スポーツノンフィクションという分野の先駆けともいえる存在の故山際淳司氏。その山際氏によるオリンピックに関わる種目を題材にした短編集です。登場する種目は、漕艇(シングルスカル)、ソフトボール、棒高跳び、バレーボールなどです。
オリンピックで金メダルを狙えるような超一流のアスリートを題材にしたノンフィク
...続きを読むションも確かに良いです。しかし、本書で取り上げられているのはいずれも無名の、それでいてオリンピック出場に掛けていた人たちです。
本書の解説でも触れられていますが、誰もが知っている超有名なアスリートではない、無名の選手を描いてもなお、読者を引き込むノンフィクションに仕立て上げる山際氏の技量がいかんなく発揮されている短編集だと感じます。
「一本のポールに身を託し、そのポールの長さを利用し、バネを利用し、筋肉を緊張させ、伸縮させ、足をバタつかせて一本のバーを乗り越えようとしていた。体がバーに向かって伸びあがっていく瞬間、彼らには何が見えているのだろう(棒高跳びを題材にした短編から)」、「室伏重信というハンマー投げの選手は、重さ7.2㎏の金属の球を投げながら、じつは単に金属の球を投げているのではない。ハンマー投げという種目の中で限界点を遠くへ遠くへとおしすすめながら、実は自分自身を、もっと遠くへ、未知の世界へ旅立たせようとしているのだ(ハンマー投げを題材にした短編から)」これらの文章を読んだだけで、山際氏がここからさらに対象の選手の心理にどう深く切り込むのだろうと好奇心が湧いて来ませんか?
昨今スポーツを伝える際に特にテレビは「感動」を軸に構成することが多いように感じます。確かに「感動」はスポーツの重要な一面だとは思いますが、ちょっと過剰な演出に過ぎるケースが多く、かえって興醒めな気がします。山際氏のように冷静に、深くスポーツを描くメディアが増えればよいのにと切に感じますし、特にコロナ禍でスポーツの在り方が問われている今こそ、山際氏ならばどのようなスポーツの描き方をされたのか、読んでみたかったと思います。山際氏が40歳代後半で逝去されたのが本当に惜しまれます。
山際氏の作品の多くが絶版となっている中、新書という形態で再掲載し、再販してくださった角川新書に感謝です。