麻田雅文の作品一覧
「麻田雅文」の「1918⇌20XX 歴史は繰り返す【WOP】」「終わらなかった戦争 サハリン、日ソ戦争が 戦後の日本に残したこと」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「麻田雅文」の「1918⇌20XX 歴史は繰り返す【WOP】」「終わらなかった戦争 サハリン、日ソ戦争が 戦後の日本に残したこと」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
『日ソ戦争 帝国日本最後の戦い』麻田雅文さんの本を読みました。
日本はポツダム宣言受諾し終戦との整理ですが、実は終戦後も陸軍が仲介を希望していたソ連に侵略され、国土と軍人、50万人以上の民間人の命を奪われる日本は防衛戦争をしていた事実を知りました。
日本の敗戦は原爆では無くソ連の宣戦布告とのことです。アメリカは早期のソ連の参戦を依頼していましたが、ドイツが手強く遅れたので、ドイツ向けに開発していた原爆実験が成功してから日本に投下したので、ソ連の参戦を恐れて原爆を投下したと言うのは嘘で、アメリカが原爆の妥当性を捏造したようです。
驚きはアメリカの3個目の原爆は8月24日以降に投下可能で、その目標は東京だったようです。そうであればソ連の宣戦布告は早くて良かったのかもしれません。
日本は陸軍海軍はバラバラなのに広大な満州、太平洋を戦場に勝ち目の戦争を初めてしまった。
サイパン島陥落で終戦出来れば良かった。これは結果論ですが。
ソ連は日米英の終戦後に日本に侵略、スターリンは宣戦布告からわずかに2日で、満州、千島列島のみならず、北海道の半分をアメリカに要求、東京もベルリン同様に分割を希望していたようです。
満州侵略にはソ連の戦車の性能が非常に高かったので日本は防戦に苦労した。ソ連はドイツの戦車の威力に劣勢で、多くの改良設計して日本に対峙したようです。
北方領土については千島列島をバーンズ国務長官が相談もせずに千島列島をソ連に与えたことにアメリカ内でも大きなチョンボがあって北方領土問題にはアメリカは積極的で無いようです。
ソ連は鳶に油揚げを取った。日ソ戦争はポツダム宣言受諾後も9月7日の武装解除まで続いたようです。
歯舞島、色丹島等はほとんどソ連の侵略も無かったようです。
終戦記念日は日本中が原爆の話ばかりに集中します。
但し、始めた戦争は止めようとしても簡単には止まらないこと。また、幹部がバカだと凶悪なソ連に終戦を仲介を希望する間抜けた軍により、日本軍だけで無く民間人が多くの命を奪ったこと、多くの軍幹部はシベリア勾留された事実は私達は知る必要があります。
歴史にイフはありませんが、千島列島はアメリカが統治すべきでした。
ソ連と違ってアメリカは海軍が死闘を繰り広げた南方諸島含めて日本に返してくれました。
この本は『日ソ戦争アーカイブズ構築に関する日露共同研究』に基づく新事実満載です。民家人の赤塚不二夫、五木寛之等満州からの帰還の資料も載せてくれ多面的な当時の理解を促している素晴らしい成果です。
極悪スターリンは日露戦争のメンツを取り返したかったようです。
勉強させてもらいました。
ありがとうございます。
Posted by ブクログ
本書の「はじめに」には、「日ソ戦争は半月足らずの戦争だったが、残した爪痕は大きい。日本にとっては敗戦を決定づける最後の一押しとなっただけではない。シベリア抑留・中国残留孤児・北方領土問題などはこの戦争を起点とする」とある。
シベリア抑留や中国残留孤児といえば、山崎豊子の小説『不毛地帯』や『大地の子』の冒頭で重厚に描かれていたことが思い起こされる。わずか一ヶ月余りの戦争が、今なお続く北方領土問題に至るまで、いかに深い爪痕を残したかを改めて実感させられた。
読み進める中で強く感じたのは、旧ソ連、そして現在のロシアに通底する国家としての精神構造である。満州における蛮行や、南樺太・千島での傍若無人な振る舞いは断じて許し難い。戦時下において勝利や領有権の確保が目的となることは理解できるものの、国際的なルールや約束を平然と反故にし、欲望のままに動く姿からは、国家としての本能のようなものすら覚える。人間の本質が容易に変わらないのと同様、現代のロシアのありようもまた、かつてのソ連の延長線上にあるのだと思わざるを得ない。
こうした歴史の闇を読み解くうえで、元外務省主任分析官である佐藤優氏が本書をどのように深く解釈し、評しているのかという点が、読中ずっと脳裏を離れなかった。専門家の知見を借りながら、本書の提示する視点をさらに多角的に検証してみたい。
本書の構成も非常に秀逸である。第1章では米ソ首脳を中心とした当時の全体像が俯瞰されており、未だ知らなかった事実を多く学ぶことができた。第2章の満州における戦闘詳細に続き、第3章で語られる南樺太と千島の状況についての記述は圧巻である。ここまで細部にわたり詳細に描いた文献は他に類を見ないのではないかと思わせるほど、資料価値の高いものであった。
本書を通じて、日ソ戦争やその背景に対する興味はさらに深まった。作中で紹介されていた、なかにし礼『赤い月』、安部公房『けものたちは故郷をめざす』、吉村昭『総員起シ』、長谷川毅『暗闘』といった作品群にも、今後ぜひ触れてみたい。
Posted by ブクログ
スターリン おいスターリン スターリン(見事な五・七・五)
なんて言ってる場合じゃない。
ひまわりめろん師匠の本棚より。私も終戦後に起こった日ソ戦については勉強不足なので拝読。
まず、師匠が書かれていた事がよぉーく分かりました。
おいお前ら!いつかやったるからな!!(ひまわりめろん師匠が)
ソ連軍の非道と言えば『カティンの森』事件が有名ですが、あれも酷いけど、ちょっとあんたら…
日本の女子供に何をしてくれてるんだ!!
捕虜にだったら良いって訳じゃ無いけど、民間人です、こちとら武器も持ってないただの民間人です!!
お子様を振り回して壁に叩き付けるとは、てめえらの血は何色だ?!
ほら、また銀河英雄伝説を思い出しちゃうんですよ。婦女暴行、略奪行為をした軍人はあそこではどうなりましたか?
死刑!即死刑!!
ソ連軍にミッターマイヤーが居てくれれば!!
危ない、ちょっと落ち着きましょう。
本書はこういった残虐行為を言及する為の本ではありません。
降伏した筈の日本に何故ロシアは攻めて来たのか、その政治的背景は何か。未だに関係書類が揃わず研究が難航している日ソ戦について、未来に繋げるため、風化させない為に麻田さんが思い切って書籍化された力作です。
未だにソ連では日ソ戦の記念日なども設けてあり、重要な戦争と位置付けされているようです。
ですが私も含め、日本では独ソ戦や日米戦よりは馴染みのないこの侵略戦争。
北方領土問題にも発展したこの戦争がどういう経緯で行われたのか、なるべく分かりやすく書いてみようと思います。
どうぞお付き合い下さい。
【登場人物】
ユキーリン…ロシアの大統領
ウルトーラマン…アメリカの大統領
一休…日本の総理大臣
(本来はややこしいのですが、まあそれぞれの国の代表だと思って下さい)
時は大航海時代…じゃなかった、第二次世界大戦中の1941年。
ソ連と日本はお互い挟み撃ちされるのを恐れ、日ソ中立条約を交わしていた。お互い手は出さず、それぞれドイツとアメリカと頑張ってバトルしていました。
ところがウルトーラマンはこれが気に食わない。
プルルル♪(入電)
ユキ「はいはーい?あ、ウルトーラマンさん、お元気?」
ウル「うぉーい、ユキーリン!日本のカミカゼ共が思ったより凄いねん!犠牲者めっちゃ出てる!はよ終わらせたいから参戦してよ!」
ユキ「あー、すいませーん。今ナチの野郎共をボコしてるんで、余裕ないっす。ドイツぶちのめしたら、絶対に僕らも日本やっちゃいますんで、そんじゃ1つよろしくー♪」
ガチャ(電話切る)
ウル「しゃーないなあ。ロシア参戦は重要な勝ち筋への道やし、はよドイツに勝てるように力貸したるかー!」
ユキ「あっぶねえ!マジで今余裕ないわ。でもドイツに勝つためにはアメリカの援助も必須だし、暫くこれでお茶を濁すか。コーラがうまいー!げぷー!!」
こうしてユキーリンはウルトーラマンの機嫌を損ねぬようにのらりくらりと交わしていたが、1945年2月、米、英、ソのリーダーが集まり、銃後の世界をどうして行くか話し合う会議『ヤルタ会談』が行われる。
その裏で遂にユキーリンは文書によって約束をする。
「ドイツが降伏したら2、3ヶ月後にソ連は日本への攻撃を開始する」
ユキ「いやー、もう勝ち確定だな、勝ち確。ドイツ終わり。勝ったらアジアにも領土広げたいし、日露戦争での借りも返したいし参戦したるわ、やる気出てきたー!」
その3ヶ月後の1945年5月8日。遂にドイツが降伏。
ユキーリンは約束通り日本への侵攻の準備を進める。
ところがそんなタイミングの折に一休はソ連に嘆願書を送っていた。
一休「もう駄目です…。ユキーリンさん、アメリカとの戦争を終わらせるための仲介をしてくれませんか…」
向日葵(カメオ出演)「おい一休さん!!ロシアも我が国への攻撃準備を始めていると情報が入ってるねんぞ、ええんか?!」
一休「えー?だってこのままじゃ本土決戦、待ったなしですよ?ロシアが攻撃してくるとしても、大分先の事でしょ!それに今は中立条約も結んでいますし、少しでも有利にアメリカとの戦争を終わらせないと…」
向日葵「わいは知らんぞ…」
プルルル♪(入電)
一休「ユキーリンさん、この間のお願いなんですが…」
ユキ「え?(鼻ホジホジ)なんの事だっけ?」
一休「ですから、アメリカに戦争を終わらせるようにですね…」
ユキ「あー!それね!うんまあね、考えてるから。うんちゃんとね、うん」
一休「お願いしますよ…」
ガチャ
ユキ「誰が終わらすか!!こっちは戦争終わらせて貰ったら困るんだよ、僕ちんが領土をゲット出来ないじゃないか!ざまあ!日本ざまあ!!」
腹黒ユキーリンは期待を持たせつつ時間を稼ぐ。
そんな中1945年7月、米、英、中から日本へ負けを認めて降伏しろという宣言を出されてしまう。これがかの有名な『ポツダム宣言』です。
一休は1度これを拒否。理由は、かなり不利な条件だったのとそこにユキーリンの署名が無かったからです。
まだアメリカとの仲を取り持ってくれると希望的観測をしてしまったのですがこの判断が命取りでした。
1945年8月6日、広島に原爆が投下。
その2ヶ月後、ロシアと日本の代表者の話し合いが行われます。ようやく仲介をしてくれるのだと思いきや、なんとロシアからの宣戦布告を受けてしまいます。
更に2ヶ月後、遂にロシアは日本への攻撃を開始。
ユキ「まずは満州国じゃあー!!殺人も強盗も強姦もやれやれーい!うしゃしゃしゃ!!」
さて、ここから巻きで行きます。
日ソ戦でも多大な犠牲者が出ました。何せ日本は物資も戦える人数も圧倒的にソ連に負けていたので、手榴弾を巻き付けてロシアの戦車に体当たりする作戦まで採用されました(実際にはあまり効果も無いし、そもそもできない兵士もいました)
更に捕虜として捕えられれば極寒の地の収容所に送られて強制労働。このシベリア抑留で5万人ほど命を落としています。
民間人への被害は冒頭でも書きましたが、戦車で1000人も轢き殺されたり筆舌に尽くし難いです。
このような悲惨な事態になったのも、日本が降伏した後も攻撃が続いたからです。ここからは時系列で見てみましょう。
8月9日 ロシアが日本への攻撃開始
8月14日 日本がポツダム宣言を受諾し降伏
8月15日 玉音放送で国民に敗戦を公表
(ここでアメリカは戦闘行為を停止)
降伏を宣言した後も条件の話し合い等で手続きが色々とあり、その間を狙ってロシアは急いで領土を拡大しようと占領目的で戦闘行為を継続。
そのため、15日以降も自衛の為に日本は戦闘を継続しなければなりませんでした。
終戦した筈の15日以降に戦闘が始まったのが、千島列島です。
それ以降もロシア軍はどんどん南下して行き、最終的には北海道の隣の歯舞諸島まで占領しました。
これが北方領土問題の始まりです。
恐ろしすぎる。
もし北海道まで占領されていたら、北朝鮮と韓国のようになっていたかも知れない…。
本書にも書かれていましたが、この日ソ戦については歴史家の方々でも様々な見解があり、ソ連側の資料も手に入れ難い為に研究も難航しているそうです。
中立条約違反も、ソ連側と日本側の主張があるので今でもどちらが違反をしたのか分からず仕舞いです。
ただ、麻田さんが仰っていた言葉がいつまでも頭に残っています。
戦争は人間の不治の病。
いつか特効薬が出来ることを信じて、我々は風化させずこうして知ろうとする事しかできないですが、それが未来に繋がる事だと信じたいです。
ユキ「何百年先だろうなあ??げっぷー!!」
Posted by ブクログ
私がこの書籍に興味を持ったきっかけはとあるツイートだった。「親露派は全員読んだ方がいい」という文言とともにこの本の写真が添付されていた。
私はソビエト連邦が好きだった。政治的な意味は特に考えずにいたが、圧倒的なランドパワーを持つミステリアスなその国家は私を惹き付けるには十分だった。しかしソビエト連邦が帝国主義的な行動を取り続けていたことから無意識に目を背けていたように思う。
満州・樺太・千島列島への侵攻では、無抵抗の人間の殺害が多数あったという。なかには婦女暴行も数々存在していたと記録もあり、独ソ戦に関する小説「同志少女よ、敵を撃て」が想起された。
スターリンは、無断での退却や投降には厳罰で望んだが、勇猛果敢に前線で戦ってさえいればその他の蛮行については大目に見ていたという。自国民の人権も保障しないような国家に、占領地の住民を丁重に扱うことできない。戦争の弊害である占領地の住民への乱暴や虐殺や性加害は到底許されてはいけない。
戦争の禍々しさや恐ろしさをありありと知ることが出来たのは良い経験であった。ソビエトロシアは信用してはいけないと、改めて実感した。
Posted by ブクログ
第二次世界大戦という大きなくくりのなかでの、ポツダム宣言後にも続いていた戦争「日ソ戦争」を初めて詳しく知った。
その宣言には米英中の連合国であって、ソ連は含まれておらず、彼らの視点での論理(無条件降伏以外は認めない)によって、満州、朝鮮半島、樺太、千島列島を主とした戦場の話である。
ソ連としては、日本の敗北は見えているなかでの領土占拠戦略が目的であった。
表向きは、米ソ共有目的(日本の降伏)であったが、降伏後は両国の領土に対する思惑がぶつかった。
結果的に米国(日本からの連合国統率の呼びかけ)によって、北海道までは守られ、千島列島はソ連に譲ることとなった。ただしこの際の取り決めで、千島列島がどこからどこまでが明瞭ではなく、いまでも日ロの政治課題として残っているのだという。
またソ連による満州侵入のプロセスにおいて、市民に対して行われてた事実や、現地中国人や朝鮮人からの日本人に対する反発なども起こっていたことを知る。また当時のソ連は物資不足などの観点から、捕虜だけではなく、物資までも奪われていた現実や、日本側の当時の回顧録なども奪われてしまっており、そのような実態は表には久しく出ないであろうことも知る。そういった観点からも含め、あまり公共では知られる機会はなかったのか、とも想像してしまう。