教誨師(きょうかいし)とは、刑務所や少年院などの矯正施設で、受刑者や少年たちの更生と心の安定を目的として、宗教的な教えを説いたり、相談に乗るなどして、犯罪者の人間性の回復を支援することで、罪と向き合う手助けをボランティアで、すなわち無報酬で行っている民間の宗教家(僧侶、牧師、神職など)をいうそうです。現在、全国の拘置所、刑務所、少年院には約1,800人の教誨師が活動しているそうです。
刑事被告人が裁判の判決が確定するまでの間、勾留されるのが拘置所という施設で、ほとんどの者は実刑判決確定後すぐに刑務所へと送られます。
しかし、死刑判決を受けた者だけは、死刑執行の日まで、そのまま拘置所に留め置かれ、面会や手紙など外部とのやりとりを厳しく制限されて、独房で独り過ごすことになるそうで、そんな死刑囚たちと唯一自由に面会することを許された民間人が、教誨師ということになります。
教誨師は、実務的な部分でいうと、死刑確定者と定期的に面接して悔悟(過去の過ちを悪かったと悟ること)を促すことが主な役割ですが、死刑の執行に立ち会うという非常に過酷な役割も担うそうです。
精神的な部分でいうと、「死」について考えることは、残された「生」を考えることであり、死刑囚の教誨師は、その点について死刑囚たちと向き合うことになります。
この作品は、半世紀にわたって、そのような教誨師として死刑囚と対話を重ねた僧侶(渡邉普相)の告白を綴った、ノンフィクション作品です。
この作品を読んでいる中で、ハッとさせられる部分がありましたので、紹介しておきたいと思います。
それは、人を殺めたり傷つけたりした加害者に対しては、裁判で罪を犯すに至った経緯を詳しく調べ、加害者の言い分も聞き、法律に基づいて判決を下し、刑に服させることになりますが、その一方で、軽率な言葉の刃物で相手の心を突き刺し、治らない傷を刻みつけ、その人生をも狂わせてしまう者を罰する法律は見当たらない、見えない傷は法律では裁けない、しかも、軽率な言葉を吐いた側の多くは、自分がそんな大変な事態を招いていることに気づいてもいない、という指摘でした。
この作品が発表された2018年当時と違って、最近でこそ、酷い誹謗・中傷の投稿は名誉毀損や侮辱罪で刑事事件として取り締まりの対象となっていますが、実際に刃物で生命や身体を傷つける場合と、言葉の刃物で心に深い傷を負わせ、悩み苦しんだ末の自殺という形で生命をも奪いかねない場合とで、同じようには扱えない法律の不十分さを考えさせられる指摘でした。
さて、話が脇道に逸れてしまいましたが、「教誨師」というタイトルにある通り、教誨師として面接した多くの死刑囚たちの実話が出てきます。そして、幾度かの面接により死刑囚との間で信頼関係が築かれたゆえの驚きの事実や、教誨師としての悩みや苦しみも描かれています。
例えば、連続殺人で死刑判決を受けた死刑囚の話。
彼は一審で死刑判決を受けると弁護士が勧めるのにも関わらず控訴取り下げます。新聞などマスコミは深く反省しているからなどと報道しましたが、控訴を取り下げた理由について、本人は教誨師にこう告白しています。
「私はもう二度と外に出てはいけない人間なんです。外に出たら、私は必ずまた殺ります。自分の中から衝き上げてくる衝動を抑えられないのです。だから、私のような人間は死刑になるより道は無いんです。」
この死刑囚は2人を殺害し3人目に重傷を負わせたところで逮捕されたのですが、実はもう2人殺害していたことを教誨師にだけ告白します。1件は酒に酔って入浴していた女性の頭を押さえつけて溺死させたものの、酒に酔って誤って溺れた「事故」として処理され、もう1件は5歳の女の子の首をハサミの先で刺殺したものの、無関係な小学生の男の子が加害者とされ、その男の子と被害者との偶然な衝突による「過失事故」として処理されたということです。
驚きの告白を受けた教誨師であるこの僧侶は、この2件が果たして真実なのか確信が持てなかったこと、また教誨師に守秘義務が課せられたていたことから、口外することはなかったそうです。
そしてもうひとつは、20代で殺人を犯し、無期懲役で服役して仮釈放された後に、再び別の殺人事件を起こし、死刑判決が下された死刑囚の話。
実はこの死刑囚は12歳から少年院生活が始まり、その後は、刑務所を出たり入ったりで、人生の半分以上を刑務所で過ごした人物でした。
人格形成の背景としては、幼い時に親を失い孤児として育ち、小さい時から人間らしく扱われた記憶がなく、あらゆる関係性に絶望し孤立して、人を信じることのない内側の世界に閉じこもっていたという過去を持つ人物でした。
しかし、死刑囚として何度かこの僧侶の教誨を受けるようになり、ようやく、おそらく人生で初めて正面から向き合って会話ができるようになり、教誨師であるこの僧侶のことを慕うようになっていたそうです。
死刑執行は裁判で死刑判決が下されただけでは執行されず、法務大臣が死刑執行命令書にサインして初めて死刑が執行されるのですが、この山浦が死刑判決を受けた当時の法務大臣は田中伊三次という人で、10月下旬から11月上旬にかけて、何と27枚もの死刑執行命令書に一気にサインをしたそうです。それまでは、年に5人程度で推移していたということなので、いかに異常な多さであったのかということがわかります。
そんな時の、この死刑囚と教誨師との面談で、死刑囚が「あの田中とかいう大臣はとんでもない男ですね。いくら死刑囚だって、虫けらを殺すんじゃあるまいし、次から次へといくら何でもやりすぎです。」と言ったそうです。
それに対して教誨師は軽い気持ちでこう返したそうです。「まあ法務大臣もそれが仕事だからな、職務熱心なんだろうよ。」
そう言った途端、一瞬の沈黙があって、死刑囚はしばらく無言のままでいたが、急に立ち上がって、あっという間に部屋から出ていったそうです。
この死刑囚はその後、2度と教誨師との面接に来ることはなく、死刑執行の時も一切の教誨師の立ち会いを拒否して、独りで逝ったそうです。
この死刑囚にしてみたら、教誨師のたったひと言に、「この人は、本当は自分のことを全く分かっていない。死刑なんて他人事だと思っている。」と絶望したのだろうと、後に教誨師は振り返り後悔します。
教誨師としては、これまで人を信じたことのない男がようやく信頼してくれたのに、自分の軽率な言動で、死刑囚をたった独りで逝かせてしまったことを深く後悔したということでした。
読み終えて思ったことは、死刑執行は法で認められているとはいえ。明らかに「人殺し」であり、決して国民のためになること、あるいは国家のためになることとして、積極的に肯定されるべきことではないと思います。
従って死刑執行に立ち会う人たちは、誰も喜んでそれに携わっているわけではなく、死刑執行の生々しい場面も出て来ますが、殺す側も心に葛藤を抱きながら、みんな仕方なしにやっていることがわかります。それは、死刑というものがある限り、誰かがやらないといけないからです。
私自身、死刑の存在を否定あるいは反対するつもりはありませんし、被害者遺族の感情を思うと、命をもって罪を償うということは、ある意味でやむを得ないことかと思います。但し、死刑判決を下すには当然ながら極めて慎重であるべきと思います。
この作品に書かれた教誨師の告白を読むと、死刑囚と何度も繰り返し面談する中で、判決文には表れていない、犯行に至った背景や死刑囚の人柄が見えて来て、それが教誨師を苦しめることの多いことが分かりました。
現在の日本の制度では、立法府が作った法律に基づき、司法が死刑判決を下し、行政府(法務大臣)が死刑執行を決定する、ということになっていますが、死刑判決は人の命を奪う行為であること、ということを、考え方の中心に据えて慎重に運用して欲しいと切に思います。