【感想・ネタバレ】マクベスのレビュー

あらすじ

11世紀スコットランドの勇敢な武将マクベスは、魔女の暗示にかかり王ダンカンを殺し、悪夢の世界へ引きずり込まれてゆく。シェイクスピア(1564-1616)は、1600年に36歳で『ハムレット』を書いた後、40歳で『オセロー』、41歳で『リア王』、42歳で『マクベス』と、立て続けに4大悲劇を書いた。作者最盛期の作品である。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

190P

初版発行: 1623年

ウィリアム・シェイクスピア
イングランドの劇作家・詩人であり、イギリス・ルネサンス演劇を代表する人物でもある。卓越した人間観察眼からなる内面の心理描写により、もっとも優れているとされる英文学の作家。また彼の残した膨大な著作は、初期近代英語の実態を知るうえでの貴重な言語学的資料ともなっている。

マクベス
by シェイクスピア、大山俊一
【マクベス】 お前の顔は引っ込めろ。〔下僕退場〕 シートン! わしは気分が悪い。 あいつを見ていると……シートンはおらぬか? この一戦こそ 俺を永久に元気づけるか、それとも一挙に蹴落とすかだ。 俺はじゅうぶんに長生きをした。……俺の一生涯もすでに 凋落のとき、黄葉の時候に落ち込んでしまったのだ。 そして老年時代の伴侶として付き添うべきもの、 たとえば名誉、敬愛、服従、大勢の友人のごときは、 俺は持つことを期待してはならぬ。その代わりにあるものは、 数々の呪い……声にはなっていないが、根が深い、それに気の毒に、 家来どもの空世辞、追従……誰もがやめたくて、しかもやめられぬもの。 シートン!

〔若きシェイクスピアから巨匠へ〕  シェイクスピアが名作『マクベス』を書いたのはいつか、その的確な期日はわかっていない。しかし多くの最近のシェイクスピア学者たちが推測しているように、『マクベス』が最初に上演されたのはおそらくは一六〇六年八月と考えられるから、実際に書かれたのはその前年か、またはその年と考えてそう大きな誤りはないだろう。シェイクスピアが四十一か二歳のときである。十七世紀初頭の数年間、一六〇〇~六年はおそらくはシェイクスピアの劇作活動が最高潮に達した時期といえる。このあいだにシェイクスピアは『ハムレット』『オセロウ』『リア王』『マクベス』など、ふつう彼の四大悲劇と呼ばれている大作を次々に書いた。『マクベス』はこの中でも最後期の作品である。

マクベスはすでに何らかの形で王位を簒奪することを考えていたに相違ない。その悪の選択に対して魔女どもは誘惑の言葉、呪文を投げかけるのである。その点ではマクベスはすでに「汚ない」と言える。しかしそれだけで全部ではない。悪の選択をしたマクベスも、もし魔女どもの誘惑、マクベス夫人の誘惑がなかったら、彼の悪への芽ばえも萎えしぼんでしまっただろうとも言える。その点ではマクベスは「きれい」であるかもしれない。要するに初めて登場してくる主人公マクベスはリチャード三世の場合と違って、完全に「汚ない」悪党ではけっしてない。彼の性格はヒースの魔女どもを包んでいる「霧と汚れた空気」(一幕一場)同様、「きれいで汚ない」以外の何ものでもない。そしてそれから、この芝居全篇のドラマを通して、「汚ない」悪党の姿が徐々に形成され、展開されてゆくのである。『リチャード三世』ではわれわれ読者、観衆は主人公リチャードの悪党ぶりを外面からながめる。『マクベス』ではわれわれ自身も主人公マクベスの意識の世界に直接に入りこんで、その悲劇の苦悩をあいともに分かち合う。初期のシェイクスピアと悲劇時代の彼との違いが、ここにはっきりと浮き彫りにされている。

このことは後者の態度を精神分析学に置き換えれば、二つの態度はそっくりそのまま現在にも適用されるものであろう。現在では魔女は存在しない。しかし現在のわれわれにとって「魔がさす」という事態が依然として一つの事実であることが示しているように、マクベスの悲劇は常にわれわれの心の中に実在する一つの悲劇のパタンだと言える。同時代の哲学者ベイコンは魔女や亡霊の 跳梁 する「魅惑の鏡」を理性の光で払拭したかに見えたが、われわれは魔女から逃避することは永遠にできない。

魔女はこの「濃い」空気(霧、あらしなど)の中を箒などに乗って飛びまわり、自由に空中に「融けこむ」(身を隠す)ことができるが、これは彼女ら自身の力によるのではなく、いずれも悪魔の力によるものである。魔女は「使い魔」というものを従えている。「使い魔」はふつう猫、コウモリ、フクロウ、ヒキガエル、イモリなどの小動物で、主人たる魔女の命令を行なうものである。ジェイムズ一世などはこの「使い魔」が実は悪魔自身だと考えている。魔女は悪魔の奴隷であるが、その魔女の奴隷である「使い魔」となって魔女の行動を監視しているというのである。その場合には「使い魔」は実際には悪魔自身、魔女の主人である。

0
2024年10月24日

Posted by ブクログ

四大悲劇-
舞台は11世紀スコットランドだけれど、この話は今を生きる私たちにも通じるものがあるだろう。

勇敢だったマクベスは魔女の暗示にかかり、王ダンカンを殺してしまう。そこから、王の子供を恐れ、親友を恐れ、手を血で染めていく。あの勇敢な武将マクベスの姿はどこにもない。あるのは魔女の暗示のみを信じる哀れな権力者の姿だけだ。

マクベスを変えてしまった魔女の暗示は、現在にも蔓延っているのだろう。何を信じ、大切なものは何なのか、自分が惑わされないよう、強い心を持たなければと思った。

0
2021年04月17日

Posted by ブクログ

1606年にシェイクスピアによって書かれた「マクベス」。
四大悲劇のうちのひとつ。
狂気を感じる作品。凄まじい負の連鎖。
名作。

0
2018年10月09日

Posted by ブクログ

如何に人間が欲に翻弄されやすく、それによって性格がネジ曲がってしまうかを(極端ではあるものの)うまく描いている。


あの臆病なマクベスが、権威欲しさや維持のために殺しもなんとも思わなくなるほどに...

0
2016年02月15日

Posted by ブクログ

カニグズバーグの『魔女ジェニファとわたし』をいっそう楽しく読むための古典。謎賭けが楽しい。なお、この版では定番「きれいはきたない きたないはきれい」に一家言持った訳者が粋な翻訳をされている。

0
2013年05月25日

Posted by ブクログ

ヴェニスの商人より面白かった。魔女とか出てくるファンタジックな内容の話が好きだからか。魔女たちの予言に翻弄されて滅ぶ者、戦う者、巻き込まれるもの。魔女を色んなものに置き換えれば、どこにでもありそうな話になるんじゃなかろうか。
それよりも、マクベスが、「何者だ貴様は」と訊かれて「聞けば身の毛がよだつ名前だ」って応える場面で一つ思った。「マクベスを演劇でやる際、役者は公演中「マクベス」という単語を口にしてはならない。口にしちゃったら公園会場を悪態をつきながら何周かしなきゃいけない」というジンクスがあるらしいのだけど、もしかしてこのセリフが起源なんだろうか。

0
2010年10月04日

Posted by ブクログ

初シェークスピア。野心で身を滅ぼしたマクベス。霊感商法に弱そう……。マクダフに関しては、あなたがなんの策も立てず置き去りにした結果ではないかと思えてしまい、彼の言動にちょっと納得できず……。妻に相談しすぎのマクベスはどうかと思うが、ひと言の相談もしないマクダフもいかがなものか。活字では物足りないので、いちど観劇したいです。

0
2020年12月19日

Posted by ブクログ

推しの朗読劇がマクベスだったので予習用に。きちんとシェークスピアを読むのは初めてだったけど、解説まで読むと色々な仕掛けがしてえることが分かってとても面白かった。舞台が目の前に浮かんでくるようで、その後に実際の朗読劇を観られたのはとても良かったと思う。

0
2020年12月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

シェークスピアは初めて読んだけど、意外と短編でさらっと読めて面白かった。
元々は真面目で高潔な人間でも、一度罪を犯して堕ちてしまう姿はどの時代においても普遍的。だからこそ時代が経っても読み継がれていくのかな。ウイットに富んだ展開も面白かった。

0
2020年07月11日

Posted by ブクログ

初めて読んだシェイクスピア。
シェイクスピアの戯曲のあらすじは知っていても、読んだことがないので、読んでみようと思って、手にしたのが『マクベス』。

マクベスがダンカン王を手に掛けたのは、その野心からなのだろう。
その野心が引き起こした惨劇を隠すために、また次なる惨劇を引き起こす。その間に、後悔の念や良心なるものは消え去っていく。そして、その後に待っているのは、自らの滅亡。

心のゆるみに陥った者の結末。それは変わらないもの。

0
2020年03月28日

Posted by ブクログ

シェークスピアの四台悲劇の一つ、マクベスを読み終わった。この古典を読み始めたきっかけは、『未必のマクベス』を読んだから。普通逆なのだろうなぁ。マクベスを読んでいる人が、『未必のマクベス』を読む場合が多いのだと思う。どちらが先でも、どちらも楽しめる。
ハムレット、リア王、オセロ、マクベス

0
2019年05月31日

Posted by ブクログ

そこまで盛り上がりがあるような話ではないが、巻末の解説でシェイクスピアの技巧が解説されており興味深かったため、読書 ⇒ 巻末の解説を読む ⇒ 読書 の流れで読むくらいのつもりで考えたほうがよいかと思った。

0
2016年02月27日

Posted by ブクログ

 ≪サイコパス・PSYCHO-PASS≫の引用から興味を持って。

 シェイクスピアの四大悲劇のひとつと言われるこの作品。
 なんか思ったほど悲劇でもなく、多分それはチャップリンが喜劇と悲劇は紙一重みたいなことを言っていたことを思い出したからかもしれません。
 魔女にそそのかされて自分の上司ぶっ殺してそれがバレて自分もぶっ殺されるというみもふたもないお話です。
 きちんと読んだのはこれが初めてでそもそもシェイクスピアの作品自体初めてで生欠伸を噛み殺すのに必死でした。いや、なんていうか、漫画ならさらさらっとはいってくるのにト書きだからなんですかね、なかなか頭にはいってこない。
 台詞回しがという話も聞きますが、なんともはや、わたしにはとうとうと並び連ねられる作品でこっくりこっくり船をこいでしまう(シェイクスピア好きな人にぶん殴られそうだ)

0
2013年10月18日

Posted by ブクログ

改めてシェイクスピア読むとすごい。セリフ回しがほんとに冴えてる。岩波の木下順二氏の訳も良いんだと思うけど、解説読んでたらこれはやっぱり一度英語でも読んでみるべきかなと思った。韻の踏み方なんかは原文じゃないと味わえないよね。英語の実際の舞台も観てみたい。

0
2013年03月28日

Posted by ブクログ

正直唐突に王位を狙いすぎだと思います…。もっと計画的にやろうよ、と。
あと個人的には婦人の強さが好きです。夫人強い。ていうか怖い。

0
2012年11月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

かの有名なシェイクスピアの四大悲劇のうちの一作品。

魔女の予言に惑わされたマクベスが王になりたいという野心に火をつけられ、王を殺してしまう。そこから始まるマクベスの苦悩の物語。

本編の名言の数々もさることながら、シェイクスピアをはじめて読む者としては木下順次さんの解説が素晴らしく感じました。

そのおかげで一読しただけでは気付かないシェイクスピアの表現の意図や、その背後にはる翻訳の工夫も少し感じることができてとてもよかったです。

0
2012年09月26日

Posted by ブクログ

おもしろかった。

日本の現代の舞台向けの戯曲としては、小田島さんの翻訳の方がすぐれているとは思うが、やはり、大御所である木下さんの翻訳は美しい。

マクベスは今のこどもたちには難解な芝居であるとは思う。
そこをしゃちこばった脚注・巻末注ではなく、随所に散りばめられた象徴的亡霊・幻影たちに括弧つきで簡単な注を入れているのも理解の助けになる。

著者が岩波ブックレットで著した「マクベスを読む」が巻末に収載されているのもうれしい。岩波文庫という一見お堅いメディアで、これだけていねいに初心者にマクベスを解説した本はないのではないか。廉価であることもお得感を増している。

しかし、マクベスのような「ことばのクラスタ」にさらされる芝居を今の子どもたちは本で読むしかないのだろうか。わたしのマクベス諸体験は「俳優座」の神戸文化ホールでの公演であった。やはり、戯曲はまず芝居を観てから読むものであって欲しいのだが、古典のストレートプレイの公演が少なくなっている地方都市では望むべくもない夢なのかもしれないのが残念だ。

0
2012年04月19日

Posted by ブクログ

ネタバレ

前回注釈付きを読んだので
今回のセリフと舞台の動きのみの脚本でもイメージしながら読めた
巻末でも訳し方について述べているので 参考になる
あえて同じ単語を使っていたり 歌舞伎との対比だったり
ヨーロッパのドラマは潜在的矛盾が何かのきっかけで表に出て いろいろと事件が起こる
(となると マクベスは魔女たちに会わなければ 「王になりたい なれるのでは」とはならず 何も起きなかったのか)
訳者の『訳す時はいろいろな字引を引いて シェイクスピア辞典を引いたり 故事来歴を調べたり 前の人の訳を右側だか左側だかに置いて それよりいい訳をしようと思うし』
に笑ってしまった

マクダフ夫人と息子の会話
「じゃあ誓いを立てて破る人って馬鹿だね だって誓いを立てて破る人は一杯いるんだから 嘘をつかない人をぶん殴って縛り首にすればいいのに」
訳者あとがきによると 当時のイギリスは魔女狩りが盛んで 『すぐ隣のおばさんを魔女だといって引っ張っていって 残虐な目に遭わせて殺してしまうという事件がしょっちゅうあったのは シェイクスピアが生きていたころです』とあるので
そういうのも関係して出たセリフかなとも思ったり
(誓いを立てて破る人→魔女とされた人 嘘をつかない人→裁いた聖職者や権力者?と思ってしまった)

マルカムのセリフの矛盾は相変わらずだけど コレどういう事なのだろう?

有名な詩は以下の訳し方
「明日 また明日 また明日と 小刻みに一日一日が過ぎ去って行き
定められた時の最後の一行にたどりつく
きのう(←なぜひらがな?)という日々はいつも馬鹿者どもに
塵泥の死への道を照らして来ただけだ
消えろ 消えろ 束の間のともし火!
人生はただ影法師の歩みだ
哀れな役者が短い持ち時間を舞台の上で派手に動いて声張り上げて
あとは誰ひとり知る者もない
それはただ白痴が語るただ一場の物語りだ
あふれ返る雄叫びと狂乱
だが何の意味もありはせん」

0
2026年03月08日

Posted by ブクログ

伊坂幸太郎著書の『あるキング』からの流れで拝読。
シェイクスピア作、四大悲劇のうちの一作。
「Fare is foul、and foul is fare」
この劇中のセリフからどのように繋がっていくのかを確かめたくて手を出してみましたが、まさに悲劇でした。
他作品も機会を見つけて手を出してみます。

0
2023年04月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

オセロウのように感情移入したり、同情したりすることはなかったが、これはこれで凄まじい作品だった。
ちゃんと良心を持っており、王に対する強い忠誠を持っているマクベスが地位名誉に目が眩んで堕落していく様はとても自然にそしてリアルに描かれていた。世の犯罪者の大半も彼のような道を歩んでいったのではないか。
彼の運命は王を殺した時点から狂っていった。もとの原因を辿れば魔女に行き着くのだが、自分は、何も王を殺す必要はなかったように感じる。元が善良な人であっただけに、彼が堕落していく様は見ていて残念でならなかった。

0
2020年03月26日

Posted by ブクログ

 河合先生が訳したマクベスを読んでみたので、今度は岩波文庫のマクベスを読んでみた。河合先生の方が口に馴染みやすい気はするが、別にこっちのマクベスが特段読みにくいということもなく、やっぱり面白かった。あとがきとして「『マクベス』を読む」という、訳者が91年に公開講座でしゃべったもの、というのが収録されており、これも話し言葉で読みやすかった。(18/05/20)

0
2018年05月20日

Posted by ブクログ

2005年版の映画マクベスが面白かったので岩波版にチャレンジ。
映画のビジュアル体験の助けもあって楽しく読めた。
音読しながら読み進めるとシェークスピアの世界に没入できます。
関係ないですが、シェークスピアと徳川家康の没年が同じく1616年というのは面白いですね。そんな大昔の書いた戯曲が今でも繰り返し読まれ上演されている、というのはすごい。

0
2018年01月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

解説にもあるが、実際のマクベスは10年以上スコットランド王位にあったわけで、時間や距離をぐっと圧縮している。

0
2016年04月16日

Posted by ブクログ

マクベス読破。決して面白いストーリーではなく、段々陰鬱になっていく展開である。名作として知られているだけあり、舞台で見てみたいと思った。また、マクベスには元となる歴史書のようなものがあり、年代記というらしい。こちらも是非読みたいと思った。

0
2015年08月14日

Posted by ブクログ

これは読むより劇を観るべきなんだと思った
正直全然おもしろくもないし盛り上がりも無ければ悲劇としても弱い

解説がなければ読むに耐えない

0
2014年05月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

一人の人間に潜む矛盾した心理。その一方に引っ張られるあまり、主人公は破滅した。人は矛盾しているからこそ、ブレーキをかけて自身を救っているのかもしれない。

0
2013年10月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 初シェイクスピア。齋藤孝さんの「古典力」で推薦されていた一冊。ト書きの台本形式の本も今回初めて読んだ。状況説明は必要最低限でほとんどが台詞で構成されている。話の流れは明快で一分でストーリーの説明はできてしまう。
 まずは本編を読んでこんなものか、と思ったが後ろに続く解説で複雑な仕掛けを知りシェイクスピアの凄さが少しわかった。まず話が始まる前に潜在的で矛盾した欲求があるとか、同じ単語を暗示的に使っていたり、皮肉な予言、表現豊かな比喩、クラスタとしての言葉の効果など様々な技巧が隠されていた。一方で時間、距離の整合性はアバウトなところもある。マクベスが自身を主観と客観の両面から代わる代わる意識する二重の感覚が現代人にも通じるという。
 伊坂幸太郎の「あるキング」はこの話を下敷きにしていたのか。三人の魔女が予言していたし、知らないで読んでて訳が分からなかった。

0
2013年04月10日

Posted by ブクログ

″みなぎりわたる大海原の海の水ならこの血をきれいに洗ってくれるか?いいや、この手の方が逆に、うねりにうねる大海の水を朱に染めて、あの青さを赤一色に変えてしまうだろう。″

0
2012年09月25日

Posted by ブクログ

細々とオペラの原作を読む計画進行中です
マクベスのお芝居
高校の芸術鑑賞会の校外学習日に
埼玉会館で観たことを思い出します
そのときの魔女のセリフは
「きれいは汚い、汚いはきれい」でしたが
木下順二訳では
「輝く光は深い闇よ、深い闇は輝く光よ」
でありました
解説を読むと
Fair is foul,foul is fair:
人間と魔女とでは価値観が逆だ
ということを魔女が呪文のようにいうシーンなのでした
ハムレット、オセロー、リア王、マクベスで
四大悲劇
血なまぐさい話です
一度上司殺しをしたら敵討ちにあう前に
関係する人々をどんどん始末せずにはいられない
気違いになって殺されるまで…
という、どうしようもない話

0
2010年08月31日

Posted by ブクログ

マクベスの栄光、反逆、転落の人生。
つまらない野心を焚き付けられて分を超えた悪事をしでかして、それを恐れてビクビク生きる人生にどんな意味があろうか。実際英語で読んでみたらまた違うんだろうなとも思う。

0
2010年04月28日

「小説」ランキング