山際淳司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレこの本についてどこで知ったのか覚えてない。別の本のなかでノンフィクションの名作としてオススメされてたんだと思うけど… そういうのもメモっとかなきゃならんなぁ。
タイトルも表紙も、最初数話も野球の話なので全部野球に関したノンフィクション短編集なのかと思いきや、ボートやボクシングもある、スポーツノンフィクションだった。正直野球はそこまで興味がないので、野球だけだったらアレだなぁと思いながら買ったのだが、野球部分も含めてとてもおもしろかった。ただ、「江夏の21球」という話は、そもそもが伝説のシーンらしいが、小説を読んでもどう伝説展開なのかよくわからなかった。分かる人が読んだらとんでもなく面白いんだろうなぁ。
ノンフィクションではあるものの、事実が並んでいると言うよりは、短いインタビューや登場人物の紹介を、大量のエモい状況/背景説明文で彩っている形。試合の後のインタビュー内容なども合間に挟まり、ドラゴンボールアニメのようにとてもゆっくり時間が流れる。
半分くらい小説のような雰囲気がある。だって、出てくる人たちの心情を勝手に語ってるように思えるシーンが結構あるから。そのおかげか、そのせいなのか、ノンフィクションというよりは、小説のように楽しんでたと思う。だから、個人的には非常に面白く読めたものの、ノンフィクションとしては邪道なのではと感じるときもあった。
そして連載が1981年ということもあり、内容は80年代、そしてスポーツ。つまり、とにかくこの時代のだいぶ乱暴な考え方や暴力そのものの話も結構出てくる。指導=殴るだし、出てくる人たちもそれを当たり前に感じている。著者も含め。江夏が投球後にベンチでショートホープ吸ってたりもする。ここはまあ、時代だなぁ。
そしてカバーうしろそでにある作品集がとても多い!こんなに書いてたのか。これは他のも集めたくなるなぁ。
・内容紹介
最初の「八月のカクテル光線」はタイトルのエモさもそうだが、主人公が別に今はプロ野球選手として活躍しているというわけでもなく、銀行に勤めてて野球はもうしてない、というのがまた、良い。そうだよな、高校球児が全員野球の仕事するわけないもんな。
「たった一人のオリンピック」そうだ、オリンピック出よう、と思いつき、それを実戦に移してしまう人の話、他のスポーツ選手とは違うベクトルのすごさ、怖さがある。
しかもこれが得意だから、とかじゃなく、オリンピックに出られる、メダルを取れる競技をそここら探してシングルのボートを始める。考え方が怖すぎる。なのに全日本で勝ち続け、最後には選手に選ばれる。なのにモスクワ五輪に日本が参加しなかったことですべてが終わる。その後は電機メーカーに勤めて、ボートはもうやっていない。なんだこれー。切なすぎるだろ。
p64
オリンピックも、ヘリンピックもサヨナラです……
ヘリンピックって、なにー!?ググってもなんか屁の強さを競うオリンピックというネタしか出てこなかった。
次は高校で直接長島監督にスカウトされたのに1軍にはならず、バッティングピッチャーになって終わる人の話。なんか急に主人公が目立たない人たちになっていく。これはこれで面白いけど、切ない。ってか最初からずっと切ないかもしれない。
高校、大学でひたすらバドミントンをやり、カーセールスの仕事に就職したら今度はスカッシュになり、セールスでもスカッシュでも勝ちまくる選手の話。これはもう彼自身のエッセイだ。
p184
「ハピネスなんて、そんなものだ。」
こんな終わり方のノンフィクション、あるか?良すぎるだろ。
そして最後の「ポール・ヴォルター」で急にものすごい村上春樹感が出てくる。
p225
彼はふと、妙な感覚におそわれた。《ぼくは涙を流すんじゃないか》と、彼は思った。
なんだろう、このタイミングで春樹を読んでしまったのだろうか。調べてみると最初の風の歌を聴け、は本の発行は1982だが、発表されたのは1979年なので、読んでる可能性はある。でも、連載媒体は野性時代で、タイトルにもある「スローカーブを、もう一球」の次の話で、スローカーブの方は特に文体にハルキ感はなかったので不思議。まあ、偶然そうなっちゃったんだろうけど。 -
Posted by ブクログ
読むことができて本当によかった。どの話も好き。スポーツに限らず何かに打ち込む理由って、ただ好きなだけ、現実から逃げるため、自分を守るため、なんでやっているか分からない、色々あるんじゃないかなぁって。同じ理由で同じ過程でやってきてる人なんていない。でも自分のためってことは共通点じゃないだろか。私にとってスポーツは苦手分野で、恥をかきたくないから出来ればしたくない事だけど、もっとスポーツを知りたいって思った。自分がプレイヤーというより、選手らの過程を知りたいなって。ヘミングウェイの言葉「スポーツは公明正大に勝つことを教えてくれるし、またスポーツは威厳をもって負けることも教えてくれる。人生ってやつを教えてくれる。」
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Posted by ブクログ
「山際淳司」の、スポーツノンフィクション作品集『スローカーブを、もう一球』を読みました。
「山際淳司」作品は、昨年12月に読んだ『みんな山が大好きだった』以来ですね… スポーツ関係の作品が続いています。
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たったの一球が、一瞬が、人生を変えてしまうことはあるのだろうか。
一度だけ打ったホームラン、九回裏の封じ込め。
「ゲーム」―なんと面白い言葉だろう。
人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか。
駆け引きと疲労の中、ドラマは突然始まり、時間は濃密に急回転する。勝つ者がいれば、負ける者がいる。
競技だけに邁進し、限界を超えようとするアスリートたちを活写した、不朽のスポーツ・ノンフィクション。
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野球(高校野球とプロ野球)、ボート、ボクシング、スカッシュ、棒高跳び… 多彩なスポーツノンフィクション作品6篇が収録されています
■八月のカクテル光線(原題:465球目の奇跡)
■江夏の21球
■たった一人のオリンピック
■背番号94
■ザ・シティ・ボクサー
■ジムナジウムのスーパーマン(原題:壁に向かって打て)
■スローカーブを、もう一球
■ポール・ヴォルター
スカッシュや棒高跳び等、普段、馴染みの薄い競技も含まれており興味深かったのですが、、、
たったひとつの落球… ホームランを打ったことのない選手が、延長戦までもつれた試合で放った一球… 1979年(昭和54年)夏の甲子園の3回戦、延長18回で決着した「箕島」対「星陵」戦で両軍に訪れた勝機とピンチ… 人生を変えてしまった一球、一瞬を描いた『八月のカクテル光線』、
日本シリーズ最終戦、日本一が決まる試合の9回裏… 「近鉄バファローズ」最後の攻撃で「広島カープ」の抑えの切り札「江夏豊」が投じた21球を描いた『江夏の21球』、
「長嶋監督」が直々に高校を訪問して「読売ジャイアンツ」にスカウトした一人の少年… 投手としては大成することなく、バッテイングピッチャーとして過ごすことになった「黒田真治」の生き方を描いた『背番号94』、
野球経験の乏しい監督のもと、熱心さに欠けるエースがスローカーブを武器に快進撃を続け、ついには春の甲子園の切符まで手にしてしまう… クレバーな「高崎高校(タカタカ)」のエース投手「川端俊介」の活躍を描く『スローカーブを、もう一球』、
個人的に好きな競技だということもあり、野球を熱かった、この4篇が印象に残りましたね。
「広島カープ」ということもあり、『江夏の21球』は以前から大好きな作品なのですが、、、
面白かったのは表題作でもある『スローカーブを、もう一球』ですね… 予想外の連勝に、ミスまで作戦と思い込み、相手チームが慌てる様子がコミカルに描かれ、良い味を出していましたね。
何度でも読み返せる(実際に私も今回は20年振りくらいの再読です)、スポーツノンフィクションの名著… スポーツファンなら必見の書ですね。 -
Posted by ブクログ
スポーツノンフィクションという分野の先駆けともいえる存在の故山際淳司氏。その山際氏によるオリンピックに関わる種目を題材にした短編集です。登場する種目は、漕艇(シングルスカル)、ソフトボール、棒高跳び、バレーボールなどです。
オリンピックで金メダルを狙えるような超一流のアスリートを題材にしたノンフィクションも確かに良いです。しかし、本書で取り上げられているのはいずれも無名の、それでいてオリンピック出場に掛けていた人たちです。
本書の解説でも触れられていますが、誰もが知っている超有名なアスリートではない、無名の選手を描いてもなお、読者を引き込むノンフィクションに仕立て上げる山際氏の技量がいかんなく発揮されている短編集だと感じます。
「一本のポールに身を託し、そのポールの長さを利用し、バネを利用し、筋肉を緊張させ、伸縮させ、足をバタつかせて一本のバーを乗り越えようとしていた。体がバーに向かって伸びあがっていく瞬間、彼らには何が見えているのだろう(棒高跳びを題材にした短編から)」、「室伏重信というハンマー投げの選手は、重さ7.2㎏の金属の球を投げながら、じつは単に金属の球を投げているのではない。ハンマー投げという種目の中で限界点を遠くへ遠くへとおしすすめながら、実は自分自身を、もっと遠くへ、未知の世界へ旅立たせようとしているのだ(ハンマー投げを題材にした短編から)」これらの文章を読んだだけで、山際氏がここからさらに対象の選手の心理にどう深く切り込むのだろうと好奇心が湧いて来ませんか?
昨今スポーツを伝える際に特にテレビは「感動」を軸に構成することが多いように感じます。確かに「感動」はスポーツの重要な一面だとは思いますが、ちょっと過剰な演出に過ぎるケースが多く、かえって興醒めな気がします。山際氏のように冷静に、深くスポーツを描くメディアが増えればよいのにと切に感じますし、特にコロナ禍でスポーツの在り方が問われている今こそ、山際氏ならばどのようなスポーツの描き方をされたのか、読んでみたかったと思います。山際氏が40歳代後半で逝去されたのが本当に惜しまれます。
山際氏の作品の多くが絶版となっている中、新書という形態で再掲載し、再販してくださった角川新書に感謝です。 -
Posted by ブクログ
山際淳司氏と言えば、スポーツノンフィクションというスタイルを確立した人です。代表作は1979年の日本シリーズ 広島vs近鉄 の第7戦9回裏の攻防を描いた「江夏の21球」。以来、選手の人間性を深く描いた作品を多く発表されましたが、1995年に46歳で亡くなられました。
山際氏の多くの作品は、現在ではほとんどが絶版となっており、手にすることができません。2018年に衣笠祥雄氏が亡くなられた際に、衣笠氏を取り上げた「バットマンに栄光を」を含む過去の山際氏の短編を集めたのが本書です。登場するのは、星野仙一氏(中日ドラゴンズ監督)、根本陸夫氏(ダイエー監督)、村田兆治(ロッテオリオンズ)、東尾修(西部ライオンズ)、荒木大輔(ヤクルトスワローズ)、落合博満(ロッテオリオンズ)、田淵幸一(阪神タイガース)、江夏豊(西武ライオンズ)といった面々です。どの短編からも1980年代のプロ野球の雰囲気が伝わってきます。
今の選手に比べて言葉での自己表現に積極的でなかった当時のスター選手から、これほど彼らの人間像を描き出す言葉を引き出した山際氏の取材力と、それを表現する筆力はさすがです。今40代以上で、子供の時などにプロ野球をよく見ていた方なら、懐かしく感じつつ読めるのではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
この本を手にしたのは、『「考える人」は本を読む』(河野通和)のなかで紹介されていたのが直接のきっかけだったけど、この本のなかに収めらている『江夏の21球』で話題になってテレビでも盛んにとりあげられていた大学生時代、読んでみたいと思いながら、そのまま忘れていた作品でもある。
この本のカバーの裏にある山際淳司さんの写真をじっと見つめていると、かつてNHKのサンデースポーツのキャスターをしていた姿が思い出されてくる。この眼鏡の下の鋭い眼差しが、ゲストにきたスポーツ選手から微熱を帯びた秘話を引き出していたのを思い出す。そして、その眼差しが、スポーツをする特定の人物を徹底的に掘り下げて、描写してくれたものを収録したのがこの一冊。
山際淳司の言葉は、スポーツを観る者の勝手な想像や、感傷で語られていない。それは、彼のその人物が身につけてきたすべてを見透してやろうという視線で、徹底的に取材した材料が勝手に語りかけてくるものを、拾い上げているような作業に感じられる。
だから、今語られてるシーンを軸に、いくつもの回想シーンが重なってその人物をより立体的なものとして、よりリアルなものとして感じてもらおうとして、語られる。
ドラマを観ているように読むことができる。
この短編の集まりのなかで、個人的にわたしが一番気に入ったのは『ザ・シティー・ボクサー』。この中でのいくつかの言葉を引用しながら、山際淳司の眼差しを感じてもらいたい
〜〜「いつものパンチとどこが違ったのか。スローモーション・フィルムを見るように思い返した。あのときはひらめきがあった。今、打てばいいと思うようより先に吸い込まれるようにパンチが炸裂した。インスピレーション。パンチを出した。手ごたえがあった。そして倒れた」〜〜
スポーツをした経験を振り返ると誰にでもあるこの感覚。“脳の反応を身体の反応が追い越してしまう”瞬間、でも、それってこうやって言葉にされてみて始めてその存在を確認できる。こういった掬い取りは随所にある。だから、キャスターとして、ルポライターとして、選手は山際の言葉に誘われて、奥へ奥へ、深く自分との葛藤の記憶を語りはじめてしまうのだろう。
〜〜「ものごとや世間が見えすぎてしまうことは、結局のところ、遠回りすることになってしまうのかもしれない。」〜〜
これも、山際の特徴的なところで、瞬間的に人生を語る言葉を挟んでくる。
〜〜「ぼくは何者かになろうと思っていた。サラリーマンをやっていると、それがだんだん見えなくなるんだ。子供が大きくなる。家庭ができてくる。あ、このままいったらヤバイな、と思ったり。何の刺激もない。面白くもない。」〜〜
こうやって、男たちの誰もが時折紛れ込む迷路の風景を差し込む。
〜〜自分は、格好をつけていないと生きてる気がしないんだなと納得した。いつもそうだった。あれはまだ小学校に通っていたときだろうか。新しくできた友達に、オレ、ボクシングやってんだというと、友達は目を輝かせた。その瞬間、友達の目が春日井にとっての鏡になった。鏡の中の自分は完璧でありたいと思った。人はいる、他者との関係のなかでしか、自分を支えられないときがあるし、たいていの人間はそんな風に生きている。
四年間のブランクと同じようにして残りの20分を費やしてしまうのが、彼にしてみれば不愉快だった。〜〜
ここはもう山際は主人公のボクサー春日井健の人生を一緒に歩んでいて見えている世界を描いている。
この本のなかに、誰でもお気に入りのドラマはきっと見つけられる。
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Posted by ブクログ
山際淳司を一躍売れっ子スポーツノンフィクションライターにならしめた「江夏の21球」。昭和54年近鉄VS広島の日本シリーズ第7戦。9回裏無死満塁の攻防。広島の守護神江夏がこの絶体絶命の窮地に投じた21球。近鉄かほとんど掌中にしていた念願の日本一を引き剥がした運命の19球目。要した時間は26分49秒。40年経った今なお多く野球ファンの記憶に残る、あの伝説の試合がありありと蘇る。
復刻版となり数十年ぶりに再読。あらためて著者の複眼的な筆致の巧さに唸ってしまった。視点が江夏ひとりに注がれるのではなく、古葉監督に向けられたかと思えば、サードの衣笠に、そして西本監督へとパーン。各々の立場から見た戦況に切り替わる。次から次へとあたかもテレビ中継で駆使されるひとつの状況を複数台のカメラで展開を追う、まさしくアレを筆1本でやってのける。野球は静→動、動→静のスポーツ。次の展開を息をこらして待つ。そんな繰り返しのスポーツゆえ目まぐるしい視点の変換が成立するとは言え、そのまま映像に使えるような筆致はスゴい。この筆法が山際淳司の真骨頂であり、彼の出現がスポーツノンフィクションの分水嶺となったと言わしめるんでしょうなぁ。
表題作だけでなく、1980年のセンバツに出場した群馬県立高崎高校を描く『スローカーブをもう一球』、1985年の夏、創立3年目で甲子園に初出場した滋賀県立甲西高校を描く『<ゲンさん>の甲子園』、2つの祖国の間で大戦を経験した野球人を描く『異邦人たちの天覧試合』…、野球に取り憑かれた男の流儀を人生を描く。文体はいたってクール。これは著者の熱情のほとばしりを過剰に塗れさせないという思いが、あの渇いた文体を生んだのではと見る。 -
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山際淳司さんも「パック・イン・ミュージック」を聞いていたのかもしれない。本書に収録された「たった一人のオリンピック」を読んでそう思った。野沢那智&白石冬美の深夜放送「パック・イン・ミュージック」で「ボートの津田」が話題を呼んでいた頃、よく聞いていた。津田選手はある日突然、「オリンピック選手になろう」と決意して実際にボートのシングル・スカル日本代表になってしまった。恐らく津田選手の友人の投書が発端だったのだろうが、津田選手の話題は断続的に続いた。よほど運と才能に恵まれた人なのだろうな、と当時は思っていた。
本書を読んで、それが誤解であったことが分かった。いくら競技人口の少ないボートでも、いくら体格に恵まれていても、それだけでオリンピック選手になれるはずはないのだ。津田選手はアルバイトをしながら20代の後半をボートの練習に捧げる。念願のオリンピックの代表になるが、モスクワオリンピックへの参加を日本政府はボイコットしてしまう。
有名な「江夏の21球」をはじめ8編のスポーツノンフィクションを収録してある。表題作の「スローカーブを、もう一球」は進学校の群馬県立高崎高校が関東大会を勝ち進んで、センバツ甲子園大会に出場する話。甲子園出場なんて予算も考えもなかった高校の奮闘は高橋秀実「弱くても勝てます」を彷彿させる。いや、「弱くても勝てます」にはこの作品の影響があるのではないかと思えてくる。バッティング投手を取り上げた「背番号94」、小柄な棒高跳び選手を描く「ポール・ヴォルター」もしみじみと心に残る。
「ポール・ヴォルター」の中で山際さんはこう書いている。
----------以下引用-------------------------------
ふと思い出した台詞がある。
ヘミングウェイが、ある短編小説の中でこんな風にいっているのだ。
「スポーツは公明正大に勝つことを教えてくれるし、またスポーツは威厳をもって負けることも教えてくれるのだ。
要するに……」
といって、彼は続けていう。
「スポーツはすべてのことを、つまり、人生ってやつを教えてくれるんだ」
悪くはない台詞だ。
---------引用ここまで------------------------------
「競馬は人生の比喩だ」と言った人がいる(寺山修司だったかなと思って調べたら、正確には「競馬が人生の比喩なのではない。人生が競馬の比喩なのだ」だった)。競馬に限らず、スポーツは人生の比喩なのだろう。山際さんのノンフィクションはそれに加えて選手の人生の断面を鮮やかに切り取っている。30年以上前の作品だが、まったく古びていない。それどころか、今も輝きを放っている。当然のことながら、社会風俗は古びても人の考え方は古びないのだ。 -
Posted by ブクログ
ノンフィクション作家山際淳司を有名にした、
デビュー作の江夏の21球を読んでみたかった。
本書は、江夏の21球を含む、8作品が収められている。
江夏の21球、しびれた。
スポーツのノンフィクションにはドラマがある。
現実はドラマに満ちている。
勝負をめぐる攻防。
それは、見方のベンチも、エースも、相手も、
真剣なわけで、
その中で心理はめまぐるしく変わり、交錯していく。
どの作品も、どこかに人間の哀しみを含んでいるように感じた。
勝者もまた、哀しみとは無縁ではないのだ。
読めてよかったなぁ、という作品ばかりで、
江夏の21球はよかったが、
それ以上に、本書のタイトルにもなっている、スローカーブを、もう一球もよかった。
高校野球という一瞬のドラマの中にある、悲哀のようなものを感じて、
涙が出そうな、哀しい清々しさを感じた。
投げろよ、スローカーブを、さ。
“キャッチャーの宮下がサインを送ったわけだった。
川端はその指先を見た。その指の形はこういっている-《スローカーブを、もう一球》
川端俊介は、微笑んだ。” -
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高校生のときに、毎月1冊国語教師指定の本を読んで
感想を書くという課題?のようなものがあって
その中に含まれていた一冊。
読んだときに強烈な印象を受けたので
ずっとこの本のことは頭に残っていたけど
最近野球に目覚めたことをもあり、
今回再読してみることにした。
スポーツルポルタージュというかスポーツノンフィクションというか
そういったもので好きな作家は山際淳司と沢木耕太郎だけど、
スポーツノンフィクションを読むと
選手に対しての感情のやり場に困ることが多い。
一瞬の輝きを放ち名勝負を作り上げても
そこには必ず勝者と敗者がいて、
敗者の人生、勝者の人生をある意味決定づけてしまう。
そのたまらなさ、やりきらなさが
スポーツノンフィクションの魅力なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
私は角川文庫が苦手である。
決して社風が苦手とか、「あそこのレーベルはろくな本がない!」というわけではない。そうではなくて、なんだか、読みにくいのだ。それが文字の大きさなのか、フォントなのか、レイアウトの仕方なのかは、わからない。深く研究したことはないが、これはもう、相性、としかいえない。
少なく見積もって200冊はある私の本棚に、角川文庫は本書が3冊目である。そのうち「最初から最後まで読んだ本」は、一冊もない。つまり、本書の中のいくつかのエピソードは、最後まで読んでいない。
すべて読まずにレビューを書く、ということに抵抗感を抱かずにはいられないし、これを読んでいる方にはそう思われる方もいると思う。
しかし、本書について「面白かった」といわずにはいられない。それほど「面白かった」。
最後まで読みきったのは「八月のカクテル光線」「江夏の21球」「背番号94」「ザ・シティ・ボクサー」「スローカーブを、もう一球」。「シティボクサー」以外はすべて野球がテーマである。
一番面白かったのは、「江夏の21球」だった。有名なだけある。
読みにくかったのもあるかもしれないが、登場人物のバチバチとした心理戦に引き込まれ、読む速度をあげるにはもったいなかった。食い入るように一文字一文字確かめながら読んだ。
世の中には、才能というものがある。
それだけで闘えたら素晴らしいが、そういうわけにもいかない。プロ野球にいる時点で既に多くの凡人に比べて多大な才能を持ち合わせているはずなのだが、それだけではプロ野球では勝てない。
だから、プロはできるだけ、理詰めの努力をする。練習方法を厳選し、トレーナーの指示を仰ぐ。体を痛めるフォームを修正する。
しかし、そこから先は才能や感覚で判断する。できるだけ理詰めで成功確率を上げたところで、そこから先は、成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。果ては「どこまで理詰めを守るか」といったところまで、感覚で判断する。そういった過程を含めたのちに結果を残せる人が、リスペクトに値するのである。
本書にでてくるスポーツマン(すべて読んでないですが)は、理詰めと追求している。著者の山際さんは読み物として敢えてそうしていると思うが、その理詰めの先の確率の部分を、必然であるかのように書いている。だからこそ面白く、スポ根マンガの「限界超えてやりますおおおおおお!!」といった気合と根性一本調子とは違った見方を知ることができる。
そして忘れてはいけないのが、今やっている甲子園も、出場者それぞれがドラマを持っているはずだ。「甲子園より、熱闘甲子園の方が面白い」という人の気持ちがわかった気がする。
本書を購入したのは、文化系トークラジオLifeの「夏の一冊」の回でオススメされていたからである。すごく面白かった。 -
Posted by ブクログ
久々に彼の作品を読んだ。彼の肩書きを見るとスポーツ・ノンフィクションライターとしてある。スポーツモノのジャーナリストの草分け的存在だと思う。
他界してから何年になるのだろうか。今年のアテネ五輪や日本韓国で開催されたワールドカップとか、どのような視点に注目して書いたか見てみたとつくづく思う。残念で仕方ない。
この本の話はジャイアンツV9、最後の年を中心に、それぞれ色々な立場から見て書かれている。世代的には今の僕より2年3年上だったら、もっとリアルタイムに感じて楽しめたかもしれない。
それでも、彼の書く作品にはスポーツの思いや愛を感じられる。人物を中心に書く
チームを中心に書く場合でも、そこに出てくる敵対する人物やチームといったものにも悪役は登場しない。そんなところも魅力の一つだと思う
(04/12/9)
登録日 : 2005年07月21日 00:59:55