入不二基義のレビュー一覧

  • 足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

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    哲学っぽいお話を集めたエッセーみたいなものです。著者さんもおっしゃってるけど、哲学の深いところまで、というよりは入口までといった感じのものが多いかな。それほど難解というわけでもなく、けっこう楽しんで読めました。
    「無関係という関係」「数と時の思考」がよかったですね。
    特に後者については、かなり面白く読めました。1というのは多義的である、とかあんまりそういうふうに見たことがなかったから新鮮だったし、時間の流れの観念と結び付けてるのもおもしろかった。人類が数字やときの概念を生み出したってのは本当にすごいことだよね。
    逆に若干こじつけの感が強かったのは「さまざまな「迷信」」。これはなんだかよくわから

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    2009年10月22日
  • アントニオ猪木とは何だったのか

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    小学生の頃、猪木を観てプロレスが大好きになった。
    テレビのスピーカーにカセットデッキを近づけて録音をしたなぁー。
    休み時間は、プロレスごっこ。「ロープに振ったら返ってこなくちゃいけないんだぞー」

    猪木の人生、知らないことがたくさん書かれてました。夢枕獏さんの個人的な思い出がストレートで良かった。

    自分にとってのアントニオ猪木は何だったのか?
    そうですね〜、、、世界で一番強い日本人でいてほしい人、かな。
    子供ごころに「感動」ということを教えてくれたことが忘れられない。実況をカセットで何度聞いても感動したなぁ。

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    2024年02月13日
  • アントニオ猪木とは何だったのか

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    現役時代も現役を引退してからも、意識的にか無意識にか、多くの謎掛けを残していった猪木(猪木が現役バリバリだった頃はまだプロレスを見ていなかったので、あくまで印象だが)。とてもプロレス的で、今になってYouTube等でこれを分析するチャンネルがあって、楽しく見ている。だからこそ気になった本。内容としてはライトで読みやすかったが、ターザン山本の文章(文体?)に懐かしさを感じた。かつて週刊プロレスを隅から隅まで(何なら縦帯まで)読んでいたので、あの頃の記憶が蘇ったのかな。何とも不思議な体験だった。

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    2024年03月23日
  • アントニオ猪木とは何だったのか

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    もう一周忌。プロレスをこれまでも語ってきた論者たちの一年遅れの弔辞集です。ターザン山本の「プロレスについて考えることは喜びである。」というキャッチフレーズは大嘘だ、って言い放ち「猪木について考えることは喜びである。」とヤバすぎるエピソード連発する遅れてきた猪木ファン吉田豪。日本が世界に誇る三大偉人として空海と宮沢賢治と猪木と並べる妄想マックス夢枕獏。猪木を1000万人に通じる言葉を求めた人として、村上春樹の横に置くアカデミズム松原隆一郎。久々のターザン節がなんとなく旬じゃない感じのターザン山本。猪木、たけしだけじゃなく、村松友視、古舘伊知郎、ターザン山本に洗脳されまくりの人生突き進み、そして傷

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    2023年10月06日
  • 足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

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     随想ということで寸止め感いっぱいw その昔デリダが全然理解できなくて,全然関係ない入不二さんの本を読んだときに,「これって分析系の言語で書かれたデリダじゃん!」って思わず叫びそうになったのが懐かしい。そのときは何か理解が深まった気がしたものだ。まぁ,今思えば多分僕の誤読なんですけど。。。

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    2012年06月19日
  • ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか

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    とても難しい哲学者のひとりであると思う。
    概要が記載できない自分がイタイ。
    こういう人物がホントに天才なのだろう。

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    2011年06月28日
  • ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか

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    ウィトゲンシュタインの「私」に関する思想にのみ集中したウィトゲンシュタイン本。論理哲学論考、青色本、哲学探究のそれぞれ一部について、三つの章で書かれています。テーマが絞られていてページ数も少ないのですが、それでも私には難解でした。

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    2011年06月12日
  • 足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

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     父親と子供、子供は父親と母親の間から生まれるから、まず父親が存在しないと、その子供は存在し得ない。
     子供がいるから、男性に「父親」という属性が与えられるのであって、父親もやはり子供がいないと存在し得ない。
     つまり、どちらか一方が時間的に先じてるわけではない。

     こんな、とっても哲学的なことを徒然と書いている。
    このパラドクスは言葉を使う限り、決して解決できない問題だけど、その難題を徒然と考えている。それがつまり哲学なのであって、どれだけ勉強しても歳を重ねても、結局その問題に立ち戻るのかいと思ってしまう。
     その堅苦しい思考に、詩的エッセンスを加えてみたら

    「あらかじめ失わ

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    2009年10月11日