作品一覧

  • 呆けたカントに「理性」はあるか

    呆けたカントに「理性」はあるか

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻660円 (税込)
    「あなたは胃ろうを受けいれますか?」。そう問われた際、ボケて認知能力が低下した高齢者でも、健常者と同じく八割が「NO」と答える。いったい、なぜなのか――臨床観察と近代哲学の両面から、人間の判断の構造をひもとくうちに見えてくる、理性と情動の関係、意識と無意識の働き、三八億年の生命史をさかのぼる「好き・嫌い」の直感的意思表示の意味……。認知症五〇〇万人時代を迎える現代人必読の論考。
  • 人間の往生―看取りの医師が考える―

    人間の往生―看取りの医師が考える―

    小説・文芸

    4.0
    1巻660円 (税込)
    自然や人とのつながりを忘れ、病院の中に死を遠ざけるうちに、日本人は死の全身的理解を失ってしまった。クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の根幹をなすクオリティ・オブ・デス(QOD)の悪化をかえりみず、健康維持や抗加齢ブームにとらわれるのはなぜなのか……終末期医療に取り組みつづける医師が、在宅看取りの実際と脳科学の知見、哲学的考察を通して、人間として迎えるべき往生の意義をときあかす。
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

    「痴呆老人」は何を見ているか

    ビジネス・実用

    3.9
    1巻836円 (税込)
    「私」とは何か? 「世界」とは何か? 人生の終末期を迎え、痴呆状態にある老人たちを通して見えてくる、正常と異常のあいだ。そこに介在する文化と倫理の根源的差異をとらえ、人間がどのように現実を仮構しているのかを、医学・哲学の両義からあざやかに解き明かす。「つながり」から「自立」へ――、生物として生存戦略の一大転換期におかれた現代日本人の危うさを浮き彫りにする画期的論考。
  • 復興の精神

    復興の精神

    ビジネス・実用

    3.3
    1巻660円 (税込)
    東日本大震災以降、私たちはどのように考え、どのように行動し、どのように生きていくべきなのか。すべての日本人が向き合わねばならないこの問いに、九人の著者が正面から答えた。「精神の復興需要が起きる」「変化を怖れるな」「私欲を捨てよ」「無用な不安はお捨てなさい」「どん底は続かない」……その言葉は時に優しく、時に厳しい。3・11以降を生きていくための杖となる一冊。
  • いのちをもてなす――環境と医療の現場から

    いのちをもてなす――環境と医療の現場から

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,540円 (税込)
    内科医として、保健衛生学徒として、国立環境研究所所長として、長年「いのち」をみつめつづけてきた著者が、人間と環境の生命をトータルにはぐくみ、もてなすための道程を綴る、滋味あふれるエッセイ集。西洋医学のすき間を埋める今日的な統合医療のあり方、認知症(痴呆)老人の不安とケア、人生の終末期に向かう人びとにとっての生きがい、そして地球温暖化問題に現れている、地球という閉鎖系の環境世界――。私たち一人一人の「いのち」から、私たちを生かしている環境の「いのち」まで、自己と生命とのつながりを受けとめ、こころすこやかに生きるヒントがぎっしり詰まった一冊。

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ユーザーレビュー

  • 「痴呆老人」は何を見ているか

    Posted by ブクログ

    新書やビジネス書を読むときは、面白いと思った箇所に
    付箋を貼ったりするのだけれど、これほどたくさんの付箋
    を貼った新書はこれまでになかったと思う。気づきを与えて
    くれた点や、思わず唸って納得したりする点が随所にあって、
    得るものが多かった一冊。

    この本の内容をタイトルだけで推測するのは早計。なぜなら、
    扱う範囲は「痴呆老人」にとどまらなくて、「認知能力の低下
    に対する怖れ」という事象をキーワードに、現在の日本と
    日本人が抱えている問題にまで及んでいるのだから。
    アプローチは、医学的見地をベースに、哲学や宗教の考え方
    を絶妙にブレンドしたもの。哲学や宗教の部分は少し難しい
    けれど、このブレンドのおかげで説得力が増しているのは
    間違いない。

    第一章 わたしと認知症
    第二章 「痴呆」と文化差
    第三章 コミュニケーションという方法論
    第四章 環境と認識をめぐって
    第五章 「私」とは何か
    第六章 「私」の人格
    第七章 現代の社会と生存戦略
    最終章 日本人の「私」

    付箋を貼った箇所の中でいちばん印象に残ったのは、第七章
    で「ひきこもり」について触れた部分。

    元々、日本の育児法は伝統的に他者とのつながりを重視
    するものだったけれど、20世紀後半になってこの国は「自立」
    した人間を育てるという方針に舵をきった。そこで何が起きたか
    というと、疑問を解くため、あるいは判断をするための判断
    基準を求める子どもに対して、親や教師は回答を与えずに
    「自分で考えなさい」と返すようになった。まだ自己決定に
    必要な能力を育んでいない子どもはそこで悶々として、
    自己決定をしなければいけない場面から意識的に遠ざかる
    ようになってしまった。これが「ひきこもり」の始まりだ、
    というのが筆者の指摘。
    そして、こんな事態を防ぐには、「判断基準というものが
    どこにあるのかを子どもに教え込む作業が、前もって、
    または同時進行的に行われなければならない」と説く。

    この作業をきちんと行う重い責任が大人たちにはある。

    0
    2018年12月08日
  • 人間の往生―看取りの医師が考える―

    Posted by ブクログ

    看取り医が終末を考察する
    時に癒やし しばしば苦痛を取り 常に慰める
    他人の行為を見て活動するミラーニューロン
    作り話をする脳…意思はあるのか 私はどこに宿る?

    0
    2018年10月10日
  • 呆けたカントに「理性」はあるか

    Posted by ブクログ

    認知症であっても情動に基づく判断はできる。胃ろうにはあまり意味がないらしい。
    カントなどの理性重視派は現代の科学の知見からは誤っている。

    0
    2015年10月01日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

    Posted by ブクログ

    タイトルの付け方がうまいが、内容も高齢者だけでなく、人間万人に通じる深さを持っている。知性にもました情動の大切さ、自立の強調の偏狭さの指摘は身につまされた。一種の文明論である。痴呆老人やひきこもりだけでなく、乳幼児、知的障がい者からも同じ様な洞察が導かれるのではないかと感じた。「つながり」から「自立」へ急激に転換することの危うさ。

    ・認知症が延命努力に値しない惨めな状態…日本「迷惑をかけるから」、米「自分の独立性を失うから」
    ・認知症ならば延命措置を断る、というのは乱暴。
    ・夜中に騒ぐのは、家族との人間関係。
    ・一番良い経済環境は、老人か家族が全てを出すのではなく、双方が負担するのが発現率が低い。
    ・偽会話=情動の共有
    ・理解することではなく、やさしい声音でうなづく。
    ・一貫した態度をとる。
    ・「我々の味方でない者は敵だ」は、パニックに陥ったときの認知症の老人の反応と同一。判断能力を超えた不安を感じたから。
    ・知力低下が進むほど、その人の人格は若い時分に戻っていく。
    ・人間が人格的まとまりを保ちながら生きるために、自信、誇り、自尊心といった、現在の自我を支える心理作用あるいは自我防御機制が働いている。
    ・人類史的には人格の単一説は比較的新しい。
    ・知覚は期待(記憶も)によって操られている。
    ・「わたしは生きている」のではなく、「いのちが私をしている」。
    ・うまいつながり…1:周囲が年長者への敬意を常に示す。2:ゆったりとした時間を共有。3:彼らの認知機能を試すようなことはしない。4:好きなあるいはできる仕事をしてもらう。5:言語ではなく、情動的コミュニケーションを活用する
    ・どの経験にもなにがしかの学びと苦痛と楽しさの要素が含まれている。
    ・ひきこもりから。見落とされていたのは、現代社会において「自立」することがとても重要であり、そのこと自体に問題などあるわけはないと認識されていて、それを実現させることに疑う余地はないと思われている。

    0
    2012年12月21日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

    Posted by ブクログ

    認知症という抽象的な呼び名で、その実態を不明確にしてしまった高齢者の痴呆を赤裸々に描写しつつ、そこにある種の愛情さえも感じさせられる著者の眼差しに共感を覚える。

    0
    2012年08月06日

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