佐藤俊樹のレビュー一覧
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ブルデューの論じた文化資産による階層の再生産を、戦後日本の社会調査に基づいて実証的に論じています。
日本社会は戦後になって、メリトクラシーが全面的に行き渡ることになりましたが、実績主義の中に入り込んでいる機会の不平等が目に見えなくなってしまったことを、著者は説得的に示しています。
結果の平等原理に基づく社会では、一人ひとりの持つどのような背景がどの程度有利・不利に働くのかということは、後になってからでないと分からないと著者は言い、それゆえ結果の平等がどの程度実現されているかをつねにチェックし、その不公正を事後的に補償できる仕組みをあらかじめ用意しておかなければならないと、著者は提言しています。 -
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ネタバレ日本は「努力すればなんとかなる」と「努力しても仕方ない」の二重底から成り立つ。かつては個人の責任か集団の責任か問われなかったが、それが崩壊した。
評価は「実績」に依るべきだとする人は年収と相関するが、それは主にホワイトカラー雇用上層(年功序列下)である。また、実績主義は父の学歴とも因果関係にある。これは近年加速している。
親と子の職業が違う(管理職が平になってる)のは年功序列を考えると当然。W雇上は、流入が多いから少し変動しているにすぎない。事実、40歳時点でのW雇上の父を見ると、同職となる傾向がさらに強まっていることがわかる。これは戦後の経済成長で高まった開放性が、その自体の閉鎖性により覆われたということである。
階級再生産は「なって当然」の世界であるために、階級における責任感(やりたいこと)を失わせる。しかも、形式上平等のため、なおさら。
敗者の再加熱の仕組みは「選抜機会の多元化」と「選抜自体の意味の空虚化」がある。日本では形式上平等なため、後者。この結果、エリートの責任感をも失わせる。
唯一、B雇上→W雇上ルートの存在が、挑戦の機会を開いてきたが、近頃このルートも閉鎖されてきている
現在の選抜社会の行き詰まりを打破するためには、1.ブルーカラー専門職とホワイトカラー専門職の融合、2.専門職キャリアの再編、3.選抜機会の多元化、4.世代を超えた不公平の緩和がある。
機会の平等は、階級再生産を考慮すると達成しにくいし、この社会に実力の代理指標しかない以上確認しにくい上、事後的にしかわからず、対策が打ちにくい。例えば、学歴を打破する情報リテラシーにも(父の職業に伴う)格差が存在するし、それは後からしかわからない。その中で機会の平等原理を確保するためには、不平等の監視と、事後的な不平等の保障が必要になる。
学歴に変わる指標として、市場はまだマシなのではないかと考えている。 -
Posted by ブクログ
私は、桜が好きだ。坂口安吾の「桜の森の満開の下」の妖艶たる雰囲気は、「檸檬」よりまさる。桜の樹の下に死体が埋めてあることを想像しながら、桜の満開を見て、桜の花びらを散らす様を想像する。死体から生命が花開き散っていく。なぜか満開になると春の嵐がきて花びらを散らす。その様が美しい。美しいとは、満開ではなく、花吹雪になるときに、つかの間の美しさに目をみはる。日本人の遺伝子に組み込まれているような「いさぎよさ」は、桜なのかもしれない。
著者は、桜について、徹底して情報収集をしている。
サクラは サは穀物(イネ)の精霊、クラは、神の座すところ、冬が過ぎて、春となるときに、最初に、穀物の精霊が舞い降りてくるところ、それが サクラ。
染井村(東京都豊島区駒込)で、育成された。明治5年のころだったといわれる。オオシマザクラとエドヒガンの交配でできた。自然交配、人為的交配、枝変わりなのか、わかっていない。
明治23年(1890年)藤野寄命が学術的に同定。ソメイヨシノと命名。明治33年に学術雑誌に掲載。翌年 松村任三が正式に新種として記載。
万葉の時代は、花といえば、梅だった。桜はあまり重きをおかれていなかった。
吉野桜はヤマザクラだった。徳川吉宗はヤマザクラの愛好者だった。ヤマザクラの桜見が始まる。
サクラの歴史は連綿と続いているようだが、昨今のソメイヨシノの風景は明治中ごろから始まっているのであり、その前はサクラの風景も変わっていたが、ソメイヨシノの風景で昔をイメージしている。ヤマザクラの桜見は、情緒を重んじたが、ソメイヨシノの桜見は、イベントとして組み立てられる。
本居宣長は「敷島の大和心を人問わば 朝日ににほふ山桜花」とヤマザクラに託した。本居宣長の大和魂は、ソメイヨシノではなく、ヤマザクラだった。
吉野はヤマザクラの名所で坂口安吾のサクラの世界だ。それで、ソメイヨシノという名前は 卓越していた。ネーミングの持つ普及力。ソメイヨシノは 急速に普及していくが、サクラに 意味がこめられるようになった。
斉藤正二はいう(昭和55年)『人間がサクラをどう見るのか、サクラの中にいかなるシンボルを読み取るのか、という問いに対する正しい答えは、それはすべて関係によって決まるのであり、サクラ自身になにか意味上の実体があるのではない、ということになる。』サクラのゼロ記号性を説く。
靖国神社の誕生から読み解く。靖国神社は木戸孝允によって、明治2年戊辰戦争の霊を祭るために建立。そのときの名前は東京招魂社と呼ばれていた。サクラも木戸孝允によって植えられたとされている。日本というものに深くサクラがかかわっていく。明治という時代に国のためと私のためということを区別する必要がなかった。
赤瀬川原平はいう『ソメイヨシノのお花見も大好きだけど、あの白い花だけを満開にさせる美しさというのは、やはり西洋好みではないかと思う。どことなく分析的な父性的合理主義というか、あるいは一神教的なニュアンスが感じられる。一方吉野のヤマザクラの方は赤い葉が混じり、青い葉もまじり、 これが多神教というとこじつけかもしれないけれど、清濁あわせ飲む様な味わいの深さがあって、そこに母性的な縫い糸の多様さを感じてしまう。』
それが 時代とともにサクラは変化していく。ソメイヨシノのもつ、一斉に咲く集団性による美しさ、わずか10日間で花の生命を終える、さらさらと散っていく。そのことが、違った意味で使われるようになる。日本らしさや日本人らしさにつながる。貴様と俺とは同期の桜では、ソメイヨシノになっている。
咲きみちて花より外の色もなし 足利義政
願わくは花の下にて春死なむ 西行
花の雲鐘は上野か浅草か 松尾芭蕉
花のイメージを ソメイヨシノのイメージで、読んでしまう。足利義政の花はウメであり、西行、芭蕉はヤマザクラなのだろう。
井上哲次朗は言う(1913年)『桜花は百花中散り際の最も潔白にしてかつ優美なるものなり。わが邦の武士はただ桜花の如き気象精神を具有すべきのみならず、またその生命を捨つるにあたりて、桜花のごとく潔白ならざるべからざるなり。換言すれば、桜花は我が日本民族のまさに具有すべき気象精神を表現するものにほかならず。』
ここから、桜と戦争は結びついていく。
戦争の中で 極限までシンボル化されたサクラの残骸が、日本のさまざまな思想的な潮流の中に息づいているなかで、日本人のサクラ好みの風潮は変わっていない。 -
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サクラの由来は、一説によると「サ」・「クラ」であるという「サ」は穀物の精霊を表し、「クラ」は神の座る場所の意である。そして、現代日本において、サクラとはだいたいにおいて、ソメイヨシノのことをさす。というのも、その占有率において圧倒的(国内のサクラのおよそ8割)だからである。学校に植えられているサクラは例外なくソメイヨシノである。文部省と結託して拡散したといわれている(笑)。 ソメイヨシノは50年から70年という樹齢で人間の生死のワンサイクルとちょうど同じくらいであることが、増殖活動との親和性が高かった理由の一つであると考えられる。もちろんはずせないのはクローン特性である。ソメイヨシノのその多くは挿木、接木によって人工的に繁殖したのである。経済効率がもっともよかったのである。景観を向上させ、かつ新しい記憶を生成させる拠り所として都合のよい、あらゆる意味で都合のよい理想的な品種であったのだ。(実際ソメイヨシノは花だけを前面に押し出して開花する人の理想・欲望を体現している)
こうして、サクラ=日本という国民的想像力あるいは図式は、明治以降に創られた共同幻想のひとつとなった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
実績主義や自由競争の市場社会への転換が声高に叫ばれている。
だがその「実績」は本当に本人の力によるものか。
筆者は社会調査の解析から、専門職や企業の管理職につく知識エリートたちの階層相続が戦前以上に強まっていることを指摘。
この「階級社会」化こそが企業や学校の現場から責任感を失わせ、無力感を生んだ現在の閉塞のゆえんとする。
一億総中流の果てに日本が至った「階級社会」の実態を明かし、真の機会平等への途を示す。
[ 目次 ]
序章 『お嬢さま』を探せ!
第1章 平等のなかの疑惑―実績VS努力
第2章 知識エリートは再生産される―階層社会の実態
第3章 選抜社会の空洞化―粘土の足の巨人
第4章 「総中流」の落日―自壊するシステム
第5章 機会の平等社会への途―効率と公平
終章 やや長いあとがき
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