あらすじ
ウィンフィール王国第二位の港湾都市ラウズボーン。ニョッヒラを出て初めての大都市に心躍らせる賢狼の娘ミューリと、教会変革の使命を胸に燃やすコルだったが、二人を待ち受けていたのは、武装した徴税人たちだった。
ハイランドの機転で窮地を脱した二人。どうやら「薄明の枢機卿」と讃えられるコルの活躍が、皮肉にも王国と教会の対立に拍車をかけていることを知る。
このままでは、戦争を避けられない。打つ手無しの中、コルに助け船を出したのは、ロレンスのかつての好敵手、女商人エーブだった。
神をも畏れぬ守銭奴は、果たして敵か味方か。コルは教会、王国、商人の三つ巴の争いに身を投じる――!
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Posted by ブクログ
舞台はウィンフィール王国の大都市ラウズボーン。
教会(腐敗してるけど、万国共通の権威であり商人としてはメリットもある)・王国(商人が信頼を寄せるにはまだまだ頼りない。国際法も主権国家体制もありはしない)徴税人(商売の邪魔だけど、教会の腐敗を糺す存在かも、との期待もある)、これらをうまく操り利益を貪ろうとする商人が物語を引っ掻き回し、コルたちは翻弄される。
いちいち言うまでもないが、腐敗した教会の〇〇をぶっ殺せ的な考えは広い視野で見たらまあそうあってほしいという物語であって、結局は長い歴史の中で成立した、ベストではないにせよ成り立っている制度だ。qwertyキーボードのような。
そこに正しいキリスト教(キリスト教とは名言されていないが、宗教改革とか西方の新大陸とか、16世紀をイメージしているのは明らかだろう。ニーチェの引用とかあるし、あくまでファンタジーだけど)のあり方とは?と一石を投じ(てしまっ)たコル。それは教義に沿ったあり方を求めれば清いことなんだろうけど、教義に沿ったあり方が人間にとってタイヘンだから解釈を変更するなり抜け道作るなりして折り合いをつけてゆく、というのが従来の後ろ向きかつ現実的な解決手段だった。聖職者だってエッチなことはしたいわけで。
そういった意味じゃ教義と人間の欲望が割とマッチしてる資本主義ってすごいなって思った。この物語では商人が滅茶苦茶強いけど、実際の16世紀には資本主義なんて言葉すらないわけで、実際のところ商人の力というのはどんなもんだったんだろう。経済史として調べてみるのも面白いかも(そもそもこの辺りの時代は知識がないし)。
現実の世界史においては、宗教改革はここから17世紀まで血みどろの宗教戦争を巻き起こす。本作がライトノベルである以上、虐殺事件なんてそうは描かないだろうし、ウィンフィール王国が地理的にイギリスっぽいこと考えたら(国名はオーストリアっぽいけど)うまいこと平和裏にウィンフィール国教会ができあがったりして、しかもそれが商人も各国もうまくやっていける教義になって、良い感じに大陸側にも伝播していくみたいな超ハッピーエンドもあったりするのかな?なんて思ったんだけど、そんな歴史的大風呂敷を畳めるのはそれこそ神くらいだろう。
全く関係ないが、3巻と4巻冒頭に出てきた羊の化身イレニア・ジゼルは、おっとり系ゆるふわショートボブで、しかも揺るぎなき強い心があって若干年上のお姉さん的なオーラも醸し出しており、とどめに数少ない挿絵も可愛くて非の打ちどころがなかった。
西にあるという未知の大陸というのは現実でいうところのアメリカ大陸を意識しているのだろう。ラウズボーンという街の名前も、モデルは大航海時代に世界商業の中心だったリスボンだろうし。
現実においては迷える子羊がコンキスタドールとなり、捉え方によっては歴史的な文化破壊行為及び大虐殺を行った。『狼と羊皮紙』の世界では彼女の「人ならざる者たちの国をつくる」という壮大な夢がどのように紡がれるのか。コルテスやピサロのような大虐殺を行い果ては悪名高き三角貿易に手を染めるイレニアも見たいし、平和な国を築き上げるイレニアも見たい。外伝か何かで読んでみたいなと思った。『羊と狼皮紙』とか。……本編より展開速そうだし。
……以下は残念に思ったこと。
今回は、あんまりコルが良いところがない。というか、
「よし、こうしよう。きっとうまくいくぞ」→「薄明の枢機卿さま、現実が見えておられない」→「そんな……」という展開が10回くらい延々と繰り返され、かなり苦痛だった。物語がさして前進するでもなし。論理で詰まったと思ったら力業、からの取って付けたような狼変化シーン。
『狼と香辛料』時代でも確か4巻辺りは踊り場的な物語だったと記憶しているが、本シリーズでは1~3巻でアクセルを踏んでいるわけではない。次から面白くなると思って4巻まで読んできたが、そろそろしんどくなってきたというのが正直な感想なのだった。5巻も買うけど。