あらすじ
加害者は、被害者のことを知らない――。
国内最大級の依存症専門クリニックで、性加害者への再犯防止プログラムに取り組む斉藤章佳。彼らが自らの加害行為の責任に向き合うためには、性被害者の「その後」を知る必要がある。そんなとき、当事者のにのみやさをりと出会う。
にのみやは、斉藤に単刀直入に言った。
「私は加害者と対話したいのです」 そこから始まった、 前代未聞の修復的対話。
――Mさんは、被害を、忘れられるものなんじゃないか、とおもっていらっしゃるんでしょうか。だとしたら、ちょっと違うよなと思います。忘れられないからつらいんです、忘れられないから恐怖なんです。忘れられないから、苦しむんです。たぶん、被害者に一度なってしまうと、生涯この葛藤の中にいることになるんだと思います。
2019年8月 にのみや――
目次
第1章 被害者の“その後”を知る対話プログラム
「忘れられないから」苦しむ/自分の加害行為を過小評価する加害者/加害者は被害者のことを知らない/加害者臨床の現場も、社会も、被害者を知らない/被害者の“その後”を語る対話プログラム/被害者と加害者の過ごす時間の違い/被害者の“その後”はいつまでも続く/加害者が取り組む三つの責任/被害者を襲う「記念日反応」/被害者と加害者に共通する現象/被害者も、加害者を知る/したことと向き合えない加害者/いつまで逃げればいいのか/対話しなければ辿り着けない場所がある/回復が一人では不可能な理由/加害者にも「解離」があるのか?/被害者を出した事実から目を逸らしたい
第2章 性加害を自分の言葉で語ることの難しさ
あなたの「弱い話」が仲間の強さになる/語らずに身を潜める加害者/自分をごまかせない「書く」という行為/加害者もまた加害者を知らない/性加害に重い、軽いがあるのか/たかが盗撮、なのか/被害に優劣をつける意味はない/被害者も、被害を相対化する
第3章 「認知の歪み」を理解するために
レイプ神話は誰がつくるのか/なぜ自分だったのか、の答えを探すのはいつも被害者/自分こそ被害者だと思う加害者/加害者のあいだで似通う認知の歪み/人をモノ化するという自動思考/ヒト扱いされてこなかった経験がモノ扱いを生む/「男らしさ」を押し付けられる/自らのトラウマに気づけない加害者/弱みを見せられずに孤立する/SOSを出せないことが問題行動につながる/低い自尊感情、高いプライド/承認欲求はなぜ性加害につながるのか/ストレスを解消する選択肢を間違う/被害はなかったことにできない/自分にも他人にも価値があるという健全な思考/女性をうらやましいと思う心理/女性に嫉妬しつつ下に見る「弱者男性」/女性にモテて当たり前、と思わせる社会
第4章 性暴力の加害者となった君よ、 すぐに許されようと思うなかれ
謝罪というパフォーマンス/許されることを前提としている傲慢さ/許すことと、赦すこと/加害者には回復を目指す責任がある/手紙という対話でしかできないこと/回復のパターンは一つではない/被害者でい続けることの辛さ/加害者でい続けることの安全さ
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Posted by ブクログ
著者は性加害の加害者臨床に携わる人物で、依存という視点から加害当事者の更生に取り組んでいる。
実際の性被害者と、著者が臨床場面で携わっている加害者たちとの対話を通して、被害者だけでなく加害者も、自分の人生を取り戻そうとする取り組みを著したものが本作である。
私自身、職業柄加害者被害者どちらにも出会う機会があり、何が正解か、どこへ向かっていくことが必要なのか、その事実が起きた背景にある課題がひとつではないからこそ、とても悩ましく思うことがよくある。
その回答のひとつが、対話によるそれぞれの理解ということになるのだろうが、まあ、こんな簡単な言葉で済ませられるような話でもないことは明らかで。
でもひとつ、ああそうだよねと思ったのが、本書の中で言及されている「グッドライフモデル」の考え方。依存行為自体が自己治療であるという捉え方で言えば、そこには治療が必要な傷みや不全、課題があるわけで、それを取り除くことが被害者の苦しみや加害によってしか自分を癒せなかった加害者の歪んだ自己治療から離れることができる。
被害者はもちろん、加害者も自分の幸せのためにどうすべきかを考えることが、彼らには必要なことなんだなと。
単なる贖罪に留まらず、その先へ進もうとすることこそが、彼らを救う唯一の方法なのかもしれない。
そうは言っても、そのためには時間と手間ひまをかけて、じっくり彼らのこれまでを紐解く必要があり、何より彼ら自身に、自分と真正面から向き合おうとする強い思いがなければ、それは実現できない。そこに持っていくことがそもそも難しい。だからこそ悩ましい。
Posted by ブクログ
修復的対話という新しい形式で、加害者と被害者が向き合う場を作ることで新たに見えてくることが多い。
にのみや氏が対話に集まった参加者への感謝を述べた場面から始まり、とりわけ「心の殺人」と称されながらも、非当事者には見えにくい被害者のその後を自己犠牲的に語ることが、教科書的な反省の弁すら跳ね除けて真の贖罪を加害者に突きつける。
被害者同士で寄り添うために声をあげることですら、多大な勇気が必要とされることであろうに、生涯にわたる深い傷を被ったにのみや氏が、それを背負いながら日常生活を営む傍らでこのような活動に勤しんでいるという事実にはひたすら感嘆するばかり。
Posted by ブクログ
タイトルからはどのような内容か何となくだが、想像はついていたが、とても奥深くまで、問題の本質を深く掘り下げた、専門家と実体験者による本でした。
この掘り下げた課題については、何も性犯罪に限らず、社会問題の様々な根源について、改めて学ぶことができました。