下村湖人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「論語」とは、立派な人になるには何をどう考え、実行するべきかということが書かれた中国の古典です。
ここでいう「立派な人」とは、仕事ができるとか、出世したとか、有名人だとかいう意味ではありません。
人徳があって、人に心から尊敬されるような人物という意味です。
そんな人になるにはどうすればいいか?
要するに論語というのは、昔風の道徳の教科書というわけですね。
さて、そこで教科書というものは、これが厄介な代物で、今も昔も変わらず、あまり面白くはないものなのですね。そう思いませんか?
実は論語という教科書も、例外ではないのです。
つまり論語は、それ自体を読むことは、だいたいの人にとってはあまり面白く -
Posted by ブクログ
朝に道を聞けば、夕べに死んでも悔いなし。永遠は現在の一瞬にある。刻下の道を生きる心こそ、生死を乗り越えて永遠に生きる心なのである。
本当の力があるか否かは努力して見た上でなければ分からない。力の無いものは途中で倒れる。倒れもしないうちから、自分の力が足りないことを予定するのは点に対する冒涜だ。相手に言い訳するとともに、自分自身に言い訳している。
それは、お前の求道心がまだ本当には燃え上がっていないからだ。本当に求道心が燃えていれば自他におもねる心を焼き尽くして、素朴な心に帰ることができる。素朴な心こそ、仁に近付く最善の道だ。
世の中の進歩を望むものは、その進歩のためにまず己自身を進歩させ -
Posted by ブクログ
FeBeのオーディオブックで聞きました。「論語」は倫理で勉強した程度の知識しかなかったですが、このように人間味があるとは意外でした。
孔子の考えの深さの印象深さもさることながら、弟子や諸侯の小人(俗人)っぷりに人間味を感じました。
孔子のそばで様々なことを聞いていても妬みや打算が出てしまったり、支配階級であっても孔子に対して恐れを感じて遠ざける、でも打算から近くに寄りたい、など。
孔子の考えは共感しきれなくても、周囲の小人っぷりには非常に共感できる。あー、こういう気持ちはよく分かる。私もこう感じるだろう!って。
その小人に共感した後に、孔子の言葉を聞くと頭が下がります。弟子だったら頭下がりっ