松尾芭蕉のレビュー一覧
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NHK教育でやってた4回シリーズで取り上げられていました。
ちょうどその頃、松島も経由して東北に旅行(といっても、芭蕉の百倍以上のはやさで駆け抜けたわけですが)したこともあって、面白くみていたので、原文にあたる次第。そういえば、ギャグ漫画日和の芭蕉と曾良も結構好きだったりして。
正直、古文はそれほど得意ではなかったので、苦しい部分もありましたが、現代語訳やら、用語、歌枕解説など、きちんとついているので、全部読むというよりは、エッセンスを拾うという感覚で。
テレビの解説は色々目からうろこで、まずは、本作品自体、ノンフィクションの紀行文ではなく、いろいろ、現実から編集が施されたフィクションであるなんてところからもう、全然知りませんでした。そうか、だから、旅程に無理が生じてて(毎日フルマラソンくらい移動してる?)芭蕉=忍者説が生まれたりするわけか、と妙に納得。
そういえば、松島に行ったときに普通に「松島といえば芭蕉の『松島や嗚呼松島や松島や』ですよね」なんて言ってたけど、そんな句は、本作に入ってない(あえて入れなかった)ばかりか、そもそも、芭蕉作ですらない(芭蕉の100年以上あとの狂歌に似たようなのがある)っていうのも結構、驚きました。
「夏草や」の句に現れた無常観と中尊寺金色堂の「廃墟の中に残る金色堂千年の記念して」の「降りのこしてや」の句の対比や七夕をめぐる「文月や六日も常の夜には似ず」、「荒海や佐渡に横たふ天の河」と続く切れ味は、結構感動します。
何回か読み返して、さらに読みこなしてみたいと思える、古典でした。 -
Posted by ブクログ
江戸時代(たぶん綱吉の時代?)に千住から東北の松島、平泉を経て、日本海側に出て、そこから新潟経由でずっと琵琶湖まで南下して最後は大垣で終わるという紀行文。『地球の歩き方』的な場所の説明(歴史とか)+その前後を含めた芭蕉自身がやったこと+感想+俳句(芭蕉と一緒に行った弟子の曾良の句も)、という内容。ドナルド・キーンの解説、英訳がついている。
まず『おくのほそ道』がこんな短い話だとは思わなかった。ドナルド・キーンも書いているが「文庫本にすれば五十ページ足らずしかないテキスト」(p.88)で、字面を追うだけならすぐに出来てしまう。あと弟子と行ったということも知らなければ、てっきり東北に行って帰ってきた話かと思いきや、北限は平泉とかその辺で、そっから日本海側に行って大垣で終わるなんて思いもしなかった。あとは俳句が一杯あるのかと思いきや、思ったほどには俳句だらけという訳でもないのも印象と違っていた。「江戸を出発する前に松島の月を何よりも楽しみにしていたようであるが、松島についても俳句を一つも作らなった。松島に幻滅したというわけではないが、なにか真底、感動的な風景の前に立つと、芭蕉は口を閉じる傾向があった。松島の風景を見事な散文で描いたが、俳句は曾良に任せた。」(p.90)だそうだ。てっきり「松島やああ松島や」みたいな句が出てくるのかと思っていた。
というのが全体的な話。あと解説には「どの旅にも不安が付き物だが、芭蕉は楽しみの多い旅行になるだろうと期待していた」(p.88)と書いてあるが、おれの印象では、結構「旅は大変、怖い、死ぬかもしれない、心細い、疲れた」みたいなネガティブなことがたくさん書かれている気がする。特に16の「飯塚」なんて「持病さへおこりて、消え入る計になん。」(p.41 英訳はI had an attack of my usual complaint, so severe I almost fainted.って「消え入る」はfaintedなのか、とか思った)とか、「遥かなる行く末をかゝえて、斯かる病覚束なしといへど~」(英訳 I felt uneasy over my illness, recalling how far away our destination was, but I reasoned with myself that when I started out on this journey to remote parts of the country it was with an awareness that I was risking my life. Even if I should die on the road, this would be the will of Heaven.)って、なんか江戸時代にアジアにやってくる宣教師みたいな感じだ。今の日本人からするとアフリカを彷徨うような感じなんだろうか。
あとは英語。古文とか本当に普段読んだことないので、って古文というほどの古文ではないのかもしれないけど、まず古文を読んで、あんまりよく分からず、次に英語を読んで、こんなこと言ってたの?とか、これどういうこと?とか思ってまた古文を読み返す、という感じで進めていったので、意外と読むのに時間がかかった気がする。
あとは面白いと思った訳のメモなど。「野夫といへども、さすがに情けしらぬには非ず。」(p.31 那須)は"He was only a rough, country fellow, but he was not without feelings." (p.151)。あと羽黒のところで「風土記」(p.56)が出てくるが訳はgazeteer(p.118)で、gazetteという単語を知らなかった。あと象潟の、「松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。」(p.60)というのも、なんか象潟の人が怒りそうな気がするが、とりあえず面白いと思った。ちなみに英語は"Matsushima seems to be smiling, but Kisakata wears a look of grief."。他にもいくつかあったので、もう1度通読して確かめる必要がある。
東北の地名が色々出てくるので、大学の時に青春18きっぷであちこち旅行したことを色々思い出した本でもあった。最後の大垣だって、東海道線乗れば絶対乗り換える駅だし。こういう有名な日本の本というのをもっとこれから読んでみたい。(18/12/28) -
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単純に意味が取れなかったり、古典を引いているのか何のことやら分からなかったりで、正直、その魅力を味わいきったとは思わない。ムダをそぎ落としたような文章で案外みじかかった。
ドナルド・キーンの解説によれば、必ずしも事実に沿った紀行文ではなくてかなりの脚色が入っていることが、後年、曾良の日記がみつかったことで明らかになったという。収められた俳句も即興ではなく推敲に推敲を重ねたことがわかっている。芭蕉が理想とする旅情を演出したと言うとウソっぽくも感じられるが、とはいっても自分の脚だけで旅をするわけであり、出発に当たっての惜別の情だとか現代と違うものがあったのだろう。 -
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ネタバレ江戸時代、草庵暮らしをしていた芭蕉は、
江戸深川からみちのく(東北)を目指し旅立った。
先人たちの残した名所・旧跡を訪ね歩き、
またみちのくの美しい自然と土地の人々との出会いをとおし、
みずからの俳諧の道をさらに高めた―。
300年以上の時を経て、今なお色あせず輝きを放ちつづける紀行文学の最高傑作を漫画化。
「形あるものを
この目で確かめることができるのは
この足でその場所まで
行脚してこその喜びだと思うんだよ 」 (本文より)
松尾/芭蕉
1644~1694。江戸時代初期の俳詣師。姓名は松尾宗房。
武家の生まれだが、30代で隠遁生活をはじめ、
以後庵住まいと漂泊の生活のなかで不易流行論を見出し、
「蕉風」と呼ばれる独自の句風を確立。
後世の俳諧に大きな影響を与え、「俳聖」と称される -
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義務教育で必ず(といっていいほど)読まされる『奥の細道』
改めて読んでみようと思ったきっかけは、「かさね」という名前の背景を知りたいから、というもの。
「せっかく読むならちゃんと読みたい!でもいきなり原作いっちゃうと絶対わからん!」ということで事前準備として奥の細道の解説本に目を通しておりました。
歌枕(よく詠まれる場所)を巡る旅。空間を詠み込むという画期的な俳句達だそうで。
私のお気に入りは<白河の関>
「春立てる霞の空に白川の関を越えんと、そぞろ神のものにつきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず・・・」と旅が始まっているのも有名ですね。
卯の花をかざしに関の晴着かな 曽良
なんだか、おちゃめ。現代語訳はぜひ検索してみてください。