星野富弘のレビュー一覧
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星野富弘さんの詩画集。2015年の作品。
この作品は、自伝的なエッセイとともに、絵だけの作品群が多く掲載されている。
前半には、小学生の頃の絵を交えて、少年時代の様子を窺い知ることができる。
お母さんが、なんでも取っておいてくれたとの事……小学校時代に描いた絵が残っているって、ステキなことだ。
引用
群馬大学病院の銀杏 1976年
銀杏のあでやかな黄葉がほんとうにきれいで、今ならスマホで写真を撮るところだろうが、将来そんな便利なものができるなんて夢にも思っていなかった。しかしなんとかこの感動を残したいという思いは同じだ。
美しいものに出合った人間って、そういうものではないだろうか。そして感動が大きいほど、散り始めたときの、寂しさも深い。でも、その寂しさもいつの間にか好きになった。
買ったばかりでうれしくて仕方がないのだろう。銀杏の木の下に止めた真っ赤な新車を、しょっちゅう見にくる若い医者もいて、人間も楽しい。自動車を描いたのは、後にも先にも、この一枚だけだ。
当時お世話になった医師がまだいらっしゃり、お誘いを受けて桜の花の季節には毎年のように病院を訪ねている。この絵の銀杏は何本か残っているが、校舎と病院を結ぶ渡り廊下は、取り壊されてしまった。
銀杏と、木の間から見える渡り廊下の絵とともに
長い病院生活の中で、定点観測をしながら、絵を描く。昔のことを幾度となく思い返していた様子がありありと浮かびます。
寂しさもいつのまにか好きになった…なかなか言えないセリフが刺さった。
若い医師の真っ赤な新車…
今はない渡り廊下…
過ぎ去っていく時間を感じる
僕たちは、生き急いで、やるべきタスクに追われ、逆に無駄な時間を過ごしているのではないだろうか…
「未来」のことを考えすぎて、「今」をおろそかにしてはいけない事と同様に。
「今」を大切にしようとするあまり、「過去」を、「思い出」をおろそかにしてはいまいか…
そんなことを思いました。
立ち止まる大切さ
過去に出会った人たちへの感謝
そう言うものも、今の自分を輝かせるために大切
絵と向き合い、ゆっくりと考える時間があった富弘さんの病院での時間。田舎に帰った時の時間。
そんな時間を感じながら、
そんなことを思いました。
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Posted by ブクログ
こちらの詩画集も義母から借りました。これまで読んできた詩画集とは違ってて、読みにくい漢字にはふりがなが添えてあります。そして、草花だけでなく、日常生活の景色とか何故か豚とか?の絵もあったりします。星野富弘さんは、「…花だけでなく景色も動物も私にとっては美しいのです…」と作中に記しています。そして、前のレビューではお母様への思いはたくさん感じられるけれど、奥様への思いを表した詩画が少ないとのでは…と残してしまいましたが、いえ違いました!!この詩画集には奥様への愛が溢れています。
というのも星野富弘さんが、どのようにしてこの詩画集を含めてどんな風に作品を完成させていくのかが書かれているからです。奥様なくして詩画集の完成はありません。一日2時間筆を咥え、筆の種類や絵の具の色などはすべて奥様に指示されており、午後は口述筆記で随筆を完成させる…詩画集は二人の子どものようなものと、おっしゃっています。
そして、表紙の1984年に描かれた“秋のあじさい”…
『一日は 白い紙
消えないインクで文字を書く
あせない絵の具で色を塗る
太く、細く
時には ふるえながら
一日に一枚
神様がめくる 白い紙に
今日という日を綴る』
やっぱり素敵だなって…いのちは自然から派生しているもの、そして花を描いてやるじゃなく、描かせてもらっている…収められている詩画、すべて素敵でした。いのちの尊さ、やさしさをいっぱい感じ取れます。改めまして、素敵な詩画を生み出してくれた星野富弘さんの御冥福をお祈りします。いつか、富弘美術館を訪ねたいと思ってます。 -
Posted by ブクログ
頸髄損傷により首から下が動かなくなった、星野富弘さんによる手記です。口に筆を咥えて書かれた絵と詩を載せ、幼少期から結婚するまでの過程が書かれています。
絶望的な話が続くのかと思いきや、くすっと笑えたり、はっと気付かされたり、心を穏やかにしてくれたりと、読み進めていくうちに色々な感情を抱かせてくれました。
私は弱者の味方でありたいと思いながらも、未だに偏見を持っていたようです。この本を読みながら痛感させられました。まだまだ常識や先入観に囚われて物事を考えてしまっています。感動どうこうよりも、自分自身の心の持ちようを教えてくれた一冊でした。 -
Posted by ブクログ
私が気に入った詩
えいざんすみれ
花が小さくk
見える日
私のこころも
小さいと思う
花が大きく
見える日
私のこころは
広いと思う
とらのお
スターになった気分でしたよ
山道で歌ったら
木漏れ日のスポットライトに
谷川の生伴奏です
〝虎尾草”という
白い花が
ペンライトのように
ゆれていました
さざえ
果物や野菜は
描いてから
食べる。
貝は
食べてから
殻を描く
得をしていると
つくづく思う
あけび
猿の群のようjに
枝にぶら下がり
木の実を食った
すり傷だらけの少年たちは
どこへ行ってしまったのだろう
アケビが口を開いたというのに
木の枝
使いみちもなく
放り出された木の枝
しかしその陰で
寒さをしのぐ虫がいた
拾い上げて
枝にする人がいた -
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やはり大津秀一著「死ぬときに後悔すること25」で紹介されていた本ではなかったかと思う。星野氏は器械体操の先生だったが、指導中の事故で頸椎を損傷し首から下の自由を失う。
その後数年のリハビリの後、口で筆をくわえて絵を描けたり文字を書いたりできるようになる。そして自作の絵や随筆を集め絵本形式にまとめたのが本書である。とても口で筆を運んだとは思えないような美しい花の絵や、こんな境遇にあるとは思えないポジティブなエッセイは読む人すべてに感動や勇気をもたらしてくれると思う。
星野さんは車椅子に取り付けた鈴がチリンと鳴るたび、始めのうちはうるさいと思っていたそうだ。ところがいざ実際の路上に出てみると、道に穴が開いていたり段差があるような所でその鈴はチリンと鳴って教えてくれていると思えるようになったという。
鈴の音一つでも、物事の見方や考え方によって意味が違うことを、この「鈴の鳴る道」が教えてくれたのだ。