田嶋陽子のレビュー一覧
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去年だったかVogueで田嶋さんのインタビューを読み、遅まきながら著書を読んでみました。元は1992年出版なので、メインとして語られているのは自分の母あたりの「主婦ドレイ」の話なのだが、女性の不払い労働を基本に成り立っているという社会への批判は引き続き有効だなあと思わざるを得ない。
そんな中で、家事や子育てをしている自分が嫌になり、ちょっと暗い気持ちになってくる。「女性が輝く」だの「少子化を食い止める」のも、結局は男性に都合のいい社会を作るためのスローガンじゃないかと思えてくるし、そんな社会を長続きさせるためなら、いっそこのまま少子化が進んで人間なんて絶滅してもいいんじゃないかと。そんなラディカルに考えなくてもと言われそうだが。
ちなみにこの文庫本には2019年現在の山内マリコさんという方の後書きがあるのだが、私が田嶋さんに抱いていたイメージ(タケシの番組で男性陣と対等に議論するも、なんだか悪役キャラで終わる)をずばり言い当ててくれている。また今回著書を読んで、やっと田嶋さんの生い立ちや主張を知れてすっかりファンになった点も同じ。 -
Posted by ブクログ
首の鎖が長いか短いかの自由しか女には許されていない。
男らしさにあって女らしさにないもの、それは自分らしさ。
この本は、フェミニズムという言葉に引いてしまう人や、
田嶋陽子を男相手に怒ってるおばさんという誤ったイメージを持っている人、
自己啓発中の人、
そしてとにかく男女問わず若い人に読んでほしい!!
田嶋陽子さんがこの本を書いたのは30年前だけど、
今も日本はたいして変わっていない。残念ながら。
自分らしさと女らしさの狭間で嫌になったり
女だからと我慢したり、言えなかったりやれなかったりしたこと、やりたくないのにやったことがたくさんある。
なのでこの本は読んでいて辛くもあり、そうなんだよって納得しまくったり、やり場のない怒りを感じたり、すごく忙しかったけど、読んで良かった。
何なら20年前に出会いたかった。
私ができることはわずかなので、
自分らしく生きる(そうしてるつもりだけど)。
女らしさとか母親だから~とかに惑わされない!
そして自分の家庭には軍隊構造を持ち込ませない!!
娘にも息子にも、自分らしく楽しく生きる姿を見せたい!!
読んでいて書きたいことが溢れて収拾がつかないのでこの辺で終わり。
男性はこの本を読んで何を思うんだろう?そもそも手にとるのかな? -
Posted by ブクログ
1992年に書かれた本、今でも全然話が通じちゃうから、いかに社会がジェンダーの観点で変わってないかよくわかる。読んでて新しい発見もあったりして、私もこの社会のよくわからん価値観に染まってるんだなぁと改めて思ったり。
読んでて、出てくる内容と、私の家の典型的な家父長制、家事労働をやらされる奴隷として存在する母、がぴったり当てはまっちゃうもんだから、深くうなずきながらページをめくりました。今はできないけど、いずれ自分の足かせを外すためにも、ちゃんとそんな家族にも向き合わなくちゃいけないんだろうなと考えました。
まぁとりあえず、私は私の人生を生きるし、母にもちゃんと自分の人生を生きてほしいと思うのでした。 -
Posted by ブクログ
こういう軽くて読みやすい対談でフェミニズムの話を聞けるのはほんとうによいと思いました。
膝パーカッションが止まりません。男女みんな読んだらいいのに。
アップデートされていない高い下駄を履いた側の人間に「対話で教えてあげる」のは、田嶋先生もご存知の通り相当しんどいことではあるのですが、でもやっぱり対話しなきゃ!と仰る姿は眩しいです。
社会も変わり、経済状況も変わり、女性は変わってきた(家事だけしていては生活できなくなった)、次は男性が、政治が変わる番なのに、一向にそんな気配が見えなくて泣きそうになることも多いです。
「痴漢は冤罪もあるよね?」「女性専用車両って逆差別だよね」は身近な人の口からどちらも聞いたことのある言葉ですが、咄嗟に言い返せなかったことが輪をかけて悔しい思いをしました。
これからはきちんと、「交通事故の被害者に当たり屋もいるよねとは言わないよね?」「じゃあ痴漢捕まえてくれる?」と言い返したいと思います。
『あなたがモヤれるのはアップデートできている証拠だから、胸を張ってくださいね』という言葉は支えです。
田嶋先生やアルテイシアさんのように、拡声器となって発信してくださる方々の声がどうか沢山の人に届きますように。
身近な人との対話が苦しくなったら山に籠ろう -
Posted by ブクログ
ネタバレ文庫の初版が平成元年みたい(多分)だから、だいぶ古い本です。この頃現代作家のフェミニズム文学や、男性が書いた新しいフェミニズム系エッセイをだいぶ読んだので、これを読むことでフェミニズムの原点みたいなものを理解できました。
田嶋陽子さんが訴えたのは、私の母親くらいの、団塊世代の主婦たちが、夫や社会の男たちにそうとは自覚せぬままに支配され、女だからという理由で手足をもぎとられ、家内ドレイになっていることに気づくべきだ、ということ。私はその子どもの世代なので、団塊世代の女性たちがいかに家事育児といった家庭内の無償労働を強制されてきたかよくわかる。時代が変わっていく中で、彼女たちは「本当は私も社会で活躍したい。自由になりたい。女に生まれなかったら、こんな思いをせずに済んだのに。」と思いながら、良妻賢母であることを求められ、なにせ自分たちが団塊世代で競争が激しかったから、子どもたちは競争に勝ち抜かせたいと、教育に熱心にならざるを得なかった。
私はそんな母の影響を大いに受けて育った。私の母は主婦として家事をこなしながら、常に正社員として働いていた。それでも給料は安く、どんなに頑張っても男性の補助的な仕事しかできなかったので、私と姉には、男性と対等に働ける仕事に就きなさい、とずっと言い続けた。母は、どんなに給料が安く、パートの方が時給が良いように見えても、長期的に見て正社員の方が良いと判断し、正社員として就職することにこだわっていた。夫婦仲は悪くなかったが、経済的に夫に依存せざるを得ないことをよく嘆いていた。
田嶋陽子さんは、「女に生まれて損した」と思ったことがない女性は、社会に根強くはびこっている構造的な差別に気づいていない。と言う。制度を作っている男性が、女性が活躍できないように(意識的にせよ無意識的にせよ)しているのだから、奴隷船の甲板の下で無償労働(オールをこぐこと)をさせられている女性が、甲板の上に上がるべきだ。男女雇用機会均等法などで、女性が活躍できる世の中に変わりつつあるが、まだ今は、女性が甲板の下で無償労働をこなしながら、ときどき甲板の上に上がって男性と対等に働くことが許された段階に過ぎない。女性は男性の何倍も頑張らないといけない状況だ。
↑この比喩は、私にはとてもよく分かる。
私自身は、母が望む通り、男女平等の仕事に就いて長く頑張ってきた。しかし、甲板の下でも一生懸命にオールをこいできたし、今も漕いでいる。そしてオールを漕げなくなったとき、なぜか罪悪感を感じなければならない。家庭の中で、妻であり母である女性が、家事も育児も完璧にこなすことが当たり前だという社会の風潮はなくなってはいないからだ。
しかし、社会が変わってきた恩恵はずいぶんと受けた。育児休業もたっぷりと取らせてもらったし、休業中の保障も十分だったと思う。(育児休業を延長した場合の社会保険料を自己負担せずにすんだのが大きかった)。短時間勤務も利用したし、保育料も途中から無料になった。かつて、先輩たちは仕事を手放さない代わりに、働いた給料のほとんどを保育料に持って行かれていたらしい。
田嶋陽子さんのような女性が、結婚も出産もしない人生を選び、闘って社会を変えてきたからこそ、私は結婚も出産も仕事も…と欲張って生きることができた。
しかし社会はまだまだ変わる余地があると思う。私は職場では女性だから損をすると感じることはあまりないが、子育てをしているとオカシイと思うことが多々ある。小学校のPTAを支えるのは99%お母さん。授業参観やイベントにはお父さんがたくさん来るようになったのに、彼らは下働きはしない。今はお母さんたちもほとんどの人が働いているだろうから、学童保育に入れないのではないか?と心配したらそんなことはなく、小学校1、2年生のお母さんの多くは、小学校が終わる3時前には家にいるような仕事を選び、子育てを優先させている。子どもが自立したあと仕事を再開しようとしたときは、非正規雇用がほとんどだ。そして彼女たちはそれを損したと思っていない。母親なのだから当たり前だ、と考えたり、仕事を続けられなかった自分を責めたりする。
この社会構造を、今の若い人たちが甘んじて受け入れないでほしい。ちょっと、最近のアイドルやアニメの文化が、多様性が浸透してきた一方で、女性はやっぱり胸が大きくて目が大きくて髪が長くてさらさらで、可愛いのが一番!みたいになっているから、なんか逆行しているようで嫌だ。それがラクだからと、女性性を武器にして生き延びようとしないでほしい。 -
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田嶋さんは、私たち女性たちを1人で背負い、私たちの前に立って守ってくれているような気がしていた。結構強い風を1人で受け、あるときは笑われ、馬鹿にされて、それでもなお田嶋さんは、私たちの前に立っていてくれるような気がしていた。
そんな田嶋さんを若い作家たちが再評価して、田嶋さんがまたこういう形で注目される。なんと嬉しいことではないかと思う。
女性たちの多くが、自分の家族との関係性に悩んでいる。田嶋さんもまた「早く結婚してほしい」と思う抑圧的な母親との関係性にずっと悩んでいたことが書かれている。
最後にお母さんとの関係が修復された後、お母さんが植木鉢に書いたメモ
「私は水が好きなのです。水がいないと留守番ができないのです。」それを見たとき
「私は声を上げて泣きました。母が詩のような文章を書いた。それが私にとって感動的なことでした。」
泣いている田嶋さんが目に浮かぶようだ。優しい田嶋さんは、それゆえにお母さんとの関係にずっと苦しんできただろう。愛のある束縛は逃れることは難しい。田嶋さんも何十年もかかった。
この本の中で印象に残った事
「文学には普遍性があると思われていますが、文学が女性差別を強化することもあります。そこに描かれた差別的な女の状況が文学固有の力で美化され正当化されるからです。そして読者の無意識の中で再生産されていく」
文学のもつ諸刃の剣的な側面が、私たちに与える影響を改めて感じた。
それからもう一つ。
田嶋さんは、SNSを一切見ないと言う。SNSの中傷に判断するのにも途方もない労力がかかるからだ。
「もし説得しようとすれば、相手の論理の組み立て方を学び直さなければできません。ときには論文1本書かなければいけないほど大変です。」
確かにそんなことに時間を使っている暇は無い。
田嶋さんはいつもたった一人で戦ってきた。多くのフェミニストたちも田嶋さんとは距離を置いた。ピエロ的な立場に田嶋さんを置いてけぼりにして。
そらでも田嶋さんは発言をやめなかった。なんと今も続けている。
この本を読んで(年下の私が言うのもおこがましいが)田島さんを抱きしめたくなった読者は多いのではないだろうか -
Posted by ブクログ
今の世界は男社会でそのルールからはみ出す人間を排除する世界。現代という世界に生きている自分も、知らずに性差別、人種差別をしてきたかもしれない。
そんな世界の女性の厳しい現状を映画を通して、テレビでも活躍していた田嶋陽子がとき解く。
世界は昔から男尊女卑が続いているが、特にキリスト教、イスラム教の一神教が席巻した中世以降、顕著になる。考えてみると日本は古来、アマテラや卑弥呼のように神、象徴として女性を敬ってきた。それが男は戦いに外へ、女は家庭の中へ。いつのまにか女性の自己主張ははしたないとなった。この本でも、そんな凝り固まった社会観に女性も染まってしまい、尖った女性を攻撃するのも女性がする。その結果、社会が、男が理想とする女を女性は演じることが吉とされてきた。
芸能人、ミュージシャン、政治家、財界人が権力、財力さらには暴力を持ったとたん女性を物のように扱う事件が頻繁に起こっている。
自分が自分の主役になること。無能な親父が高給をもらい威張っている社会だが、よっぽど優秀な女性はたくさんいる。女性の社会進出をもっと願いたい。 -
Posted by ブクログ
田嶋陽子再評価はうれしい。
健気で真っ直ぐ、泥を被ってくれて、ずるくない。
たまにテレビで見かける田嶋さんが、相変わらず頑張ってる姿を見て、痛々しくてテレビを消したことが何度かあった。きっと私も田嶋さんを一人荒野に残した卑怯者だ。打たれても打たれても変わらない姿勢でおじさんたちの毒を浴び続けてきた田嶋さんが、再評価!再評価してくれた人たちにありがとうと言いたい。そしてごめんなさい。田嶋さん。
田島さんが一人ぼっちになったのは、イデオロギーでなくて、自分のためのフェミニズムを語ったからだ。だから、学問領域の隠れ蓑が無くて、ある意味一貫性が無いと非難される。それから、テレビに敢えて出てヘイシストたちとやり合うなんて時間の無駄だし不毛だと思う人がほとんどだったから。田嶋さんの「鈍感力」は、勇気と言い換えてもいい。過敏な感覚の人たちにはなかなかない能力だ。
ホント、田嶋さん81歳の今の今まで頑張り続けてくれてありがとう。
この対談も優しさ、包容力いっぱいだ。
そんな田嶋陽子と対談するアルテイシアは、少しケレン味ありすぎる感じがしてたんだけど、やっぱり頑張ってるなあと思った。
「国連のスピーチでエマ・ワトソンが『悪が勝利するには簡単で、善良な男女が何もしないだけでいい』と話してました。つまり、沈黙する善人ですよね。私はそういう人たちに届くものを書きたいと思っています」(アルテイシア)
自分大好きな感じが、バブリーで、危なっかしい感じもするけど、確か人こういう人がいなくちゃ、裾野が広がらないなと思う。いろんなフェミニストがいなくちゃね。ちょびっとフェミニストとか、時々フェミニストとか、ある意味フェミニストとか(笑)
少し前は結婚してるだけでフェミニスト失格っていう雰囲気があった。厳しい世界っていう感じがして、フェミニストって公言するには勇気が必要だった。上野千鶴子は大好きだけど、上野さんもかつてはそういう雰囲気を醸し出してた。あなた、それでもフェミニストなの?といった感じ。
それは流石に最近は聞かないけど、少しでも甘えたらフェミニスト失格っていう雰囲気は、世のためにならないよね。うっかり、私もアルテイシアさんに対してそういう目で見てたのね。
田嶋さんが言うように、日本が沈没してしまわないように、ガラパゴス化した日本の状況を変えるには、男も女もみんなちょびっとフェミニストになればいい。
本当にこれからの日本が心配だから、男女共にすくすく伸びていって欲しい。誰も足を引っ張ることなく。
この本でおお、そうだ、と思ったこと2つ
性暴力の話に「でも冤罪もあるよね」と言われたら、「あなたは交通事故の被害者に向かって、でも当たり屋もいるよね」と言うのか?と返そう
クリティカルマス
集団の中で影響を及ぼすために最低限必要な数値。
女性登用について一般的に「30%以上」と掲げられるのは、米ハーバード大学のロザベス・モス・カンター教授の「黄金の3割」が根拠
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Posted by ブクログ
評価:3と4の間くらい
今でこそフェミニズムの流れになってきているもののまだまだだな発展途上だなと感じる今日この頃。
田嶋陽子さんの時代なんて、今よりも
女はこうあるべき論が振りかざされてた時代だったはずなのに、その世に良い意味で流されず逆行して自分らしさを確立してる姿はかっこいい。
特に、女性は差別されてることすら気づいていない
っていう文面があって、そうかも…とも思った。
もはや当たり前すぎて遺伝子レベルで組み込まれてるんじゃないかくらいで、でも恐ろしいなと思った。そういう潜在意識がある限り、男性が牛耳る世の中からは変えれない。
あと、母と子の目線でも共感できる部分が多かった。
例えば、
母に対して意見をするとき、まず涙ぐんでしまう。先に感情が出てきてしまってものが言えなくなる。それはうまくいかないときの恋人との関係に似ている。
あとがきでもあったが、この本がすごいのは、
わかる人だけにわかればいいというスタンスではなくて、むしろ 差別されてるなんて思いたくはなくて、差別されてることを気づかないフリしている、すべての女性に向けられているところ。
まず、痛みを伴うけど知ること、でも向き合うことで自信をつけてラクに生きていいよ という応援メッセージもでもある気がする
ビシバシ言うけど、女性の1番の味方 という感じが本から伝わってくる。
メモ -
Posted by ブクログ
諭し、語りかけてくれるような文体なのに内容はズバズバとしかしわかりすぎて、最近の本かと思ったら1992年刊行の本で、エッ日本…時計壊れてんな…というそのネジを回していくのは間違いなくわたしたちの世代なのでしょうね。
結びのエールに田嶋先生の優しさが全て詰まっていた。
わたしも少女時代は田嶋さんのことを声の大きい人だな…なんでそんな言わなくてもいいことをわざわざ言うんだろう…と苦手意識を持っていたものだけど、この本を読んでその誤解というか過去のイメージが雲が晴れるがごとく変わった。
この人は「そんなの聞きたくない人」のためにずっと語っていたんだ。
この本のいいところはあくまで田嶋さんの経験から培われたフェミニズム、ただ「私が楽になるための」フェミニズムであったこと。それは学識がなくてもなめらかに頭に入ってくる。わかりやすくて、すっと受け入れられる。
エトセトラブックスvol.2と合わせて読むとなお充実した田嶋陽子ワールドに浸れる。 -
Posted by ブクログ
田嶋陽子さんというと、どうしても「ビートたけしのTVタックル」でのお姿が浮かぶ。フェミニストでいらっしゃるけど「モテない女のヒガミだ(プロローグより)」という、たたかれ役をコミカルに受けているタレントさんだと。
本屋でこの新潮文庫を見つけたとき、失礼ながら「本もお書きになっているんだ」
ま、大学教授でいらしたし、著書のあるのは当然なのですけど。30年前初発行の本なのに古びていない「ヒガミ」なもんですか!ほんとにまじめな本でございました。
わたくし『愛という名の支配』のタイトルに惹かれました。いま「介護のタダ働き」になりかかっていて「どうしたらいいのか」と悩んでおりますので、つまり「夫婦という名の当たり前のタダ働き」(笑)
嶋田さんは女と男の関係(夫婦の関係)を、奴隷船(ガレー船)の船底にいる舟こぎ手と、甲板上の王侯貴族にたとえたて、わかりやすく説明しています。夫婦においては家事のタダ働きを(内助の功とかいうやつ)許しておいては、問題解決しないと。
でもぶっちゃけて言うと、なぜ日本の男性(特に昭和生まれ)は細々した生活一般(掃除、洗濯、料理、整理整頓・・・)が出来ないのだろう?という疑問に答えるのがフェミニズムの考えかもしれないとわたしは思いました。そうしつけられていなくても済む世界だったから、その方が得だったから、だからいつまでもバレないでほしかったと。
令和の世になり、社会的にいろいろの法律(機会均等・育児休業・・・)も出来てきてはいますし、うちの息子のようにひとりてちゃんとやっている男性もたくさんいます。特に若い世代はそうですね。
嶋田さんはわたくしと同じ歳、道理で昭和男のだらしなさををよくご存じで(笑)
しかし、日本の古い男の問題意識のなさだけではありません。まだまだ世界的にみると仕組みは変わっていませんね。