木下順二のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
おもしろかった。
日本の現代の舞台向けの戯曲としては、小田島さんの翻訳の方がすぐれているとは思うが、やはり、大御所である木下さんの翻訳は美しい。
マクベスは今のこどもたちには難解な芝居であるとは思う。
そこをしゃちこばった脚注・巻末注ではなく、随所に散りばめられた象徴的亡霊・幻影たちに括弧つきで簡単な注を入れているのも理解の助けになる。
著者が岩波ブックレットで著した「マクベスを読む」が巻末に収載されているのもうれしい。岩波文庫という一見お堅いメディアで、これだけていねいに初心者にマクベスを解説した本はないのではないか。廉価であることもお得感を増している。
しかし、マクベスのような「ことばのクラスタ」にさらされる芝居を今の子どもたちは本で読むしかないのだろうか。わたしのマクベス諸体験は「俳優座」の神戸文化ホールでの公演であった。やはり、戯曲はまず芝居を観てから読むものであって欲しいのだが、古典のストレートプレイの公演が少なくなっている地方都市では望むべくもない夢なのかもしれないのが残念だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前回注釈付きを読んだので
今回のセリフと舞台の動きのみの脚本でもイメージしながら読めた
巻末でも訳し方について述べているので 参考になる
あえて同じ単語を使っていたり 歌舞伎との対比だったり
ヨーロッパのドラマは潜在的矛盾が何かのきっかけで表に出て いろいろと事件が起こる
(となると マクベスは魔女たちに会わなければ 「王になりたい なれるのでは」とはならず 何も起きなかったのか)
訳者の『訳す時はいろいろな字引を引いて シェイクスピア辞典を引いたり 故事来歴を調べたり 前の人の訳を右側だか左側だかに置いて それよりいい訳をしようと思うし』
に笑ってしまった
マクダフ夫人と息子の会話
「じゃあ誓いを立てて破る人って馬鹿だね だって誓いを立てて破る人は一杯いるんだから 嘘をつかない人をぶん殴って縛り首にすればいいのに」
訳者あとがきによると 当時のイギリスは魔女狩りが盛んで 『すぐ隣のおばさんを魔女だといって引っ張っていって 残虐な目に遭わせて殺してしまうという事件がしょっちゅうあったのは シェイクスピアが生きていたころです』とあるので
そういうのも関係して出たセリフかなとも思ったり
(誓いを立てて破る人→魔女とされた人 嘘をつかない人→裁いた聖職者や権力者?と思ってしまった)
マルカムのセリフの矛盾は相変わらずだけど コレどういう事なのだろう?
有名な詩は以下の訳し方
「明日 また明日 また明日と 小刻みに一日一日が過ぎ去って行き
定められた時の最後の一行にたどりつく
きのう(←なぜひらがな?)という日々はいつも馬鹿者どもに
塵泥の死への道を照らして来ただけだ
消えろ 消えろ 束の間のともし火!
人生はただ影法師の歩みだ
哀れな役者が短い持ち時間を舞台の上で派手に動いて声張り上げて
あとは誰ひとり知る者もない
それはただ白痴が語るただ一場の物語りだ
あふれ返る雄叫びと狂乱
だが何の意味もありはせん」 -
Posted by ブクログ
ネタバレ初シェイクスピア。齋藤孝さんの「古典力」で推薦されていた一冊。ト書きの台本形式の本も今回初めて読んだ。状況説明は必要最低限でほとんどが台詞で構成されている。話の流れは明快で一分でストーリーの説明はできてしまう。
まずは本編を読んでこんなものか、と思ったが後ろに続く解説で複雑な仕掛けを知りシェイクスピアの凄さが少しわかった。まず話が始まる前に潜在的で矛盾した欲求があるとか、同じ単語を暗示的に使っていたり、皮肉な予言、表現豊かな比喩、クラスタとしての言葉の効果など様々な技巧が隠されていた。一方で時間、距離の整合性はアバウトなところもある。マクベスが自身を主観と客観の両面から代わる代わる意識する二重の感覚が現代人にも通じるという。
伊坂幸太郎の「あるキング」はこの話を下敷きにしていたのか。三人の魔女が予言していたし、知らないで読んでて訳が分からなかった。 -
Posted by ブクログ
イギリス(アイルランドを含まない)の昔話、木下順二訳。
話自体は全部知っているものだったが、それだけに 翻訳が違うとここまで違うということに驚かされた。個人的な好みからすると、本書は訳者の色が出過ぎであると思う。昔話は本来おもしろいものなので、そのままさしだしてくれるだけでいいのだが。
また、声に出して読むための文章でないのも意外だった。劇作家なのに。『かにむかし』のリズミカルな響きとはずいぶん違う。このままでは、素話のテキストとしては使えないだろう。
さらに、「訳者の流儀」ではすまされない重大な違いがいくつかあってすごく気になった…。(だが原典に当たるほどの気はしない。)
知らない話だったら楽しく読めたのだろうが。感想をひとことで言うと『違和感』だ。 -
Posted by ブクログ
人物名が覚えられなくて、あれ、これ誰だっけとなるし、歴史を知らないから背景もわからない。シェイクスピアの作品に中でも、格調高さなら「ハムレット」があるし、話の筋の面白さなら「リア王」がある。だから単に戯曲を読むだけならそんなに飛び抜けて面白いわけじゃないと思う。
でも、上演されたものを観るのなら、あるいは自分で演じたり自分で演出するのなら、間違いなくこれが一番面白そう。役者や演出家しだいで全く違う作品がいくつもできあがりそう。それは主人公グロスタ公の人物造型ひとつで作品の雰囲気が決まるようの思うから。天才的な策略家か、絶対的な悪か、たまたま頭一つ抜けてしまった小悪党なのか、屈折した想いを権力に求める男なのか、解釈は広くできて、役者や演出家の数だけいろんなグロスタ公ができあがる。そのぶん演技力・演出力は相当に求められるだろうけど、それがぴたっとあった時にはきっとすごいものができるんだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
細々とオペラの原作を読む計画進行中です
マクベスのお芝居
高校の芸術鑑賞会の校外学習日に
埼玉会館で観たことを思い出します
そのときの魔女のセリフは
「きれいは汚い、汚いはきれい」でしたが
木下順二訳では
「輝く光は深い闇よ、深い闇は輝く光よ」
でありました
解説を読むと
Fair is foul,foul is fair:
人間と魔女とでは価値観が逆だ
ということを魔女が呪文のようにいうシーンなのでした
ハムレット、オセロー、リア王、マクベスで
四大悲劇
血なまぐさい話です
一度上司殺しをしたら敵討ちにあう前に
関係する人々をどんどん始末せずにはいられない
気違いになって殺されるまで…
という、どうしようもない話