山下萬里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ドイツ文学を読もうと思い、まずはカフカを読んでみた。思ったより「変身」が面白くて、いくつかの箇所で笑った。二部あたりが一番面白い気がする。
グレゴールは、「ドアのすぐそばに行けば、自分が速やかに自分の部屋に戻ろうとしているという誠意を、十分に汲み取ってくれるはずだ」とドアのすぐそばで待機するのだが、彼はバカでかい毒虫なので、部屋に入ってきたお父さんを仰天させ、ブチギレられるという場面など、毒虫ユーモアがいくつかあり、面白かった。
「断食芸人」もまた、短くて読みやすく、また「変身」と似たようなテーマ性も汲み取れそうだった。かつては自分が世界を賑わせ、中心にいたような人が、流行は終わり、世界に無視され、いなくなっていくというのは、家族を支えていたが毒虫になったことでお払い箱に放られてゆくグレゴールにも、同じようなところがあるな、と思った。 -
Posted by ブクログ
1958年初版なのでフォントの読みにくさはあるものの、訳の言葉に古さを全く感じませんでした。
1編目は中編の『変身』。
結末を知らなかったので、この本をどう読んだらいいのか手探りで読んでいきました。朝、いきなり毒虫になった体を苦労しながら動かす姿に、マンガ化するなら笑えるかも、などと想像しながら読んでいきました。しかし結末は…
まず、毒虫としての表現が凄すぎる。足は勝手に動くし、ねばねばが出るし、虫嫌いのひとは絶対に受け付けないと思います。
主人公・グレゴールの行動が徐々に虫らしくなっていくところに少し笑ってしまう部分があるけれど、とても哀しい。それに正比例して家族からの扱いがぞんざいになっていくのが更に哀しい。
結末に向かっていくにしたがってグレゴールだけでなく、家族が疲弊していく姿は読んでいて辛く、読んでいる私自身も疲弊していきました。
2編目は短編の『断食芸人』。
断食をして自分自身を見世物にしている男の話。ひたすら虚しい。
どちらのお話もアイデアも表現も想像を超えています。確実に名作だと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『100分で名著』でカフカ『変身』の回を見て、カフカにとても共感し読みたくなった。
「起きたら巨大な虫になっている」というストーリーは、虫が大の苦手な私にとって想像するだけでも鳥肌が立つほどの嫌悪感があり、この小説を読むことは一生ないだろうと思っていた。
番組を見て良かったと思う。
読むにあたってどの翻訳で読むか迷ったが、新潮や角川と比べて翻訳が一番新しい岩波を選んだ。
翻訳小説の日本語の読みづらさが少し苦手なのだが、岩波文庫改訳版(2004年)はわりと読みやすくて良かった。
この本には『変身』と『断食芸人』の2作品が収録されている。
(以下、ネタバレを含みます)
『変身』
突然何か大変なことが起こったら、仕事に行かなくてもいいのになぁ。
そんな気持ちになったことがある人は、主人公・グレゴールの気持ちが分かるかもしれない。
どうしようもない事情に襲われて仕事に行けなくなった時、どうしようという焦りとともに「行かなくていいんだ」という安堵も心の奥で生まれると思う。
家計を支えるために好きでもない仕事を必死になってやらなくてはならず、しかも会社の人間からは理不尽な態度を取られている。
そんな状況であったグレゴールは、虫になってしまった状況にだんだん慣れ、楽しむようになっていく。
しかし世間から切り離されて引きこもると、自分が望んでいたことなのに少しずつ歪みが生まれていく。
外との関わりがないから、家族がどう思っているのかとても気になってきて、家族に見放されてしまうかもという不安に襲われてしまうのだと思う。
世界が狭まっている中で、自分を受け入れてくれているはずだと思っていた家族から拒否された時の悲しさは、より深いと思った。
グレゴールの稼ぎがなくなってしまったため父・母・妹は働き始めるが、それに伴いグレゴールのことはだんだんお荷物になっていく。
グレゴール自身は、家族のために何かしてやろうと思ったり、世話をしてくれないことに腹を立てたりと感情が揺れ動いていた。
働き始めたことで三人には余裕がなかったのだと思うが、世話をされる側からすると「態度が変わった」と思ってしまうのだろう。
そして、以前は他人への心くばりができていたグレゴールだったが、だんだんと欲のまま動くようになる。
そんな彼のことを、妹は突如「これ」と呼び始めた。
この時の妹の言葉が非常に強く記憶に残っているので、引用したい。
「わたしたち、これをお払い箱にすることを考えるべきなのよ。これの世話をして、我慢を重ね、わたしたち、人間としてできる限りのことはやってきたし、誰からもこれっぽっちも、後ろ指をさされることはないわ、わたし、そう思っているわよ」(P94)
「これのおかげで、二人ともからだをこわしかねないわ、わたしには目に見えている。わたしたちみんなのように、仕事に出なきゃならないだけでも充分つらいのに、その上、家でもこんないつ果てるともない責苦にあうなんて、とてもたまったものじゃないわ。わたしだって、もうたくさんよ」(P94〜95)
こんな感情に襲われたことのある人は、現代の日本にもいると思う。
介護をしなければならない、引きこもりの家族の世話をしなければいけない……など、色んなケースにこの言葉が重なってくると思った。
父や母、妹は、虫になったグレゴールを家族であると思いたいけど思えない、なんとかしてやりたいけどできない、という思いの狭間で揺れていたのだと思う。
物語はグレゴール視点で描かれているため、ぱっと見は酷い家族のように思ってしまうかもしれないが、決してそうではなく、彼らも彼らなりにもがいていたのが伝わってきた。
グレゴールは死ぬ寸前に「自分は消えていなくなるべきだ」と悟るが、家族との思い出を愛情を込めて回想しながら死んでいく。
安らいだ気持ちの中で息絶えるグレゴールの姿に、胸が苦しくなった。
ラストはハッピーエンドにも見えるような複雑な余韻を残しているが、私の心の中には寂しさや虚しさがひたひたと打ち寄せてきた。
この読後感が好きだった。
『断食芸人』
檻の中で断食することを見世物としていた、主人公の芸人。
断食は40日で終了することが慣わしとなっていたが、彼は全く満足していなかった。
周りの人間たちは勝手に「さぞ苦しいだろう」という態度を取ってきたが、彼はもっと断食を続けられると思っていたし、それを誇りのようにも思っていた。
やがて断食芸人の人気はすっかり落ちてしまい、彼はサーカスの片隅で断食をすることになる。
檻に入った断食芸人の前に立ち止まる人は少なく、見物人はみんな動物小屋のほうに行ってしまう。
貼り紙は引き剥がされ、断食何日目かを表す数字板も更新されなくなり、だんだん彼はみんなに忘れ去られていく。
この姿がなんだか可哀想で、心が苦しくなった。
忘れられたまま檻の中で多くの月日を過ごした断食芸人は、「せざるをえなくて断食しているのだ」「美味いと思う食べ物が見つからなかったからだ」と言い残し、死を迎える。
邪魔者を取り除くように葬られたあと、その檻には若々しい生命力に満ちた豹が入れられた。
この最期の言葉から、何を伝えようとしているのだろう。
ぐるぐると考えたが、答えは出なかった。
文字通り檻にこもり、己れの信念のまま断食をやり続け、そして邪魔者になり死んでいく。
その姿は、『変身』のグレゴールとも重なった。
虚しさでいっぱいになる読後感もよく似ていた。
どちらも、周りの人間のようには生きられない、生きづらい人間を描いているような気がした。 -
Posted by ブクログ
言わずと知れたカフカの名作である。
ある朝グレゴール・ザムザは何やら不穏な夢から覚めると1匹の大きな毒虫になってしまう。無論、タイトルの「変身」はその激的な冒頭文のことを指しているのであろう、そう思った。
毒虫になったザムザは部屋から出られずに1人で生きることは出来なくなったため家族が養ってあげることになった。なんて優しい家族なんだ。人間の食べものは食べられずに残飯を好んで食べ、人の言葉を失った代わりに虫の鳴き声で話し、本当にただのでかい毒虫になってしまったのである。そしたら家族もかつてはザムザだったその毒虫を「ただの毒虫」として扱うようになっていく。
嗚呼そうか、タイトルの「変身」とは家族が激的に変わっていく様も表しているのか。
現実世界で人間は毒虫になんぞに変身しない。でもどうだろうか?ある日を境に家族が変わっていく様は現実にも腐るほどあるではないか。そこにあるのは美談ではなく残酷な現実である。そうか、だからカフカは「変身」を淡々と即物的に書いたのか。 -
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カフカ 「変身」
2回目読んだ時にやっと物語のあらすじが分かった。
朝起きたら毒虫になったグレゴール。今までは家族を養う大黒柱的な存在だったが虫になったことで立場は一転、みんなの邪魔元に成り下がってしまう。
そんなグレゴールはかつて、妹を音楽学校に進学させたいという夢を持っていた。
そんな思いやりに溢れた優しい兄なのだが、自身の姿が毒虫になったことで、家族からぞんざいに扱われ、自尊心を失っていく様が痛ましい。
最初はグレゴールを献身的に世話していた妹でさえ、ご飯を足で蹴り与えるなど次第に愛がなくなっていく。
何か相手にしてあげたいこと、優しさに溢れた思いやりを持っていたとしても、自分の立場や姿によってそれが正しく伝わらないことがある。更には予想に反して屈曲したり180度誤解されて伝わってしまう危険があるのだな。
虫になって家族から邪険に扱われるグレゴールを見ていてそんな風に思った。
それは例えばパジャマ姿で選挙活動を行っていても、身なりであの人は「身だしなみが適当だから言っていることも信頼できないだろう」と判断されてしまうことだったり、無職の状態で「あなたを幸せにします!結婚してください!」とプロポーズして玉砕されてしまうことだったり。
胸に秘めている情熱は立派でも、体裁が伴っていなければ相手には正しく受け取ってもらえない。
常々、自分を磨くことの意義を痛感させられた。
そして、醜い毒虫になっても、 父からリンゴをぶつけられ負傷しても、バイオリンを演奏する妹を見ようと這いずって部屋から出ていった愚直なグレゴールに同情してしまった。
妹のグレーテには彼の真意を少しでも理解してもらいたかった・・・。
「断食芸人」
オーナーから断食は40日までと決められ、もっと長くできるのに!と反抗していた芸人だが、自らの体型を把握しておらず、実はガリガリで腰から持ち上げられてしまうくらいの体重なのは喜劇。
それに、なぜ断食をするのか?と聞かれ、
「食べたいものがこの世にないから」
って、なんじゃそりゃ・・・。
大食いの人間へのアンチテーゼか!
と突っ込みたくなった。
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カフカの断食芸人を文字面は知っていたが、改めて読んだ。断食という行為の無常さ。腹は減るのに、何かを失って、何かを得ることのアイロニー、そして何かを失うことによって得られる快感。ただそれも度がすぎると、何かを失いすぎると周りの人間は見ても目もくれないと言う。不思議な矛盾とでもゆうか、断食と言う、何か失うと言う行為。同時に自己の限界を試す自己検査の行為。またまたそれのどちらでもあるかそのどちらでもないか話を読むに進めると、主人公の断食芸人はやはり誰かから注目を集めたくて断食をやっている。ただその断食にもプライドがある。誰かが自分を見ていなかった時でも断食を続け、断食を軽視する人間に対して常に懐柔されるのではなく、追従するのではなく、ともかく、その断食と言う行為にこだわり暮らしていく。そして最後に真実がわかる。断食芸人は断食以外のことができないのだ。個人の能力とそれを発揮する社会との距離感、そして行き過ぎた、自我は淘汰される不条理、短い文章の中に自己認識のファクターが詰め込まれている。
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Posted by ブクログ
ネタバレ変身と断食芸人の二篇。初めて読んだ。
普段は最近出た本しか読まないが、薄くてするする読めた。
二篇の中でも断食芸人の方が読みやすかった。
主人公はすごいことをしているんだぞ!という気持ちなのか、そのものにハマっているのか。熱中する気持ちには共感できたが病的。
だからこそ、読んでいて面白みがあった。
変身はただただ状況に混乱した。主人公の冷静さが逆にこちらを混乱させるように思う。
献身的に家族に尽くしたグレゴールの報われなさが人生って感じ。
お金をこっそり貯めて妹に音楽学校に通わせようとしていたところて毒虫になって、妹の演奏を聞きに良い妄想をしながら部屋を出たらヘイトをくらう展開のとんでもなさが辛くて良い。
作者のカフカは実存主義らしいが、実存主義がまだよくわからないので他も読んでみたいと思った。
また、カフカは短編が多いようなので、ほかの作品も読みたい。