大脳辺縁系の働きや、情動と身体の関係性、脳内の報酬機構などが比較的わかりやすく語られる。こういった内容の本が新書として出版されるのは社会貢献の観点からもとても喜ばしい。さすが、ブルーバックス。
この本で共有されている意識に関する知見として大きなものを二つ挙げるとすると、次の内容を挙げることができる
...続きを読むかもしれない:
・「意識」はすでに自律的に起こった情動などの意識下の反応を、脳が認知して解釈したものである。したがって意識の情動に対する優位性は否定される。
・精神は、脳を含む進化論的な発展を基盤としている。
なお著者は、感情と情動を明確に区別をした上で包括的な理解をしているので注意が必要である。著者の感情と情動の区別はアントニオ・ダマシオに由来しているので、正確に理解するためにはダマシオの著作も読んだ方がよいだろう。
著者によると、「こころ」は脳単独で生まれるものではなく、感覚系や神経系、内分泌系を通して全身の各器官に影響を及ぼし、それらの器官からフィードバックを受けた上で全体として生成されるものである。この辺りの論は、先に挙げたダマシオの論に沿ったものである。その流れに乗る形で、著者は意識に対する「こころ」の優位性をその理解の前提としておくのである。特に情動の成立には情動を引き起こす事象の認知のみでなく、それに伴う身体反応が必要であるとするのである。
言うまでもなく、深く考えれば考えるほど、いわゆる「こころ」の定義は難しい。ここで著者は狭い意味で「こころ」を情動と捉えて定義するのではなく、その範囲を広げて、次のように書く。
「「こころ」には、情動以外にも、報酬を得ようとする欲求、困難を成し遂げようとする意志力、他人に共感する力、社会で適切な役割を果たす力などが含まれている」
「「こころ」は脳深部のシステムの活動、いくつかの脳内物質のバランス、そして大脳辺縁系がもととなる自律神経系と内分泌系の動きがもたらす全身の変化が核となってつくられている。また、他者の精神状態は表情を含むコミュニケーションによって共感され、自らの内的状態に影響する。そして最終的には、前頭前野を含む大脳皮質がそれらを認知することによって、主観的な「こころ」というものが生まれるのである」
さらにそもそも人間が「こころ」を獲得した経緯について、「こころ」は進化論の求めるところにより、個体の生存確率を高めることによって獲得されたという理解が前提とされる。また人間の情動は、一般にそう思われている以上に身体的なものであり、生物的なものである。いずれにせよ、「こころ」が生物の一機能である以上、進化論的な議論を避けて済ますことはできない。その意味でも、「こころ」の議論において、「記憶」という機能も生存確率に影響するという観点からも興味深く、この本でも取り上げられるべき重要な要素である。「エピソード記憶」、「意味記憶」からなる陳述記憶と「手続き記憶」、「情動記憶」からなる非陳述記憶、また一時的記憶領域である「作業記憶」に大きく分類される。これらと海馬や偏桃体などの大脳辺縁系の役割についても比較的詳しく説明される。また、ドーパミンなど報酬系の脳内での仕組みも、その進化論上の観点含めて「こころ」を理解する上で重要である。
そして進化論が教えるところによると、「実は「こころ」はいまもなお進化し続けている」のである。
「「こころ」とは、行動選択のためのメカニズムである。そして「こころ」には、学習機能が備わっている。それゆえに「こころ」は、社会の変化に伴いこれからも変化していくのだ」
インターネットによるコミュニケーションの変容や、報酬系に与える変化はおそらくは「こころ」に対する環境の変化として働き、実際の「こころ」の動きに対してときに想定を超える影響を与える。
各章の最後にまとめが書かれているのも理解をよく助ける。佳作。