山本紀夫のレビュー一覧
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表紙をめくると、目にも鮮やか、口が熱くなりそうな写真が飛び込んでくる。
真っ赤で辛くて美味しいトウガラシ。
これは一体どこでう前、どのように広がり、どう使われてきたのか。
小さいけれどすこびる(すこぶる)衝撃的なトウガラシの旅へ!
トウガラシの生まれは中南米。
どうもそこらへんに生えていたものらしく、今でも野生種が残っているという。
大航海時代を経てヨーロッパに伝わったばかりの頃、彼らはこう言われていた。
「食べると死ぬ」と。
しかしそんな「死」を連想させる彼らは今ではカレーになくてはならないもの、ブータンではこれ抜きなんて考えられない、韓国では生活の一部となって私たちの舌をヒリヒリさせてい -
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コロンブスの功罪ーコロンブスが新大陸を発見したことによる「負の側面」を明らかにしている。
奴隷の輸入、コロンブスの到来による疫病の蔓延。『先住民から見た世界史』は、アメリカ大陸に限定された内容だが、読み終えると他の地域にも思いを馳せる機会となる、深みのある1冊。
ある論文に対する反論本という印象で、著者が執筆した意図が推測できる。でもこの1冊には有力な論文への「異議」だけでは片付けられない、読者の興味関心をひき立てる内容に富んでいる。
食べ物の発見から、家畜、奴隷、疫病、新大陸発見による先住民の苦しみ。「コロンブスの新大陸発見」という偉業の裏に隠れた事実を、明快に記している。なんといっても分か -
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「コロンブスの発見」を先住民の立場から読み解いた本。
トウモロコシやトウガラシ、じゃがいもといった作物、持ち込まれた家畜、疫病、奴隷の問題。
近年コロンブスに対する評価は負の側面が再考され、批判的に見られていたのは知っていたが、より多角的な形で描かれていて考えさせられた。
豊かになるごとに資源や労働力を奪い合う人間の歴史を目の当たりにすると、文明の発展の代償や暗部を思い知らされる。
作者は農学が特に強いようで、作物の歴史が特に詳しくページを割かれていた。先住民が育ててきた作物の歴史や毒抜き方法など、確かに貢献は大きく、再評価されるべきだろう。
逆に疫病に関してはさらりと流されている印象。い -
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小学生の頃「コロンブスが新大陸を発見」って記述がどうも気持ち悪くて教員に聞くとそういう事なんだからそうなんだよと。
「じゃあ、仮に最初の外国人がフランシスコ・ザビエルだと仮定して、【日本発見】はフランシスコ・ザビエルになるんすか?」と聞いたら「日本人が昔から住んでるのに発見っておかしいだろw」と言われた。
混乱はしつつ、中学や高校でも再度出たかもしれんけどそのままにしてたモヤモヤが結局「主体・客体」って事だよね。
その先住民側から見た侵略はどう映るのか期待して読んだ。
確かに面白い。とうもろこしの件はロビンソンクルーソーを思い出したし、やっぱり飢饉には炭水化物のコスパがものをいう。日本ではさ -
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トウガラシが実に多様な品種を持っているということが驚きだった。しかもこれは栽培品種と野生種が混じっているという所が面白い。
それこそ同じアメリカ大陸原産のトウモロコシは野生種が見つからないことで有名であることを鑑みると不思議である。
その答えが、①香辛料として使用するので効率性がそこまで重視されない ②草本性なので毎年新しく植える必要性がなく進化が促進されない
というのが面白かった。
紙幅の多くは世界各国のトウガラシの利用を地域ごとに紹介していく形式になっている。
砂糖やじゃがいも程世界史に影響を及ぼしているわけではないので、世界史というよりは文化史と言った方が近い気もするが、ともかくトウガ -
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「コロンブスの交換」という言葉に違和感を持った著者。長く中南米の先住民と暮らしを共にしてきた著者からすると、それは先住民側からの視点を全く欠いた、欧米中心の見方であると考えたから。
そこで著者は、具体的なモノに焦点を当てて、このコロンブスの交換という問題を検証することとした。
第一部は、ヨーロッパに与えたものとして、トウモロコシ、トウガラシ、ジャガイモが取り上げられる。トウモロコシやジャガイモはヨーロッパの人口増加に大きく貢献したが、これらは栽培植物として、長い間の中南米先住民の努力の賜物であったことが具体的に示される。
第二部は、先住民にもたらされた災厄として、まずサトウキビ。こ -
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筆者はこの道数十年の研究者であり、とくにアンデスの古代文明についてフィールドワークと研究を重ねてきている。本書はその知見を存分に盛り込んだ意欲的かつ挑戦的な啓蒙書となっている。
著者は教科書にも記述されておなじみになっている大河を中心に生まれたとされる「四大文明」に大きな疑問を呈する。要約すれば、文明が生まれる条件として「大河」がある必要があるか、むしろ野性植物をドメスティケーションし、栽培作物として定着させ得たかどうかが重要なのではないかという疑問である。著者はそうした観点から熱帯、亜熱帯の高地(具体的に本書で取り上げられている、メキシコ、アンデス、チベット、エチオピア)が文明のセンターと