勝手にラブ&リスペクトしている岸政彦さんの『調査する人生』で岸さんと上間陽子さんとの対談を読んで、上間さんのことも同じくらい全力でラブ&リスペクトしていこうと決めた。
社会学者として第一線で活躍されていながら、自分のやり方は本当にこれで正しいのかと悩んだり、ずっと悔やんでいる過去の「失敗」があることを明かしたり、同僚への圧倒的な尊敬の念を吐露したり、なんて真摯で謙虚で素晴らしい学者の方だろうと思った。
沖縄出身の上間さんは、東京の大学へ行くも現在は沖縄に戻り、主に現地の少女たちに聞き取り調査をしている。
彼女たちの多くが、十代半ばで子どもを産み、その後シングルマザーとなり、キャバクラなどの風俗店で働きながら生きている。
家族、恋人、あるいは赤の他人から突発的に振るわれる暴力によってボロボロになった自尊心を、限界間際のところでなんとか保ち、子どものため、大切な友達のため、自分の未来のため、生きている。
「自分と直接関わりのない他者」の存在は、現在ではSNSを開けば簡単に垣間見ることができる。
アフリカで飢餓に苦しむ子ども、トランプ政権復活に絶望する市民、パレスチナの戦場で逃げ惑う人々、ここ数十年で何度も廃墟にされたキーウの街並み。
短い動画を見るだけで、そのあまりの惨状に目を奪われ、一瞬にして頽落から引き戻され、何かしなくてはという気持ちにさせられることも少なくない。
『裸足で逃げる』に書かれた少女たちの苦しみは、しかし、SNSのような手法で手短に伝えることは絶対にできないだろうと思う。
「苦しみ」と書いたけれど、『裸足で逃げる』を読んでいて感じたことは、もしかしたら彼女たちの中に、自分がいま苦しい状況にあるのだという自覚自体がそこまでないのではないかということだった。
暴力も、性被害も、未成年での出産も、風俗店で働くことも、自分の身の回りにずっと普通にあったから。
親も、そのまた親も、この環境で生きてきたから。
しんどいな、体きついな、とその都度ふと思うことはあっても、この現状を今すぐなんとしてでも打破しなくては、辛くない方へ向けなくては、というような感情を持ちづらい環境であるように思えた。
もし、そうであったら。
確かに存在はしているものの、本人たちもうっすらとしか気付けていない苦しみや辛さは、手っ取り早いSNSや短い映像では、到底捉えきれない。
上間さんのように、研究をする社会学者として、また一人の人間として、彼女たちの生活に入っていき、少しずつ信頼を得て、その言葉を聞いて、頷き、認め、時には迷いながら介入し、解説や分析を加えすぎることなく文字にする、という、途方もなく地道な作業を、続けていくしかないように思った。
『裸足で逃げる』は、以前からずっと気になっていたのだけれど、以前、上間さんの『海をあげる』を読んだとき、あまりにも苦しくて、読むに至れなかった。
今回、岸さんの本に背中を押され、ついに読んでみて本当に良かった。
上間さんは現在、沖縄の若年シングルマザーを支援するシェルター「一般社会法人おにわ」の代表を務めている。
「おにわ」を応援したい気持ちが強くなって、でも今すぐ沖縄に飛んで行くわけにいかないし、行ったところでわたしには何もできないし、ということでまずは微額ながら毎月寄付の登録をした。
いつか上間さんにお会いできる機会があれば、すごく嬉しい。