太田大八のレビュー一覧
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『詩・林と思想』
ちいさな林にわたしの考えが流れていって…という詩
『セロ弾きのゴーシュ』
下手くそセロ弾きのゴーシュのところに毎晩動物たちが訪ねてきて「先生、音楽を聴かせてください」と言ってくる。なまいきだ。なまいきだ。なまいきだ。それなら聴かせてやるから聞いてみろ!
『どんぐりと山猫』
一郎のところに山猫からの めんどなさいばん の招待状が来ました。
行ってみると山猫裁判長が毎年どんぐりたちの争いに困ってるというのです。
『貝の火』
ひばりの子供を助けたうさぎのホモイは、その御礼にと素晴らしい宝の「貝の火」をもらいます。
素晴らしい宝をもらったホモイは他の動物からも特別扱いされます。
ホモイはだんだん増長してきて…
『グスコーブドリの伝記』
森に住むブドリと家族でしたが、冷害飢饉により離散してしまいます。
ブドリは一人で働きながら育ち、やがて発電所を作る仕事につきます。
発電を利用して、肥料を降らせたり温度調整をすることができるのではないか?そうすれば、僕達のような子供を減らすことができるのではないか。
ブドリはある決断をします。 -
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『詩・雨ニモマケズ』
デクノボーと呼ばれても、気取らず、人の幸いのためにできることをして、という宮沢賢治の精神を顕した代表的な詩。
「一日四合の玄米」ですからね、浮世離れした夢ではなくてすごく地面に密接した現実の力仕事をする人の感じもありますね。
『銀河鉄道の夜』
星祭りの夜、ジョバンニは自分が銀河を走る列車に乗っていることに気が付きます。
そこには唯一自分をいじめない幼馴染のカムパネルラもいました。
寂しさと穏やかさに溢れたお話でした。
『オツベルと象』
オツベルときたらたいしたもんだ。大きな工場で百姓どもを使っていたが、遊びに来た気のいい象を騙して働かせて大儲け。
呑気な象もどんどん弱って「苦しいです、サンタマリア」とつぶやくことしかできなくなった。
それを知った仲間の象は怒った怒った、グララアガア、グララアガア、オツベルの工場目指して突進だ!
『雁の童子』
天から落とされた一族の子供、雁の童子を預かった須利耶さまと奥様は、童子を自分の子供として大切に育てました。
原罪?を浄化するため現世に降りた子供と育て親。悟ったような寂しさと、人間の優しさとを感じる。仏教説話のような一遍。
『なめとこ山のくま』
なめとこ山の熊狩の小十郎おじさんは、山のこと、熊のことならなんでも知っている。
山にいる小十郎おじさんは、狩る相手の熊とだって心が通じているようなもんだ。
でも小十郎おじさんは里に下りるとからきしだった。商人相手に買い叩かれ、それでも家族を養うためにヘコヘコしなきゃいけない。
==狩人と獲物の通じ合う心。家族を養うという現実と、山での馴染んだ様子と、熊との不思議な交流と。お互いに恨みっこなしの関係が、自然に生きている人という感じだ。
『北守将軍と三人兄弟の医者』
北方将軍は30年の辺境での戦いを終えて凱旋することになった。
しかし30年の戦いにより、頭には兜がくっつき、体は馬にくっつき、顔には苔が生えていた。
これでは皇帝陛下に謁見できない。
北方将軍は、国の名医の三人兄弟、人間の名医の長男、馬や羊の名医の次男、植物の名医の三男のところを訪れた。
『水仙月の四日』
雪降る山で、雪婆んご(ゆきばんご)、雪狼(ゆきおいの)、雪童子(ゆきわらす)たちが雪を降らせます。でも人間の子供の泣き声が聞こえたので、助けてあげることだってするんです。
==「ゆきおいの」って打ったら「雪狼」が自動変換された!!
人間では太刀打ちできない別の生き物たちの世界になっている雪山の様子が目に浮かびます。 -
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『詩・高原』
光る山だたぢゃい
=岩手の高原を感じるままに記した詩…だと思う。
『風の又三郎』
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみもふきとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
強い風の日にやってきた転校生。赤毛の真っ赤な顔にまん丸で真っ黒な目。子供たちは「あいつは風の神様の又三郎だなぃ」と思います。
子供たちの元気な様子、季節を変え、人々に変化をもたらせる風が連れてくるものと、連れて行くもの。
躍動感のあるお話でした。
『洞熊学校を卒業した三人』
洞熊学校の方針は一番争いです。
生徒の、赤い手長蜘蛛と、銀色なめくじと、顔を洗ったことのない狸は、卒業しても争い合っていました。
=端から見ると馬鹿らしい争いを繰り広げて自滅する人たち。まあ自分がその状態だけど気が付かない人は(私も含めて)多いんだろう。
『気のいい火山弾』
ただの黒い石かと思われた「ベゴ」という渾名の石はみんなに馬鹿にされても気にせず鷹揚にしていました。しかしベゴは学術的にとても価値があったのでした。
『ねこの事務所』
猫の事務所には、所長と、書紀猫たちと、窯猫がいました。
所長猫と書紀猫たちは窯猫を汚いと馬鹿にしています。
しかしその様子を見た獅子は怒ります。「こんないじめして学術に意味なんかあるかヽ(`Д´)ノ!」
『虔十公園林』
虔十(けんじゅう)は、木や風や子供たちを見ては嬉しくてしょうがありません。
村の人達は、そんな虔十をちょっと足りないやつだと思っていました。
いつも親やお兄ちゃんの行くことを聞く虔十ですが、一つだけお願いがありました。「杉の木を植えて杉林を作りたいなあ」
何年何年も達ち、杉はなかなか大きくなりませんが、虔十は大切に管理して、近くの学校の生徒達の楽しい遊び場になっています。
=ちょっとじーんとしてしまった一作。
まさに”デクノボー と呼ばれ”のような虔十ですが、誰がなぜやったのかは忘れられても、やったことは優しい気持ちとして残っている。
『からすの北斗七星』
カラスの軍団は山がらす軍団と戦争をします。
カラスの大尉は嘆きます。
ああ、憎むことのできない敵を殺すような戦争がない世の中になればいいのに。
『よだかの星』
ネットである動物の写真を見て「え?トカゲ?鳥??」と思った。その動物の写真の題を見たら「よだか」だった。…君だったのか!!
他の生物たちから醜い醜いと追い立てられ嫌われるよだかは、もうこの世に居場所がなく、遠く遠く高く高く星の世界を目指して飛んでいきます。
『ふたごの星』
星の館に住むチュンセ童子とポウセ童子は、晴れた夜には一晩中銀笛をふく役目をお仰せつかっていました。
大鴉と赤蠍の喧嘩を収めたり、悪い箒星に騙されて海の底に連れて行かれてしまったり。
でもいつも行いの正しい双子の童子のことを空の王様はちゃんと見ています。
今夜も銀の笛の音色が聴こえます。 -
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宮沢賢治童話集をちゃんと読んでみました。
子供の頃は「自然そのものを身近に感じ、高潔な精神を求め」みたいなどうも説法臭い、浮世離れした印象を持ってしまっていました…。
ちゃんと読んでみると柔らかな語り口で、優しいお話、シビアで寓話的なお話、昔語り、何かを見て頭に浮かんだ幻想など、見たこと感じたこと、良いこと悪いことを言葉として表現することができる人であり、理想だけ論じているのではなくて現実的にも割と力強く生きているとも感じました。
『詩・星めぐりの歌』
あかい めだまの さそり
ひろげた わしの つばさ
NHKにほんごであそぼ で曲が付けられて歌われています。宮沢賢治だと知らなくても歌える人は多いのではないでしょうか。
『注文の多い料理店』
「どうぞごえんりょはいりません。 靴の泥を落とし、髪を整え、カナモノは外して、クリームと塩を体に塗って、さあ、奥へいらしてください」
『鳥箱先生とフウねずみ』
鳥箱はひよどりのこどもを生徒にして威張っています。しかしひよどりたちは、餓死したり、病死したり、猫に狩られたりしてしまいます。納屋に入れられた鳥箱先生は、鼠相手に先生ぶりますが…。
『ツェねずみ』
自分のような弱いものをいじめるなんて!償ってください!償ってください!償ってください!ツェねずみはみんなから嫌がられて…
『クンねずみ』
エヘンエヘン インテリぶったクン鼠はみんなから鬱陶しがられて…
==このねずみ三編は、ぐだぐだ言ってるだけで現実がわかってないじゃないか!というような、困ったやつが困ったことになるが、まあ周りが見えてないしこうなるよね、という流れは皮肉的なんだが童話調なので柔らかいんだか怖いんだか。
『ありときのこ』
隊列の蟻は、急に丘ができていることに気が付きます。しかも大きくなっているんです。あれはきのこというものだよ。
==なんだか可愛らしいメルヘン。
『やまなし』
宮沢賢治が、水の底の小さな生き物はどんなお話してるのかな…と浮かんだ青い幻灯二篇。
「五月」
クラムボンはわらったよ。
クラムボンはかぷかぷわらったよ。
小さなかにの兄弟が、川底から水面を見ながらおしゃべりを交わします。
登っていくあぶく、頭の上を泳ぐお魚、そして水の天井から飛び込んできて魚をどこかへ連れ去るかわせみ。
「十二月」
だいぶ大きくなったかにの兄弟は、吐き出すあぶくの大きさ比べをします。
ドボン。川の天井から黒くて円くて大きいものが沈んできます。
怖いかわせみ?いや、あれはやまなしだよ。いい匂いがするだろう。
『めくらぶどうと虹』
めくらぶどうは空にかかる虹を素晴らしいものだと思います。虹は、すべての輝きは同じように美しいんですよ、って言います。
『いちょうの実』
秋。いちょうの実のこどもたちは、お母さんのいちょうの木から旅立つ日がきました。
なにをもっていけばいいんだろう?お母さんから離れるのは寂しいな。でも大丈夫、大きくなってお母さんにお土産を送るんだ。どこかに行くなら鳥さんに運んでもらってうんと遠くに行きたいな。
わいわい賑やかに、寂しさと楽しさを感じながら、子供たちは旅立ちます。
『まなづるとダァリア』
高慢な赤いダァリアは自分こそが花の女王にふさわしいと思っていました。
しかし空を飛ぶまなづるは、密かに微笑む白いダァリアにそっと声をかけるのでした。
『月夜のけだもの』
宮沢賢治が、夕方の動物園の檻の前で思い浮かべた幻想。
立派なスーツを着たしし大王の前に次々現れる動物たち。
しろくま、たぬき、きつね、さる。みんないろんな事を言います。ししは話を聞いたり仲裁したりします。
『おきなぐさ』
うずのしゅげとか、おきなぐさと呼ばれる植物があります。白くてふさふさしたひげを生やし、風が吹くと実を飛ばします。どこまでも、きっと空までも飛んでいきます。
『雪渡り』
「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」
幼い兄妹は、きつねの幻灯会にお呼ばれしました。
呼ばれるのは小さな子供だけですよ。
幼い兄妹は、幻灯会で出し物を見たり、きつねの作ったものを食べたりしました。
きつねは、人間の子供たちがきつねのものを食べてくれたのでとっても喜びました。
幻灯会が終わってほら、お兄さんたちが迎えに来たよ。
==これまた可愛らしい。動物と人間との自然のふれあい。
『シグナルとシグナレス』
軽便鉄道の、本線に立つシグナル柱と、信号遮断器のシグナルスは恋をしていました。
結婚しましょう。
動けない二人だけど、草原や星空で寄り添っている気持ちになります。
==おお、宮沢賢治童話集でほぼ唯一のラブストーリーだあ。
『狼(オイノ)森と笊森、盗人森』
岩手県にある四つの森、狼森と笊森、盗人森。
どうしてこんな名前がついたのでしょう?という昔話。
自然そのものを身近に感じて、自然とご近所付き合いしている感じのお話です。 -
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「鬼の橋」に続いてこちらも平安時代を舞台にした作品。
両親を怨霊に殺されずっと憎んでいた音羽丸が、怨霊のいない世の中というのは、ほんとうにいい世の中なんだろうか、と思うようになる。
「うまくやるやつがいて、そのあおりを食う者がいる。そのしくみが変わらない限り、この世から怨霊がいなくなるとは思えない。それなのに、怨霊がいなくなったとしたら…、それはいないのではなくて、だれにも見えなくなっただけじゃないか、という気がするんだ。だれも怨霊のことなんか思い出しもしないし、いるとさえ思わない…。忘れてしまうんだ、悲しい思いをしたまま死んでしまった人間のことなんか。それはもしかすると、今よりもずっと恐ろしい世の中かもしれないぞ」
悲しい過去も、私たちは忘れてはいけない、それを今一度考えさせてもらった気がします。 -
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今昔物語や百人一首などに出てくる小野篁の少年期を主人公とし、少年の成長、人が悲しみや後悔を飲み込んで前に進む様子、人の情により鬼が人になる様相を書いた児童文学。
小野篁は自分の不注意で異母妹を死なせてしまった後悔と慕情と悲しさ寂しさで生きる気力を失いかけています。
異母妹の死んだ井戸を覗き込んでいた篁は、あの世との境である河原に降り立ちます。
そこで人を食う鬼の存在や、死んでなお都を守ることを使命とされた征夷大将軍坂上田村麻呂を知ります。
この世に戻ってきた篁は、家も家族も失って父が人夫として工事に携わった五条の橋の下に住み着く少女の阿古那(あこな)、以前はあの世の川辺にいて残虐行為を繰り返していたがこの世に紛れ込んできた鬼の非天丸(ひてんまる)と出会います。
篁の心の傷や思春期の心の澱はなかなか晴れずに、あの世からの誘惑を振り切れずにいます。
さらに、また堅物の父の小野岑守(みねもり)とも意思の疎通ができなくなっています。
少女阿古那は、最初は父の作った橋を守ることに、そして後半では元鬼の非天丸と共にいることにただただひたむきです。
元鬼の非天丸は、田村麻呂に片方の角を折られて鬼の力とともにそれまでの力の根源だった人を憎む力も失っています。そして阿古那との間に親子のような繋がりができ、お互いに相手のゆく場所ならどこへでも行き共に行きたいと思うようになっています。
田村麻呂は、武人としての強さとユーモラスさを持ちますが、死んでも縛り付けられる使命、生きていた頃の罪を常に目の当たりにしている苦しみも持ちます。
篁は彼らとの交流でその想いを知り、またあの世から紛れ込んできた残虐な鬼たちと対峙してゆくうちに、徐々に異母妹への思いを胸にしたままで前を向くようになってゆきます。
終わりごろまでは篁の後悔&思春期&反抗期&中二病(失礼/笑)が重苦しく、本当にこの少年は立ち直れるのか?!などと心配になってしまいました。しかしラストは自分の目が自分だけではなく周りの人間を観ることができて、忘れるのではなく前に進むということができた少年の新しい旅立ちとなり、霧が晴れたような読後感を味わえます。 -
Posted by ブクログ
・話に出てくる2人がだんだん料理になっていくのが楽しいし、自分たちが食べられるときづいた時のあわてるようすが心に残っています。
・おなかをすかせた兵隊の2人が、おいしいものを食べられると思ったら、自分たちが食べられるというところがおすすめのポイントです。
・昔、吉田先生に読み聞かせをしてもらって、とてもおもしろかった。
・僕がこの本を選んだ理由は、人が大きい店に行って食べようとしたら逆に人が大きい化け猫に食べられそうになるところです。
・最初はお客さんからの注文が多い人気の店の話だと思っていたけど、お客さんに対しての注文が多い店で、最終的には山猫に食べられそうになってびっくりしたからです。