「駄サイクル=ぐるぐる廻り続けるだけで一歩も前進しない駄目なサイクルのこと」
「それ町」では肯定的に描かれている日常のサイクルがこの作品では否定的なものとして描かれている。これが高校生と大学生の違いでありモラトリアムの存在の有り無しだ。
それにしてもこのネムルバカ、よくわからない。
よく分からないながらも考えてみると、気になるのはネムルバカを歌い終わった後にルカと入巣が同じ目線に立っている場面。この場面は入巣視点であり、とすると、ルカの意味のないセルフテロを見て、入巣は、今まで自分より高い所に居たルカも実は自分と同じ様にモラトリアムに悩まされているのだと気付いたのではないか。だからこその、こういう同じ目線に立っているこの場面であると思う。
ルカが「駄サイクルはどこにでもある」と言うように、この時期は何をしても駄サイクルに感じ満足できない、つまり、「やりたいことのある人」も「やりたいことがない人」も「何かしたいけど何が出来るのか分からない人」も皆、駄サイクルに苦悩している。それがモラトリアムという時期であり大学生という時間だ、こう言う事を作者は伝えたかったのではないかと思う。
それと、各話のタイトルがしりとり形式になってる。「ネムルバカ」→「バカショージキ」みたいな。目次の横にタイトルのサイクルがありなんとなく駄サイクルを彷彿させるが、最後の「ゲンキデネ」と最初の「ネムルバカ」は繋がっていない。「駄サイクル=ぐるぐる廻り続けるだけで一歩も前進しない駄目なサイクルのこと」とルカは言っていたが、「一歩も前進していないように見えるが廻り続けているわけではない、少しずつでも進んでいる」と言う作者なりのメッセージのようにも受け取れた。
最後にもう一つ。「最後に先輩が私に何か言ったように見えた」てあるけど、これは何だろう。やっぱりタイトルの「ゲンキデネ」だろうか。