Posted by ブクログ
2020年10月05日
瑞々しく描かれる、保育士の主人公・美南の日常と子供たちや保護者とのふれあいと謎、そして恋。少しこそばゆいところもあるけれど、穏やかで優しく爽やかな読後感に包まれる小説。
表紙の絵になんとなく惹かれ、手に取った作品でしたが、表紙から受けたイメージ通りの作品でした。
かえで保育園で働く25歳の保育士・...続きを読む美南の周りで起こる様々なトラブル。それを一緒になって考えてくれるのは、1年と数ヶ月前に離婚し、男手ひとつで息子を育てる隆平。日常の謎系のミステリ要素を含みつつ、徐々に美南と隆平の関係性の変化が描かれていく連作長編です。
子供たちの描き方、大人たちの描き方、それぞれのバランスがとても良かった。様々な親の事情がある中で子供たちの心も揺れる。それが謎の引き金になっていくわけですが、謎が解けていくと共に、子供たちの複雑な心情が浮かび上がってくる。
印象的なのが第5話に収録されている「青い星の夜」
母親の大事な指輪を保育園に無断で持ってきてなくしてしまった女の子の話なのですが、指輪の行方と共になぜこの女の子が、指輪を持ち出したのか。その動機がまた暖かくていい。
話の内容を詳しく見ていくと、結構ドロドロしそうな展開になりそうなものが多いです。片親であるがゆえの孤独や、親の人間関係が話の背景にある話も多いし、隆平の周りの女性関係も、隆平に好意を抱く、シングルマザーがいたり、元奥さんが出てきて、
その二人がバチバチに火花を散らし、そのせいで隆平の息子の旬太が動揺したりと、下手するとシリアスでドロドロの展開にもなりかねない。
また美南も他の男性に好意を寄せられるのですが、その男もなかなかにくせ者。その男も話を引っかき回すから、なおのことドロドロ感がでてきそうになる。
それでも、作品は軽やかにそのドロドロに陥りそうになるラインからは、ギリギリで踏みとどまっているように感じます。それでいて、そうした親の人間関係に動揺してしまう子供たちの様子はしっかりと描いていて、それが物語にいいアクセントや緊張感を生む。
それがあるからこそ、その壁を越えたときの優しく、爽やかな読後感がより強まる。そこの描き方のバランス感覚が本当に上手かったと思います。
大人たちだって迷い、不安になりながらも生きている。それはこの作品で何度も描かれていたと思います。でも、それを拭い去ってくれるのも、子供の言葉だったり行動だったりする。そういう暖かさも印象的。
隆平のキャラも良かった。離婚する前までは特に子育てに熱心だった様子でもなく、保育園の先生たちも、なぜ母親が引き取らなかったのか、と疑問に思う人も多かったそう。
でも美南とともに子供たちのために頭を使い、また、息子の旬太とのやりとりもとても優しさに満ちあふれていて、読んでいて好感が持てる。
そして、彼が旬太を育てる決心をつけた理由が語られる場面も、とても良かった。やっぱり子供は、見るところはちゃんと見れるものなんだろうな、と思います。
そして、美南の心情も見逃せない。業務上保護者の親にあまり近づきすぎてはならない、でも一方で心惹かれていく。そういう状況で、ママ友のライバルや元奥さんが出てきたり、別の男性に言い寄られたり、隆平が熱を出せば、自分は何も出来ない状況にもどかしさを感じたりと、揺れる心情が瑞々しく丁寧に描かれます。
著者の大崎梢さんは元々名前は知っていたけど、今回が初読。物語であったり登場人物に対する暖かさや優しさが印象的で、他の作品もまた読みたくなりました。
表紙のイラストは谷川史子さん。こちらは名前は初めて知ったけど、少女マンガや恋愛マンガを中心に作品を多数発表されているみたいなので、こちらもいずれ手に取ってみたい。
気になる作家とマンガ家が同時に増える、個人的にお得な一冊になりました。