「GIVE&TAKE-「与える人」こそ成功する時代-」Adam Grant
「ギバーであることは一〇〇メートル走では役に立たないが、マラソンでは大いに役立つ」
ビジネススーツを着せただけで、人間関係や他人の利益に払う注意が大幅に減ったことがわかっている。
自分にまったく利益をもたらさない人間をどうあつかうかで、その人がどんな人間かがはっきりわかる」
人は権力を手にすると、寛大になって責任感が強くなる一方で、生来の傾向が表に出やすくなることがわかっている。
テイカーは自分のことで頭がいっぱいなので、三人称の代名詞(私たち)より、一人称の代名詞(私)を使うことが多い。
自分が何ももっていないとき、まず最初にどんなことをしますか? 人と関係を築き、ほかの誰かのために何かしてあげようとするでしょう?
値を交換するのではなく、リフキンはひたすら価値を「増やす」ことを目指している
テイカーは、自分を偉く見せて、有力者にとり入るためにネットワークを広げ、一方マッチャーは、人に親切にしてもらうためにネットワークを広げる。
与えることは、とくにそれが首尾一貫している場合、グループ内のほかの人のギブ・アンド・テイクのやり方をしだいに変えていく。つまり、与えることは「感染」するのだ。
不慣れな場所に行くと、人はほかの人のふりを見てふさわしい行動を知ろうとする。そこで誰かが与えはじめれば、それが当たりまえの振る舞いになり、ほかの人とのやりとりのなかで積極的に実行するようになるというわけだ。
グループに一貫したギバーが一人いると、ほかのメンバーはより与えるようになる。与えることをごく当たりまえのことにするには、たった一人ギバーがいるだけで十分なのだ。与えることによって、グループのほかのメンバーに得をさせることができる。与えれば受けとる金額は少なくなったが、ほかのメンバーを与えようという気にさせたので、結果的には、参加者全員により多くの総額を提供することになった。ギバーは与えることを「当たりまえ」にし、グループ全体の利益を大きくしたのである。
グループの目標は、与えることの大切さを行きわたらせること。取引する必要もなければ、交換する必要もありません。だけど、グループの誰かに親切にすれば、自分に助けが必要になったとき、きっとグループの誰かが親切にしてくれますよ
天才はテイカーになる傾向があり、自分の利益を大きくするために、ほかの人から「知力、エネルギー、能力を奪う」。
それに対し、天才を育てる
天才を育てる人はギバーになる傾向がある。
クリエイティブな建築家のほうは、平凡な建築家と比較すると、はるかに「要求が多く、攻撃的で、自己中心的」なことで際立っていた。のちの調査で、これと同じパターンが、クリエイティブな科学者とそうではない科学者を比較した際にも見られた。クリエイティブな科学者は、「優越感、敵意、精神の異常さ」においてスコアがかなり高かった。
また、極めてクリエイティブな科学者は、他人を軽んじる傾向があるという結果が出た。彼ら自身も、「私は他人の働きを軽んじて、手柄を自分のものにしがちだ」「ほかの研究者の価値を評する際、当てこすったり、けなしたりしがちだ」といった言葉に同意している。
テイカーはユニークなアイデアを生み出し、反論をものともせず、それらを擁護するコツを心得ている。自分の意見に絶対的な自信をもっているため、普通の人なら創造力を抑え込まれてしまう「社会的な承認」に縛られることがないからである。
自分の知力にだけ頼った、一見、個人の力が大きい仕事でも、成功するかどうかは自分で理解している以上にほかの人びとの協力にかかっている
患者の死亡率を下げるには、外科医は手術をサポートしてくれる特定のチームメンバーとの協力関係が必要
「スターを雇うことは、スター自身にとっても、雇う側の会社にとっても、利益をもたらさない」
非常に才能のある人は他人に嫉妬されやすく、嫌われたり、うらまれたり、仲間はずれにされたり、陰で中傷されたりする。ただし、これがギバーであれば、もはや攻撃されることはない。それよりむしろ、ギバーはグループに貢献するので感謝される。
ギバーとして信用を得ると、ちょっと大胆で挑戦的なアイデアを出しても、まわりに特別に認められてしまう
人間は「他人がしてくれたこと」より、自分が「してあげたこと」に関する情報をより多く手に入れる。悪気がなくても、人は自分の貢献を過大評価し、他人の貢献を過小評価する」責任のバイアス
自分自身がやったことを評価するまえに、相手がしてくれたことをリストにするだけでよい。
うまくいかないときは自分が責任を負い、うまくいっているときは、すぐにほかの人を褒める。
グループ作業を成功させるカギは、手柄を共有することである。
視点のズレ
心理的・身体的な興奮状態を経験していないとき、人はそれが自分に与える影響をひどく過小評価する。たった10分でも人は忘れる。
「自分は『よいことをしているのだ』と何の疑問も抱かずに信じきっていました。本当はどうすべきかを知るには、患者に意向を尋ね、話し合うしかない。
成功するギバーは、自分のものの見方を相手の視点に合わせる。だが、これを最初からできる人はそうそういない。
贈る側は独自の贈り物をするほうがいいと考えたのに対し、受けとる側は「欲しいものリスト」にある贈り物のほうを好んだ
他人の視点から見るといっても、たいていの人は自分のものの考え方から出ることはなく、「この場合、『私』ならどう感じるだろうか」と自問する傾向があることがわかっている。そうやって贈り物をすれば、自分が選んだ品を自分が受けとったときの喜びはイメージできる。
ただし、これは受けとる側が経験するのと同じ喜びではない。受けとる側は好みが違っているからだ。
人を真の意味で助けるには、自分のものの見方の外に出なければならない。マイヤーがしたように、こう自問する必要があるのだ。 「この場合、『受けとる側』はどう感じるだろうか」
「自己成就予言」(他人から期待されると、それに沿った行動をとって期待どおりの結果を実現する
一流のピアニストのほとんどが、最初は「家族や近所の子どもに比べれば才能がある」程度だった
ピアニストは当初、一流のピアノ教師から習ったわけではなかったのである。ほとんどが、関心、集中力、やる気によって、より高い業績を達成することがわかっている。
一定以上の能力をもった候補者がたくさんいたら、粘り強さは、その人がどこまで可能性を発揮できるかを予測する大きな要因になる。
ある分野の専門的技術を習得するには、コツコツとした練習が延べ一万時間は必要なことが明らかになった。
「知力投資説」カテルは、「関心」こそが、人に時間とエネルギーを投資させ、特定のスキルや知識基盤を発達させる
人は自分よりも他人のために選択するとき、より的確で創造的な決断が下せる
自分を中心に考えると、エゴを守ろうとすることによって決断が歪められるだけでなく、考えうるあらゆる局面に適した選択をしようと悩むことになる。 しかしギバーがごく当たりまえにやっているように、他人を中心に考えて選択すれば、エゴや些細(ささい)な事柄に振り回されることは少なくなる
ギバーは全体を見て、ほかの人びとにとって一番大切なことを優先させる
選手を成長させるのは、才能ではなく、努力
テイカーは「他人からこう見られたいと思う自分の姿に反するような、周囲からの批評や仕事ぶりに関する評価を軽視しがち
ギバーは、「自分への影響を気に掛けることなく、周囲からの批評を受け入れ、それに従って行動する傾向がある」
批判されていると感じたとたん、テイカーは忠告を受け入れる気になれなくなる。
ギバーは、可能性の片鱗が見え隠れするまで待ったりはしない。他人の意図を疑わず、楽観的に解釈するので、すべての人のなかに可能性を見出そうとする。
ランキング上位のテニスプレーヤーには、最初のコーチに「特別に目をかけられた選手が多く、それは身体能力がとりわけ優れていたからではなく、やる気があって、猛練習もいとわなかったから
人は話せば話すほど、いっそうグループについて知ったと思うものなのだ。**テイカーのように話を牛耳(ぎゅうじ)って会話を牛耳ると、ほかの人がひと言も話していなくても、周囲の人のことがわかったような気になる
弱みを見せても効果があるのは、周囲の人びとに有能だと認められている場合に限ることだ。
達人がヘマをすると、好感度がいっそう上がったのである。 心理学者はこれを「プラットフォール効果」
ギバーにとって有利な交渉術がある。それは**「アドバイスを求めること
強気のコミュニケーションはその場かぎりの面接では効果的だが、チームワークやサービス関係では、チームのメンバーの尊敬や賞賛を失う要因となる。
売り手が買い手に、価格の折り合いをつけるにはどうしたらいいかアドバイスを求めると、**四二パーセントが合意に達したのである。**アドバイスを求めることによって、協力関係と情報の共有がうながされ、もめがちな交渉を、双方が得をする取引に変えた
アドバイスを求めることは、ゆるいコミュニケーションの一形態である。誰かに何かを聞くということは、自分の自信のなさを伝え、弱さを見せることだ。
知識のある同僚にしょっちゅうアドバイスや助けを求めている人は、まったく求めない人よりも、上司の受けがいい
人間は自分の時間、エネルギー、知識や情報を投資して誰かを助けると、相手がそれに値する人だと必死で信じようとする
人にアドバイスを求めると、相手への信頼や、その洞察力や専門知識に敬意をもっていることを示せる。
人にアドバイスを求めることには四つのメリットがあるという。それは、①情報の獲得、②自分の身になってもらえること、③相手とのかかわり合いが強められる、④ゴマすりである。
ギバーには二種類あり、それぞれ成功する割合がかなり違っているのである。 「自己犠牲タイプ」のギバーは、他者の利益追求のスコアが高く、自己の利益追求のスコアが低い。自分自身のニーズをかえりみず、時間とエネルギーを割いて、そのツケを支払う。むしろ無私無欲に与えることは病的な行為であり、生物学者のバーバラ・オークレイは「病的なまでに他人に尽くすあまり、自分自身のニーズを損ねること」と定義している。 そんなふうに他人を助けているうちに、自己犠牲的なギバーは自分自身を傷つけてしまうことになる。ある調査では、自己犠牲タイプのギバーである大学生は、学期が進むにつれて成績が下がっていった。彼らは「友人の問題にかかずらっていたせいで、講義に出られなかったり、勉強できなかったりした」と認めている。 自己の利益と他者の利益は、一つの座標の両極端に位置するものと思われがちだが、私は調査を通じて、この二つが完全に別個の動機であることを発見した。二つを同時に目指すことが可能なのだ。
他人のことだけでなく自分自身のことも思いやりながら、他者志向的に与えれば、心身の健康を犠牲にすることはない。
六カ月以上にわたり、自分自身と他人のどちらにも同じくらい利益になるように与えた人びとは、幸福度と人生に対する満足度が大いに高まった
周囲からサポートを受けることこそ、燃え尽き防止の強力な特効薬
大きな成功を収めたギバーたちは、身の上話のなかで、対照グループの二倍、権力や業績の追求について触れていた。成功しているギバーは普通の人たちより他者重視であるだけでなく、利己的でもあるということ
ギバーが燃え尽きるのは、与えすぎたことよりも、与えたことでたらされた影響を、前向きに認めてもらえていないことが原因
テイカーが「利己的」で、成功できないギバーが「自己犠牲的」なら、成功するギバーは「他者志向的」といっていいだろう。 自分を犠牲にして与えていれば、すぐにボロボロになってしまうだろう。「他者志向」になるということは、受けとるより多くを与えても、決して自分の利益は見失わず、それを指針に、「いつ、どこで、どのように、誰に与えるか」を決めることなのである。 他者への関心に自己への関心がかなり結びつけば、ギバーは燃え尽きたりやけどしたりすることが少なくなり、成功しやすくなる。
人の役に立つことをすると、自律心や達成感、他人との結びつきが高まるため、元気が出る
一日に一つずつ与えるよりも、一日に五つまとめて与えた人のほうが幸福度が増した。「一日に一つずつだと、親切な行ないがもつ特徴やパワーが減少するためか、もしくは被験者が習慣的に行なっている親切な振る舞いと見分けがつきにくくなるから
寄付金が一ドル増えるごとに、収入が三・七五ドル高くなった
人の視点グループの四〇パーセントが双方にとってもっとも望ましい合意に達し、一方、共感グループと対照グループはわずか一七パーセントだった。
自分のためにお金を使っても、幸福度は変わらなかったが、ほかの人のために使った人は、幸福度がかなり上がった経済の専門家はこれを「倫理的満足感」と呼び、心理学者は「ヘルパーズ・ハイ」と呼ぶ。最近の神経科学の証拠では、与えることによって脳の報酬中枢が活性化することがわかっており、人の利益のために行動すると、そこから喜びや目的意識などの信号が伝達される
ボランティア活動をすると一年後、幸福度、人生への満足度、自尊心が高まり、うつ病が軽減したのである。ボランティア活動をしていた六十五歳以上の人の場合、八年間にわたり、うつ病が減少した。 ほかの研究でも、ボランティア活動をしたり、人を支援したりしている高齢者は実際、長生きすることがわかっている。
より多く与える人は、より多く稼ぐようになる
人がストレスを感じると、脳は人と緊密に結びつきたいと思わせる化学物質を放出する
テイカーとつき合うときには、マッチャーになればいいのだ。ただし、最初はギバーでいたほうがよいだろう。信頼は築くことこそ難しいが、壊すのは簡単だからだ。それでも、相手が明らかにテイカーとして行動したら、ギバー、マッチャー、テイカーの三タイプを使い分け、ぴったりの戦略をとるのが得策
ギバーは、協力的なパートナーと働くときは協力的だったが、競争的なパートナーに替わったとたん、態度を相手に合わせて、競争的な態度で応じるようになった。
相手の気持ちを考えるのではなく、相手の考えていることを推察すること。
誰かに出会ったとき、その人に自分自身を連想させるものがあると、人は少しだけ熱心になり、友好的になり、心を開くようになる
自己犠牲タイプのギバーがいつでも人を信用するという間違いを犯しているのに対し、他者志向のギバーは信用することを基本としながらも、その行動や評判からテイカーだとわかると、ギブ・アンド・テイクのやり方を使い分ける。 他者志向になるということは、ギバーが自分自身の利益を気にかけつつ、相手を信用し、それでも相手の真意を必ず見極めることなのだ。 テイカーを相手にするときには、自衛のために、マッチャーになるのがいい。ただし、三回に一回はギバーに戻って、テイカーに名誉挽回のチャンスを与える。
ギバーにしろ、マッチャーにしろ、テイカーにしろ、どれか一つのタイプで人生のすべての領域に対処する人はまずいない。グループにおいて与えることが当たりまえになると、たとえばほかの場所ではテイカーやマッチャーのように振る舞っていたとしても、メンバーもそれを支持して与えるようになる
人はあるグループに参加すると、どのように振る舞うのがふさわしいか、その手がかりを探す。
私たちには同化したいという欲求があり、人とつながり、強く結びつき、コミュニティの一員になりたいと思う。その一方で異化したいという欲求もあり、ユニークでほかとは違う、個性的な存在でありたいとも思っている。解決策は、同時に「同じで異なる」存在になることである。つまり、同時に「同化し異化する」方法を探せばいいのだ。 「同化し異化する」ことを達成するもっとも一般的な方法は、特異なグループに参加すること
自分自身だけでなく、他者の利益も思いやった要求を関係説明と呼んでいる。
困っている人に共感すると、相手に強い愛着を抱くので、相手との一体感を覚える
人との絆とは他者志向性のことなのである。与えるときはたいてい、相手に得をさせたいという欲求と、自分自身も得をしたいという欲求が複雑に混ざり合っているのだ。 テイカーやマッチャーはおそらく、他人の利益にも自分の利益にもなると感じれば与える
「利己的か利他的かで分けることは、根本の問題から注意をそらすためのものかもしれない。なぜ自己を他者から、あるいは自己から他者を惹き離そうとするのだろう。この二つを一体化することが、人間の協同性に隠された秘密である
「人に指導してもらったら、同じことをほかの人にもしてあげてください。人に親切にされたら、その恩返しを別の人へとしてほしい
人に惜しみなく与えること自体が危険なのではなく、誰に対しても、たった一つのギブ・アンド・テイクのやり方で対応することのほうが、よっぽど危険
テイカーが他人の利益になるように行動すれば、たとえ動機が利己的なものであったとしても、「与えるシステム」の維持に貢献していることになるからだ。しかし注意したいのは、テイカーは注目されなくなったとたん、与えなくなる
「助け合いの輪」は、例の通称パンダ・アダムのネットワークの縮小版なのだ――参加者は、グループのすべての願いが必ず聞き届けられるように、参加者は、直接的には助けてもらっていない人々も含め、ほかのメンバーに五分間の親切をするよう仕向けられる
最初に人びとの行動を変えれば、信念もあとからついてくる
「助け合いの輪」では、与える状況を意図的につくり出すことにした。職場では、与えることのほとんどが、助けを求められ、それに応えた結果であることが調査からわかっている。