萬田緑平のレビュー一覧

  • 棺桶まで歩こう

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    母を在宅介護で送りました
    先生、ケアマネさん、看護師さん、ヘルパーさんに支えられて一日一日を過ごすことができました
    母の看護だけでなく、付き添っている私たちの状態も観察し、寄り添ってくださり、本当に助けられました
    感謝しかありません

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    2026年09月17日
  • 棺桶まで歩こう

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    ネタバレ

    歩くスピードや歩幅で、その人の余命はほぼわかる。スタスタと歩ける人は、おおむね10年以上生きられるでしょう。イスから腕の力を使わずに立ち上がれる方なら、余命1年以上。立ち上がれない方は余命半年以内。ちょこちょことしか歩けない人は、余命数カ月、歩けない人は余命1カ月以内、というところです。
    著者が見た患者の中には、体重30キロでもスタスタ歩いてた人がいた。ほとんど食べられず、栄養ドリンクを1日500cc飲むくらいで半年後、さらに25キロくらいまで痩せましたが、歩けていた。
    歩くために必要な力は、実は「根性」と「気力」です。「がんばれる」ということは気力があること、つまり脳が若いということ。
    「心がではなく、医学的に、科学的に『疲れる』とは、寝転びたい。立っていられない、自分の体をささえていられない状況。すなわち体幹の持久力が限界にきた状態です。30分間、背筋を伸ばして座っていられる人は、30分歩けます。3分しか背筋を伸ばして座っていられない人は、3分しか歩けない。
    「食べられないから歩けない」と嘆く人が多いけれど、点滴で栄養を入れているから永久に歩けるわけではない。食事というのは栄養をとるためであるのと同時に、楽しむものでもあります。「楽しむ」のであれば、食べたいものを食べて吐いてもいい。タイヤがパンクしているのに、または、ガソリンをエンジンに送るパイプが詰まっているのに、いくらガソリンを入れても走りません。自動車ならその道理がわかるのに、対人間になると、「栄養、栄養」が始まる。
    呼吸筋が弱ると、胸郭が大きくも小さくもなりにくい、つまり肺活量が下がるため、呼吸が浅くなり、息を吐き出す力が衰えてしまいます。大きく吸って、大きく吐く、それを短時間で一気にするのが咳です。呼吸筋が弱ると、弱い咳しかできなくなり、痰を吐き出すことができません。一般的にはこの状態を「誤嚥性肺炎」と呼びますが、「誤嚥性肺炎」は病気ではなく、死ぬ一歩手前の状態に名前をつけただけ。
    もちろんすべてではありませんが、成功した人、裕福な人ほど寂しい亡くなり方をすることが多い気がします。女性で、こうした「成功者タイプ」だと、子どもが大人になっても何かと命令し、孫の育て方にまで口を出すというパターンがあります。子どもにとっては「いいかげん、もう関わらないで」と言いたくなる。高齢になって、子どもから絶縁された母親もたくさん見てきました。
    なぜ、延命治療は患者を苦しめることになるのでしょうか。飛行機の例で説明します。そして飛行機がゆっくり燃料を使い切って軽くなって降りて着地するように、人間も食べ物をとらなくなりゆっくり着地、つまり死んでいくのです。それが自然ですし、つらくないのです。でもこういう「着地」は、多くの場合、日本では認められません。飛行機が、徐々に高度が下がってきてしまったとします。すると「危ない、これは燃料が足りないからだ」という理屈で、落下しないようヘリに吊られて、空中給油が始まる。「ヘリー機じゃダメだ。もう1機、もう1機」と、3機、4機、5機もつなげて吊られ、なんとか飛行機の高度を保つ。自分で飛ぶ力がもはやないのに、引っ張り上げられるからとても怖い。ついには翼がもげて墜落。たくさん給油していたので燃料は十分あり、よく燃えます。機体が熱い、苦しいとなって燃えていく。
    死期が近づくと、患者は食べられなくなります。食べなくても3週間から1カ月くらい生きる人は多いですし、水も飲まずに3週間生きた患者さんも見たことがあります。もちろんトイレにも行かず、ずっと寝ているだけです。そうやって、穏やかに逝きました。多くの病院の医師は、患者が食べられなくなったら「点滴したほうがいい」と思っています。医師が思っているのですから、一般の人たちもそう言うでしょう。点滴して水分を入れると肺がむくみます。肺がむくむということは呼吸不全の状態になり、咳や表が出てくる。そして呼吸が「ゼロゼロ」してくると、「誤臙性肺炎です」と診断されます。レントゲン上は、肺が白くなります。こうして「誤職性肺炎」と診断された患者の家族には、時々「だったらせめて家で看取りたい」と考える方がいます。そして家に帰ると、8割くらいは肺炎が治ります。なぜなら肺炎ではなく、肺がむくんでいただけだからです。点滴をしなくなるから肺のむくみがなくなり、呼吸が楽になるのです。病院で内視鏡を見て「もう飲み食いはできません」「何か飲ませたら死ぬ」と言われた人でも、家に帰ると意識がよくなり、かなりの確率で飲み食いできるようになります。その後、なんと年単位でよみがえった方もいます。

    内容の濃い、奥行きのある本だったと思う。2回読み返した。

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    2026年08月08日
  • 棺桶まで歩こう

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    ネタバレ

    緩和ケアの存在を初めて知った。好きなものを食べて、飲んで、好きなことをして、枯れるように亡くなっていく。最期まで目一杯生きて、自分の足で棺桶に入る。そんな希望があり温かい死生観に出会えた本でした。

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    2026年08月05日
  • 棺桶まで歩こう

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    タイトルに「棺桶」と「歩こう」
    ウォーキングがメインなのか、死がメインなのかわからず読み始めた。
    読み終えて、著者に共感。
    抗がん剤で弱って苦しんで死ぬのではなく、
    ガンが大きくなっても、ろくに食べられなくなって体重が減っても、
    人は歩ける限りは死なない。
    歩くために必要なのは筋力ではない。気力だ。
    なので、病院で抗がん剤と点滴で死を待つのではなく、
    家族に見守られて励まされて、最後まで歩いて、死のう。

    乱暴に言えばそういう内容の本。大いに共感する。
    病院は生かすのがミッション。転ばれても困る。だから動けなくなる。
    栄養は与え続ける。どんどん具合が悪くなる。

    そうではなく、最後まで自分で歩いてトイレにも行って、
    歩けなくなった時が死ぬとき、でいいではないか、と。

    死なせないよりよく生きる、だ。
    同感、納得。
    前橋の先生だった。

    第一章 歩ける人は死なない(病院で大往生はできません;新米外科医には「看取り」はつらすぎました ほか)
    第二章 がんばって背筋を伸ばそう(ほめてあげよう、ありがとうと言おう;歩くのに必要なのは食事や栄養ではありません ほか)
    第三章 人は病気ではなく、老化して死ぬ(「80歳の壁」を超えるなんて恐ろしい;成功者、金持ちほど寂しく死ぬ? ほか)
    第四章 がんと闘うな、はほんとうか?(「心臓マッサージはしない」「胃ろうはしない」など細かく言い残す;「穏やかな死」をじゃまするのは、実は家族が多い ほか)
    第五章 一人でも、いや一人のほうが大往生できます(一人暮らしのほうがむしろハッピーに死ねます;「孤独死」ではありません、「孤高死」です ほか)

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    2026年07月30日
  • 棺桶まで歩こう

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    人はがんが大きくなって死ぬのではなくて、癌に栄養を吸い取られて、老いて、弱って死ぬ。一番大事な糖を使っているのが、脳と心臓。筋力は、重いダンベルを3回のほおが良い。軽いダンベル100回は持久力をつける。大股てゆっくり、理想は早く歩く。長生きするのは日数の長さではない。いつ死んでも悔いがない生き方。身体にいいことより、心にいいことをした方が長く生きられる。人は病気で死ぬのではなくて、老化で死ぬ。病気は老化の段階に名前を付けているだけ。平均寿命は
    女性87.2歳、男性は81.7歳。健康寿命は、女性75.2歳、男性72.2歳。制限のある生活は、女性11.6年、男性8.5年もある。、ビンビンコロリは、ゆくゆくは認知症になる。せん妄とは、入院すると確率が高くなる。分のやからないところに連れて行かれる、怖くて精神がおかしくなる。これは高齢者の入院によるせん妄は認知症の道。がんを治療しなければ、身体は老化して行き、枯れるように死んで行ける。リビングウィルとは、生前の意思。生前遺言書、と訳される。生まれた時は、おめでとう。死ぬ時はありがとう。棺桶に歩いて入る!これが最後まで目一杯生きること。

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    2026年07月07日
  • 棺桶まで歩こう

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    去年、ひょんなことから、ある病気を重症化させてしまって、半月ほど入院をしたが、「入院すると、歩かないから早く死ぬ」を擬似体験。たった半月でもそれを実感。かつ、エレベーターを使わず、階段を使って上り降りしていたのにも関わらず! それは「病院では大往生はできません」につながっていくので、出来る限り、入院は避けたいもの。

    〈本から〉
    病院では大往生はできません

    ちょこちょこ歩きだと、そろそろ寿命かな?

    抗がん剤治療は、好きに生きられないからつらいのです

    もっと生きたいよね? じゃあ歩きましょう

    人の寿命は歩幅と背筋でわかります

    入院すると、歩かないから早く死ぬ

    1時間に10回立ち上がれれば歩けます

    ストレッチをがんばれば痛みは引いていく

    背筋を伸ばしてかっこよく座れますか?

    大股でゆっくり、理想は速く歩こう

    嚥下リハビリを続ければ死ぬまでむせることはない
    ごくごく飲み込まないで、少しずつ気合をい入れて真剣に飲み込んでみてください。「今、飲み込んだものがどこを通っているか?」と意識しながら飲み込むだけで、嚥下のリハビリになります。


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    2026年07月07日
  • 棺桶まで歩こう

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    母から渡されたので読んだ。母が亡くなる時の理想がこの本の内容とのことなので、読んで欲しいと言われた。
    親子だからなのか、私もこの本のように亡くなりたいと思った。

    私は30代ではあるが心配性なので、自分が先々病気になることを想像してお金を貯めたり、物を減らしたり、終活の一歩手前のようなことをしてしまっていた。
    この本を読んで、死ぬイコール病気で亡くなると思っていた自分に気づけた。
    もちろん病気をきっかけに亡くなることはあるが、病気になったことで心が弱ってしまうことが、最終的な要因なのだろうと思った。
    一応まだまだ若いので過度な心配は辞めて、それよりも心身健康でいられるように過ごそうと思った。

    実家に帰ったら、また両親としっかり話そうと思う。
    “死“の話は縁起が悪いから親の前で話すものではない!という考えの両親でなくてありがたい。
    死と向き合うことは、結局、“生“と向き合うことなのだと感じる。

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    2026年06月24日
  • 棺桶まで歩こう

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    ネタバレ

    死に方というタブーに触れつつも、「正しく恐れる」ことの大切さを教えてくれる一冊だった。世間はメディアが映す元気な老人ばかりに目を向け、多くの人が直面する苦しい老後から目を背けている。綺麗事ではないリアルな現実はけっして希望に満ちた内容ではないが、尊厳を失ってまでただ生き延びるのか、自分らしく死を迎えるのかという問いは、そのまま「どう生きるか」に直結している。

    これまでは病気や怪我を治すだけの存在だった医師の役割も、これからは「正しい死に方に導く存在」へと変わってほしい。この分野の医療ももっと進んで、「萬田道場」のような存在がもっと増えてほしいと思う。

    私たちは漠然と理想の「ピンピンコロリ」や経済的な豊かさを追い求めがちだが、本当に必要なのはそこではない。後悔しない最期を迎えるために、自分の死に様をよく見つめ直し、少しずつ心構えをしていくこと。それこそが、残された日々の生き方を豊かにするのだと強く実感させられた。

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    2026年05月26日
  • 棺桶まで歩こう

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    これはいい!私も棺桶に歩いて入れるような生き方をしていきたい。小見出し読んでるだけでも参考になる。「人の寿命は歩幅と背筋でわかります」「タンパク質をとっている人は若々しくて長生きです」「『80歳の壁』を超えるなんて恐ろしい」「成功者、金持ちほど寂しく死ぬ?」「自分が建てた家で好きな演歌を聴きながら」「高齢者の入院によるせん妄は認知症への道」

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    2026年05月21日
  • 棺桶まで歩こう

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    ネタバレ

    タイトルから、「歩くことは健康にいい」というウォーキングの勧めの本かと思っていたが、全く違った。

    著者が、外科医から緩和ケア医になった経緯、人が生きるとはどういう事か、人の死はどう迎えるのが本人や家族にとって幸せなのか、大往生とは何かなど、正面から「生」に向き合う内容。

    賛否両論あるだろうが、私は人は自然に近い形で人生を終えるのが一番苦しみが少ないと思っている。
    なので、延命だけを目的とした治療を受けたいとは思わないし、長生きするより痛みなどが無い方が嬉しい。
    若い人は、まだやりたい事があったり子どもが小さかったりで、たとえ辛くても少しでも長く生きる事に十分メリットがあるが、人生後半に入ったら、生きる事より死ぬ事の方が身近に感じる。

    とはいえ、私自身、家での看取りは本当に幸せだったのか、ずっと迷いながら生きてきた。実際に亡くなった本人がどう思っていたかは今更知る術もないが、少なくとも私が「これでよかったんだ」と思う事が出来るようになった気がする。

    ここ10年ほどで一気に家族を失ってしまったが、全てを家で看取れた訳ではなく、あまりにも早い進行で準備が間に合わず家に帰ることなく亡くしてしまった家族もいる。
    もし、15年前にこれが出版されていて読む事が出来ていたなら、もっと違う対応が出来ていたと思うと、ただただ残念でならない。

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    2026年05月18日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    医療従事者です。がんは死因の第一位で、年間20万人の方が亡くなります。早期発見・早期治療で救える命も増えましたが、まだまだ怖い病気の筆頭とも言えるでしょう。この本は病気と闘うことが難しくなった段階で、いかに最後自分らしく生き抜くかを提言した素晴らしい本です。私も最期はこの本に出てくる患者さんたちのように逝きたいと思いました。オススメです!

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    2021年12月10日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    外科医から緩和ケア診療所に転身した著者は、ご自身を将軍から侍従になったとおっしゃっている。
    「患者さんやご家族が穏やかに終末期を自宅で過ごせるよう、サポートするのが仕事」
    という姿勢で語られる様々な死の光景が温かい。

    ケアマネに家族の終末期の医療は痛みをとる薬などごく一部を除いて基本的に望まないと回答したものの、不安な気持ちを抱えて看取り関係の本を沢山読んできたが、本書を読んでホッとした。

    萬田先生のような方に終末期のケアをして頂けたら幸せだなと思う。

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    2020年11月29日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    こんな考え方の医師をかかりつけにできたら家族皆が幸せな死を迎えられるな。枯れて楽に幸せに死にたい。ピンピンコロリではなく、ジワジワゆっくり穏やかな死に逝くことが最高な人生の終わり方だと感じました。

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    2020年08月24日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    終末期ケアの考えがひっくり返りました。
    死を受けいれることは難しいけど、
    死を受け入れて自分らしく最期まで生きること、私もできたら良いな。

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    2020年07月05日
  • 世界一ラクな「がん治療」

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    世界一ラクな「がん治療」。近藤誠先生の著書。医師や病院に言われるがままのがん治療を受け続けることががん患者や家族にとって本当に幸せなことなのかどうか考えさせられる一冊。

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    2018年09月03日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    「緩和ケア」という言葉、その意味を完全に理解してる医者が
    どのくらいのパーセンテージいるだろうか?
    「棺桶や」と影で揶揄する言葉も聞こえるという。

    人は生まれてからは、一瞬づつ死に向かうのは
    誰でも同じ。
    ましてや、大きな病を得た患者本人にとって
    残りの人生がどれだけの時間があろうと、
    自分らしく生き抜きたいと思うのは、自然なこと。

    がんを患い、手術で切除し、抗がん剤投与の医療が
    一番多いのではないか?
    抗がん剤治療は、もちろん効果もある。
    どのくらい効果があって、どのくらい続けるのが良いのであろうか?

    抗がん剤は、副作用が大きく体に及ぼすマイナス面も多い。
    なにしろもともと自分の細胞で自分の体の一部であったものが
    ガン細胞となり悪さをする。
    それを、やっつけるのが抗がん剤だが、ガン細胞だけにとどまらず
    自分の正常な細胞も傷つける。

    体の中が「戦争状態!」なのだ。
    戦争で疲弊し、傷ついた体。続けていけばますます傷つくのは想像しやすい。

    著者は、まず「ひと月の抗がん剤治療」を目安とするという。
    それで思う効果が得られない場合、緩和ケアに移行し
    その人らしく穏やかな時間を過ごし、
    働きたい人には、最後までその人に合わせて働くこともできるという。
    そして、自分らしく生きたとき、
    余命診断も当たらないことが多いという。

    病院ではがん患者の退院、緩和ケアへの移行を嫌がる。
    『こんな状態では退院させられない』と言います。

    ある意味、死ぬまで治療は続くのです。

    それも治療して、元どおり健康な状態になるのか?と言われれば
    誰もそんなことは言わない、言えない。
    また、緩和ケアに移行したい家族に紹介を頼まれると
    『ご家族からそちらを紹介してくれと言われたのだが
    まだ”そんな状態”じゃないから、大丈夫ですよ、といったんだよ』
    という医者も。
    何も理解されてはいないのだ。
    『そんな状態』というのは、まだまだ死んではいないので、
    薬を投与できる状態、生きている、、と、いうわけだ。

    病院の医者は、終末期の患者が不必要な医療をやめて
    家に帰った後の状態は想像もできないし、見てもいないから
    何も理解できない。

    死ぬまで、ただただ治療と言う名の施術をするだけなのだ。

    また、中に著者が、余命1ヶ月と言われた場合
    拒否する『治療』も詳しく解説付きで、出ている。

    また、不必要な治療の弊害、ない場合の利点も書かれている。

    せめて、自分の死に方を考えるためにも
    一度読んで見てはいかがであろうか?

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    2018年07月10日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    父が食道がんで「余命数ヶ月から1年」と言われて入院してもう3ヶ月が経ちました。延命治療は父も望んでいないだろうけど「家で看取る」というのはなかなかハードル高いです。でもこの本を読んで「最後の最後は家に帰らせてあげたい」と強く思いました。出会って良かったなと思えた1冊です。

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    2015年07月12日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    こんなにまでして・・。食べれなくなれば終わりというわけにはいかないのかな。と日々感じることが多かった。食べれないからと何もなしというのもそれもどうなのか。という思いもあり・・。
    けれど、在宅医療を実践している医師からの「老衰モード」が一番穏やかに逝ける、無用な点滴は体をパンパンにさせる苦しませるだけの言葉はやはりと納得させられた。入院していれば安心は大嘘というくだりもそうそうと激しく同意。第4章のこれまでの死の風景、これからの死の光景は、よくあるパターンでイメージしやすいのではないかな

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    2013年10月10日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    日本の医療制度の中での終末期医療のあり方についての方向性を示す筆者の考えに賛同できる。
    外科医としてがん治療の最前線から在宅ケア医に転進し、現状の医療の問題点を明示し人間本来の死に向かう姿勢をわかりやすく示している。
    現場のDrは、治療をやめたら死につながるから治療をやめられなく、本人の尊厳を取り入れることが穏やかな死への道であることを教えてくれている。

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    2013年09月08日
  • 穏やかな死に医療はいらない

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    いろいろな処で頑張っている人がいるんだなあと嬉しい感じです。なぜだか知らないけど、外科の先生が緩和ケア医になるパターン多い気がする。最先端を経験したからこそ人の死への畏怖が生まれるのかもしれないね。私の場合は貴博の死からの何かがあるのだけれど…

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    2013年03月16日