【感想・ネタバレ】白の闇のレビュー

あらすじ

突然の失明が巻き起こす未曾有の事態。「ミルク色の海」が感染し、善意と悪意の狭間で人間の価値が試される。ノーベル賞作家が「真に恐ろしい暴力的な状況」に挑み、世界を震撼させた傑作。

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運転中の男が突然失明した。目の前に広がるのは漆黒の闇ではなくミルク色の白い闇。車から助け出した男、失明した男を診た医師、待合室の患者たち……失明は次々に伝染して……。ノーベル賞作家の傑作長編→

怖かった。「地球上のすべての人が目が見えなくなる」と、こんなことになるのか……と、ショックを受けた。まさに、文明の崩壊。
最初は隔離された病院内で、そして、街全体に広がる無秩序の世界。
目が見えないと人はこんなにも残酷になれるのか。動物に近づくのかと思ったが、そうじゃない。→

そんな世界でキーになる人物がいるわけで、その人がいるからこの話は進むんだけど。
ラストよ……いやもう、怖い。本当に怖い。

この話の四年後を描く「見えることの試み(原題)」が河出さんで翻訳されているみたいなんで、読んでみたい。あのあとあの人はどうなったのだろう。

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2024年07月27日

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ネタバレ

初作家。この作品の成功により、ノーベル文学賞を受賞。人間とは、個人と文明について、善悪とは・・・etc。あらゆる物事を全人類(ほぼ)失明という事象を用いて寓話的に淡々と、時に神の視点を挟みながら記された天から人類に齎された(——作者曰く、突然"全人類が失明したらどうなるのか"という…)書物ではなかろうか。作中一切キャラクタ名が出て来ず『医者の妻』『サングラスの娘』『黒い眼帯の老人』…等、眼が見えない世界では名前など不要ですものね。また台詞には「」が使用されておらず、最初は誰が言葉を発しているかわからず、大変読みづらい。しかし二つの事柄を合わせて考えてみると、読者をよりこの世界に取り込む(→読者すらこの物語の登場人物のひとりのように)のに大変効果的なことに気付かされた。結末はまた新たに生まれ変わった"新"人類の誕生(?)で幕を閉じた——。
(※続編もあるようだが、翻訳されておらず…残念だ。)
人によっていろいろ考察しながら読める、素晴らしき作品!全人類必読の書である。星五つ。

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2024年04月21日

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目が見えなくなる伝染病が急速に伝播しパンデミックになる世界。一人、なぜか病に罹らず目が見える女性が主人公。身の危険を感じ、「見える」ことを隠しながら家族や仲間の世話をするのだが、食べ物がない、トイレもいけない、情報も途絶え弱肉強食、世界が無法地帯と成り果てる中、彼女たちは苛烈な状態に追い込まれる。
2020年夏に読んだ。Covid19が世界に蔓延してパニック状態だった頃。現実と物語との境界が曖昧になるほどリアルな恐怖を覚えた一冊。傑作。

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2023年01月19日

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とても面白かった。
最序盤からトップスピードで気が抜けない展開が続く。
登場人物がやや多く、会話に鉤括弧が付いておらず多数の会話が連続して入り乱れるため誰の発言なのか熟読する必要があったが、翻訳を担当した方はもっと大変だっただろうなぁと思った。
残酷なシーンも多いが読み応えがあった。
この作品が好きな方は、ハプニング、ブラインドネスといった映画をお勧めします!

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2022年06月08日

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ネタバレ

ある日突然、失明が伝染していく。視界が白の闇に包まれる。
失明も怖いけれど、全ての人が盲目になった世界で一人だけ目が見えているというのも壮絶です。
何も見えない世界で理性を保てるのは、その人自身の理性なのか、やっぱり「彼女には見えている」という“見られている”意識なのか……。
一人だけ失明しない人物である医師の妻は、支援と介護とのプレッシャーも、目の当たりにしている悲惨な世界のストレスも、自分の目もいつか見えなくなるかもしれないという恐怖もかなり強かっただろうと思います。ラストの不穏さも印象に残ります。
地の文と会話文の区別がつけられてない文章で、会話も何人もいるけど誰がどの発言をしているかも書いてないところもありはじめは戸惑いましたが、それでもぐいぐい読まされる力がありました。考えさせられて目が止まる一文もサラッと書いてあって、読む度に深まっていきそうな作品です。
映画「ブラインドネス」も観ました。原作を読み終わる前に観てしまったけれど随分とコンパクト。でも壮絶さはありました。最初に失明した男とその妻を伊勢谷友介さんと木村佳乃さんが演じられててびっくりでしたが不思議としっくりきます。

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2022年05月16日

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ネタバレ

わたしたちは目が見えなくなったんじゃない。わたしたちは目が見えないのよ。目が見える、目の見えない人びと。でも、見ていない。

***
暗い作品の得意な私でも読むのに少々骨が折れた作品だった。読んで、考えて、手が止まる。とても面白く、そして恐ろしい作品。現在のパンデミック下で、状況は違えど同じようなことが起こっている。得体の知れない脅威と背中合わせの生活。いつまで続くかわからない、まさに「闇」だ。

ある時突然視力を失った男。
男を助けたあと男の車を盗んだ車泥棒。最初に失明した男の妻。眼医者の診療所にいたサングラスの娘、斜視の少年、白内障で眼帯をつけた老人。次々と失明していく。失明した人々の視界にはどこまでも続く、ミルクをこぼしたような一面に広がる白い海。彼らは使われなくなった精神病院の病棟へ隔離され、外に出ることは許されない。満足な食糧も提供されない上に、饐えた匂いのする水しか出ない水道、生きる上で必要なものはほとんど揃っていなかった。
目の見えない人々は増え続けて、三百人ほどの人が病棟へ収容された。
人が人らしく生きていくことを忘れる者。人間的でないならせめて動物的にならないようにしようとする者。
当然のように起こる想定しうる最悪の出来事。

医者の妻だけが、最後まで失明しなかったのは何故なのか。
ある日突然人々が白い闇から脱出することができたのか。
わたしたちはずっと、盲目だったことだけは確かなようだ。

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2022年04月03日

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ネタバレ

【ケア労働の重責】
 突然、失明する病が感染爆発する――その中でたった一人、視力を失わない人がいたら……という設定が実に巧妙。しかも、視力を失わない人間が女性ということがストーリーに深みを持たせる。
 感染抑制を最優先する政府は患者と濃厚接触者を廃病院に隔離するだけで中の環境が失明者に向いてないことも考えない。そのため、あっという間にトイレは故障、そもそも見えないためにトイレまで行けず廊下で排泄する人も続出する。約束されていた食料も配達が滞り、環境は悪化する一方……たった一人、視力を失わない「医者の妻」は夫である医者にだけその事実を伝え、失明した患者たちをさり気なく支援する。
 彼女が抱える葛藤が実にリアルだ。「見える(=状況が分かる、知っている)」ということは常に責任を伴う。まして、相手が障害や病を抱えているとなおさらのことだ。現実の社会を見ても、介護や保育、支援の問題が生じた時にそれらについて素人である人が「家族だから」「その場にいるから」「できそうだから」という理由だけで重すぎる責任を負わされているのはよくある光景ではないだろうか? そして、それらのケア労働を負わされるのは常に女性なのも。
 糞尿が溢れる劣悪な環境を文字通り「目の当たり」にしながら、医者の妻にできることは限りなく少ない。夫が失明するまで彼女はただの主婦で、ただ隔離される夫を案じて嘘を吐いて一緒に来ただけなのだから。それでも彼女はできることは無いか、正直に言うべきではないかと葛藤する。ケアできる(=せざるを得ない)立場に立たされた女性の心がとてもリアルに描かれている。「いっそ目が見えなくなったらどんなに良いだろう」とは全編で彼女が何度も呟く言葉だが、ケアを負わされた経験がある人にはこの「いっそケアされる側になりたい」「もう責任を負いきれない」という感覚は馴染みのあるものだろう。
 一方で、ケアの放棄には凄まじい罪悪感が伴う。「できるのにしていない」「自分がやらなければ相手は困る」「やらないと人に迷惑をかける」……内面化された倫理と自分の健康を天秤にかけて、潰れるまで前者を選ばざるを得ない人は確実にいる。医者の妻もラストまで夫とその仲間たちを見捨てられず、たった一人で荒廃した世界を見続ける。
 そして、ここまで読んでもきっとこう言う人がいるだろう。「嫌ならやらなきゃいい」「自分でケアすることを選んだくせに」「ケアしてくれなんて誰も言ってない」……そう言う人に一言。「何も見えない、見ようともしないクソッタレ!!」

【コロナ禍に重ねて】
 パンデミックを題材にした小説なので、どうしてもコロナ禍に重ねてしまう。患者たちが隔離された廃病院の描写が本当に読んでいて辛い。トイレはすぐに故障し糞便まみれ、失明に慣れていない患者たちはトイレに行けず廊下で排泄、洗剤も着替えも無く、食糧すら満足に届かない。この劣悪な環境を作り出した責任は確実に政府にあるのだが、隔離施設を選定する会議がたった一ページにも満たない簡潔な語りで終わるのはゾッとずる。そこには、患者とその家族がこれから味わうことになる苦痛と不安への配慮が一切無い。代わって議論されるのは施設の広さ、市民の動揺、経済界からの反発……ここで既に既視感を感じる人もいるはずだ。新型コロナへの政府の対応と同じではないか、と。一たび気づいてしまえば、もうこの小説は他人事として読めない。そもそも、登場人物には固有名詞が無く「最初に失明した男」「目医者」「医者の妻」「サングラスの娘」等と呼ばれるため、誰でもあり誰でもない。つまり、あなたでもあり私でもある。
 第五波の時に自宅療養者を取材した映像を見た。肺炎の進行により命が危ぶまれる状態になっても入院先が見つからず、遠方から駆け付けた患者の母に医師が「ECMOの順番が来れば何とかなるかも」と宣告するシーンだった。それだけも痛ましいのだが、それ以上に印象的だったのは部屋を埋め尽くしたゴミの山だった。「一体どうしてこの人はこんなことに……」と思ってすぐに気づいた。重度の肺炎を抱えて綺麗な部屋を保つなどほぼ不可能ということだ。食事はできても片付けをしてゴミ捨てに行く体力も気力も無い。着替えはできても洗濯はできない。結果、部屋にゴミと汚れ物が溢れかえり、看病してくれる人もいない……小説では廃病院への隔離だったが、何のことはない、患者各自の家での自宅療養で同じことが起きていたのだ。
 もちろん、感染抑制は社会的課題であり最優先で取り組まねばならない。どんな政府にも限界はある。だが、その「最優先」「限界」の中身を決めるのは誰なのか、どう決めているのか、そしてそこに「私」や「あなた」は本当にいるのか……作中に何度も繰り返される「見えない」と「見える」……この意味を何度でも問い直さねば、人間の尊厳を否定する結果しかあり得ない。
 この小説は1/3にEテレで放送された『100分deパンデミック論』で紹介されていた一冊だが、Twitterに「パンデミックに際して苦渋の決断を下す指導者の物語を読んでみたい」との感想が投稿されていた。私はどうしても「決断を下す指導者はいても、苦渋の決断を下す指導者はいないってもう証明されたと思いますがね」としか言えない。

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2022年01月24日

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『はじめての海外文学』でおススメされており、気になったので手に取った一冊。作者はノーベル賞作家、J・更マーゴで、もともとはポルトガル語の小説である。視界が真っ白に染まり失明する病が流行り、目の見える人間たちによって構築されてきた組織や世界が崩壊していく様子が、唯一視力を失わなかった女性中心に戦々恐々と語られる。
前半は、伝染病の蔓延を防ぐため、視力を失った人間たちが使われていない精神病に隔離される。目の見えない人間達が人間としての尊厳を少しずつ失っていく様子が、本当に恐ろしい。人間らしく生きられるよう公平に、かつ、組織的に行動しようとする人たちがいる一方で、自分が損をせず、かつ、欲求を満たすために非人道的な行動にでるものもいる。特に、210ページあたりからは恐ろしすぎて先がなかなか読めなかった。見えない世界では明確な善悪が存在せず、生きていくためには、見える世界では罪とされることも犯す必要があったのでしょう。
後半に入っても世界の状況は何も変わらない。教会のシーンはかなりぞっとした。
この本のテーマは、病の原因がどうであるとか、どのように解決していくかとうことではなく、明確な善悪がなくなった『見えない世界』で、人間が尊厳をもって生きることが出来るのか否か、そこに価値はあるのか、というところにあるのかもしれない。
また、この本の特徴は文体にある。改行どころか鍵括弧もない。会話は字の文で語られ、誰が話しているのか、そもそもこれは説明なのか会話なのか、それすら考えながら読む必要がある。また、基本的には視力の失っていない女性中心に話がすすむが、視点は一人称でも三人称でもない神の視点である。読み始めた時はその特殊さに読みづらさを感じてしまったが(実際、読み終わるのに1か月以上かかっている)不思議なことに、途中からそれがほとんど気にならなくなり、どんどんページがめくれるようになる。
描写が厚塗りな海外文学は苦手意識があり、それもあって『はじめての海外文学』でおススメされていたものを試しに手に取ってみたのだけれど、これは本当におススメ。騙されたと思って読んでみて欲しい。

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2021年05月02日

Posted by ブクログ

人びとの目がいきなり見えなくなった。ただひとりを除いて。ということで何が起こるかについての小説である。ポルトガルの作家とあるがアメリカの状況でもおかしくない。いまのコロナの状況での推薦本であった。

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2021年03月11日

Posted by ブクログ

だれしも死の次に怖いのは病気、次に盲目になることではないか。

次々と、人々が盲人になっていく話。
見えなくなった目に広がるのは、白の闇。

ヒッチコックの映画を彷彿とさせる、決まり悪い臨場感。
私も目が見えなくなるのでは?と、本から汚染物質を感じるくらいの迫力。

自分も周囲の者も全員盲目になったらなんて、これまで想像してみたことがない。
原始的になるのか?
否、ベクトルが違う。
無秩序とも違う。
獣みたいになる、というのも違う。

名前が意味を失う。形容詞が役にたたなくなる。言葉への信頼がなくなる。

面白いと思ったのは、ひとりだけ、なぜか盲目にならない「医者の妻」が、盲人たちよりも地獄を味わうということ。家中、町中に溢れる糞便と、糞便をそこいらに垂れる人々の姿を見てしまうのだから。
この人の意味はなんだろう。

優れたファンタジーはリアリティと相反しないものだ、と痛感する作品。

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2021年02月09日

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壮絶な物語だった。今週前半はこの小説のために寝不足が続いた。
20年前に読んだ『最後の物たちの国で』の感触が蘇ってきたのだけれど、今読んだらどちらがより強烈なんだろう?

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2020年10月14日

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突然失明する感染者が慢性。隔離された病院では、まともな食事、排泄、清潔が保たれず、自尊心を失っていく。極限状態に追い詰められた時の暴力性や、崩壊していく日常は生々しく、恐怖がこびりつく作品だった。翻訳の言い回しは慣れない。

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2024年08月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

最初の1ページから、これは面白いぞ!という予感。「」のない台詞も、違和感なく、というか、むしろ引っ掛かりがなくて流れるように読めた。時々、あれ?これは誰が言っている?となる時もあったけれど。
眼の見えない人々の(時々滑稽にも見える)動作が、まるで演劇や映画を見ているように、読んでいる私の目に浮かんでくる。医者の妻を通して伝えられる嗅覚や触覚の表現も、とてもリアリティを持っている。レイプや殺人のシーンがあまり具体的でなかったのはよかった。もし他と同じように描かれていたらちょっとトラウマになりそうだ。
暗いけれど、なんだかんだで悪人は粛清されていき、最後は人々の眼が突然見えるようになっていき話は終わる。

眼が見えるという土台の上にこの社会が成り立っていることがよくわかった。では、眼が見えない人の社会というのは、どういう可能性があり、どう構築されるのか、結局そこまでは描かれなかったが、それは読者が考えることなのかもしれない。

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2024年08月20日

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見えない人たちの物語を見ているという感覚がなんとも奇妙だった。
サラマーゴの「」がない文体、わたしは好きでした。

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2024年06月13日

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ある日突然、失明し視界がまるで「ミルク色の海」のように真っ白になる奇病が爆発的に流行する。運転中の男から車泥棒、患者から眼科医へと。
失明者を隔離したものの感染の連鎖はやまず、政府も対策の取れないまま社会機能は麻痺していく。
善意と悪意の狭間で試される、人間の価値とは。


ほとんどの人が視力を失う奇病にかかった中、ただ一人だけ目の見える眼科医の妻とその周辺人物を中心に、その生き様と秩序の崩壊を描くパンデミック、ディストピア小説です。
映画『ブラインドネス』の原作本。

目が見えなくなることも怖いけれど、周囲が全員目が見えない中、一人だけ視力を失わないというのもまた怖い。
作中の主人公のようなポジションにいる医者の妻は、ただ一人だけ視力を失わない事で、ただ一人その身に責任や秩序、汚穢、罪悪、葛藤などを背負う事になります。
社会インフラや秩序などが機能を失い、食事も届かず汚物に塗れ、そんな中でも冷静に対応を考え、食事を入手し分け与え、仲間を慰め、身を清めてやり、時には罪にその手を汚して。けれど、絶望的な状況に対して所詮たった一人の女性に出来る事はあまりにも小さすぎて、また自分もいつ視力を失うか分からない中、その悩みや苦しみがリアルに描かれています。
こんな状況で医者の妻や周囲の人間が正気を保てているだけでも奇跡的だと思いました。たまたま集まった仲間がみな善性や協調性が高く、冷静かつ論理的思考が出来ただけで、いつ破綻してもおかしくなかった。
もし現実にこんな病が流行ったら、そう思うと恐ろしくて仕方ない。あまりにも壮絶かつ恐ろしい話でした。

原題は日本語訳すると『見えることの試み』となるそうで、実際文体はなかなかに実験的。
作中には会話文を示すかぎかっこもなければ、段落も極端に少なくて、登場人物たちの固有名詞もない。ただ「医者」や「医者の妻」、「サングラスの娘」と呼ばれるのみで、「見えない事」によるパーソナリティの欠落・排除などを表現しているのかなぁと思っていたのですが、あとがきによると少なくとも記号がない事と段落が少ない事はJ.サラマーゴ の普段からの表現方法のようです。

***

秩序を失った人間の獣性を描く作品はこんなのも。
『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング

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2024年06月02日

Posted by ブクログ

1度読むだけでは消化しきれない。説明っぽい語りだったから、こんなにグロテスクになっていくとは思ってなかった。人の尊厳ってなんだろう。

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2023年09月15日

Posted by ブクログ

始まりはかなり面白くて、読むのが楽しかったのだが、途中から何故か苦痛になってきて、後半はまた、面白く読めた。
自分が失明してしまったら、それはもうものすごい悲しいことだと思うのだけれど、この物語のように、一人を除く全ての人が失明している世界に身を置かれたら、俺はどうなってしまうのかな。
会話にカギカッコがなく、段落もないから、かなり読みにくいのだが、なんだかそれはそれで一つの味のようで。
登場人物も、医者の妻とか黒いサングラスの女とか、固有名詞がついていない。こんなの読むのは初めてだったかもな。
最後まで読むと、見えているのに見えていない、という深遠なテーマが通じていたんだな、この小説は。

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2022年11月03日

Posted by ブクログ

恐ろしいと思いつつも読み進めずにはいられないほど面白かった!コロナ禍に通じるものがある。著者の他の作品も読んでみたい。

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2022年05月03日

Posted by ブクログ

この手の本や映画はその病に立ち向かう医者や科学者や政治家が主人公というのがほとんど。患者目線の内容は今までなかったのでとても新鮮だった。


このコロナ禍に読むとリアルさが増して人間の恐ろしさを感じた。

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2022年04月24日

Posted by ブクログ

1995年に発表されたこの作品、わりと最近復刊して話題になっていたらしい。映画「ブラインドネス」の原作。
「ある日突然白い霧がかかったように失明してしまう奇病」が伝染病として人々に蔓延していく物語。このコロナ禍だからこそ話題になり、だいぶ前の本だけど今の状況の本質を突いている。

登場人物には名前がない。「最初に失明した男」「医者の妻」「サングラスの娘」などという風で、会話にかぎ括弧がついていないので最初は読みにくさを感じるけれど、物語が進むにつれてその独特なつくりが臨場感となって迫ってくるものがある。
ほとんど全ての人が失明してしまった世界ではどんなことが起こるのか。人から見えていない、という意識は人々にどんなものをもたらすのか。
人々からは清潔感という概念が失われ、盗みでもなんでも平気で働くようになる。
そんな中ただひとりだけ失明しなかった登場人物がいて、その人物の目に映った世界が「見えないこと」の真理を突く。

「ただ見ていること」と「見ようとすること」は、同じように見えているという状態でも全く違う。人と人との関係性においてはその違いは如実にわかる。
目が見えなくなったからこそ見えることもたくさんあるという皮肉。
コロナ禍の最初の頃にも、人の醜さだとか真理について考えさせられたことがいろいろあったな…とある程度馴れてしまった今になって思い返したりした。
かつて誰も触れたことのない事象が起こった時、自分が自分を保つのに必要なのは「見ようとすること」なのかもしれないと改めて思った。噂だとかに惑わされず、自分の目で見る力を備えておくこと。
名作は時代を超える、と思わされる作品は時々ある。読み応えのある小説だった。

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2022年04月10日

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ある男が突然失明した。暗闇に包まれたのではなく、視界が全て白くなる「白の闇」に覆われた。その症状は、感染症のごとく広まっていき、最初は数人を隔離しておくだけで済んだのが、徐々に多くの人が罹患することになる・・ただ一人を除いて。そんな中、人々は何を考えてどういう行動をするのか?政府はどういう対応を取るのか?といった一種のシミュレーションを描いた物語。

これ完全にウォーキングデッドでした。というか、ウォーキングデッドより酷いかも知れません。いわゆる、ポストアポカリプスモノというのか、自分がこの世界に放り込まれたら、速攻で死ねる自信あります。衛生が失われる描写や、モラルが失われる描写、少ない食料を巡って争いが起きたりといったこともありますが、終盤の残酷描写がやばいです。気になる方はぜひ読んでみてください。

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2022年02月25日

Posted by ブクログ

コロナ禍ということもあり、感染病が蔓延する社会に於ける集団心理を主題化した作品(『ペスト』、『白い病』など)を幾つか読んだが、『白の闇』は特に描写が凄惨かつ圧倒的だった。ノーベル文学賞作家の文章力が光る作品。

「なにが正しくて、なにが誤りかを見きわめるのは、ただわたしたちが対人関係を理解する手段なの。自分自身とのかかわり合いではなく。」

「わたしたちの内側には名前のないなにかがあって、そのなにかがわたしたちなのよ。」

「絵や彫刻は目が見えないよ。それは違うわ。絵や彫刻はそれを見る人の眼で見ているの。ただ、いまはだれもが見えないだけ。」

上記の引用から推察されるように、唐突に失明した人々を覆っていた「白の闇」を私は「自己中心的な自閉性」と捉え、この小説の主題は現代社会に蔓延する個人主義へのアンチテーゼだと感じた。

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2021年10月27日

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ネタバレ

一人の男が失明したことから始まる、パンデミック。隔離。無秩序。略奪。陵辱。そして希望。

他のディストピア小説と比べて、割と感情移入しやすかった。
と言うのも、最初に失明した男と接触した人物から、どんどん謎の失明が広がっていく。
そして、もう使われていない精神病棟へ隔離され……と言う流れであり、割と現実的だからだ。

人々がどんどん失明し、秩序も何もなく、隔離された場所で起こる、目を覆いたくなるような出来事。
実は、目医者の妻だけが、最後の最後まで失明せずにいるのだが、失明した夫の助けになるため、失明したフリをしてどこまでも付いていく。
見える、と言うことは、この世界において大変重要なことではあるが…そんな中で彼女の見てきたもの、してきたことを思うと、それは想像を絶するものであろう。

途中、自分は目が見えていることを告白しようとする場面があるのだが…そこは前の流れと相まって、とても胸を打つ場面だった。

また、目医者の妻が雨に打たれて、汚れに汚れた身体を洗い、野良犬に涙をぺろぺろと舐められるシーンが、とても美しく感じた。

見えなくなると人はどうなるか。それが原因も何時治るかも分からず…食糧も満足になく、不衛生の極みであり、最低限の秩序も、人間の尊厳も何もなくなる…そんな中で、見えてくる各々の本質。
パニック系、有り体に言えばバイオハザードみたいな感じもするが、立派にディストピアだった。

出でくる人物の殆どが見えないのだから、個人の名前は一切出てこないし、人物同士のやり取りも、かぎかっこが出てこないし、段落が少なすぎる。
そのため、誰が誰と喋ってるのかちょっと分かりにくい場面もあるが、慣れればサクサク読めるし、話自体も面白く感じた。

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2020年09月21日

Posted by ブクログ

・ジョゼ・サラマーゴ「白の闇」(河 出文庫)の「文庫版訳者あとがき」はカフカの「変身」から始まる。ある朝、目覚めたら甲虫になつてゐた「変身」に 対して、信号待ちの車中で突然目が見えなくなつた「白の闇」、いづれも不条理であらう。しかしその先が違ふ。カフカは短い。これは長 い。しかも個人の問題ではなく、その集団全員の問題である。集団といふのは、もしかしたら国であるのかもしれない。そんなにも大きな 不条理を扱ふ「白の闇」、カフカとは全く違ふ作品であらう。
・サラマーゴはノーベル賞作家であるらしいのだが、私はそれを知らなかつた。だから初めて読んだ。読んでゐて思つたのは構成の問題で あつた。起承転結が実に見事であつた。患者発生、隔離、暴力集団支配、解放・省察、この第4部の結を2つに分けて考へることもできよ う。発生と隔離をまとめて解放と省察を分ければ4つになる。いづれにしても起承転結である。この患者は眼病である。いきなり目が見え なくなつた。見えるのは「白の闇」ばかりである。最初の患者は運転席で赤信号を待つてゐた時に発症した。そんな眼病だから病名は書い てない。しかし、これは伝染性があり、まづ先の男を助け(たふりをし)て車を盗んだ男に伝染する。その信号を待つてゐた男は(総合病 院の)眼科に行く。するとその待合室の患者や受付、そして診察した医師や看護師にも伝染する。もちろんその家族にも……といふやうに 次から次へと伝染していく。眼科医は己が症状を院長に電話連絡する。「接触感染症だという証拠はありません。しかし、たんに患者の目 が見えなくなり、私の目が見えなくなつたのではないのです。云々」(48頁)これで集団隔離の措置がとられて患者は「からっぽの精神 病院」(54頁)に収容される。何しろ目の見えない患者である。緊急事態とその事の重大性ゆゑに患者の世話はない。患者自らが自らを 世話する。そこで様々なことが起きるのだが、最も重大なことは暴力集団の登場とその支配である……とまあ、かうして書いてゐたら切り がない。この暴力集団をも乗り越えた時、患者は隔離施設から出ることができた。そこは皆が目の見えなくなつた世界であつた。秩序はな い。あるのは人間のありのままの欲望の世界であらうか。食ひたい物を、といふより今そこで食えるものを食ひ、眠りたいところで眠る。 排泄はどこにでもできる。全員が目が見えなくなつたのかといふと実はさうではない。最初期の患者、眼科医の妻は目が見えてゐたのであ る。これは全員が見えなくなると物語を進められなくなるといふ事情があつたのかもしれない。見える人間がゐればそれを視点に物語がで きる。あるいは別の事情があるのかもしれない。彼女はいはば神の如き超越した存在であり、だからこそ皆の目が見えるやうになると、 「顔を空へ上げると、すべてがまっ白に見えた。わたしの番だわ。」(408頁)となるのかもしれない。最後の一文、「町はまだそこに あった。」(同前)とは、そこに町があつても妻には見えないのか、町は見えたのか、これがはつきりしない。たぶん妻に見えなくなつた のだと思ふが、さうであればこそ事の不条理性が強まる。そしてカミュも「ペスト」の最後で希望をもたらしたが、サラマーゴもまた希望 をもたらしたのである。結局、皆が見えるやうになつた……現在私達の眼前にある新型コロナ肺炎といふ不条理も、最後はこれらの物語の やうに希望で終はることを望むのみ、カフカの「変身」ではなくである。あるいは、もしかしたら、ザムザの家族が、逆説的ながら、眼科 医の妻の役割なのであらうか。「変身」も見方によつてはハッピーエンドであつた。

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2020年07月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 ある日突然失明して目の前がまるで「ミルク色の海」のように真っ白になる病が、爆発的に人から人へ伝染していく。原因は不明。国の政策により隔離された失明者と感染者(今でいう、いわゆる濃厚接触者だ)が過ごす精神病院で生まれる自治、暴力による支配。

 この物語は、目が見える人間には本当は何も見えておらず、目が見えなくなって初めて本当に見えるようになる話だと思う。自分も周りも失明した世界では、名前や肩書などは何の意味も持たない。全員が男か女か、ただの二択である。
そんな中で人間は失明している状況に、そしていつ治るのか分からない恐怖に慄き狂っていく。緊急事態が起こった時に現れる人間の本性の中には卑劣なものもたくさんあって目を覆いたくなる場面もあるが、衛生状態も悪く食糧も十分でない環境、しかも失明していつも通りに体を動かすこともできない状態で、果たして正気を保っていられるだろうか。そうだからといってあんなに惨いことをするのは絶対に許せないし擁護はしないが、みんなただただ生きるのに必死で、人間をああも狂わせるこの病こそが異常、とも思う(これは戦争についても言えるのかもしれない)。

 そんな苛烈な環境において、失明した医者の夫と一緒に精神病院へ入った「医者の妻」がただ一人本当は目が見えているがそれを偽っている、という設定がミソである。それを公表した方が良いのか、公表したらどうなるんだろうか…と思い悩みながら失明者を装うところにハラハラする。唯一目が見える者として、生き残るために徒党を組んだグループでメンバー全員の目となって奮闘する姿は強い。雨に打たれてどろどろの身体を洗う場面は美しかった。

 ただ私にはどうしても、最後まで「医者の妻」だけが感染せず失明しない理由が読み解けなかった。教会の天井画にヒントがある気がしたが、分からず。あと本作は「医者の妻」、「最初に失明した男の妻」、「サングラスの女」、とにかく「女」がキーパーソンだと思うのだが、これにも意味がある気がする。

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2020年05月06日

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改行も少なく文字びっしり、セリフに「」なし、
登場人物に名前なし、という出逢ったことのない本だった。
にもかかわらず、誰のセリフかちゃんと分かり、表情や仕草も想像でき、
まるで映画を見ているように流れるように読めたから不思議。

自分や仲間が生きるために他者を殺すか
他者を殺さないために自ら死を選ぶか。
何もかも変わってしまった世界で、
自分自身の内側を見て、
何が正解で自分は何をすべきか決めなければならない。

キリスト教の世界観も感じることができる本だった。

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2024年11月06日

Posted by ブクログ

ここまで重い本を読んだのは初めてかもしれない。タイタニックの映画の後半みたいな感じが
丸ごと1冊分、という感じ。
「見えない」世界で1人だけ「見える」というのは
実際には誰かと一緒にいても孤独だろうなと思う。何かを分かち合うことって共感できるだけじゃなくて、安心感も得られるんだと気づいた。
本書の設定はまああり得ない(と信じたい)けど、パンデミックに陥ることは今後もあるだろうし、ここで描かれた残虐で醜い場面は起こりうるんじゃないかと思うと恐ろしい。。
2008年に映画化されているらしいけど、観る勇気は全くありません。
本書は登場人物に名前がなく、会話に「」がないので非常に読みづらい。目が見えないということは、誰が誰と判断しにくいからわざとそういう演出にしているのか?と思ったけれど、ポルトガル生まれのジョゼ・サラマーゴさん特有のスタイルだそうです。
文字数が多くて読みにくい時、私は自分の中に古舘伊知郎さんを召喚して早口で読んでもらう、という技を使います。一気に読めるので是非。

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2024年09月15日

Posted by ブクログ

ポルトガルの作家、ジョゼ・サラマーゴが1995年に発表した小説。

人々を突然、謎の奇病が襲う。目が見えなくなる、正確には、視界が真っ白になる病気である。特段の予兆もなく、ある日、ある男の目が見えなくなる。検査しても異状は見つからず、原因もわからない。これはどうやら伝染性であるようで、男に関わった人々、そして彼らに関わった人々、と野火のように発症が広がっていく。最初の男を車で家まで送ってやった男。最初の男の妻。男を診察した眼科医師。眼科に来ていた娘。その娘が利用したホテルの客室係。・・・
突然の流行に慌てた当局は、患者を隔離することにする。患者にとどまらず、患者と接触したものも連行され、古い精神病院の棟にそれぞれ閉じ込められる。そこから出ようとするものは射殺すると警告され、食料は定期的に外部から持ち込まれるとされる。感染者が失明すると、渡り廊下を通じて患者棟に移される決まりである。

多くの人々が失明する中にあって、最初の男を診察した医師の妻だけはなぜか失明を免れていた。彼女は患者ではなく感染者として連行されるはずだったが、目が見えない風を装って、夫と同室に潜り込み、密かに身の回りの世話をすることになる。やがて、彼女は夫だけでなく、同室の人々もさりげなく助けてやることにする。
多くの人が「見えない」世界にあって、彼女だけが「見える」存在であり、この視点が一つのキーでもある。

文体がなかなか特徴的で、登場人物には固有名詞は与えられない。「医者の妻」、「サングラスの娘」、「斜視の少年」といった具合である。会話文や登場人物の思考も引用符では括られず、地の文の中に埋め込まれる。
時折、著者自身の箴言のような詩のような語りが混じる。

さて、閉じ込められた人々はどうなるか。
患者たちは突然の失明に慣れることもできず、自分が身を横たえるベッドを確保するだけで精一杯である。排泄しようにもトイレまでも手探りで行かねばならず、失敗するものも続出し、あるいはトイレまでたどり着いたとしても水も満足に流せない。
配布される食べ物も十分ではなく、わずかなものを公平に分配することも困難で、しかも盲目の人々にはそれを判断するすべもない。
やがて、この不自由な世界の中で、覇権を握ろうとするものが現れる。皆に分けねばならない食料を管理下に置き、それを盾に患者集団を支配しようとするのだ。ここからは酷い暴虐の始まりとなる。

原題は"Ensaio sobre a cegueira"。訳者あとがきによれば、「見えないことの試み」といった意だそうである。英語に直訳すると"Essay on blindness"であり、実際、ensaioには「試験」「試み」「リハーサル」のほか、「エッセイ」の意が含まれるようなので、「cegueira(盲目)に関する試論」のニュアンスが含まれるタイトルなのではないかと思う。
つまりこれは寓話あるいは比喩として読むべきもので、「盲目」はある種の象徴なのだろう。では「何」の象徴なのか、というところが個人的にはいまひとつ判然とせず、正直なところ、最後までしっくりこなかった。

本作は伝染性の疾患を扱っていることもあり、コロナ禍で再度注目を浴びた作品でもある。だが実際のところ、病気自体の設定がふわっとしていることもあり、感染症がどうこうというよりは、差別や支配・被支配、服従の話のようにも思う。あるいは非予見性がテーマなのか。
謎の奇病。伝染性。患者をとにかく閉じ込めろ。このあたりはなるほどありそうなことである。食料が滞る。パニックから争いが生じる。このあたりもありそうである。だがその後、暴力をもって支配しようとする集団に人々が虐げられるあたりで、いくら何でもそこまでのことがあるだろうかと疑問が生じる。しかも「見える」医師の妻がいて、どうにもならないのだろうか。実際、彼女はのちに反撃に転じるのだが、その前にもう少しできることがありそうな気がするのである。
極限状態で現れるのは暴力なのか。そうではないと言い切れないところが、本作の持つ、無視できない「ざらつき」につながっているのかもしれないが。

物語は隔離された病院の中だけは終わらない。
局面が変わり、病気が広がってしまった街に舞台は移る。
さまざまエピソードが語られる中で、一番印象的なのは教会の聖人像の目がすべて包帯で覆われているというもの。それをしたのは司祭だと医者の妻は考えるが、結局のところ誰なのかはわからない。
目の見えない人々の中で、目隠しをされた聖像。その光景に胸を突かれる。

物語は結末を迎える。ある種、ハッピーエンドといってもよいのかもしれないが、この後、世界はどうなったろう。
心許なさが残る。

地の文に会話文が挿入されるスタイルであるため、あるいはどのセリフが誰のセリフなのか、わかりにくい部分があるのではないか。そのあたりから来る誤訳・取り違えの可能性はところどころありそうにも思うが、さてどうだろうか。
邦題は一ひねりして「技あり」の良訳といってよいのではないか。

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2023年03月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

あまりにグロテスクでなかなか読み進まなかったが、それが人間の負の部分を表していたのだと読後に納得。それでもやはり自分にはグロテスク過ぎた。見えることが全てではない、見えないから見えるものもある。

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2022年09月23日

Posted by ブクログ

非現実的な恐ろしい状況設定ではありますが、読みながら自分だったらこの状況でどう行動するか、どういう心理状況になるのか、といった想像力を掻き立てられて、他のフィクションの作品を読んだ時の登場人物に感情移入したりするのとはまた少し違った没入感のある作品でした。

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2022年09月19日

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