山本貴光の作品一覧
「山本貴光」の「記憶のデザイン」「ゲームクリエイター育成会議」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
自由に生きるための知性
これはいってしまえば=教養なのかなと思った
第一部が特に心に残った
教養を学ぶ意義
教養と社会の関係について整理できた
いま、教養が大事だと改めていわれている理由
→教養から専門知に傾いて
専門家と一般人のコミュニケーション
が上手くいかず、さらには
非対称な垂直な関係になり
専門家と一般人の間の信頼が崩れた
→終身雇用制度が崩壊しており
学び続ける力が必要になってきている
=エンプロイアビリティ
一方で、教養・リベラルアーツとは、
それがある人とない人を隔てる垣根であり
いま社会から求められている教養との間に
ジレンマがある
いま求められている教養とは
他者に対して「開かれ」ていること
新しい自己に出会うこと
その後の章では、差別、好きって何、読書のすすめ、など専門家からの細かな話になるが
「いまの自分の枠からはみたでたものを学ぶ、触れることで、新たな自分を発見する」こと
の重要性が通底しているなと思った
感想
上田先生が言ってたいわゆる量産型の奴隷のような学生だったな自分…
そして色々みているつもりだったけど、自分の好きの中でしか出会えてないかも…
めちゃくちゃ井の中の蛙だな自分…
てか文中の引用がハードすぎて付いていけない…
と落ち込みそうになりました
しかし相手は大学教授たちなので仕方ない
というか、
教養の持つ分断の意味合いにジレンマ感じつつ
インテリたちの共通言語を使いすぎてやしないかい?とツッコミを入れながら読みました
単細胞の私には少々難しい本でしたが
1ヶ月くらいかけてゆっくり理解しました
おすすめの本がたくさん出てきて
読書リストがどんどん伸びる
時間を空けてもう一度読みたい作品
Posted by ブクログ
期せずして「哲学の劇場」の方の著作で、親近感。
数字や専門用語を極力避けて、コンピュータがなぜ動くのかの原理を分かりやすく解説してくれている。なので、数字嫌いの理系音痴な私も、大枠の理解を助長してくれたかなという感覚。
二進法で表現されているデータを、動画や画像や音楽などに変換して見立てていることが一貫した原則。その上で、厖大な演算や処理能力によって瞬間的に使っている人の欲する状態で提示してくれている。
ハード・ソフト・プログラム・CPU・サーバなどなどコンピュータを構成する要素を分解して、個々の役割と各要素との関係を解明してくれ、ただ何となくクリックしたら開くといった直観的な理解から、具体的な構造の理解へと深化することができた。
どうもIPアドレスとMACアドレスの区分と役割が曖昧な私ですが、なぜメールが届いたりウェブサイトを閲覧できるのか、ここに符号化したものを機械語に変換したり戻したりの専門サーバがあったりと、一つ一つは単純な機能で成り立っているのだなーとコンピュータが身近に感じるに至りましたとさ、
Posted by ブクログ
«本書は…記憶に関するエッセイである。ここでエッセイとは、「試論」というくらいの意味だ。…本書は、物覚えをよくするための記憶術を伝授する本ではない。…記憶にかんする学術研究の最新情報をお伝えするものでもない。»(pp.10-11)と「はじめに」でこの本の性質がしっかり注意されている。にも関わらず、読み進めていくとそのことを忘れてしまい、終章に至るところで「あれ?記憶を上手くデザインする手法が書かれていないぞ?」と気付いて「はじめに」を読み返してしまったのが私です。
なにせ序章で«①記憶がつぎつぎと書き換えられる情報環境でどうするか ②知りたいことは、ネットで検索できるので記憶しなくてもよいか ③フェイクコンテンツが溢れる中で、情報の真偽をいかに見分けられるか»(p.35)というように、個人的にも気になっている事柄が挙げられていたので、「ならばこの本はそれらの問題に対する答えが用意されているに違いない」と思い込んでしまっても仕方ないじゃないですか(言い訳1)。
そして第1章では章題が「検索すればOKか」とあり、先ほどの②の問題を取り上げているわけで、結論としては「検索するためにも記憶や技術を要するので、その前提は否定される」(個人的要約)のように、まがりなりにも回答が載ってる。となれば「引き続いた章では①③の回答が載ってるんじゃないか」と思い込んでしまうわけですよ(言い訳2)
と思っていたら、第3章から第6章までは«私たちの記憶がどのようにかたちづくられているか»(p.93)という話に移り、それぞれにおいて納得出来る内容であるものの、しかし「思ってたんと違う」状況へと迷いこまされちまったのです(言い訳3)
第7章になり本題と同じ「記憶のデザイン」という章題が現れてきたので「おお、ようやく答えが提示されるんだな」と期待するわけですが、読み進めると、書かれているのは、山本さんが実践している記憶術的な案内と、現在進行中の「知識OS作成構想」が提示されています。残りページは少なくなっています。そして気付けば終章に至っていました。…この本の性質を理解していないまま、ダラダラ読んでいたのが良くなかったのでしょう(言い訳4)
…などとダラダラと言い訳を書いてきたわけですが、私のような「思い込み読み」をしないために、この本は入手したら一気読みすることをオススメします。
繰り返しますが、この本はエッセイです。山本さんの体験を追体験するための内容が示されています。提起された問題に対する答えは書かれていません。山本さんとはまた別の答えを読者自身で見つけるモチベーションを生み出すための本、とでも言えば良いでしょうか。
個人的には「個々人の記憶のデザインはやはり個々人に依存する」ことを改めて認識しなおせたのが、この本を読んだ効用です。
また、私も«知識アトラス»(p.211など)が欲しいです。個人的には、書いているテキスト(ブログやらツイートやら)から典拠へのリンクを配するように日々努めています。
山本さん、楽しい本をありがとうございました。