岡田利規のレビュー一覧

  • 能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

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    能・狂言(岡田利規)
    説教節(伊藤比呂美)
    曽根崎心中(いとうせいこう)
    女殺油地獄(桜庭一樹)
    菅原伝授手習鑑(三浦しをん)
    義経千本桜(いしいしんじ)
    仮名手本忠臣蔵(松井今朝子)
    月報:酒井順子・後藤正文

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    2017年04月05日
  • 能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

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    タイトルは知っているものの
    中身は案外知らない
    有名、名作、古典がズラリとそろった
    分厚い一冊。

    読めるのかな?
    と、少し心配しながら手にとったところ
    これがさすがに、現代作家にかかると
    すいすいと読めてしまう。
    ストーリー展開のおもしろさに
    「こんな話だったの?」と驚かされたり。

    物語に、古い新しいはなく、人の心を
    惹きつけるものは、変わりなくおもしろいのだ。
    と、古典をもっと読みたくなった。

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    2016年12月09日
  • 三月の5日間[オリジナル版]

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    マリファナの害のみ。会話をぶち込んできて変身する、その人に。読点がない分ものすごい勢いで加速してくのが戯曲でもわかる

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    2014年08月02日
  • 三月の5日間[オリジナル版]

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    戯曲3作を単行本化したもの。普通、そういうのって読みにくいのだけど、何故かしら、岡田利規のものは読める。あのグダグダと、いらないことまで垂れ流しにするような、あの語り口が好きなのだと思う。読んでいて思うのは、フェーズを幾層にも重ねて、でもそのフェーズは実はちょっとずつ変化していて、ストップモーションしたり、いきなり巻き戻ししたりっていう、あの感じ、脳内をそのまんまポンと戯曲にしたような、あの感じ、だから、きっとあの文章が馴染むんだろうなぁ、あの流れがすっと身体に入ってくるんだろうなぁ、なんて思ったり。ちなみに、表題作「三月の5日間」は小説よりもこの戯曲の方がずっと面白く感じた。(10/5/5)

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    2010年05月15日
  • 三月の5日間[オリジナル版]

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    第49回岸田國士戯曲賞受賞作。

    イラク戦争が起きた、という世の中の風潮なんか露知らず、
    5日間セックスし続ける男女の話。なんと世俗的。

    だけど、書かれた手法が深い。
    すなわち、ポリフォニーとヘテロフォニーの対比・融合。

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    2010年01月20日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    わりとリズム感よく読める文章でしたが、はっとさせられるような表現はなかったような。
    特に中身があるわけでもなく、読み味で大きな魅力も感じませんでした。タイトルはなんかいいんですけどね。

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    2026年09月18日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    セザンヌの画のような。
    監督一人称としての小説。
    あらゆるところに偏在する自分。
    それは幽霊のようなもの?

    「なぜこういうものをつくったのか?」高橋源一郎

    作者は世界に、文学に、現実に、形式に、不満なのである。
    何かが足りないということだけがわかっている。

    虚構から現実に移行する中間地点としてのアフタートーク。

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    2026年09月15日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    一人称視点だけど、物語の主は他者。
    不思議で、少し小気味悪い。それが癖になる。
    人は何を通して感じたり考えたり、自分の主観をつくっていくのか。
    「体験」の読書だった。

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    2026年01月18日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    語り表現が独特で、不思議な感覚だった。
    語り手は自分ではない誰かを、その誰かより
    詳しく、そして一部始終こうしている今も監視しながらその言動をメモしているかのようにつらつらつらと語る。一体どの視点で読めば良いのか、ふわふわぷかぷか、、故に事細かに情景や会話が描かれていても没入しきれず、思考しながら読み進める感覚。
    言葉を選ばなければ、だらだらと続く語り口調が
    個人的には読みづらかった。

    ただ、ブロッコリーレボリューションの
    夏の空気感や異国の地の匂いや湿度が感じられる感覚は好きでした。

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    2025年07月03日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    ネタバレ

    新しい小説だ、、、どういう気持ちになればいいかわからんというか、正直内容についてはなにも感じなかったんだけれど小説の形がおもしろかった。
    さいごの高橋さんの解説で、「なぜ文庫本には解説があるのか」について、「解説は小説から現実へ徐々に移動していくための心の準備のようなものなのかもしれない」と言っていたのが印象に残っている。

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    2025年05月03日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    いままでに読んだことのない独特の文体で、途中から癖になる感じです。うまく説明できないけれど、リズムになれてくるというか。

    内容は短編が表題の『ブロッコリー・レボリューション』ほか四編。

    1話目の『楽観的な方のケース』が私は好きでした。

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    2025年04月07日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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     密度の高い小説だった。一方で事細かに描写されていて圧迫感があるはずなのに、どこか軽くて爽やかな文章だった。

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    2025年03月28日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    意味わからんかった
    けど頭の思考回路がそのまんまに書いてあって、文字でこんなに表現できるのかと思った
    ブレックスファストは好きだった

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    2025年03月12日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    "知る由もないこと"である他人の心のうちをまるで本人のように語るぼく
    淡々とした語り口が相まって膨らむ違和感
    タイトル買いしたこの一冊、不思議な世界への入り口でした!

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    2025年03月11日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    文字を読んでいるのに誰かの頭の中で再生されている思い出や過去の振り返りの映像を見ているようだった。
    そのため能動的に読んでいるはずなのに読むことがコントロールできない感じがして少し戸惑ったが、ワンカット(長回し)のような文体の語り口が映画的で、そこも含めて結構楽しめた。

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    2025年03月09日
  • ブロッコリー・レボリューション(新潮文庫)

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    なるほど読んだことのない本。
    自分の枠を広げるためにも新しい刺激を取り込もうと思う。
    なかなか頭が柔らかくならないが

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    2025年02月08日
  • 能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

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    能は実際に観た時も分からんかったけど読んでも分からんかった
    狂言は面白かった
    説経説も面白かった
    出家した旦那追いかけ回すなよって思ったけど、私も絶対追いかけ回すタイプ
    浄瑠璃は世話物も時代物も人情味があって面白い
    時代物の戦闘シーンはやっぱり生で観たらさぞ面白いんじゃないかなって思う
    女殺油地獄は胸糞すぎて無理だったでもリズムがすごく良かった

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    2022年02月11日
  • 能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

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    我が家から五十メートルばかし行ったところに「口の芝居跡」という碑が立っている。その昔、京・大阪の芝居小屋にかける前、全国から伊勢参りに来る旅人目当てに、ここで演じて評判が良ければ大受けまちがいなしとして、試演される芝居小屋だったと聞く。有名な歌舞伎役者もこの芝居小屋の舞台に立ったこともあって、古市は歌舞伎とは縁が深い。『伊勢音頭恋寝刃』の舞台となった油屋跡では町の若い衆によって小屋掛けの地芝居も演じられた。父は坂東庄雀という名を持つ立女形で、「伊勢音頭」ならお紺、七段目ならお軽というのが役どころだった。

    芸事の好きな人も多かったのだろう、歌舞伎衣装や大道具小道具を扱う道具方や浄瑠璃、義太夫を語る人もいなければ幕は開かない。ほんの子どもの頃、父に手を引かれて夜道を歩き一軒の家を訪れたことがある。小さい頃のことで、覚えているのは老人が何か唸っていた記憶があるだけだ。浄瑠璃か義太夫か、どこぞのご隠居の趣味につき合わされたわけだが、おぼろげに首実検の話だったと記憶しているのは、幼心に気味悪かったからだろうか。

    そんなこともあって、小さい頃から父につき合ってテレビの歌舞伎番組を見るようになった。地方公演があれば劇場にも足を運んだが、『仮名手本忠臣蔵』なら七段目、『義経千本桜』なら鮨屋、『菅原伝授手習鑑』なら寺子屋と、限られた場面しか目にすることができないのが常。有名な場面ばかりをぶつ切れで見せられても、今一つよく分からないのが歌舞伎のお約束、吉野下市の鮨屋の弥助、実は平維盛、といわれても何のことやら。

    もともとは通し狂言で演じられてきた演目が、見た目の美しさや、歌舞伎らしいスペクタクル性、人情の機微に触れる口説き場面の有無などから、ひんぱんに演じられる場面とそうでない場面の差が生じ、現在ではいくつかの場面に限って上演される形態が普通になった。国立劇場などでは、現在でも通し狂言がかけられることもある。ただし、全部見ようと思えば一日がかりの観劇になるので、見る方にもそれなりの覚悟が必要になる。

    ところが、この巻では人気の高い『仮名手本忠臣蔵』、『義経千本桜』、『菅原伝授手習鑑』の浄瑠璃を初めから終わりまで通して読むことができる。それも人気作家による現代語訳で。何というありがたい企画だろう。通して読めば、吉野の鮨屋が平家の跡継ぎという設定も、それなりにではあるがのみ込むことができる。なにしろ、維盛だけではない。知盛も能登守教経も、実は死んでおらず、生きて潜伏していたという設定なのだ。この辺のいい加減さというかアヴァンギャルドさが歌舞伎(浄瑠璃)ならでは。SFでいうパラレルワールドである。

    橋本治がその著『浄瑠璃を読もう』のなかで『仮名手本忠臣蔵』を論じ、お軽という腰の軽い女と、それにすっかり夢中の勘平という若侍の、時と場所をわきまえぬオフィスラブが原因で起きた悲劇と説いている。本を読んだとき、それが今一つよく分からなかったのだが、今回『仮名手本忠臣蔵』を通して読んで、初めてその言わんとするところがよく分かった。

    年末になると、テレビでもよく取り上げられる忠臣蔵だが、忠義の臣が主人の恨みを晴らすため、艱難辛苦に耐え、晴れて仇討に成功するという、日本人大好きのストーリーは、小説、映画をはじめ、講談や浪曲などのサイドストーリーを入れてふくらませたもので、『仮名手本忠臣蔵』そのものは、まったくの別物。お軽、勘平、加古川本蔵の娘小浪と大星力弥、天河屋義平とその妻園らの男女の愛が物語の中心になっている。吉良邸ならぬ高師直邸内への討ち入りなどもあっさりとしたもの。

    討ち入りの合言葉といえば、「山」「川」だが、実は天河屋の義に感じ入った由良之介が「天」と「河」にしたところ、後世誤ってと伝えられたとか。地名尽くしやら、掛けことば、地口、洒落、かなり際どい性的なくすぐりも入れた浄瑠璃は語り物。それを読み物として読むのは、目からウロコの体験だった。儒教倫理にからめて、あたかも忠義がメインテーマのように持ち上げられがちな忠臣蔵も、浄瑠璃で読んでみると、その内実はもっとおおらかで、猥雑さすら感じさせるエンタテインメント性に溢れている。また、そうでなくては町人に喜ばれるわけもなかったろう。

    『義経千本桜』も、「鮨屋」や「寺子屋」では、自分の妻や子の首を切り、主人の身代わりとする場面にばかり目を止めがちだが、空気の読めない弁慶のキレッキレの暴れっぷりに義経主従が閉口する場面や、渡海屋銀平実は平知盛や横川の覚範実は能登守教経の胸のすくような奮闘ぶりがふんだんに用意されていて、明暗のバランスもよく考えられている。

    浄瑠璃は他に『曽根崎心中』と『女殺油地獄』を含む。特に後者における主人公与兵衛の描き方は、義理や忠孝といった観念的な倫理観に縛られた当時の浄瑠璃に登場する模範的人物像とは異なり、どうしようもない大阪商人の次男坊を描いて、駄目人間のかなしさをこれでもかとばかりに追求している点で瞠目に値する。真面目に生きようと思ってもそれができない与兵衛のような男は、現代でもそのままで通用しそうだ。人間観察のリアルさが半端ない。

    他に能、狂言、説教節を収録する。説教節『かるかや』は、これも小さい頃、高野山の土産にもらった『石堂丸』の絵本を思い出し、当時の切ない気持ちが改めて胸に迫った。大衆に仏教を信心することの大切さを宣伝する目的があっての説教節だが、突然、道心を発した父親のせいで、妻や子の一生が左右される、その理不尽さ。まさに宗教とは阿片だ。伊藤比呂美の訳も出色の出来。文学というと書かれたものにばかり目が行きがちだが、こうして語り芸に光を当ててみたとき、日本文学の底流を成すものとして、その果たしてきた役割の大きさを改めて感じる。

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    2016年11月21日