Posted by ブクログ
2022年07月06日
あなたは『竜巻』、『旋風』、そして『渦潮』を見たことがありますか?
今日はいい天気だなあ…そんな風にのんびりくつろげる穏やかな日は気持ちも安らぎます。日常の忙しさの中で、ささやかな幸せなひとときを感じることもできます。せっかくの休日はそんな日であって欲しい、そんな風にも思います。しかし、地球の気...続きを読む候は絶えず変動を繰り返してします。雨が降れば雪も降る、それも込みで私たちの日常はそんなことも起こるという前提の中で回っているのだと思います。
ただ、そんな風に予想された事ごとでなく突然に大きな影響を受ける場合もあり得ます。気象で言えば『竜巻』でしょうか。植木が車が、そして家までもが宙を舞い、目の前にあったはずの光景を短時間の間に別物に変えて立ち去っていく『竜巻』。アメリカではある意味日常というくらいに発生する『竜巻』も、この国では年間25個程度、一つの市町村を単位にすると90年に一度という極めて稀な気象現象のようです。私も『竜巻』をニュース以外で目にしたことはありませんし、この先も目撃することなく人生を送りたいと思いますが、こればかりは予知や予測もまだまだ難しいようです。
さて、ここにそんなそんな『竜巻』という言葉を書名に冠した作品があります。「竜巻ガール」という、本来結びつかない二つの言葉が一つになった一見意味不明な書名のこの作品。それは、『ある日突然現われて、そこらじゅうをめちゃめちゃに壊したいだけ壊して』去っていくという『竜巻』をひとりの少女の存在に重ね合わせる物語です。
『まるで陽に灼けたパンダだった』と『軽トラックの助手席から、ひらりと飛び降りた』『ガングロ』の女の子を見て動揺したのは主人公の哲夫。そんな哲夫は『見渡す限り山と畑しかな』い『兵庫県北部の片田舎』に父親と暮らしています。そんな父親から『おまえに妹ができるで、よろしゅうな』と『夏休みに入る直前』に言われた哲夫。『今年の正月に、父の再婚相手の深雪さんと三人で食事をした』時には『深雪さんに連れ子がいること』など全く知らなかった哲夫。『実の母は、幼稚園のときに病気で亡くな』り、『父が再婚するのはこれで二度目』という状況の中『父が温かい家庭を築けるよう、協力を惜しまないつもり』だと考えていた哲夫は『実はな、深雪の娘もおまえと同じ高校二年生なんやわ』と言われたものの『涼子という女の子は、きっと見るからに品行方正な感じなのだろうと信じて疑』いませんでした。それが『涼子という名前に似つかわしくない、暑苦しい化粧』の『ガングロ』という目の前の女の子の姿に驚くばかりの哲夫。そして、『一戸建てに住むのって、初めてだよ、私』と言う涼子を家に入れると『お腹空いたぁ』と『勝手に冷蔵庫を開け』る涼子は『図々しいと思ってるんでしょう』『だけどね、今日からここは私の家でもあるのよ』と言う『僕を見るパンダ目は真剣』でした。『ほかに行く所なんてない』と続ける涼子に『深雪さんと涼子の生活の変化』の大きさを思い、哲夫は『胸を突かれ』ます。そんな哲夫は『カレーでも作ろうか』と『カボチャにピーマンにニンジン…』が入った木箱を見ながら尋ねると『野菜は…全部嫌い』と答える涼子は『レトルトしか食べたことがないから』と続けます。『私もママも、料理する暇なんてなかったから』と言う涼子の『東京での生活の様子は、父から少しは聞いて知っていた』という哲夫。『涼子の実の父親はアルコール依存症』で、『涼子が幼稚園の頃』『川で溺れ死』に、再婚した亭主は『暴力亭主だった』というその事実。そして、家の中を案内してあげる哲夫は、土蔵を改装した部屋が涼子のものだと伝えます。『ママとおじさんは新婚さんだものね』『ぞっとするんだよ、親のアレって』と強張りながら話す涼子。そんな涼子が哲夫の妹となり四人家族で暮らす新しい生活がスタートします。そして、そんな日々の中、台風が接近した夜に『怖いよ、雷』と哲夫の部屋に駆け込んできた涼子は『しがみつくように僕の胸に顔を埋め』ます。『ごくりと生唾を飲み込』む哲夫。そして…という最初の短編〈竜巻ガール〉。普段は『制服の似合う清楚な美少女』にも関わらず『ガングロ』の化粧をする涼子のまさかの理由が明らかになるちょつぴり切ない短編でした。
上記でもご紹介した表題作の〈竜巻ガール〉を含め四つの短編から構成されたこの作品は、垣谷美雨さんのデビュー作でもあります。では、そんな四つの短編の内容をまずご紹介しましょう。
・〈竜巻ガール〉: 『兵庫県北部の片田舎』に父親と暮らす高校生の哲夫が主人公。父親の再婚に伴い、『同じ高校二年生』の妹ができます。そんな妹の涼子は『ガングロ』姿で哲夫の前に現れます。『若い新婚さんよりもアツアツ』という両親に安心する哲夫でしたが、ある雷雨の日、哲夫の部屋に涼子が駆け込んで抱きついてきました。
・〈旋風マザー〉: 『いい加減にしてよ!あんな水…』というクレーム電話に『代表者の長瀬信次郎が今現在、行方不明になって…』と説明を繰り返す主人公の広幸。『肌年齢が十歳若返る!』とでっち上げた商売がばれて行方不明という体裁で押し入れに隠れる父親を匿う広幸。そんな家に『ボランティア』を名乗る謎の女性が訪れます。
・〈渦潮ウーマン〉: 『会社の上司である菅原昭夫と』『一泊で湯河原へ温泉旅行に出かけた』のは主人公の由布子。『彼の妻には一度も会ったことはない』という由布子と昭夫は『女将の勧めで混浴の露天風呂に入』ります。そんな露天の横に川があるのを見て『ちょっと僕、川で泳いでみる』と泳ぎ出した昭夫は急流に巻き込まれて溺れ、慌てた由布子はその場を立ち去ります。
・〈霧中ワイフ〉: 『結婚して半年以上が経つ』という主人公の今日子は、職場宛に中国から届いた夫・黄河宛の手紙を訝しがります。『クラブで太極拳を教えている』夫が盲腸で入院していることもあり、開封すると『若い男女に挟まれて小さな女の子』の写真と手紙が入っていました。友人に翻訳を依頼した今日子はまさかの真実を知ります。
以上、ご紹介させていただいた四つの短編間に繋がりはありません。しかし、漢字ふた文字にカタカナが続くという構成の短編タイトルが不思議と一体感を醸し出します。そんなタイトルは『竜巻』、『旋風』、そして『渦潮』と言うように、何かを巻き起こす雰囲気感のある言葉がつけられています。それは、宣伝文句に”トラブルに巻き込まれても軽やかに生きる女性たちを描いた”と記される通り、物語に登場する女性の存在がまさしくトラブルメーカーのように、主人公の周りにいる人たちの生活、人生を大きく突き動かしていく様が描かれていきます。〈竜巻ガール〉の主人公・哲夫の前に現れた『ガングロ』の女の子・涼子。『ガングロ』というと1990年代後半から2000年代前半に髪の毛を脱色し、肌を黒くするという今となっては奇抜なスタイルが渋谷を中心に流行しました。そんな流行も過ぎ去り、今となってそれは”伝統的な日本社会に対する復讐の一形態”というような分析もされています。この作品が単行本として登場したのは2006年ですが、当時であっても時代的には流行末期のことだと思われます。そんな女の子が突然自分の妹になるという衝撃の中、物語はある意味で予想通りに展開します。そんな中で『ガングロ』に隠されていた『ガングロはもうひとりの自分になれるの』という涼子の深い想いが明らかになっていく物語。まさしく『竜巻』のような効果を哲夫の周囲に及ぼしたその強力な風の力は思った以上に深い余韻を残してくれました。また、〈旋風マザー〉の主人公・広幸はそんな強力な風の力を自分の母親に見ることになります。『ペットボトルに水道水を詰めて』『オホーツク海の』『海洋深層水』として売り出し、やがて被害者からのクレームから逃れるため自宅の押し入れに雲隠れするというなんとも情けない父親と暮らす広幸。『浮気とそれに伴う散財』に呆れて出ていった母親が健気に登場する物語は、後半に向かって恐らく読者の誰も予想できないまさかの結末へとスピードを上げて展開します。『静江はやっぱりたいした女だなあ、惚れ直しちまったぜ』とダメ親父が感嘆するその展開。こちらは〈竜巻ガール〉のような余韻は感じられませんでしたが、まさしく『旋風』という言葉に偽りのない物語でした。
私たちの人生は基本的には昨日から今日、そして明日と一連の連続した人生の物語の上にあるように思います。昨日からすればある意味で予想された、もしくは予定された今日があり、明日がある、それが私たちの暮らしなのだと思います。しかし、人生はそんな風に予想のつくことばかりで回ってはいません。天災や事故、そして事件といったことに私たちの誰もがいつ何時巻き込まれるかはわかりません。そんな予想だにしなかった展開を導く起点となるもの、それが人であるという場合も多いと思います。ある人の存在によって人生が大きく変化した、それがプラスの場合、マイナスの場合とその変化はそれぞれだと思いますが、人とは、そんな風に他の人の人生を大きく変えていく力を持った存在でもあります。この作品では、『ガール』、『マザー』、『ウーマン』、そして国際結婚を取り上げる〈霧中ワイフ〉の『ワイフ』といった女性たちがその起点となる物語を見ることができました。
垣谷さんってこんな露骨な性描写もするの!とビックリな場面の登場など今の垣谷さんとは一味違う世界観を楽しめるこの作品。デビュー作だからこその驚きも多々楽しめるその一方で、今に繋がる独特なコミカルさにやっぱり垣谷さんは最初から垣谷さんだったと安心もするこの作品。『竜巻』『旋風』、そして『渦潮』といった独特な言葉選びに垣谷さんらしい魅力を感じる、新鮮な読み味の作品でした。