あらすじ
マルクスが自ら生涯の事業と呼んだ『資本論』。レーニンが“現世紀最大の政治経済学上の著作”と呼んだように、近代資本主義社会の経済的運動法則を徹底的に究明して、経済学を“革命”し、また人間社会に対する見解に完全な変革をもたらして、社会主義を科学的軌道に乗せた不朽の名著。ディーツ版による改訳。
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Posted by ブクログ
何で先に結論から言わなかったんだ。
と、著者に無粋な質問をしたくなる。
後半に来て、ようやく利子と信用の話。
金貸し=銀行が利子を追求することが、そもそもの資本の支配の根源である、と言う内容だ。
ここまで議論されてきた、
当時の労働者の窮状や、
企業オーナーつまり産業を通じてそれを推進する産業資本家
(ここに至って結局「管理という仕事内容の労働者」と呼ばれる)、
社会全体の流通過程、
と言う話は結局、
利子という不労所得の追求にその根本的原因が求められる。
この肝心要をこんなわかりにくい本の後半戦に書いても、
辿り着く前に読むのをやめてしまう人がほとんどだ。
その失策こそが、以後数百年の共産主義がマクロ視点にたどり着かず、
平等やプロレタリア主義と言ったミクロ視点の範囲に留まってしまった元凶ではないか。
純粋にこの『資本論』を読めば、
それは理路整然とした、そしてもちろん現代にも普遍的に通じる、
「資本制への批判」に過ぎない。
そして、資本が人間を置き去りに暴走する、という制度的問題に対しては、
革命よりもルールや規制=手綱が適したのではないか、という気がする。
この信用論の後は地代の話になるとか。
もしもマルクスがマクロから書き始めるか、せめて本書の最終的な方向性を先に示しておきさえしてくれたならば、
歴史はもう少し違っていたのかも、などと考えた。