萬田緑平のレビュー一覧
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タイトルに惹かれて手に取った一冊。緩和ケア医である著者が、「看取り屋」ではなく「生き抜き屋」として、多くの患者の姿から見えてきた生と死について語っている。
特に印象に残ったのは、ちゃんと生きてきた人が、ちゃんと最後まで生きられるという考え方だった。人生の終わりだけを、いきなり良いものにしようとしても無理がある。どのように死ぬかは、それまでをどのように生きてきたかと切り離せないのだと思う。
また、人は病気そのもので死ぬというより、病気などをきっかけに身体が少しずつ弱り、やがて死を迎えるという捉え方も印象的だった。死を敗北や例外として遠ざけるのではなく、生きることの先にある自然な営みとして見つ -
購入済み
大股できちんと歩ければ大丈夫という内容です。特に大事だと思ったのは、
○歩幅と寿命は相関する。ちょこちょこ歩きでは棺桶は近い。
○健康寿命は72〜75, 平均寿命は81〜87歳なので不自由な期間は長い。あと、定年後の自由な期間は意外と短い。
○自分や家族の事を医療者任せにするために、辛い最後を迎える人が多い。全ておまかせではなく、私達が自分で考えて選択すべき。 -
Posted by ブクログ
人間誰しもが必ず「死」を経験するのに、自分のことになると「死」を遠く離れたものだと考えてしまっていると気付かされた。
もし自分の家族や友達ががんなど病気になってしまい、死が近づいていると分かったら、絶対医師に頼んで出来るだけ長く生かせようと思ってしまう。だけどこの本を読んで、延命治療というのは、苦しみ続ける患者はもちろん治療をし続けなければならない医師、苦しむ患者を見続ける患者の家族や友達、全員が辛い思いをするものだと分かった。
自分がどんなに好きな家族や友達でも、その人にはその人の人生があるということを忘れず、その人の望む死に方を尊重し、それを全力でサポートする事がほんとうの愛だと感じた。
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Posted by ブクログ
棺桶まで歩こう(著:萬田緑平)
「ピンピンころりで死にたい」と多くの人が願うけれど、もし“それが明日”だとしたら選べるのか——そんな問いから、生き方の本音に気づかされた一冊。
元気な高齢者ばかりを見ていると気づきにくいけれど、現実には自分や家族のことも分からなくなる老いもある。それでも人は「今すぐの死」より「長く生きること」を選びたくなる。
さらに、自分のことだけでなく、親を看取る立場になると気持ちはもっと複雑になる。たとえ苦しくても、生きていてほしいと願ってしまう——その“存在そのもの”に支えられている自分にも気づいた。
命の終わり方と、生きることの意味を考えさせられる一冊だった。
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Posted by ブクログ
とてもすぐ読める。
墜落しそうな飛行機は(=燃え尽きそうな生命、身体に)残っている燃料を放出して(=食欲がなくなり)軟着陸(死)に備える、というのが自然な姿であるのに、無理に点滴をして身体がむくみ、管だらけ…みたいな話には納得。また、気力も衰えていく…というのも納得。好きなことを大事に歩くことの大切さ…の説明には大いに納得。
現代医療が死を苦しいものにしている…という話は概ね納得。現代医療批判をしていないところにも好感。
で、自分がなる時に備えて何ができるか、の話について。
考えてみると、在宅医療の環境を探して整えて…というのは、出来そう。
次に親や身近な人が自然な死に方を選択(したい場合に -
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スタスタ歩ける人は10年以上生きる。
筋力で歩くのではなく気力(脳の若さ)で歩く。
大股でゆっくりから大股で速足へ。
椅子すっと立つ。背筋を伸ばす。膝上の筋力。
脳と心臓を動かす糖と体を作るタンパクを取る。
呼吸筋
嚥下リハビリー唾液やゼリーを意識して飲み込む。どこを通っているか。1分間にどれだけ吞み込めるか。
延命治療(心臓マッサージ、胃ろう、点滴)はしない。
自宅で死ぬ。
ピンコロリを防ぐ薬ばかりー血圧剤、高脂血剤、糖尿剤
せん妄は、家に帰す。
がんで死ぬのではなく、弱って死ぬ。
治るガンはガンでない。早期がんは治療しない。抗がん剤は食欲を無くす。飲まない方が長生きする。歩けるうちは、がん