様子が、とっても分かりやすかった。
地政学的な関係について、現代の世界を形成する基礎について理解できる本。
〜〜〜
出版物として、しょうもない日本語ミスの連発はやめてくれ。
内容が面白いだけに、完全な編集ミスは本当に心折れそうになった。 -
Posted by ブクログ
昨年(2017)末に読んだ本で、日本ではその後に多大な影響をもたらせた第二次世界大戦(太平洋戦争)が有名なので、その陰に隠れていますが、それまで世界を牽引してきた欧州にダメージをもたらせた「第一次世界大戦」を中心に解説された本です。
本来はすぐにでも終了すると考えられた戦争が、なぜ長引いてしまったかは、この本によれば戦争が、それまでのものと性格を変えて「総力戦」になったからだとされています。
戦争を遂行することで後に成長をもたらせる「技術革新」や「効率的な研究」が行われたメリットもあったのかもしれませんが、それにしても多大な人的な犠牲を伴った一大事件であることには変わりありません。
そのようなことを二度と起こさないようにと設立された「国際連盟」でしたが、結局、第二次世界大戦を引き起こしてしまいました、その後にできた「国際連合」は、うまく機能しているのでしょうか。このようなことを考えさせれた本でした。
以下は気になったポイントです。
・現代の世界情勢は第一次世界大戦直前の状況と多くの類似点を持っている、産業革命・IT革命の大きなイノベーションに続く、グローバリゼーション、各国は貿易を通じてお互いの距離を縮めながらも、国内では格差問題を原因とする国民分断の危機。新興ドイツがイギリス覇権を脅かしたように、中国がアメリカの覇権に挑戦している(p4、23)
・ナポレオン戦争(1803-15)の帰趨に大きな影響を及ぼしたトラファルガ海戦は、帆船による最後の艦隊決戦であった(p27)
・1845年に、外輪船とスクリュー船のどちらがけん引力が強いか実験をした結果、勝ったスクリュー船が主流になった(p31)
・1853年にロシア艦隊は、炸裂弾を利用してオスマン艦隊をほぼ全滅させた、これ以降、木造の船体を鉄板で装甲した装甲艦という艦種が登場(p33)
・本八幡駅は、JR(日本鉄道由来の1067ミリ)、都営新宿線(京王電鉄と同一の馬車鉄道1372ミリ)、都営浅草線と接続するために京成線は標準軌(1435ミリ)なので、どの線路も接続できない(p37)
・1869年、22歳のエジソンは、株価情報機器ティッカーマシンを改良して特許を取得、これが4漫ドル(現在価値で数億円)で売れて、後の発明家となる元手となった(p43)
・一般統治権と軍の統治権は分離された、陸軍大臣が軍政(軍事行政)を担当し、軍令(作戦・用兵)は議会から独立した国王に直結する参謀本部が担うという二元的軍制であった(p47)
・普仏戦争でドイツが短期間で勝ったのは、ビスマルクによる卓越した外交、クルップ社の高性能大砲、国民皆兵制度と連携した鉄道による動員システムであった(p51)
・日本の徴兵令は1873年からだが、徴兵検査の結果(甲乙丙丁)の甲種から抽選で選ばれた(現役兵)、日清戦争で5%、満州事変直前で15%、陸軍では2年の兵役を経て上等兵以上になって予備役に回された。それ以外の補充兵は、いざ招集されれば年齢にかかわらず二等兵から始める。これが第二次世界大戦中は8-9割が動員となった(p58)
・新聞の記事中に挿絵に替わって写真が掲載されるのは日露戦争から、記事の口語体化は、1918年の大阪毎日から(p69)
・ニュートン(王立造幣局長)は、1717年に銀のアジアへの流出をとめるべく公定の金銀比率を 1:15.21(以前は1:6)に定めた。この比率は金が過大評価されていたので、人々は銀貨を退蔵して金貨を使用するようになった、こればイギリスを金本位制にしてしまった原因とされる(p73)
・かつて海軍力が戦争に際して効果的だったのは、馬車と人力の時代には、陸上輸送よりも速く、安く、大量輸送が可能であったから。イギリスは相対的に欧州で影響力が低下した(p97)
・日本海海戦は、蒸気レシプロエンジン同士の最後の戦いとなり、第一次世界大戦では、タービンエンジンが主流となった(p107)
・第二次世界大戦における連合艦隊戦艦12隻のうち、新しかったのは「大和」「武蔵」のみ、長門・陸奥は設計は一次世界大戦のとき(p117)
・1912年にイギリスは戦艦を石油専焼とした、油田が国内にないので中東に目を付けた(p135)
・イギリスでは18765年に出された赤旗法(馬車屋を守る法律)が障害となり、1896年に失効するまで自動車の開発は行われなかった、このため鉄道では世界をリードしながら、自動車ではドイツ、フランスに遅れた(p140)
・ドイツは日清戦争後に三国干渉で手に入れた清国の山東半島を基点に、赤道以北の南太平洋諸島を手に入れていた(p198)
・英仏連合軍はオスマントルコに対して、48万人を投入し25万人が死傷し、このうちの多くは戦闘ではなく塹壕生活で感染した腸チフス、赤痢であった(p215)
・1914年には、ドイツの潜水艦「U21」がイギリス軽巡洋艦を雷撃(魚雷攻撃)によって撃沈、これが世界初の潜水艦による近代的な軍艦の撃沈であった(p218)
・戦争の勝敗の決定要因は、産業革命以前は作戦の妙、兵士の勇敢さであtったが、一次大戦においては、銃後の工業生産能力がカギになった(p232)
・ナチスドイツは700トンのサリンガスを保有していたが、ヒトラーは最後まで使用を許可しなかった、ヒトラーは第一次大戦でガス攻撃により負傷したから(p301)
・一次大戦後のパリ講和会議までは、外交文書はフランス語で書かれるのが慣習であったが、この会議ではアメリカの影響力拡大を反映して英語も初めて公式言語に加えられた(p349)
・当時の国際社会では「一等国」とは名ばかりの概念ではなく、パリ講和会議では、英仏米日伊の5大国は1国あたり5票の投票権が与えられた(p359)
・ドイツは1933年に支払い停止宣言をした、1990年の再統一ドイツは、ドーズ債・ヤング債の元利払いを再開、2010年10月にすべての支払いを完了した(p381)
・第二次世界大戦において、日本は当時3位だった商船隊の88%を喪失、海員の死亡率は43%(6万人)これは海軍の16%、陸軍の23%をはるかに上回る数値(p384)
2018年6月30日作成 -
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13章以降、金融の基礎知識がないため挫折気味。しかし、前半の大航海時代などの話は胸踊る楽しさだった。金融の世界史
世界史をお金の観点から考える本。自分自身来年から金融業界で働くことに決まったので、金融の起源に興味をもって読んだ。大航海時代が、いまでいうベンチャー投資のような時代であったという話が面白い。航海を志す人々が、資金力のある王家にプレゼンをして、資金援助をもらい、航海が成功した場合に香辛料などの売買で生まれた富を配当金として受け取るという仕組みであったという。コロンブスはインドへの計画を様々な王家にプレゼンテーションをして何とか資金援助を受けて航海に出ていった。そうした歴史的航海の数々がほんの5年ほどの間におこり、いわゆる大航海時代がスタートし、最終的に多くの植民地を持ちえたために産業革命に成功し、西洋がその後の世界の覇権を握るという流れがある。ここで面白いのが、当時の中国において鄭和の大船団がアフリカまで到達していたということ。そしてその船というのが当時の西洋とは比べ物にならないほどの技術力と規模を誇っていたという事実。しかし、結果としてモンゴル帝国の拡大による国防費の増大により、鄭和の航海計画は志半ばとなった。筆者は東西の権力の在り方について語り、東洋はおうおうにして意思決定機関がとても限定されていて、統率力がある反面、一人のトップの判断で歴史が変わってしまう。一方西洋は、意思決定機関が複数あり、コロンブスの様なベンチャー青年がほかに断られても結果的に航海に繰り出せるという点で、統率力こそないが一か八かで大発見や大成功が起こるという見解を述べている。歴史にIFは禁物というが、鄭和の大艦隊が喜望峰を回り、ヨーロッパ、さらには大西洋を渡りアメリカ大陸まで到達していたらと思うと、なんだか面白い。その他、歴史的事件をお金の側面から描く本作は、歴史好きにとってはとても面白い読み物だろう。ただ、自分は金融に関する用語や経済学について無知であったゆえに現代になるにつれて理解度が加速度的に低下してしまったのが悲しい。いずれ読み直した時には、現代の金融史を楽しめるようになりたい。 -
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久しぶりに読み応えのある本に出会えた。「日露戦争」といえば、司馬遼太郎の「坂の上の雲」が国民文学として有名で、その批判的本も数多く出版されているが、日露戦争の歴史的経緯や当時の政治情勢の推移をも詳細に扱っている点ではなんといっても「司馬遼本」は抜きん出ている。
本書は、その戦争の「資金調達」というもうひとつの戦いに焦点を絞っている点が実に面白く興味深い。
また「高橋是清」については、何冊もの本がでているが、「日露戦争時の活躍」に焦点を絞って取り上げた本は他に見当たらないのではないか。
「戦争」に必要な「補給」と「兵站」一つ取り上げても「資金」がなければ何一つできないことはわかるが「国家的資金供給」という別次元のジャンルをわかりやすく、しかも日露戦争の経緯と共に取り上げて詳細に解説している本書は高く評価できるのではないか。
このような本があるから、読書はやめられない。実に楽しいひと時を過ごすことができた、 -
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ネタバレ・学校の教科書で習った「日露戦争」。司馬遼太郎『坂の上の雲』で描かれる英雄的な明治期の日本人たちの雄姿は記憶に新しい。本書は華やかな戦物語の裏で戦費調達の使命を帯び欧米に向かった高橋是清と深井英五を中心に、当時の金本位制を元に為替レートを安定させた20世紀初頭の国際金融市場の動きを追う。二人は、当時二流以下の扱いだった日本国債発行をいかにして可能にしたのか?この物語は資金調達に奔走した人々の軌跡、金融版「坂の上の雲」だ。
・当時、日露のGDP/人は大体同じ水準だった(しかし人口や国土の広さ等国力のその他要素はロシアのほうが上)というのが意外だった。
・この本を読んでユダヤ資本(JPモルガン等)や貨幣制度について興味が湧いた。 -
Posted by ブクログ
金融の観点から書かれた世界史の通史です。金融にかかわる部分については、当然、日本に関する記述もあります。古代において貨幣の考え方がすでに出来上がっていたのも興味深かったのですが、株式会社が歴史に登場してきた大航海時代辺りの解説が一番面白かったです。
イギリスがまだ新興国だった時代、スペインから独立したばかりのオランダが実力をつけて、アムステルダムとロンドンの関係が、ニューヨークと上海・インド辺りの関係だったころのイメージが私の中ではダブりました。江戸幕府がオランダとのみ交易したのは、つい最近までアメリカとメインに貿易していたのと重なりますね。
国債や紙幣がなぜ発行されてきたか、その背景には多くの商人が発行元である王様を信じていて裏切られて破産した歴史があることもおぼろげながら分かりました。
今起きていることには、必ず背景があることは、どの世界でも同じなのだなという思いを強くした本でした。
以下は気になったポイントです。
・戦国時代を描いた歴史小説で出てくる銭1貫は、銭1000枚のこと(p38)
・フランスはNY連銀に預かってもらっている手持ち資金(ゴールド)を売却したが、実際には移送することなく、保管してあったゴールドの一部を別の棚に移し替えた(ラベルの付け替え)のみ(p42)
・中世の地中海交易では、コショウと並んで奴隷が主要製品、奴隷貿易は1807年にイギリスが最初に禁止、1863年にオランダが最後に禁止にするまで続けられた。キリスト教では「肉体を束縛することは精神の救済に役立つ」と折り合いをつけた(p55)
・ユダヤ教でも「外国人からは利息を取っても良いが、同胞からはいけない」と旧約聖書にある(p55)
・アラビア数字は、数学者の間ではセンセーションとなったが、金融分野ではなかなか使用されなかった、アラビア数字は改竄されやすかった、グーテンベルクが印刷金を発明(1445頃)して活字ができてから(p62)
・1672年に英国王チャールズは債務不履行をおこし、債務を引き受けた金匠は破綻した、しかし国債引受に参加できなかった小規模な業者は公証人銀行とともに生き残り、個人向け銀行の母体となった(p70)
・胡椒が腐った肉に使われたというのは間違い、コショウを買える身分の高い人は腐った肉は食べない、あくまで肉を美味しくする調味料、おいしさへの欲求が胡椒貿易へのこだわりを生んだ(p71)
・大航海時代に先立つ鄭和の大船団が7度、インド洋を横断したのはスケールが大きい、137メートルの巨漢を中心に62隻、乗組員2.78万人、コロンブスサンタマリア号は18メートル、ペリー旗艦で78メートル、この事業を止めたのは、万里の長城建設のため(p75)
・スペイン人コルテスが600人でアステカ王国を滅亡させたか、いろいろ理由はあるが、持ち込んだ伝染病が先住民を壊滅させたことによる、1500年に5000万人いた人口(移住した欧州人含む)が、1650年には400万人になった(p76)
・イギリスは重商主義(金や銀貨の海外流出を制限)だったので、当時のアメリカではポンド通貨は不足してため、メキシコドルが広く使われた(p80)
・12世紀に設立されたコーポレーション・オブ・ロンドンは、シティの4分の1の土地を所有、なので、ロンドンには、自治体首長の大ロンドン市長と、その会社の「ロンドン市長」がいる(p91)
・イギリスの東インド会社は、後のインド植民地経営によって存在感が大きくなるが、当初では、オランダン東インド会社の10分の1の規模(p94)
・1600年頃の一人当たり実質GDPは、オランダ:2175、イギリス:1440、最強のスペイン:1370、ポルトガル:1175ドルであった(p94)
・オランダは当時利幅の大きかった胡椒貿易に固執したので、1667年の第二次英蘭戦争において、東インド会社のナツメグ山地でしかないルン島と、NYのマンハッタン島を交換した(p95)
・イギリスでは株式ブローカーはマナーが悪く、王立取引所には入れてもらえなかったので、近くのコーヒーショップ(後のロンドン証券取引所)に集まった(p98)
・オランダチューリップの球根価格が上昇した季節は、球根が土の中にある時期、受け渡しの時期に暴騰した、かわりに先物が取引され、決済は差金決済、暴落が始まったのは3月に現物が入って受け渡しが始まるから(p101)
・オプション、先物取引は世界各地に見られるが、整備された制度をもつ市場としては、堂島米相場会所は世界初であろう(p129)
・17,18世紀のイギリスおよび欧州政府のファイナンスは、アムステルダム市場に依存していた、イギリスは対外債務国であったから(p133)
・英蘭戦争と、フランス革命戦争によるフランス軍の侵入(1795)により、オランダはフランスの衛星国(バタヴィア共和国)となってアムステルダムは衰退、そしてユダヤ商人はロンドンへ移住した(p134)
・戦費に困ったナポレオンは、1803年にフランス領ルイジアナを1500万ドルで売却した、その広さは、現在の領土の23%に相当する(p135)
・米国政府の代理人であったベアリング商会は、アメリカ領土購入のための連邦債を販売してナポレオンのために現金化、フランスの戦後賠償資金もフランス国債を発行した、これらを通じてロンドン金融市場を支配した(p136)
・1837年にコネチカット州において、株式会社設立に法律を作らずに、登記のみですむようにした、大規模な資金を必要とする鉄道事業のため(p144)
・1861年にリンカーンが大統領に就任すると、5日後には、南部連合議会は、北部とは別の財務証券と独自通貨を発行した、これが南北戦争のはじまり(p149)
・日露戦争後の利払い費と借換費の合計である国債費は、国家予算の3割、これは第一次世界大戦の特需により返済した、債務を重ねたロシアは革命によってデフォルト(p158)
・1兆紙幣マルクが1金マルクトナッタ時点で、金貨値を基準とする臨時通貨(レンテンマルク)が発行された、それは、1ポンド20.429マルクであった、国債保有者は額面の40分の1の価値で新国債と交換した、1兆分の1にはできなかった、この損失分がインフレ税(p166)
・1904年当時の東京株式取引所の主要銘柄は、日本郵船、鐘紡、瓦斯、電灯を除くと殆どが鉄道株、ロンドンもニューヨークも同様(p179)
・円は1871年(明治4)により、金1.5グラムを1円とした、金換算すると1ドル=1.003円となる。これは、幕末に流通していた万延2分金(1両の半分)の金換算の延長で、1両=1円とされる(p182)
・1882年に兌換紙幣が発行されたが、兌換対象は1円銀貨、日本は新貨条例で金を基準に円を決めたにもかかわらず、金銀複本位制をとった、日清戦争後に金本位制になったときには、1ドル=2円で固定された(p183)
・1943年に、軍需省を設置、民間会社に対して「軍需会社法」が制定され、重要産業を「軍需会社」に指定し、企業代表者には公務員資格与え、従業員は徴用扱い、法的に勝手に会社を辞めたりできなくなってしまった(p189)
・新円の引出しは厳しく制限されていたが、株を買って売却すれば簡単に「新円」の現金を手にすることができた(p196)
・50-70年代にかけての日本の輸出はGNPの11%程度であり、欧州先進国の半分以下であった(p212)
・戦前に販売した投資信託は、1950年5末に全て償還を終えた(p213)
・レーガン大統領の大きな決断は、航空管制官ストライキに参加した公務員は解雇、再雇用まで禁止、これによりアメリカにおける労働組合主義の敗北となった、これにより公務員解雇は普通に行われるよういんあった(p224)
・ニューヨークダウ平均が正規分布であると仮定すると、2.98万日のうち、マイナス5%以下の日が発生する確率は、実は0.22日しかない。またブラックマンデーのマイナス22.61%という下げ確率は、10の80乗日の確率になる(p250)
2013年9月29日作成 -
Posted by ブクログ
日露戦争と言えば坂の上の雲のイメージしか持ってない人は読んでおかないとダメといえるテーマ。
戦争といえば兵隊の話ばかりが目立つがお金がないと話は始まらない。近代戦は以前より格段にお金が重要になるのだが、当時の日本は生産力も資源も不足していたので外貨がなければ戦争どころか国家の維持すら困難。そんな日本政府(高橋是清)が金融面でどのように立ち回っていたのかを当時の資料や状況を調べて書かれている本でした。
特に当時の国際金融市場の変動から国際社会は日露戦争の行方をどのように見ていたのかを推察しているのは興味深かったです。
明らかに国力を越えた借り入れをしているのだが、それを公表してしまうと必要な借り入れが行えないので民衆の加熱を抑えることが出来なかったジレンマが和平交渉での失態とあいまってgdgdになる様などを思うと歴史をいろいろな視点から学ぶ必要性をあらためて感じる。 -
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日露戦争を資金調達という視点から見た本。
国際利回りという視点からみた当時の日露に対する評価や、資金調達を行った高橋是清のリレーションの範囲・深さ等、興味深い内容だった。
当時の国債発行市場や主要な投資銀行の情報なども楽しめた。
現代の日本への教訓にも富んだ本であると思う。
筆者があげている教訓としては以下の3つである。
1.公債の発行は増税の先送りでしかない。
2.市場へのアクセス、流通市場でなく発行市場へのアクセスは別個であるということ。
3.インベスター・リレーションの重要性、投資先・調達先の分散によるリスク回避が重要であるということ。