塚谷裕一のレビュー一覧
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とっても癒されます。
この本の前が、同じ生物系でありながら、反科学・反進化論との戦闘本?だったので、特にそう感じます。
日本って平和だなと思いました。
癒し効果には理由がるようです。
このフォト・エッセイは、皮膚科医師向け雑誌に連載されたもの。エグイ?皮膚科症例写真のなかにあって、しばし目を休めるページだとか。読者から癒しを期待されていたみたいです。
エッセイの文章だけでなく、レーザー顕微鏡で撮影されていたりで、写真も著者の塚谷裕一(つかや・ひろかず)先生が撮られたそうです。
塚谷先生、どこかで・・・思いだしました。三浦しをんさん『愛なき世界』の取材先の先生でした。
本書が出版された当時、すでに278回連載されていたようです(そして現在も続いています)。
そのなかから、特徴のある76種を選ばれています。
特徴と言っても焦点が絞りにくいのか、植物の部位に注目して、葉、花、果実・種子、茎・枝・幹、根、からのピックアップです。
各フォト・エッセイの文章は3~5ページくらいです。難しそうなことは書いてないです。
研究的なことはちょっとだけです。なにしろご自身が「子どものときに読みたかったもの」にフォーカスされているから、そうなるのかな。
また、わからないことは、わからないとはっきり書いてあります。とぼけた感じがよいです。
例えば、あみあみ葉っぱの水草「レースソウ」です。
(塚谷先生) 「レースソウという植物をご紹介しよう。」
(わたし) 先生、よろしくお願いします。
(塚谷先生) 「・・・かなり無駄なことをしていると見ていい。」
(わたし) よくご存じなんですね?
(塚谷先生) 「・・・いったい、この穴は役に立っているのだろうか?」
(わたし) わからんのか~い!(笑)
活動の幅がたいへん広く、博識の塚谷先生ですが、とっても愉快な先生でもあるようです。 -
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塚谷先生というと、最近南方熊楠賞を獲られたと報道されていた。
が、自分には以前Eテレでやっていた『エウレーカ』という番組に何度も出演していたことが思い出される。
においに辟易する又吉さんをしり目に、ドリアンを次々鉈で割ってむしゃむしゃ食べていたシーンが印象に残っている。
本書は、近代文学に出てくる植物について考証したエッセイ集である。
漱石の『それから』に出てくる「白百合」は鉄砲ユリではなくヤマユリである、鏡花の『二、三羽―十二、三羽』に出てくる「ゴンゴンゴマ」とはヤブガラシ…などという考証は、さすが専門家。
その専門家の視点では、志賀直哉の描写はかなり正確であると高く評価されていたのが面白い。
作中に出てくる花々と重ねられる女性登場人物たちの関係を読み解いた「『虞美人草』の花々」などは、どこか文学研究者の文章のようでもあった。
が、その文学研究者にも塚谷先生は手厳しい。
「実体を見たこともないままに(したがって状景を想像しないままに)机上の象徴論をしていることが明らかなものも見受けられる」(p103)
「小説の小道具としての植物を知らないのはともかくとしても、それならせめて、専門の文学の立場から、「詩を衒って」の「詩」や、「小説の真似事」の「小説」の指すところなどは、それぞれ何を指しているかくらいは把握して論ずるべきだと思うのだが、これも意外に手薄なようだ」(同)
この批判がどれくらいあたっているか、私にはわからないけど、文学研究者、立つ瀬なしである。
「関東大震災でカビた街」。
モニリアというカビが、大震災後の東京で大繁殖した一件を追った文章で、これも面白かった。
火事で他の菌が焼けてしまった間隙をついての大繁殖だったということだった。
文章の末に、東京大空襲の後にも同じ現象が起こったということが書き添えられていた。
これは東京だけの現象だろうか?
戦災で焼けた町は他にもあるが、例えば他の地方都市でも同じようにモニリアが大繁殖したなどということがあったりしなかったのだろうか? -
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道路舗装の割れ目とか、溝に溜まった土とか、
ほんのちょっとしたスキマに植物がよく生えています。
一時、「ど根性大根」などとブームになったこともあります。
もう、あと2~3メートルいけばなんぼでも広い土があるのに、
なんでまたこんな狭いスキマに好きこのんで生えてるんや、
こいつは生存競争の“負け組”か、とついつい思いたくもなったりして。
でも、それは大違いのようです。むしろ、その逆。
植物学者、塚谷裕一東大大学院教授が、そんなスキマに生える植物を記録し、図鑑にして解説してくれています。
「スキマの植物図鑑」中公新書
塚谷教授によると、植物は陽光を受け、水と二酸化炭素を原料に糖分を生みだして生きている。
動けない植物にとって陽光はとくに大切で、隣に自分より背の高い植物が生えると当たらなくなり、生きてゆけない。それゆえ、ひょろひょろと茎だけ細長く伸びる植物がよくあるのだそうです。
スキマで生きれば、隣にそうした”ライバル”がいない。
だから、思いっきり太陽を独り占めできる。
また、道路の割れ目などは、雨が降ると路上の水がそのスキマに流れ込み、乾燥もしにくいので水もたっぷりいただける。
そんなわけで、まさにスキマは天国のようです。
写真の2枚目は、トラックの横に溜まった土に生えている植物。
こんなところも見逃さずに生えるのですね。
3枚目は、草かなと思うと間違い。なんと、アスファルトの割れ目に、タンスをつくるキリが生えているのです。
写真にはないけど、スミレ類はアリに種を巣まで運ばせ、そこで芽を出し、成長するらしい。
植物たちはたくましい。 -
Posted by ブクログ
「スキマ」と言っても,最近はやりの〈忙しい時間の合間〉のことではありません。文字通り,隙間〈狭い空間〉のことです。
都会のアスファルトの間で垣間見ることのできる,約100種類の植物について解説してくれます。「どのようして,こんな隙間に来たのか」,想像を巡らせているのもおもしろいです。また,その植物についての生態的な話題はもちろん,文化的・歴史的な話題も豊富で,読み物としてもおもしろいです。たとえば,もととも日本産だと思っていた「ヤマトナデシコ」が,海外にも広く分布していることを知ると,「ナデシコジャパン」でいいのかなあなんて,思ったりします。
スキマで生きるこれらの植物たちは,ヒトから見た時の「けなげに,厳しい環境で生きている」わけではないようです。以下は,引用を見てください。