下村湖人のレビュー一覧

  • 次郎物語 一

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    子供が真っ直ぐ育つには親の愛が大事。愛着障害のお話。子供の頃はよくわからなかったけど、凄く参考になる話。

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    2026年02月09日
  • 論語物語

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    口達者はダメ

    論語だいたい挫折してきたんだけど、これは読めた。面白かった。下村湖人さんが物語として上手く面白く仕上げてる。

    下村湖人
    1884年佐賀県生まれ。作家、社会教育家。本名虎六郎。東京帝国大学文学部卒。大学時代には「帝国文学」の編集委員として文学評論に活躍。のち台北高等学校校長となったが、1931年教職を辞して上京、大日本青年団講習所長として青少年教育に従事。1937年ごろからは文筆と講演の生活に専念した。1955年没。主著に『次郎物語』『教育的反省』ほか多数。

    儒教・・・中国の代表的思想。春秋時代末期の孔子(こうし)(孔丘)に始まり、戦国時代には諸子百家(しょしひゃっか)の一つであったが、漢(かん)の武帝(ぶてい)の紀元前136年(建元5)に国教となり、それ以後清(しん)朝の崩壊に至るまで歴代朝廷の支持を得、政治権力と一体となって中国の社会・文化の全般を支配してきた。また漢字文化圏とよばれる日本、朝鮮半島、東南アジア諸地域にも伝わり、大きな影響を与えている。同類の語として儒学・儒家があるが、中国では儒教の語はあまり用いられず、学派を意味する儒家、その学問をいう儒学の語によってこれを示すことが一般的である。儒教の語は、外来の仏教に対して300年ごろに生じたものであるらしく、後世に至るまで主として儒仏道三教を並称するような場合に使用されていた。儒家・儒学に対していえば、儒教は教化の面を重視する語であり、いくぶんか宗教的な意味を含む語であったといえよう。思うに儒教は本来が士大夫(したいふ)(治者階級・知識人)の学とされており、その意味で儒家・儒学と称することがふさわしかったのである。そしてこの点は日本でも同様であった。ところが明治以後の日本では、学派、学問、教化のすべてを含んで広義に儒教と称するようになった。おそらくは世界史的視野にたってキリスト教、仏教、イスラム教などと並称する場合、やはり儒教とよぶことがもっとも便宜であったのであろう。儒教は宗教ではないが、その中国に果たしてきた役割からすると、欧米のキリスト教に匹敵するからである

    孔子一門(孔子と弟子、家族)
    孔子は長寿で72歳まで生きたので、40歳以降にできた弟子が多くいました。孔子との年齢差をみると、子路は割と近いのですが、その他の弟子は30歳から40歳は年下でした。孔子一門の通称、姓名、字(あざな)などは、以下の通りです。通称は、論語の文で登場する名称です。

    孔子(こうし),姓=孔,名=丘,字=仲尼(ちゅうじ),孔子(本人)
    子路(しろ),姓=仲,名=由,字=子路(しろ)or季路or仲由,孔子の弟子,9歳下
    子夏(しか),姓=卜,名=商,字=子夏(しか),孔子の弟子,44歳下
    子游(しゆう),姓=言,名=偃,字=子游(しゆう),孔子の弟子,45歳下
    子貢(しこう),姓=端木,名=賜,字=子貢(しこう),孔子の弟子,31歳下
    冉有(ぜんゆう),姓=冉,名=求,字=子有or冉求,孔子の弟子,29歳下
    宰我(さいが),姓=宰,名=予,字=子我,孔子の弟子
    顔回(がんかい),姓=顔,名=回,字=子淵(しえん)or顏淵,孔子の弟子,30歳下
    閔子騫(びんしけん),姓=閔,名=損,字=子騫(しけん),孔子の弟子,15歳下
    伯牛(はくぎゅう),姓=冉,名=耕,字=伯牛(はくぎゅう),孔子の弟子
    仲弓(ちゅうきゅう),姓=冉,名=雍,字=仲弓(ちゅうきゅう),孔子の弟子
    子張(しちょう),姓=顓孫,名=師,字=子張(しちょう),孔子の弟子,48歳下
    曾子(そうし),姓=曾,名=参,字=子與(しよ),孔子の弟子,46歳下
    原憲(げんけん),姓=原,名=憲,字=子思(しし),孔子の弟子
    南宮适(なんきゅうかつ),姓=南宮,名=适,字=子容(しよう)、南容,孔子の弟子
    澹臺滅明(たんだいめつめい),姓=澹臺,名=滅明,字=子羽(しう),孔子の弟子,39歳下
    子羔(しよう),姓=高,名=柴,字=子羔(しよう),孔子の弟子,30歳下
    樊遲(はんち),姓=樊,名=須,字=子遅,孔子の弟子,36歳下
    公西華(こうせいか),姓=公西,名=華,字=子華(しか),孔子の弟子,42歳下
    有若(ゆうじゃく),姓=有,名=若,字=有子,孔子の弟子,43歳下
    巫馬期(ふばき),姓=巫馬,名=期,字=子旗,孔子の弟子,30歳下
    伯魚(はくぎょ),姓=孔,名=鯉,字=伯魚(はくぎょ),孔子の息子,19歳下
    子思(しし),姓=孔,名=伋,字=子思(しし),孔子の孫
    孔子の弟子が論語に登場している回数
    顔回(顔淵)は孔子からベタ誉めされている印象が強く、子路はちょくちょく論語に登場している印象ですが、論語の登場回数はどうなっているでしょうか。孔子の弟子が論語に登場している回数(トップ10)をまとめてみました。

    第 1位 子路, 41回
    第 2位 子貢, 37回
    第 3位 子夏, 20回
    第 3位 顔回, 20回
    第 3位 子張, 20回
    第 6位 冉有, 16回
    第 7位 曾子, 15回
    第 8位 子游,  8回
    第 9位 樊遲,  6回
    第10位 閔子騫, 5回
    第10位 公西華, 5回
    孔子が弟子をどのように思っていたか
    論語の文では、孔子が弟子を評した言葉が多くあります。先進第十一編では、特に個々の弟子について言及している文が多いです。孔子が弟子をどのように思っていたかをまとめてみました。

    子路
    政務に優れている(先進第十一_03)
    孔子の側で武骨な態度(先進第十一_13)
    粗暴(先進第十一_18)
    積極的(先進第十一_22)

    子貢
    弁舌に優れている(先進第十一_03)
    孔子の側で和やかな態度(先進第十一_13)
    金儲けをしている、彼の予想はよく当たる(先進第十一_19)

    子夏
    文学に優れている(先進第十一_03)

    顔回
    徳の実践に優れている(先進第十一_03)
    理想のため貧しい生活をしている(先進第十一_19)

    子張
    見栄っ張り(先進第十一_18)

    冉有
    政務に優れている(先進第十一_03)
    孔子の側で和やかな態度(先進第十一_13)
    引っ込み思案(先進第十一_22)

    曾子
    のろま(先進第十一_18)

    子游
    文学に優れている(先進第十一_03)

    閔子騫
    徳の実践に優れている(先進第十一_03)
    孔子の側で恭しい態度(先進第十一_13)

    伯牛
    徳の実践に優れている(先進第十一_03)

    仲弓
    徳の実践に優れている(先進第十一_03)

    宰我
    弁舌に優れている(先進第十一_03)

    「【*6】年少者だからといって、すべてに自分より後輩だと思ってはならぬ。年少者という者は馬鹿に出来ないものじゃ。ぐずぐずしているとすぐ追いついて来るのでな。だが……」

    「【*5】万一にも、お前がその病気を恥じて、顔をかくしているとすると、それは正しいとは云えない。お前の病気は天命じゃ。天命は天命のままに受取って、しずかに忍従するところに道がある。しかも、それこそ大きな道じゃ。そして、その道を歩む者のみが、真に、知仁勇の徳を完成して、惑いも、憂いも、懼れもない心境を開拓することが出来るのじゃ。」 伯牛は嗚咽した。その声は、窓のそとに立っている孔子の耳にも、はっきり聞えた。

    「費には、治むべき人民がおります。祭るべき神々の社があります。そして、民を治め、神々を祭ることこそ、何よりの生きた学問であります。真の学問は体験に即したものでなければならない、とは常に先生にお聞きした事でありますが、特に、子羔のように、古書について学問をする力の乏しい者は、一日も早く実務につかせる方がよろしいかと存じます。誰だって、実務を目の前に控えて、ぐずぐずしてはおれませんから。」

    「お前は、自分で自分の欠点を並べたてて、自分の気休めにするつもりなのか。そんな事をする隙があったら、なぜもっと苦しんで見ないのじゃ。お前は、本来自分にその力がないということを、弁解がましく云っているが、ほんとうに力があるか無いかは努力して見た上でなければわかるものではない。力のない者は中途で斃れる。斃れてはじめて力の足りなかったことが証明されるのじゃ。斃れもしないうちから、自分の力の足りないことを予定するのは、天に対する冒瀆じゃ。何が悪だといっても、まだ試しても見ない自分の力を否定するほどの悪はない。それは生命そのものの否定を意味するからじゃ。しかし……」「お前は、まだ心からお前自身の力を否定しているのではない。お前はそんなことを云って、わしに弁解をすると共に、お前自身に弁解をしているのじゃ。それがいけない。それがお前の一番の欠点じゃ。」

    「金銭が欲しいばかりが慾ではない。慾はさまざまの形であらわれる。申棖が負嫌いで我執が強いのもその一つじゃ。慾というのは、理非の弁えもなく、人に克とうとする私心を指していうのじゃ。天理に従って金を貯めるのは慾ではない。これに反して、かりに金には冷淡でも、私情にかられて人と争えば、それはまさしく慾というものじゃ。申棖は慾がきつい。あんなに慾がきつくては、剛いとは云えまい。」

    「【*1】学問に大切なことは、学ぶことと考えることだ。学んだだけで考えないと、道理の中心が摑めない。だからいつも行き当りばったりだ。丁度真暗な室で、柱をなでたり、戸をなでたりするようなもので、個々の事柄を全体の中に統一して見ることが出来ないのだ。むろん考えただけで学ばないのもいけない。自分の主観だけに捉われて、先人の教えを無視するのは、丁度一本橋を渡るように危いことだ。向うまで行きつかないうちに、いつ水の中に落ちこむか知れたものではない。事柄によっては、いくら考えても何の役にも立たない事さえあるのだ。【*2】いつだったか、私は、食うことも寝ることも忘れて一昼夜も考えこんだことがあるが、何一つ得るところがなかった。そんな時、古聖人の残された言葉に接すると、一遍に道理がわかるのだ。とにかくどちらも軽んじてはいけない。学びつつ考え、考えつつ学ぶ、これが学問の要諦だ。ところでお前は、そのどちらもまだ十分でない。それも、結局、お前に敬しむ心がないからではないかね。」

    「礼は簡に失してもならないが、また過ぎてもならない。【*9】過ぎたるはなお及ばざるがごとしじゃ。人間にはそれぞれに分というものがあるが、その分を上下しないところに、礼の正しい相がある。分を越えて親を祭るのは、親の霊をして非礼を享けしめることになるのじゃ。のみならず、大丈夫の非礼はやがて天下を紊るもとになる。親の霊をして天下を紊るような非礼を享けしめて、何が孝行じゃ。」

    「口の達者なものは、とかくつまらんことを云い出すものじゃ。出まかせにいろんなことを云っているうちには、結構世の中の憎まれ者にはなるだろう。仲弓が仁者であるかどうかは私は知らない。しかし彼は口だけは慎んでいるように見受ける。いや、口が達者でなくて彼も仕合せじゃ。誠実な人間には、口などどうでもいいことじゃでのう。」

    (小人がつけ上るのも、怨むのも、また嫉妬心を起すのも、結局は自分だけがよく思われ、自分だけが愛されたいからだ。悪の根元は何といっても自分を愛し過ぎることにある。この根本悪に眼を覚まさせない限り、彼等はどうにもなるものではない。)

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    2024年03月29日
  • 青春訳名作シリーズ 出世できない孔子と、悩める十人の弟子たち。

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    『論語』で知られる孔子。
    そしてその論語を後世に実際に書き残した10人の弟子たち。孔門十哲(こうもんじってつ)

    論語に対して世間が思っているんじゃないかという感想を見事に表している見事なタイトルだと思った。

    『論語』自体は簡潔かつ解釈にも多様性があるので、その真髄に素人が入っていくことはなかなか難しい。けれど、孔子とその弟子たちが、現代人にも共感できるようなキャラクター像で描かれることによって、入門編として非常に良書となった。

    理想論に思えるような教えも、等身大の悩める弟子たちと一緒に歩めば、すっと心におりる物語になる。今まで何度か『論語』に挑んでは断念してきたが、この本を読んでからだとまた違った入り方ができる気がした。改めて挑戦してみたい。

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    2024年01月08日
  • 青春訳名作シリーズ 出世できない孔子と、悩める十人の弟子たち。

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    孔子と言えば弟子たちがまとめた論語があるが、どこか読みにくさもあるのはまとめたものだからだと気づいたのはこの本と出会ったからだ。

    孔子がたくさんの弟子たちと色々な考えを語り合い、諸国に旅に出て事や物に触れ高めあう様が自分の中に残った。
    論語も書いていることは同じだろうけど、こちらを読んでからならもっと理解しやすいだろう。

    孔子も弟子たちも私たちと同じ人間であった、その中で色々な感想があり教訓を残してくれた。

    表装はZ世代にウケそうなもので学生向きか?と思ったけど手にとって良かった。
    孔子の旅は水戸黄門みたいだったなか…

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    2023年10月15日
  • 次郎物語 三

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    中学に入学してからの次郎の生活が描かれる。

    ここでのキーワードは「無計画の計画」だが、この言葉は私にはあまり理解できなかった。

    だが、次郎の苦悩はよく理解できる。ここでもやはり感じたのは、良き師、良き友。学生の皆さんに是非読んで欲しい。

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    2023年07月01日
  • 次郎物語 二

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    様々な環境に翻弄されながらも自分の内側へ目を向け始める次郎の成長が描かれる。

    時代が違うのは当然だが、やはり教師の偉大さ、というよりも、立派な教師に巡り会うことの大切さを痛感した。

    勉強を教える友だちみたいな教師が増えていないか、そもそもそういう教師のニーズしかないのではないか、何か大切なことが学校という場から抜け落ちてしまったんだなと感じた。

    情報は世の中に溢れかえっている。反面、自分で考えることはほとんどなくなってしまった。

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    2023年06月25日
  • 次郎物語 一

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    以前読んだ「有名人の愛読書」を挙げる新書の中で、北野武の愛読書とあったのと、昔から名前だけは知っていて気になっていたので読んでみた。

    時代は昭和初期?まだなんとなくイメージがつく時代の話であり、幼い次郎が色々な想いを抱きながら、少しずつ成長していく様が描かれている。

    時代は違えど、自分もまさにそんな嫌らしい意地悪な気持ちがあったことなどが思い出された。

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    2023年06月25日
  • 論語物語

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    論語に記される言葉を、物語にしてわかりやすく説明されていて、自分の理解がいかに表面的であったか身に積まされると同時に、深い感嘆を覚える作品でした。

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    2023年02月02日
  • 論語物語

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    斉藤孝の『読書する人だけがたどり着ける場所』から読みました。
    『論語』を孔子と弟子の対話を「物語」として書いてあるため、とても読みやすかったです。28個の物語で構成されており、それらを個別で捉えることも、全体として捉えることもできる本でした。
     また、各物語の初めに書き下し文が書いてあり、物語の1小節を読んでからもう一度書き下し文を読むと、それがすらすらと読めました。

     個人的に最もグッと来たのは「一以て貫く」の物語でした。
     学びの語源は「真似る」というのは広く知られています。教えるとはただ言葉だけでなく、その礼や生活の全てを通して実行されている。そして、ただ師を「真似る」だけでは本当に「学んでいる」とは言えない。と私は結び付けました。
    教師になったとき、子どもたちに何かを教える際、言葉、教科書、態度それら全てを使うこと、つまり「私」という人格の全てを用いて「真似」をし、子どもたちが自ら伸ばしたいと思うことや、私の真似をしたくないということを気付かせ、考えさせることがある種の使命だと考えました。
     誰もが知る聖人「孔子」、これまで読んだ本において、徳川家康、福沢諭吉。渋沢栄一も『論語』から学んでいました。
    「孔子その人生において「奇蹟」が一切ないという点で私は西洋哲学よりも孔子の生き方を真似たい」と述べた渋沢栄一に大賛成です。

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    2022年09月29日
  • 論語物語

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    書店でピンと来て、手に取ってみたが、素晴らしい本だった。
    論語をもとに下村湖人さんが、紡いだ小説。
    次郎物語は知っていたが、論語物語は、その存在さえ知らなかった。
    孔子は聖人で、私たちの理解など遥かに超えた存在だと思う。
    今のようにスマホや、インターネットが存在する現代には生まれることのない人間だ。
    私は、統合失調症で、病苦を重ねてきただけの人間だ。
    病気故か、私の非才故か、不遇をかこっている。
    けれど、私にも道を志すことは出来、成功は出来ずとも、成長は出来る。
    迷い多き人生ではあるが、孔子の、「天を信じ、己を信じて、正しい道を歩いて入れば、道は必ず開ける」、という言葉を拠り所に、これからの人生を歩んでいきたいと思う。

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    2021年06月30日
  • 次郎物語 五

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    昨年から読み継いできた次郎物語、とうとう最終巻第5部が終わりました。青年期を迎えた次郎の葛藤、恋、社会の急激な軍国主義化の渦の中で、第一部からの伏線などが結びついていきます。第6部、第7部が構想されていたようですが、この形で未完という感じはしませんね。

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    2021年01月11日
  • 次郎物語 一

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    岩波文庫の4月の新刊でガセットの「大衆の反逆」新訳が出たので買い求めたのだが、その際、同時に刊行されたので手にした一冊。こんなに有名な作品なのに、私は、子供の頃から50歳を越した今に至るまで、読まずにきた。
    ガセットよりも先に読み通してしまった。何気なく描かれているように見えて、人物描写の深さに感銘を受けました。続きが読みたい。

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    2020年05月14日
  • 論語物語

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    これは名著だ。

    『論語』に出てくる教えを、孔子と門人たちの物語に
    仕立てている。だから、『論語物語』。

    論語とか孔子とか聞くと、ものすごく敷居の高い感じ
    に聞こえるけれど、この本の中に出てくる孔子はとても
    身近な存在。
    かと言って、その教えの中身の濃さは少しもうすれて
    いない。
    下村湖人の成せる業。



    この本はいつもカバンの中に入れておいて、仕事で
    心が乱れたときなどに帰りの電車で読んだ。
    そんな乱れがちっぽけなことに感じてきて、ラクな
    気持ちになれたこともしばしば。
    ずっと手元に置いておきたい一冊。

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    2018年11月18日
  • 論語物語

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    ネタバレ

    11/03頃、ベオグラードにて
    論語を非常に分かり易く、新たな物語に再構成している。
    全体的に、出世や他人からの評価ではなくて、いかに道理にかなった人間でいるかが大切、という話。
    こういう模範的な理想の話をいかに現実の毎日に適応させて実行するか、ということを考えて行動に表すことで始めて意味が生まれるのかな、と思う。

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    2018年11月12日
  • 論語物語

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    最初は、かわいそうな子貢にばかり目がいってしまった。
    何度も読み返したくなる心の本。つらい時に何かしらのヒントになる。

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    2018年11月11日
  • 論語物語

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    ・なによりも自分を忘れる工夫をすること。自分のことばかりにこだわっていては君子にはなれない
    ・自分たちの周囲には、いつも老者と、朋友と、年少者がいる。人間は、この現実に対して、ただなすべきこをなしていけばいいのだ
    ・斃れもしないうちから、自分の力の足りないことを予定するのは、天に対する冒?である
    ・足一歩門外に出たら、高貴の客が目の前にいるような気持でいるがよい。人民に仕事を命ずる場合には、宗廟の祭典にでも奉仕するようなつもりでいるがよい。そして自分の欲しないことを人に施さないように気をつけよ
    ・上に立つ者の方で何が正しいかをはっきり理解していないと、とんでもない結果になることもある
    ・自分の父親を訴えるような者は正しい人間ではない。父は子のために悪いことを隠してやり、子は父のために悪いことを隠してやる。それが人間の本当の正しさだ
    ・君子の理想は、用いられればその位置において堂々と道を行い、用いられなければ、退いて静かにひとり道を楽しむ、というところになくてはならない

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    2018年11月04日
  • 論語物語

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    論語の名句を引用しながら、孔子と弟子達のいきいきとした物語が展開される。ひとつひとつの物語に感銘。著者の論語に対する造詣の深さにも感嘆する。

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    2018年03月30日
  • 論語物語

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    【阿南】老若男女問わず、お勧めしたい、楽しんで論語に触れることが出来る1冊です。
    訳本によっては分かりにくい論語の1つ1つが、ストーリーとしてとても理解しやすく描かれています。
    きっと、お弟子さんたちの中に、「自分とそっくり!」と共感する人が出てくると思います。

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    2016年03月28日
  • 論語物語

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    論語入門にはいろいろな本がありますが、どれも難しくて理解できないものが多い。ただ、この論語物語は孔子とその弟子たちのやりとりを解説ではなく、小説風にしていることでわかりやすいし、物語に入りやすいし、非常におもしろい。論語の入り口・入門書としては最高にオススメ!

    この本では孔子や愛弟子の子路、顔回たちの人間性がにじみ出ていて、論語を学ぶ前に読めば、論語の理解・解釈がさらに深まるはず。特に、子路はある意味、人間味あふれていて爆笑!

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    2016年01月30日
  • 論語物語

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    内省の書。
    悩んだとき、人間関係に疲れたとき、成功したのに不安なとき、心細いとき。

    孔子とその門人たちと。
    問答に聞き耳をたてていたら思いもかけず孔子の目に射抜かれてどきりとする。

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    2015年09月22日