オスマンvs.ヨーロッパ 〈トルコの脅威〉とは何だったのか

オスマンvs.ヨーロッパ 〈トルコの脅威〉とは何だったのか

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オスマン帝国を通して読むと、世界史が違うすがたを見せ始める――

ヨーロッパが「トルコの脅威」と力説するオスマン帝国は、決して「トルコ人の国家」だったわけではない。「イスラムの脅威」に対し十字軍が何度も組織されたが、オスマン帝国にはキリスト教徒もたくさんいた。宗教的寛容性と強力な中央集権体制をもち世界帝国を目指す先進国へのおそれ、その関わりこそが、「ヨーロッパ」をつくり、近代化を促したのだ。数百年にわたる多宗教・多言語・多文化の共生の地が、民族・宗教紛争の舞台になるまで。

【目次】
プロローグ 「トルコ行進曲」の起源

第一章 オスマン帝国の起源
1 ユーラシア草原を西へ――トルコ系遊牧民の西漸
2 トルコ族のイスラム化とアナトリアのトルコ化
3 モンゴルの征西とオスマン朝の誕生

第二章 ヨーロッパが震えた日々――オスマン帝国の発展
1 オスマン朝の興隆――ムラト一世とバャズィト一世の時代
2 世界帝国への道――メフメット二世とコンスタンティノープル征服
3 ヨーロッパにとっての東方

第三章 近代ヨーロッパの形成とオスマン帝国
1 普遍帝国オスマン――「壮麗者」スレイマン一世とウィーン包囲
2 オスマン対ハプスブルク
3 近代ヨーロッパの成立とオスマン帝国

第四章 逆転――ヨーロッパの拡張とオスマン帝国
1 最初の暗雲――スレイマン一世の死
2 変化の兆し――一六世紀後半のヨーロッパ
3 変容する帝国――スレイマン一世移行のオスマン帝国
4 退潮の時代――第二次ウィーン包囲失敗
5 枠組みの転換――オスマン優位の終焉

エピローグ 「トルコ軍楽」の変容

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    Posted by ブクログ

    【オスマン帝国においてイスラムは、現場に応じて対応する現実的性格を示してきたが、それはさらなる自己変革を遂げる前に「西洋の衝撃」を受け、しだいに防衛のための(あるいは抵抗のための)拠り所と化してゆくのである】(文中より引用)

    オスマン帝国とヨーロッパの関わりを地域交流史として描き出す一冊。ヨーロッ

    0
    2021年04月15日

    Posted by ブクログ

     トルコ系遊牧民の興亡を前史として、10世紀半ば以降のカラハン朝、ガズナ朝に代表されるトルコ族のイスラム化、そしてセルジュク朝によるアナトリアのイスラム化という歴史が語られる。
     14世紀からオスマン朝の発展が始まる。ビザンツ領への進出、さらにバルカンへの進出。このような軍事的発展を支えたものが、有

    0
    2021年04月30日

    Posted by ブクログ

    オスマン帝国の成立以前、遊牧民であった頃からのトルコ族(とその他の民族の共同体)の強みであったのが「柔軟性」。人種や宗教の違いを柔軟に受け入れ、交易などで実をとった。柔軟性が帝国の拡大と停止とともに失われ、硬直した体制になっていったことが、オスマン帝国の衰退の要因。一方のヨーロッパは中世こそ硬直した

    0
    2021年04月25日

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