隆慶一郎のレビュー一覧
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作者の隆慶一郎さんは本当に大好きな作家さんの一人でした。私の住む地方新聞の夕刊に掲載されていた「影武者徳川家康」を読んだ時からの大ファンです。「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉は死を肯定しているかのように聞こえるかもしれませんが、私は「武士道」とは「生き方」なのではないかと考えます。
前の職場の先輩にある時から人生を後ろから考えるようになると言った方がいました。「後ろから」というのは、「死」から遡って、ということでしょう。
「死」から逆算して人生を考え、人生の中で何か大切で、何が必要なことなのか、そうした一つ一つを考え、選択しながら生きていく。
私は「武士道」とはそういう考え方ではないかと考えます。常に死を見つめ、死を覚悟して生きるとは、生を見つめ、自分の生をどう生きるかという覚悟と同じだと思います。「いかに死ぬか」とは、「いかに生きるか」。
とはいえ、この作品の優れたところは、そのエンターテイメントとしての完成度の高さではないでしょうか。常に「死」から「生」をみつめる「死人」たちの生き方は、自然、苛烈なものにならざるを得ない。冒頭の虎の爪に引き裂き殺される「死の稽古」の場面から始まり(そういえば、『ラストサムライ』も虎と闘う場面から始まっている。偶然であろうが…)、筆者得意の「死人」「いくさ人」たちの活躍に物語世界にぐいぐいとひきこまれていきます。
個人的には牛島萬右衛門と大猿の話や一人静の話、杢之助の初恋と静の蝶の話が好きです。 -
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▼薦める方がいて読んでみました。80年代ですかね。(男性本位的な)週刊誌全盛時代の娯楽時代劇。かつ、作者の方は長くテレビ脚本で、時代劇ドラマなどで、大活躍されてきたキャリアのようです。というわけで、しっかりした時代劇的な足腰と、疾走するアクションとエロスのオンパレードな男性向けエンタメ小説でした(笑)。
▼以下ネタバレ。備忘録。
▼肝は、作者の隆慶一郎さんが恐らくお好きな題材である、「徳川家康は関ケ原の前に刺客に殺害された。それ以降は影武者であった」というアイディアなんです。
もうとにかく、男性的ご都合エンタメが、たい焼きで言えば頭から尻尾までぎっちりと詰まった一品。あまりのマッチョイムズにしばし呆然とするほど。
こちらも男性なので、愉しめる部分も大いにあるんですが、あまりのことにさすがにドン引きすることもしばしでした…。
でも、山田風太郎さんの一部小説もこんな感じだったし、司馬遼太郎さんの初期エンタメ系もまあ大同小異なんで、「時代」だなあ、というのが正しい考え方な気もします。
1 江戸時代初期。天皇のご落胤、おとし子(赤ちゃん)が。
2 徳川幕府(2代将軍秀忠の意志)の刺客に殺されかかったが
3 偶然通りがかった剣豪・宮本武蔵に助けられ
4 出生の秘密を知らされず、武蔵と肥後(熊本県)の山中で成長、青年になる。ついでに無双の剣の達人にもなっている。
5 武蔵が死んだので、遺言に基づいて江戸・新吉原に行く。(いわゆる後任売春街の吉原のこと)
6 道中から、なんだか分からないけど「御免状はどこだ」とかっていう謎の忍者たち(柳生の方々)に襲われまくって、ことごとく撃退する。
7 吉原で自らを名乗ると、吉原の経営者たち重鎮がVIP扱いしてくれる。
8 吉原には謎の影の軍団みたいな忍者的な自衛団があって、強い。
9 それでもって柳生の者たちと暗闘を繰り広げていて、主人公も巻き込まれるが、連戦連勝する。
10 主人公は、花魁たちお姉さんにことごとく惚れられて、なんだかんだそのうちのAさんBさんとは男女の仲になる。
11 そのうちに謎の美女が熊野あたりから現れて、色々秘密を教えようと主人公と男女のコトに及ぶ。なんでだか分からないけれど、コトの最中に主人公の意識は(導かれ)タイムスリップして、以下のことを「体験」して知る。
(こうやって書いていると物凄い小説かのように見えるかもですが、実際に物凄い小説でした。ある意味、あっぱれです)
※家康は影武者だった
※その影武者はジプシー的な放浪民の一族だった
※その影武者が自分の元仲間たちに「吉原で後任売春街を作って自治権持っていいよ。俺も同類だしな」という「御免状」を書き残した。
(その文章を世に出されると幕府は困っちゃうから吉原に手を出せない。けれども裏で刺客を送っている。という設定になる)
※ついでに主人公の出自も。
12 そんなことと別に、遊女Bが柳生につかまり、むごたらしく惨殺される。
13 怒りのランボーと化した主人公が、柳生をほぼ皆殺しに近いくらいやっつける。
14 主人公は「吉原の経営者たちと手を取り合ってがんばっていこうかな」という決意で、京都へと旅立つ。おしまい。 -
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優れた原作のスピンオフ
猛将として有名な島左近の物語である。本紀は隆慶一郎の名作「影武者徳川家康」であり、同じように原哲夫がコミカライズしているが、原作の良さを活かしきれていない。この作品は原作がない分いくらかマシであるが、時代小説漫画というよりは、どうしても北斗の拳っぽくなってしまっている。まあそれでも楽しみながら読むことはできる。
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Posted by ブクログ
小説家としてわずか五年の活動期間、酒好きが祟って肝硬変により66歳で死去。
この作品(作者)の特徴は、数少ない遺された資料をもとに作者の想像力を最大限拡げた活劇ストーリー性と場面が簡単にイメージ出来る描写力にある。(それもそのはず、元々映画やテレビドラマの脚本家でも著名でした)
想像(創造)力が発揮された例として、例えば歴史上、信長は敵が降伏しても一族根絶やしにする残虐さに比較して秀吉は好色というキャラ付けがされている。秀吉が敵方の娘を人質として差し出させるという好色の裏で、何千人もの男女の命が救われたという事実を登場人物にこう語らせる。「だが、女一人で一国が救えるのならやすいことではないか。全国の大名にそう思わせることができれば、わが君の好色も悪いものではない。少なくとも、無用のいくさが避けられる」(P66)
秀吉の好色さが敵を許すための方便であり口実だったのではないかという説は面白い。確かに、秀吉は日本人が奴隷として海外に売られていた事実に激怒し人身売買を禁止した史実も残っています。人が好きでなければ好色にもなりえません。
本作は「花の慶次」にてマンガ化もされた様です。
隆 慶一郎(1923年〈大正12年〉9月30日- 1989年〈平成元年〉11月4日)は、日本の脚本家、小説家(時代小説作家)。本名は池田 一朗。本名で脚本、隆慶一郎のペンネームで小説を執筆していた。
1984年、『週刊新潮』で小説家として第1作『吉原御免状』を連載する。隆慶一郎は、この時より名乗った筆名である。小説家時代は時代小説を中心に執筆した。代表作として『吉原御免状』、『影武者徳川家康』、『一夢庵風流記』、『捨て童子・松平忠輝』が挙げられる。長らく脚本家として活動しており、小説家生活に入ったのが還暦を過ぎてからと遅く、小説家としては実働わずか5年だった。また急逝したこともあって、未完の作品、構想だけが編集者に語られるなどして残った作品も少なくない。ちなみに、還暦を過ぎるまで小説を手掛けなかった理由については、かつて師事した小林秀雄(1983年逝去)が存命の間は、とても怖くて小説は書けないと思っていたからという旨のことを語っている。
以下、作品情報です。
★『吉原御免状』(1986年、新潮社) のち新潮文庫
同タイトルで舞台化。宮本武蔵によって育てられた後水尾天皇の落胤・松永誠一郎は、自由の民・傀儡子によって営まれる色里・吉原を守り、神君・徳川家康から下された吉原御免状を狙う老中酒井忠清とその手先裏柳生との間で死闘を繰り広げる。第95回直木賞候補作。
★『鬼麿斬人剣』(1987年、新潮社) のち文庫
『刀工剣豪伝・鬼麿一番勝負』の題で連載された。同タイトルでテレビドラマ化。内山まもるにより漫画化(単行本未刊行)。名刀工・源清麿が旅先で遺した数打ちの駄剣を折り、師匠の名を守ろうとする弟子・鬼麿の前に、清麿を恨む伊賀同心の一味が立ちはだかる。
★『かくれさと苦界行』(1987年、新潮社) のち文庫
『吉原御免状』の続編。後水尾天皇との再会を果たした松永誠一郎と吉原の傀儡子の民に、またしても裏柳生の手が迫る。
★『柳生非情剣』(1988年、講談社) のち講談社文庫
徳川家将軍指南役柳生家の六世代にわたって、柳生家の目から見た徳川家を描く連作短編集。第101回直木賞候補作。
「慶安御前試合・柳生連也斎」「柳枝の剣・柳生友矩」「ぼうふらの剣・柳生宗冬」「柳生の鬼・柳生十兵衛」「柳生跛行の剣・柳生新次郎」「逆風の太刀・柳生五郎右衛門」の短編6編収録。
「柳枝の剣・柳生友矩」を余湖裕輝らが『柳生非情剣 SAMON』のタイトルで漫画化。青春アドベンチャーでラジオドラマ化。
★『一夢庵風流記』(1989年、読売新聞社) のち新潮文庫、集英社文庫
数度舞台化。原哲夫らにより『花の慶次 ―雲のかなたに―』として漫画化。
★『影武者徳川家康』(1989年、新潮社) のち文庫
関ヶ原で死んだ徳川家康の影武者であった世良田二郎三郎が、徳川家繁栄のために豊臣秀頼を謀殺しようとする秀忠に対抗するべく、甲斐の忍びの六郎や島左近、風魔忍者衆と協力し歴史の暗部で戦う。同タイトルでテレビドラマ化。原哲夫らにより漫画化。
★『捨て童子・松平忠輝』(1989年 - 90年、講談社) のち文庫
主人公は徳川家康の子松平忠輝。生まれながらにして大きな体を持ち、鬼っ子と恐れられ、武術、水術、音楽、忍術などすべてに天才的な能力を持ち、異能の人と呼ばれた忠輝の前半生を描く。横山光輝により同タイトルで漫画化。
2003年に『野風の笛』のタイトルで宝塚歌劇団・花組が舞台化。
本作以前に、隆自身が本名の池田一朗名義で原案・脚本を手掛けた『野風の笛 鬼の剣 松平忠輝・天下を斬る!』が制作・放送されており、本作はテレビドラマ版を基に新たな解釈を加えた上で執筆したのではないかとする向きもある。
★『柳生刺客状』(1990年、講談社) のち文庫
「柳生刺客状」「張りの吉原」「狼の眼」「銚子湊慕情」「死出の雪」の短編5編収録。
★『死ぬことと見つけたり』(1990年、新潮社) のち文庫(未完作)
著者が第二次世界大戦に徴収される際、陸軍で推薦されていた『葉隠』の本の中に著者のお気に入りのフランス文学を挟み込んで持ち込み、『葉隠』に見出した佐賀鍋島藩浪人の主人公の斉藤杢之助を描いた書。
★『花と火の帝』(1990年、日本経済新聞社) のち講談社文庫、日経文芸文庫(未完作)
余儀なく徳川秀忠の息女和子を皇后にした後水尾天皇の御世、天皇家を守るため徳川幕府に挑む八瀬童子・岩介の戦いを描く。
★『かぶいて候』(1990年、実業之日本社)のち集英社文庫
表題作「かぶいて候」以外に「異説 猿ケ辻の変」、エッセイ「わが幻の吉原」、対談「日本史逆転再逆転」などの作品集。
★『駆込寺蔭始末』(1990年、光文社) のち同文庫
江戸時代、既婚の女性から離婚を申し出ることができず唯一離婚する方法が鎌倉東慶寺に駆け込むことだけだった。その東慶寺の住持の玉淵尼を守るため、公卿の身を捨てた御所忍びの棟梁である麿の活躍を描く連作短編集。
★『見知らぬ海へ』(1990年、講談社) のち文庫(未完作)
武田勝頼の下にあった向井水軍の嗣子向井正綱が生き延び水軍を組織し、後に徳川家康の水軍に編入され、水軍の長になり活躍する姿を描く。
★『風の呪殺陣』(1990年、徳間書店) のち徳間文庫
戦国時代比叡山の修行僧・昇運が信長の比叡山焼き討ちを生き延び、信長を呪い殺そうという設定。著者が赤山禅院の叡南覚照大阿闍梨に「仏教が人を殺すか」と一喝され、改稿する予定だったが、著者の急逝によりそのまま発刊された。(Wikipedia) -
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隆慶一郎最後の長編「捨て童子・松平忠輝」。上中下全三巻の下巻。
読み終えてまず感じたことは、隆慶一郎は秀忠のことが嫌いなのではないか、いや嫌いだろう、ということ。「花と火の帝」と同様に悪役に配置された秀忠。彼の悪辣さが酷い。まずは秀忠を悪役にすることを決めてから書いているのではないか、と思うほどに彼への嫌悪が高まるばかりです。
家康が「捨てよ」と命じたことで、忠輝の自由闊達な性質が育まれる環境が整い、彼自身の素質もあって古今稀に見る快男児へと成長。
秀忠のことが嫌いだと思ったように、快男児がとても好きで書きたくてたまらんのだな、とも思う。
権力に阿らず、他者を権威で区別せず、自分の心が決めたことに生きる。
「一夢庵風流記」の前田慶次も「死ぬことと見つけたり」の斎藤杢之助も同様の快男児でした。
己の心に定めたことに恥じない人間であれ。
隆慶一郎を読んだ後は、いつも思う。そして、その言葉に顔向けできない、ただ憧れを口にするだけで、同じ立場にいると勘違いしている自分を見つけて悶々とする。
秀忠が執拗に忠輝に対して嫌がらせじみたことをしてくるのは、性根の明るさがあまりにも違うからではないだろうか。嫉妬や羨望。それを認めたくないから、か。
秀忠よりの自分がいる。憧れの存在を見つけると同時に、拒絶したい存在がくっきり浮かび上がってしまう。
己の心の裡と向き合ってしまうのは辛い。