佐藤俊樹のレビュー一覧
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『桜が創った「日本」』というタイトルから、日本人の伝統的な美意識を象徴するソメイヨシノが、じつは江戸末期に登場した品種であるという「神話」を解体する、といった内容を予想していましたが、いい意味で裏切られました。
著者の議論は、「本来の日本の桜はヤマザクラ」といった、ソメイヨシノの「神話」を相対化しようとするまなざしが、ソメイヨシノの「神話」を前提に成立していることにまで及んでいこうとします。
近代日本の種々の「神話」を解体するカルチュラル・スタディーズにはやや食傷気味でしたが、「神話」を相対化しようとする試みがみずからのまなざしをのぞき込むように反転するスリリングな議論構成には、新鮮な驚き -
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ネタバレ《序章「情報化」の時代》
【メディアの脱近代―「情報化社会」その1】
グーテンベルクの活版印刷術の発明以来、人類は視覚系メディアが圧倒的に優位の状態に入る。①中央集権的で②個人を基本的な単位とする社会、つまり近代社会がつくりだされたわけだ。p15
《第1章 「情報化社会」とは何か》
【情報化社会の実体】p50
「情報化社会」とは何か―その答えは、なぞめいているが、「何でもない」。もちろん、それは裏返せば「何ででもある」。一言でいえば、「情報化社会」とは空虚な記号(シニフィアンゼロ)=ゼロ記号なのだ!
【「情報化社会」の歩き方】p81
①身近で具体的な技術をあつかうこと
②社会的な文脈に目を -
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ネタバレ桜は日本の美、と言い切る人のための本。
今、日本の各地で見る事ができる染井吉野という桜の一品種が作り出されたのは、江戸時代のこと。
染井吉野という花の特徴は、葉よりも先に花が咲いて、しかもその花が大きいために、一カ所に多数の木が植えられた状態で開花すると、とても見応えがあること。
それに、染井吉野の木は、同じ木から接ぎ木して創った個体、いわば同一人物ですので、開花時期が地方ごとに綺麗にそろう事も特徴である。
そのあたりを普段はあまり意識しないけれども、他の桜(例えば、山桜や紅枝垂桜、大島桜、寒緋桜など)とは大きく違う特徴であることの解説から始まり、桜について語る時に日本人が -
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96年に出版されたIT論/情報化社会論の書籍を、2010年に最新の話題を組み込みつつ出版される-この事実が何よりも本書の特徴を物語っている。それは著者が主張していた事がWindows95からスマートフォンの時代になろうとも、全くブレがなかったということだ。
本書の主張はこうだ。
「ITや技術が社会を変えると言うが、それは半世紀も前からずっと言われてきた言葉だ。
情報化社会という理想も近代社会から必然的に生まれてくる夢であり、幻想なのである」と。
これだけをとると、悲観的な主張に見えるかもしれない。しかし、著者が主張したいのは、技術を語る以前に僕らの社会に目を向けるべきだという警句である。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
一面を同じ色で彩っては、一斉に散っていくソメイヨシノ。
近代の幕開けとともに日本の春を塗り替えていったこの人工的な桜は、どんな語りを生み出し、いかなる歴史を人々に読み込ませてきたのだろうか。
現実の桜と語られた桜の間の往還関係を追いながら、そこからうかび上がってくる「日本」の姿、「自然」の形に迫る。
[ 目次 ]
1ソメイヨシノ革命(「桜の春」今昔 想像の桜/現実のサクラ)
2 起源への旅(九段と染井 ソメイヨシノの森へ 桜の帝国 逆転する時間)
3 創られる桜・創られる「日本」(拡散する記号 自然と人工の環)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすす -
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技術が社会を変える、という説に多くの人は疑問を感じない。けれど、技術革新と社会の変化は実際には疑似相関にすぎないのだ、と筆者は言う。ではなぜ人は技術決定論に飛びつくのか、ひいては「(なぜ)社会は情報化の夢を見る(のか?)」という疑問に答えてくれるのが、本書。
面白かったのは、ここ五十年の情報化社会論の有り様を自動車産業にたとえているところ。「新しい情報技術が社会を変えてくれる」という論が形を変えて何度も語られてきた様は、たしかにモデルチェンジを繰り返す自動車のようだ。それ自体商品となってしまっている情報化社会論に対して、「もう、やめようよ」というのが筆者がこの本で一番伝えたいことらしい。
ただ -
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8冊目です。
ついこのまえまで格差社会という言葉がメディアなどでよく取り上げられていました(今もそうかもしれませんが・・)。
それと同時に使われたのが「勝ち組と負け組」という言葉でした。負け組というのは一日数百円で暮らしている人たちなど社会的に負けと思われている人であり勝ち組とは一日で何百万もの金を稼ぐ「ヒルズ族」の方々などを指す言葉としてその年の流行語となるほど世間を賑わせました。
でこのときにいわゆる勝ち組という方々がよく言っていたのが「自己責任」という言葉でした。つまり、「負け組になり下がったのは本人の努力の
問題であって努力しなかった人が悪いのだ。だから自己責任の結果起こった問題なの -
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日本は本当に総中流社会? 日本は本当に機会均等社会? そのような常識とされている疑問に対して、統計データの分析を通じて、真っ向から反論する意欲作。最近流行の「下流社会」よりも、この本の方が、より実証的で説得力を伴う。これまでの人生で漠然と感じていた『階級の再生産』というものが、空恐ろしいほどにこの書では証明されている。これこそ現代日本の現実であり、目を背けたい現実でもある。各々のデータの分析は良く分からないまま読み飛ばし、分かるとことだけ読んでいても楽しめる学術書だろう。自分が偉大なる権力者であれば、発禁にしたくなるくらい痛いところを突いている一冊である。
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私は佐藤俊樹という名前を知っている。サブカルチャーも語れる社会学者である。たぶん、いちばん話題になった著書は「社会は情報化の夢を見る」ではないかと思うが、90年代〜2000年代にかけて、名前を見かけることは多かった。
しかし、本書の佐藤俊樹が、あの佐藤俊樹とは思っていなかった。読むまで同名の植物学者か誰かだと勘違いしていた。
私が知らなかっただけで、20年前にも桜に関する著書を出しているそうなのだが、どうにもあの佐藤俊樹と桜が結び付かなかったのである。
牽強付会にはなるが、本書における「桜」も、個人もしくは社会におけるイメージと、史実的もしくは生態学的な事実のずれに大きく焦点があてられる。 -
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<目次>
第1章 「さくら」と「桜」
第2章 花たちのクロスロード
第3章 東アジアの花の環
第4章 「桜の春」再訪
第5章 桜の時間と人の時間
終章 旅の終わり
<内容>
「桜」について、キレイだと思うし、満開を待ち望むし、有名なところへの行ってみたいと思うが、「桜は日本の魂だ」みたいには思わない。でも文学界や市部の人たちはそう思っているらしい。著者はそれを正したくて(優しく言うと誤解を解きたくて)、この本を書いたようだ。つまり、桜は東アジアに多く見られる花だ。ただ日本以外では花のみを観賞することは少ない。花と「実=サクランボ」の両方を愛でていたようだ(もともと植物は、種や根 -
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日本で桜と言えばソメイヨシノ。その起源と、日本の桜の大半(8割)がソメイヨシノになったルーツを探る。
よく言われている通り、日本に咲くソメイヨシノは同じ種から接ぎ木や挿し木で増えてきた「クローン」であり、そのため一定の条件下で一気に咲き、散っていく。桜の性質である「種で自己増殖せず、周囲の環境に合わせて体質を変化させていく」「接ぎ木でクローンを産み出しやすい」があり、日本人の「一斉に、均一に」という性質等が重なりあって、今の日本の桜事情になっていったようだ。
桜には怪しい魅力がある、という話もまたよく知られている。梶井基次郎の小説の一説である「桜の樹の下には屍体がある」も知られている。これ -
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ソメイヨシノは同じ土地だとほとんど一斉に咲いてさっと散ってしまう。エドヒガンとオオシマザクラの掛け合わせでできたソメイヨシノは、差し木や継ぎ木でふえるクローンなので、そうなるという。江戸時代までの日本は、2か月ぐらいいろいろな桜が楽しめたという。ソメイヨシノだけでなく他の品種でも差し木や継ぎ木をするのは藤原定家の「明月記」にも記されているという。(「明月記」は超新星爆発についての記載の辺りを原文で読んだけどなあ。安倍家なども出てきて面白い)ソメイヨシノが明治時代あたりから広がっていったのは、花だけが先に咲くことやすぐに育つことかららしい。たくさんの桜の木が花だけで見事に雲のように咲き、パッと散
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ブルデューの論じた文化資産による階層の再生産を、戦後日本の社会調査に基づいて実証的に論じています。
日本社会は戦後になって、メリトクラシーが全面的に行き渡ることになりましたが、実績主義の中に入り込んでいる機会の不平等が目に見えなくなってしまったことを、著者は説得的に示しています。
結果の平等原理に基づく社会では、一人ひとりの持つどのような背景がどの程度有利・不利に働くのかということは、後になってからでないと分からないと著者は言い、それゆえ結果の平等がどの程度実現されているかをつねにチェックし、その不公正を事後的に補償できる仕組みをあらかじめ用意しておかなければならないと、著者は提言していま -
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ネタバレ日本は「努力すればなんとかなる」と「努力しても仕方ない」の二重底から成り立つ。かつては個人の責任か集団の責任か問われなかったが、それが崩壊した。
評価は「実績」に依るべきだとする人は年収と相関するが、それは主にホワイトカラー雇用上層(年功序列下)である。また、実績主義は父の学歴とも因果関係にある。これは近年加速している。
親と子の職業が違う(管理職が平になってる)のは年功序列を考えると当然。W雇上は、流入が多いから少し変動しているにすぎない。事実、40歳時点でのW雇上の父を見ると、同職となる傾向がさらに強まっていることがわかる。これは戦後の経済成長で高まった開放性が、その自体の閉鎖性により -
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私は、桜が好きだ。坂口安吾の「桜の森の満開の下」の妖艶たる雰囲気は、「檸檬」よりまさる。桜の樹の下に死体が埋めてあることを想像しながら、桜の満開を見て、桜の花びらを散らす様を想像する。死体から生命が花開き散っていく。なぜか満開になると春の嵐がきて花びらを散らす。その様が美しい。美しいとは、満開ではなく、花吹雪になるときに、つかの間の美しさに目をみはる。日本人の遺伝子に組み込まれているような「いさぎよさ」は、桜なのかもしれない。
著者は、桜について、徹底して情報収集をしている。
サクラは サは穀物(イネ)の精霊、クラは、神の座すところ、冬が過ぎて、春となるときに、最初に、穀物の精霊が舞い降りてく