【感想・ネタバレ】日々ごはん(1)のレビュー

あらすじ

新しい日記文学『日々ごはん』、はじまりの第1巻です。(1)~(12)の続きは、『帰ってきた日々ごはん』として2015年発売。

<ある日の日記より>
夕方、昨日の残りのカレーが鍋に半端に残っていたので、そのまま水を入れてのばし、だしの素とみりんと酒と醤油を加えて、カレーうどんを作っておいた。
私がお椀一杯食べて残しておいたら、次に見た時にはうどんがなくなってお汁だけになっていた。そしてまた次に見たら、りうが残りのお汁を温めてよそっているところだった。家族三人で一食分のカレーうどんを食べたことになる。
それからも『黒い雨』を読み続けた。
夜ごはんは、南瓜の天ぷらと焼き茄子(六本も焼いた)と、鶏のソテー、バルサミコ酢ナンプラー味。椎茸と三ッ葉の味噌汁、玄米。南瓜の天ぷらは卵を入れない白い衣の。酢醤油で食べるのが人気だった。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

旅のはじめ。
鈍行列車で6時間の長旅の最中に読みました。
とてもよかった。
高山なおみさんってかわいい。
かわいいところもあれど、芯はしっかりしていて、ビシッと決めていて、お仕事は体育会系で、がすがすっと。カッコいい。あぁ。こういう女性は憧れです。
しょっちゅう読書しているところが、自分とかぶりました。
スイセイさんとのやりとりも、愛を感じます。
表紙もかわいい。

【気になったところメモ】
リーダーといっしょに働くのが気に入っている。それはリーダーの心が真面目だからだと思う。人参を刻むのも、きれいに切ろうと真面目だし、後片づけも、早く終わらせようとするのではなくて、きれいに片づけようとしているので、真面目なのだ。そういうのって、几帳面というのともまたちがうような気がする。どんな世界においても、もの作りをしている人共通の、ベースラインの意識という気がする。同じ仕事の時間を過ごすのでも、得るものの中身がうんとちがう。その時はたいして気がつかなくてやりすごせても、後々、身についてくるものは雲泥の差っていう気がする。私は、亀のような真面目さんの生き方の方が好み。→たしかに、そういう仕事の仕方っていいかも。私も気をつけなければ、、と思った。

私は自分の好きな時に本を読みたいし、自分で決めた時間に起きたいので、いっしょに暮らす人にもそうして欲しいと願ってしまう。それは、好きなことばかりして怠けているということの正反対。自分のやり方に対して真面目でいて欲しいと願うのです。→わたしもそれ理想。

このところ私は生活習慣ががらっと変わったので、感じ方というか、今まで考えてもみなかったようなことを思うようになった。ただ単に時間が増えたからなのかと思っていたけれど、それはきっとこうだ。たとえば風邪をひいたりすると、てきめんに気持ちがふさいだり、弱気になったりする。調子が良い時は気持ちも明るく元気。体の具合と気持ちはくっついたものだから、今、私の体は今までとすごく違い始めているのかもしれない。体の使い方というか、境遇が変わったのだから当然のことだろう。そしてもしかしたら、前から無意識に感じてきていた事が、どんどん表面に出てきたという感じもある。→わかる。私も暇な時間が増えたら、あれもこれも処理していない!って感情がどばどば出てきたりした。これから逃げるために忙しくしていたのかな。という気持ち。

ニライ荘。
クボー御たき

常々思っていたのですが、自分の中にふたりいる気がするのです。ひとりは黙々とただ料理が好きで、寝起きの頭のような素朴な人。もうひとりも料理が好きだけれど、けっこうやり手のミーハーで、元気な人だ。その人がけっこう出たがりだから、まいっちゃうんだよな。まあ、どうせやらなければならないのだから、気合いを入れて頑張ろう。→客観的に見れているのがすてき。

仕事がひとつずつ片づいてゆくというのは、体育会系の気持ち良さがあるものだ。そして、ひとつずつを作っていきながら、おいしいレシピが確実に増えてゆく。料理家としての高山なおみが、一枚ずつ太ってゆくような、ひじょうに充実感がある気がしている。それは食べ物が、物だからだろう。→体育会系わかる。私もライブ詰め込んでて、ひとつひとつ確実にこなしていくとき、おなじ気持ち。

人にもよると思うが、自然の中にいることって、頭で想像するよりもかなり人体に影響があると今回強く思った。肉や内臓や骨や脳に直接にしみこむ。自然、自然と簡単に言うから、もう使い古された台布巾みたいな言葉で、実感としての伝わり方がとても鈍くなってしまっていると思うが。。人間がこの世界はひとりで作ってきたと思おうことって、何も良いことを生み出さないと思う。それは苦悩の始まりだ。(料理を作っているから、私は元気なのかもしれないな)と、帰りに自転車をこぎながら思った。)コンビニ弁当が体に悪いと言っているわけではない。私だってたまには食べる。仕事が忙しくて、夕食はコンビニ弁当か外食ですましてしまうのが日課の人は、料理を作らないから、くたびれもひとしおなのではないだろうかとふと思う。野菜を触っているだけで、元気になってくるというのは本当です。野菜は、まぎれもなくちいさな自然だから。

渋谷 やさいや
西荻 のらぼう

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2016年03月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

食べたもの、読んだ本、会った人などが書いてある。
全てその人がインプットしたものの記録だ。
日記とはインプットしたものをアウトプットするツールなのかもしれない。
と読みながら思った。

高山なおみさんの名前は存じ上げていたけれど、著作を読むのは初めて。
思っていたよりワイルドな人だった。
おそらく、この本の時は43歳くらい?今の私とそう変わらないはず。
かなりの頻度で二日酔いになったり朝帰りしたりしている。
今の私には(子供がいるからなどの環境的要因もあれど)体力的に、まあ無理だ。

読んでいて銀色夏生さんの「つれづれ」シリーズを読んでいる気持ちになった。
ふんわりした風貌なのに、芯は頑固で、自由な感じ。

若い頃に読んでいたらイライラしたかもしれない。
(お金がなくて何者でもない自分と比較してしまって)
でも今はこんな人もいるのか、と楽しくふむふむ読んでいる。


著作の中で、ごぼうのハンバーグは作ってみたいと思っている。

あと、やっぱりただのエッセイよりこういった日記形式の本の方が好きだ。
と改めて感じた。
富士日記をいつか絶対読もうと決意。

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2023年09月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

呑みすぎて感情的になってこけたり、二日酔いで動きが緩慢になったり…、それはアカンやろと思いつつ、でもそういうところに共感できる

新鮮な食材を手に入れたら、できるだけ素材を生かすシンプルな方法で食べようとし、料理研究家であるがゆえの宿命「工夫をこらして奇抜な料理を」ってご飯を食べさせる家族にちょっとだけ申し訳なさを感じているところに共感できる

感情がほとばしった文章が出てくると「それはちょっといきすぎじゃないか?」とか、徹夜呑みしてバカバカタバコ吸って「これが健康の秘訣」と書いてるあたりは「それはちゃうやろ!」とか、今の俺に相容れない部分も散見されるが、それも含めて読まされてしまう。

前に読んだエッセイより、肩肘の力が抜けてるのがかえって良いのかも。ブログやミクシを読みなれてきた俺としては、こういう日記形態の本も楽しめるものだと思った次第。

ってことで、このシリーズもう少し追いかけるつもり。あと、炊き込みご飯にナンプラーはなんかの機会に試してみたい

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2014年02月21日

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