戸部淑の作品一覧
「戸部淑」の「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「戸部淑」の「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
『きょうのわんこ』、『サモンナイト ツインエイジ ~精霊たちの共鳴~』などのゲームのキャラクターデザインや、『お留守バンシー』、『新訳 思い出のマーニー』などの小説の挿絵などを手がける。
ラノベ
ラノベ
少年・青年マンガ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
小説・文芸
少年・青年マンガ
少年・青年マンガ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
ラノベ
少年・青年マンガ
ラノベ
Posted by ブクログ
衰退した世界に示す「自分らしさ」とは
人類は衰退しましたシリーズ最終巻。思えば年末から読み進めたので1ヶ月でシリーズ九巻読破という働いている中ではフルスピードで楽しめた作品であった。
世界の仕組みが解き明かされる最終巻、読み手のわたしが感じたのは衰退していくという、いわば緩やかな死に向かう世界において、「今」を生きるには、そして「未来」を生きていくために必要な「自分らしさ」の確立であると思った。
自分は特段優れているわけではない、そういった感情はどの人も心の中に持ち合わせている。ただ、我々も不確定な世界の未来を生きていくためには「生きてきた意味」を祝福し。「生きている意味」を自らの中に持ち、「生きていく意味」を覚悟として示し続ける必要がある。
少しでも得意なことがあれば、それを生きていくために使えばよい、苦手なことがあれば人と手を取り合いながら生きていけばよい、苦手に見えることも見方や常識、囚われを変えれば、外せば、それは得意に、よさになるかもしれない。
生きていく中で一番大切なのは明日への希望、生きるために必要なその瞬間への喜び、そして生きてきた自分たちを信じる思い、そういった「生に対する熱量」を私たち読み手も何気ない日々に感謝、何気ない関わりに感謝しながら、「人間らしく」生きていきたい。
Posted by ブクログ
「衰退した」現実に別れ、「理想的な」夢に溺れて
人類は衰退しましたシリーズ第8巻。随分と読み進めてきた今回のテーマは衰退した現実からの逃避。「夢」の存在や「拡張現実」の存在を通して都合の良い理想に溺れ、依存していく様を考えることができた。
これは何も小説の中のメルヘンな世界だけに存在する話ではなく、我々の今生きている現実社会にも起こっているデジタル空間との向き合い方なのだろうと思った。何をしても上手くはいかない、良くならないという現実に向き合うとどうしても自分にとって都合の良い理想の世界に溺れてしまう。
スマホ依存などもあるように私たちの熱量や意志の弱さから、主体がいつの間にか「我々」から「デジタル媒体」に移行し、理想を果たしている姿から、理想に溺れている姿になってしまう経験は多かれ少なかれ我々読み手にも存在する。
夢や仮想から現実に戻っても我々の「外の世界」は変わっていない。ただ我々の「内の世界」は夢や仮想の干渉を受け日々変化してしまう。自己内世界の変化は自己による外の世界の見え方や解釈を変えてしまう。それをコントロールするのは「自己」。制御下に置かれなければ次第に自己内世界が飲まれ、外と内の境が無くなる。それは自己の消失の一歩目とも言えよう。
我々読み手も良い作品を読むと世界の見え方や解釈が変わる。それは素晴らしい自己内世界の変化による「外の世界」の見え方の変化と言える。我々は自分達の意志を持って本と出会ったり、また読み返したり、浸ったりすることが大切ではないだろうか。その本との出会いが本の世界に「溺れる」ことなく、本の世界を通して読み手の世界を「拡張」していけるように。
Posted by ブクログ
衰退した世界の「これから」に遺す「人」と「記録」は、先史時代を生きた旧人類の生きた証
人類は衰退しましたシリーズの第7巻は、「わたし」が教師になったり、ヒトモニュメントと呼ばれる記録媒体に関わったりとこの衰退した世界の「今」より先の「未来」に焦点が当てられていた。
衰退した世界において、過去をどう「生きてきて」、今をどのように「生きている」かが重要視されてきた中で未来をどのように「生きていく」かを見ると今を生きる者たちの未来の世界における責任としての教育や記録が大切なのを改めて感じた。
教育として、記録として人の営みを人の生き方を伝えていく、その様式を繋いでいくことがまさに生物としての本能であるが故、この妖精さんたち新人類に主が渡ったこの世界の旧人類の人々たちにその本能が薄れているのを感じた。
それはこの作品だからというわけでなく、今の我々が生きている世界、変わりゆく世界においても人の営みを、生き方を人の温もりで伝えていかなければ、そこに「熱」がなければ、「愛」を感じられなければ伝えられた営みも生き方も価値がなくなってしまうのではないだろうか。
世代を超えて愛されるという言葉があるように、人と人とを繋ぎ、伝わっていくものには他とは違う何かが存在する。それが何なのかに気づき、それから目を背けずに大切に伝えていくこと、それこそが我々の世界においても、「衰退」してはいけない「生きていく」心なのかもしれない。