服部龍二のレビュー一覧
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本書は、安倍晋三元総理の生涯における軌跡を包括的に辿りつつ、政治家としての客観的な評価を試みた一冊である。
従来出されてきた関連書籍の多くが第二次政権期に焦点を当てているのに対し、本書では生い立ちや学生時代、会社員時代といった初期の歩みにも紙幅が割かれている。政治家としてのスタートから注目の若手として頭角を現した時期、さらには第一次政権での挫折と退陣に至る経緯が詳細に描かれている点は新鮮であり、その人物像への解像度を高める内容となっている。
もっとも、政治家としての評価を下す上での主軸が第二次政権期になるのは必然であり、本書においてもこの時期に起きた事象への対応と総括が記述の中心を占める。具体的に起きた個々の出来事自体は既存の文献で語り尽くされているため目新しさには欠けるが、著者による評価のフレームワークには概ね首肯できる。特に、著者の見解がコンパクトに凝縮された終章を読むだけでも、一読の価値は十分にあると言える。 -
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戦時中の大平正芳は大蔵省の官僚だった
やや四角四面というか
目先の手柄よりも道理を優先するところがある
戦後、政治家に転身したものの
そういう性格が池田勇人や佐藤栄作に煙たがられ
出世レースで田中角栄に遅れを取った
その角栄に後押しされる形で上り詰めていったのだが
ロッキード事件の影響があって
傀儡の印象をも強めることになり
また総理になってからは慎重な言葉使いをマスコミにつつかれ
凡愚のイメージで揶揄されることが多かった
田中角栄の「日本列島改造論」を補完するものとして
「田園都市計画」を掲げたが
池田内閣からの流れで
インフレと歳入減に悩まされてたとはいえ
経済成長にブレーキをかけるような印象も強かった
さらに第2次オイルショックの渦中
一般消費税の可能性を口に出したことも裏目となり
衆院選に惨敗
(省エネルックもマイナス要因だったかもしれない)
その後、内閣不信任の可決を経て
総選挙に突入のさなか急死した
まあ、総理になるのが遅すぎた人と言えるのだけど
たしかに空気を読まないところはあった
大平は長いキャリアの多くを、外交問題の解決に腐心している
中国・台湾・韓国・ソ連といった周辺諸国との関係調整は
戦後日本にとって様々な意味で重要なものだったが
しかしそのモチベーションはなにより
大平じしんの思想によるところが大きかった
そしてそのためならば
アメリカの武力を積極的に容認する気配すらあった
財界に通じてアジア・中東の利権を優先したい角栄とも
意見の食い違うことがあるほどで
とくに
中国と台湾の板挟みとなった日中航空協定の調整においては
その意志力で中国を怯ませた
大平はクリスチャンの洗礼を受けていたが
一方では「永遠の今」という独自思想を座右に置いていた
それはハイデガー哲学の影響を色濃く窺わせるもので
キリスト教の教えと必ずしも矛盾はしないが
他人への説得力という意味では平易さに欠けるものだった
この場合の哲学とは
要するに理想主義実現のための現実的方法論である
どうしたって平易な表現で済むわけはないし
小さな世界で自足している人々には
理想そのものを愚弄しているという誤解を与えかねない
だから慎重にならざるを得なかった
その慎重さが、人の目には「鈍牛」に見えたということか -
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高坂の伝記。それ以上でもそれ以下でもない。高坂が好きな人にはこれで良いのかもしれないが、高坂が社会で果たした役割について少し詳しく知りたいと思って読んだ自分には物足りなかった。高坂の発言についても、またその発言の時代背景についても、記述は十分でない。彼がほぼ一貫して「現実主義」の立場であったこと、あるいは、国際政治を力だけでなく経済や価値の観点も含めて考えなければならないと考えていたことはわかる。ただ本書では、それを繰り返し述べるだけで、その時代時代の具体的な議論にはほぼ踏み込まない。それならば400頁近い紙幅は不要だったのではないか。高坂の人物評もほとんどが内輪のもので物足りない。
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中曽根康弘はもともと海軍の主計係だった
前線の物資調達にあたる任務で、命の危険にさらされた経験もある
戦後は、反米・自主独立路線をとり
日米安保や新憲法に対する批判の急先鋒となった
ところが、国際社会が冷戦構造を形成していくにともない
むしろ親米傾向を強めていく
初入閣が科学技術庁長官だった中曽根の、原発・ロケット開発には
アメリカの協力が不可欠という事情もあった
しかしそうかと思えば
台湾承認に反対して中国との関係改善を唱えたり…
また翻って佐藤栄作と和解したことを機に
世論には、中曽根を「風見鶏」と揶揄する向きもあった
もっとも、本人からすれば
師と仰ぐ徳富蘇峰の教えに忠実だっただけかもしれない
政治は宗教ではないのだから
大局を見て妥協することも必要だというのが、徳富の考えだった
それがまあ無節操と言えないこともない
中曽根の初心である自主独立は、「自主防衛」に建前を後退させつつ
総理大臣になった後もブレなかったが
自民党内の派閥闘争に左派の支持を取り込んでいったことは
80年代以降、日本の政治に混乱をもたらしたと思う
加えて靖国の公式参拝だ
満を持してアメリカに物申すポーズが、結果的に中国への挑発となり
せっかく築いた日中の信頼関係に新たな禍根を残した
今はまだその時ではないと見て
妥協を続ける選択もあったはずだが
それをしなかったのはやはり、無節操というものだろう
翌年の公式参拝を中止したことで
内政干渉受け入れの前例を作ることにもなった
経済政策に関しては
日米貿易摩擦解消のための輸入促進と
規制緩和による内需拡大
こういった矛盾を同時に押し進めつつ
さらに民間の活力回復をうたった三公社民営化まで上乗せして
バブル経済と、その崩壊と、長きにわたるデフレスパイラルを
呼び込むことになった
三公社民営化は、もともと「増税なき財政再建」の方策として
議論されていたものだ
それで高額収入者の所得税を大きく下げたのはまあいいが
引き換えに、売上税の導入に踏み切ろうとしたことは度が過ぎていた
結局、中曽根退陣後の竹下内閣では
好景気のどさくさ紛れみたいに消費税が導入され
無節操は受け継がれていくことになる
想像するに
中曽根としてはおそらく
日本人の生得的な愛国心、情け深さ
ノブレスオブリージュに期待するところもあったのだろう
しかし現実には
過当競争のしわ寄せを底辺に押し付け
格差の拡大に進む道でしかなかった
中曽根康弘という人は、政治家としてリアリストを気取っていながら
本質的に空想的ロマンチストだったのだと思う
もしそうならむしろ
ファシスト扱いされようとも「本当の自分」を
押し出すことが正道だったのかもしれない
しかしまあ
当時そんなことでは、まず総理大臣になんてなれなかっただろうな