斉藤章佳の作品一覧
「斉藤章佳」の「セックス依存症になりました。<合本版>」「性被害のせいで、息子が不登校になりました」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「斉藤章佳」の「セックス依存症になりました。<合本版>」「性被害のせいで、息子が不登校になりました」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
少年・青年マンガ
少年・青年マンガ
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
少女・女性マンガ
小説・文芸
少女・女性マンガ
小説・文芸
少年・青年マンガ
ビジネス・実用
ビジネス・実用
小説・文芸
ビジネス・実用
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
Posted by ブクログ
■一般的に依存症が進行するプロセスには3つの共通点がある。
①報酬の即時性
行為の直後、快感や達成感がすぐに得られる。
②アクセスのしやすさ
スマホという身近な道具で、いつでもどこでも実行できてしまう
③セルフエスティーム(自己効力感)の肯定的変化
「自分でもやれた」「支配できた」「コントロールできている」という感覚により、一時的に自己効力感が変化する。
■人が特定の物質や行動にのめり込むメカニズムを理解する上でカギとなるのが、自己治療仮説に基づく、「正の強化」と「負の強化」という概念。
快楽、達成感、多幸感、優越感などを得るために、特定の物質や行為を繰り返し求めることを、「正の強化」という。多くの依存症において、最初の入口となるのがこの「正の強化」
一方、「負の強化」は苦痛の緩和。適切なストレス対処法を持ち合わせていない人の場合、アルコールや薬物といった苦痛を一時的にせよすぐに和らげてくれるものを使い続けてしまうことは、依存症当事者でない方にも想像がつくもの。自らの「生きづらさ」という苦痛の緩和のために、アルコールや違法薬物などの精神作用物質を使用し、大脳辺縁系を麻痺させ続ける。依存症の本質は快楽の追求ではなく「苦痛の緩和」にある。
■性加害少年たちが静的な情報に初めて触れたときの平均年齢は「6.5歳」である。
■「いい子」に育てると製菓会社になる?
かつての非行少年は家庭環境に恵まれず、非行を繰り返すといった固定観念があったが、盗撮などの性加害を繰り返す「性非行少年」たちは学校生活にうまく適応している、いわゆる「いい子」が大半を占めている。
性加害の問題で受信した286名の少年のうち、76%は不登校の経験がなく、87%には万引きなどの非行歴がない。更に身体的虐待やネグレクトといった明らかな機能不全を抱える家庭で育ったケースは3割ほど。つまり7割近くの少年はごく標準的な家庭環境で育っていた。ASD、ADHDを発症しているケースは全体の約4割を占めているものの、約半数はこれといった特性は見られない。
■性加害が起きる3つの条件
①加害したいと思っている人がいる
②ターゲットとなる被害者がその場にいる
③周囲から見つからずに加害できる環境が整っている
■盗撮犯の3人に1人が再犯
盗撮は非常に常習化しやすく再犯率の高い性犯罪。「犯罪白書」では盗撮で検挙された人の打ち36.4%、およそ3人に1人が5年以内に何らかの罪を再び犯している。ここで注視すべきは再犯の内容であり、「性犯罪再犯」が27.3%。盗撮そのものが目的化し、常習化している。同様の稽古いうは痴漢でもうかがえる。
■依存症の世界で古くから語り継がれている哲学が「強くなるより、賢くなれ」という言葉。「賢さ」とは単に知識を詰め込むことではなく、「自分の弱さを正しく知ること」を意味する。自分の足りない部分、脆い部分を、まずは自分自身が深く理解するイメージである。認知行動療法のリラプスプリベンションモデル(再犯防止モデル)で言うと、この「弱さ」は再発のリスクやトリガーに当たる。この「弱さ=自分のトリガー」を正しく知ることが適切なリスク回避行動につながる。
■性加害者の再犯リスクは、何年経ってもゼロにはならない。過去には問題なく日常生活を送っていた人が、21年目に再犯してしまったケースもある。
■子供は脳の報酬系(快楽を感じる脳内回路)が敏感な一方で、理性を司る前頭前野などの制御系は未発達な状態である。そのため、一度成人向けのアダルトコンテンツという強い刺激を受けると、脳のブレーキが効かなくなり、延々と視聴し続けてしまう危険性がある。こうした状態は「ポルノ脳」と呼ばれ近年多くの研究者が警鐘を鳴らしている。
Posted by ブクログ
SNSで見かけて気になったので読みました。
過去に性暴力の加害経験がある男性たちと、何度も性被害に遭った経験を持つにのみやさをりさんが、対面での対話と往復書簡を通して、今まであまり語られることがなかった加害者側の思考パターンや認知の歪み、また対話によって見えてきたものをまとめた一冊。
価値観の変容やSNSの発展によって、今まで見過ごされていた(なかったことにされていた)性加害問題がようやく取り上げられるようになり、被害者の近しい人物や教師など、また有名人の性加害報道を目にしていく中で、自分にとっても見過ごせない問題なので、何冊か被害者側からの視点やその後のケアに関する本を読んだことはありますが、加害者側の思考について掘り下げられたものは初めて読みました。
それはやはり何よりも優先して、被害に遭われた方の痛みや想いに寄り添わなければならないからだし(この本を読んだ後もそれは揺るがない)、加害者の思考や抱えているものなんて到底取り扱いたくないし、性欲を持て余した歪んだ人間であると決めつけているからだ。
しかしそれはある種、性加害問題の大きな一部について目を瞑ってしまうことであるし、今現在痛みを抱えている方の声をもっと拾うためにも、また新たな被害を生まないような社会にするためにも必要であると思わされました。
だからこそ当事者でない者がこれを読むことが重要であり(当事者が読むのはかなり負担があると思います)、自分自身の内面に加害性の小さな種のようなものが存在していないか日々確認するためにも、その手がかりとして読めて良かったです。
加害者の生い立ちにおいて、過去に親や上司からモノとして扱われた経験があり、それが人間的な歪みとなって自分よりも弱い立場の人をモノ扱いすることで自分の優位性を取り戻したいという点において、人間として扱われないことの辛さから壁を作ることは自分と重なるところもあって理解ができました。
しかし、周囲は自分を持て囃してくれるのが当たり前であると思い込んでおり、社会に出ると誰も自分を持て囃してくれず、その歪んだ承認欲求が満たされず勝手に恨みを募らせていくのは、周りからしてみるとたまったものじゃないと思った。
さらに女性をどう捉えているかについての項目はその歪みは大きくなっており、しかしこう考えている男性は実生活の近い場所にかなりの割合でいるよなと辟易させられた。
やはり自分の内面を見つめられず、問題や悪い部分から逃げてしまうのが大きな原因だと思った。
加害者は他責思考に染まっており、加害をしても「肌を露出しているのは自分を誘っていたから」と被害者のせいにしたり、アイツの加害より身体に触れていない自分のケースの方がまだマシと、自分を傷つかないように防御することと内面から逃げるクセがついている。被害者に謝罪したいと願うときも、謝罪をすることで自分が楽になりたいからだ。どこまでいっても主観でしか物事を捉えられず、想像力や他者への思いやりがなくて自分の内面に目を向けない。
自分の心の問題点を他人のせいにするのではなく、歪みが歪みであると認知することによって、ようやくその部分を直すため考え始めることができる。
そして重要であるのは「加害者に時効はあるが、被害者には時効がない」ことである。
加害者は捕まったとしても、刑期を終えればあの時の加害行為が許されて(そう思い込んで)、社会復帰に向けて歩んでいく。被害者の想いを無視した自分のためだけの時間が再び動き出すのだ。
しかし加害者にとってその加害行為が一瞬だったとしても、被害者にとっては一瞬ではなく長く続き、今も自分を苛み苦しめている最中であり、ひっくり返された人生と木っ端微塵にされた尊厳を取り戻すために必死であるから、今も被害の真っ只中にいるのだ。
被害の前の自分の状態に戻れないと受け止めるのでさえも相当辛く、せめて自分の一部が被害であると思えるようになるまでにも本人の頑張りと周囲の理解・助けを要する。長い時間が必要なため、そこまで辿り着けない人もいる。
だからこそ人間そのものを木っ端微塵にしてしまう加害行為を我々は忌み嫌うべきであり、加害者は許されないし、その十字架を一生背負うべきなのだ。
にのみやさんは加害者と「ヒト」として向き合うことに拘り続けた。
対話や手紙のやり取りを続けていくうちに、加害者たちは自分たちの想いや考えが人間として大切に扱われていることが分かり、それを受けて内面の認知の歪みや危険な思考パターンについて認識・回避できるような方向へと進んでいく。
責任を取ることから逃げて「自分は加害者だから仕方ない」と壁を作って閉じようとしたときも、それを許さず人間として世界とどう繋がっていけばよいのかを考え続けることを促した。
自分自身が辛い目に遭いながらも、加害者と「ヒト」として向き合うことに拘り続けたにのみやさんを心から尊敬します。
性加害の問題について考える、また男性の危険な思考パターンを知る上でも多くの方(特に男性)に手に取ってほしい一冊です。