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Posted by ブクログ
『妻の超然』『下戸の超然』『作家の超然』の三作品が収録されている。
表題作の『妻の超然』は多少ユーモラスながら、最も近い他人である夫との距離のあるコミュニケーションと、つかず離れずの友人、そして敬愛する料理の先生との部分的な共有を持った関わりを三人称で描く。『下戸の超然』は酒の呑めない男性の一人称である。これらは作家自身とは全く別の世界に生きる人物のフィクションで、それは「小説」というものの形態としてはごく普通のものなのだが、最後の『作家の超然』では主人公である作家を「二人称・おまえ」で描いてある。
前二作を読んだ後に、この『作家の超然』を読むという順番にも意味がある。状況を距離を置いて見るように三人称で描かれた『妻』は、夫との関係をあれやこれや考える。それをまるで観察するかのように突き放す。一人称で描かれた『下戸』は独身男性の恋人や職場の友人、実家の家族との関係を客観的な目でもって主観的に描いてある。これらは作家自身とは違った生き方をする人の「孤独」について坦々と描いてある。
そこで三作目の『作家の超然』に読み進むと、「おまえ」と呼ぶまるでもう一人の「自分」が冷徹に畳み掛けるように語る。「孤独」を飼いならし、「超然」と居ようとし、仕事をこなしていく日々と、良性の腫瘍の摘出手術を通して、これでもか、というほどの自身への「客観視」がある。そこには、前の二作で描かれた虚構でありながら、作家“ではない”別の世界を描くことによって、より輪郭が明確化された「作家」の内的世界と外の世界の隔絶と孤独が現実感を持って現される。
もちろんこれもフィクションであり、現実の作家自身ではないのだが、その仕事「文学」の状況と自身の立場を客観的に彫り出す。「良性腫瘍」という異物を摘出するという身体の痛みを伴う出来事と、作品を描くということの共通性を感じた。そして、その産みだされる「良性腫瘍」は、前二作では子を持たない妻と独身男性という“産みださない”状況との違いを明確化し、文字通りに「身」を削る。
絲山作品において毎回感じるのだが、ロマンチシズムやメランコリックなセンチメンタリズムの「湿気」を排除した「孤独」のありようが、追い込んでくる凄みと、誤魔化しようのない人の持つ当然の「孤独」を描きだしている。
Posted by ブクログ
方々より面白いという噂を聞きつけ,読んでみました.
妻の超然,下戸の超然,作家の超然の全3編.
この作品,面白いのは間違いないのだが,なんとも不思議な面白さなのだ.一番のおススメは断トツで妻の超然だろう.結婚10年の冷めた夫婦の物語.妻の強かさと,夫の滑稽さが際立っている.どこの家庭も一緒なのかな.一家の大黒柱だと胸を張る夫・・・を手のひらで転がす妻.会社の信頼が厚いと嘯く夫・・・を手のひらで転がす妻.異性にモテると鼻息を荒くする夫・・・を手のひらで転がす妻.つくづく男はバカなのだ.一生,妻の手のひらから逃げ出すことは不可能だろう.まるで孫悟空だ.
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