おおひなたごうのレビュー一覧
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購入済み
ぼーっとしながら読むのに最適
人の食の好みだけでなく食べ方の模様をこんなに楽しく漫画になっていることがすごい
そして展開される話はただただぼーっとしながら読んでられる漫画は貴重です
そして自分の食事の仕方を見直すきっかけにもなりますよ
おすすめです -
Posted by ブクログ
ネタバレ最終話はきれいに終わってるなぁーって言う印象です。
と、
すじこの話の後日談が載ってるのですが、
ちょっとうるっときてしまったのは内緒の秘密。
第68話・料理にパイナップル許せる?(前編)
酢豚にパイナップルわかる!
美味しいです!
二郎の両親への挨拶も済んで仕事。
そう、
どくフラワーがテーマパークに?!
ディズニーランドもびっくりだね!
で、
その打ち合わせで知り合った蛇錦さんがパイナップル否定派?
知らなかったのは、
パイナップルが肉を柔らかくするってのが誤報だったこと!
そして、
確かにパイナップルではなくパプリカになってるのは知ってた。
第69話・料理にパイナップル許せる?(後編)
問題はね、
かぐりん的にはパイナップルではなく、
パイナップルの缶詰じゃない?
生パインでラーメン作るパパパパパインみたく、
酢豚も、
ピザも、
ハンガーグに乗せるパイナップルも缶詰じゃない?
缶詰じゃないパイナップル乗せようぜ!
でも、
健闘むなしく、
どくフラワーの色と名前は変更だって。
第70話・握り寿司箸で食べる?手で食べる?
これな!
寿司をあまり食わんかぐりんですが、
おにぎりと一緒で箸!
素手ってのがちょっと微妙に感じるようになってしまった!
でも、
箸かなって思うけど、
ポテトチップスも箸なんで箸でいいかなって。
第71話・手で食べることに意味はある?
カレーな!
一時期バングラディッシュ人とネパール人と仲良くしてて、
お食事ご一緒しましたが、
手は難しいよ。。。
でも、
五大元素きちゃう?
占い師的にはそう言われちゃうと手で食べなきゃって思うのですよ。
で、
披露宴でどうかな?
って、
みふゆに相談してるけど手なずけられてるなぁー。。。
二郎の未来は明るいか?
第72話・披露宴の料理なににする?
なかなか披露宴のメニューが決まらない!
で、
みふゆの元彼の宮さん登場!
宮さんも成長しててびっくりやで!
つか、
どくフラワーことらぶフラワーの実写って。。。
第73話・目玉焼きの黄身いつつぶす?
で、
まさかの宮さんのアイデアで披露宴のメニュー決定!
ちなみに、
オーバーハードです!
で、
鮭ですか?
魚は食べ物ではありません! -
Posted by ブクログ
(10)を突破し、ヒロイン・みふゆとの間に勃発した、最大の争いも、仲間の協力と二郎自身の努力で突破し、ついに、クライマックスへ向かい始めた
今更感もあるが、本当に、凄い食系漫画だよな、と(11)を読んで実感できた
『人魚姫のごめんねごはん』や『紺田照の合法レシピ』、『桐谷さん、ちょっそれ食うんすか!?』も、十分、ぶっ飛んだ食系漫画だ
ただ、これらの作品はキャラの個性が強烈だったり、食べる食材が変わっているからこそ、読み手の印象に強く残る作品だ
一方で、この『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』は、キャラが立っていない訳じゃないにしろ、扱っている料理は、ごくごく一般的で、身近なものばかり
そんなありふれた料理一つ取っても、食べ方は人それぞれであり、この食の流儀が時には、争いの種になりうる、そんな当たり前の事が描かれている
この『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』を(1)から読んでいない人からしたら、そんなテーマで面白いのか、と疑問に思うだろう
正直なトコ、私は特に、この作品に対し、笑えるって意味での面白さは求めちゃいない。私が読み続ける理由、それは、ストーリーが何気に深い、そこに敬意を抱いているからに他ならない
一概には断言できないが、読み手が読んでいて、キャラたちの言動に共感し、自身の食生活を省みて、変えようと心がけるキッカケになる、その点で言ったら、食系漫画では、この作品がナンバー1なんじゃないだろうか
食べ方には、その者が、これまで、どう生きていたか、が如実に出てしまう。だからこそ、争いも起こるし、逆に仲良くなる事も出来るんだな
次巻が、もしかすると、最終巻かもしれない。一体、この異色な食漫画が、どんなオチで、読み手の度肝を抜きに来るか、楽しみにしている
どの回も強烈で、色々と考えさせられたが、個人的に、目立っている、と感じたのは、第63話「月見そばの生卵、いつつぶす?」だった
原点である卵に改めて、スポットライトを当てている点も理由だが、何より、この作品のキーパーソンであり、二郎の恩人である近藤さんが、何故、しょうもない二郎を見捨てず、ここまで親身になって、彼の悩みに付き合ってやるのか、が明らかになっている
その理由は、かなり強烈だった。良い意味で、この作品らしくないものだった
ほんと、二郎は人の縁に恵まれている男である
この台詞を引用に選んだのは、定番だからこそ、そう簡単にはブレない説得力があるな、と唸ってしまったので
きっと、今、みふゆのように、好きな人との結婚に悩んでいる女性の読み手の心には、かなり響いたに違いない
好きな人が、自分の好きなものを好きになってくれる、それは嬉しい事
また、好きになって貰うための努力もまた、楽しいものである
そうやって、共有できる「好き」が積み重なっていく事で、相手だけじゃなく、自分の知らない一面も視えてくる
そこも受け入れられるか、で変わっていくんだろうな、結婚生活ってのは
「つまり、彼氏は、みふゆの好物をおいしくて、全部、食べちゃったんでしょ?自分が好きなものを、好きになってくれたってことじゃない。それって、嬉しくない?しかも、お世辞なんかじゃなく、我を忘れる程・・・私だったら、嬉しいな」(by春花さん) -
Posted by ブクログ
発売から、随分と経過したのに、感想を書くのが遅くなってしまった
やや気まずいが、書かないって選択肢もないので、後悔の味が苦み走っているも承知で噛み砕いて、書くとしよう
ついに、大台に乗ったか、この作品も
(1)から応援している身としちゃ嬉しい
その一方で、「本当に(10)まで出しちゃったよ」って驚きもあるっちゃある
何だかんだで、皆、好きで、応援しちゃうんだな、イロモノ感が強い作品
ただ、(20)は厳しいだろうな
もちろん、おおひなた先生の才能がこの程度だ、と思っている訳じゃない
素人感覚だが、『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』はクライマックスに近づいている
「いただきます」を言ったなら、「ごちそうさま」と手を合わせるのが筋だ
その時は、もうすぐなんだろう、と思ったのだ、(10)を読んで
二つ目の大台まで行こうと思えば行けるだろうが、つまらなくなるのは目に見えている。それが分からないような漫画家じゃないだろう、おおひなた先生は
そんな終わりに対する覚悟を私に決めさせるだけあって、この(10)も中々に異様
あえて言うならば、食の根幹に迫るテーマに挑んでいた
日本人であれば、直面する可能性が高いテーマと言っても過言じゃない
ここまで書いておいてなんだが、正直なトコ、このテーマについて考えるのはキツかった
そう、私は箸の持ち方がおかしい
家族から指摘もされているし、変である事は自覚しているのだが、どうにも矯正できない
正しい持ち方と使い方も出来るので、外で他人と食事をする際は、そうしている
ただ、変な箸の持ち方をしている人間が正しい使い方で食事をすると、疲れるのだ。他人に笑われないように、手に意識が傾きすぎるあまり、美味しさがまるで感じられなくなる
だから、私は家じゃ、自分が楽な使い方をしている。意外に、そういう人って多いんじゃないかな、と勝手に思っている
あと、言い訳かもしれないが、いくら、家族に「おかしい」と言われるにしろ、私の持ち方は、さすがに、くらげほど酷くない
自分が使いやすく、恥ずかしくないと言ったって、家族も嘲笑の対象とされるなら、それはもう、アウトだろう。しかも、それを指摘されたくらいで、マヂギレするって、情けなさ過ぎるぞ、男として
こういう小さい男にはなりたくないもんだ
そんで、もう一つのテーマ、口内調味
これは一瞬、「?」だった。初めて聞く言葉だったので、おおひなた先生の創作か、と思ってしまったほど
近藤さんの説明で、飯とおかずを一緒に食べるスタンス、漠然とは理解できたが、自分がやっているのか、やっていないのか、そこは微妙なラインだった
一度、口内調味の良さを塗り潰すほどの欠点を知ってしまうと、意識して、やらないようになるのだ
確かに、これは恥ずかしい。その手の性癖があるなら嬉しいんだろうが、大抵の人は不快感しか覚えないだろう
やはり、人前ではやるべきじゃないな、口内調味
さて、自分の失態を知った二郎は、どうするのかな?
この『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』は、食に関する問題への立ち向かい方も興味深いが、恋愛ドラマも芯が細くないので、読み応えがある
傍目からすりゃ、バカバカしい問題でも、当人らには重大だ、と教えてくれる
みふゆさんと結婚したいのなら、二郎はこの悪癖を直すべきだが、意識しながら食べるってのも、また疲れる
次巻では、これまで以上に、二郎の愛と漢気が問われる事になりそうだ
この台詞を引用に選んだのは、イイ顔してやがる、と思ったので
箸の持ち方くらいで大袈裟な、と言う人もいるだろうが、こりゃ、人それぞれだから、何とも言えない
私だって、面白い漫画を読んだ時に、自分の世界が広がったり、閉じていたドアが開く感覚を覚える時がある
まぁ、有体に言っちゃうと、この『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』にも、そういう力がある、と思っている。でなきゃ、読まない -
Posted by ブクログ
二ケタ突入目前ってことで、質がグンっと高まっているように感じた
今更、改まって言う事でもないが、この『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』ってのは、バランスがいいから、ホントに読みやすい
真面目過ぎず、ふざけすぎず、大笑いできるけど、ストーリーが問いかけてくるモノを、各々の読み手が、ちゃんと深く考える事が出来ている
芯のある食系人間ドラマの漫画は多いから、物珍しい訳じゃないけど、他の作品に負けてないのは、間違いなく、事実だ
絵柄が独特で、リアクションも少し胸焼けを起こす脂っぽさはあるにしろ、慣れてくれば気持ち悪さは感じなくなるだろう・・・・・・多分
今回の設問は三つ
「生ビールと瓶ビール、どっち飲む?」
「オムライス、どこから食べる?」
「食器の配置、どうしてる?」
まず、一つ目だが、私は下戸なので、どちらでもない
ただ、これだと、さすがに興醒めなので、五十路も超えてるのに未だ、枠である母親に聞いてみた所、一貫して生ビール、と答えてくれた
二郎に瓶ビールの良さを語っていた、「みなみの」の店主の言い分も理解できるが、浮気はしないらしい。生ビールの方が「呑んでいる」って感じがするそうだ
下戸の私にゃ分からん感覚だけど、母親が良い気分で酔えるなら、それでいいと思う
二つ目、これも残念ながら、私は卵がダメな体質なので、答えを持っていない
なので、こちらは毎日、卵料理を欠かさずに食べている妹に聞いてみた
あえて選ぶなら、近い食べ方は亜希ちゃんの「かまくら食い」らしい。ただ、妹の場合は真ん中から食うけど、縦に進んでいかず、横に広がっていくようだ
また、彼女は家ではなく、外でオムライスを食べるのは、家では作れない、店、つまり、プロだからこそ出せる旨味に満足したいって優﨑さんの説にも、一定の理解を示していた
そんで、最後の食器の配置、これはアルコールもアレルギーも関係ないので、自分の答えが言える
まぁ、ざっくり言えば、左手側に茶碗、右手側にその食事のメインを置く。そんで、茶碗の後ろに副菜、メインの後ろに味噌汁などの汁物が来ている
これは家でも外でも変わらない。畏まった席では、会話の中で、さりげなく変え、食べやすいようにしている
見た目の美しさに重点を置いた、正しい配置も大事だと思う。ただ、食べ方が汚かったり、滑稽になったりして、連れを不快にさせたら本末転倒だ
なら、自分なりにスマートに食べられる配置にした方がいいだろう
この台詞を引用に選んだのは、良い感じに響いたので。暑苦しい、それが大事なのだ。二郎が、一人の女性の為に自分を変えようとする努力の裏で、彼を尊敬している黒野も一皮剥けていたんだな。彼の成長が、今後も楽しみだ。人間、どうしたって、受け入れがたい事はある。でも、無理かどうかは、受け入れる努力を一通りしてからだ。何も知ってないのに、いきなり拒否するってのは、人間としての格が下がると思う -
Posted by ブクログ
この『目玉焼きの黄身いつつぶす?』は、絵柄、ストーリー、キャラクター等で好き嫌いは分かれると思う
ただ、好きか嫌いかは別として、おおひなた先生の攻めの姿勢は高い評価を受けるべきだ、と感じる
基本的にギャグなのに、人間ドラマとして実に深い
食べ方ってテーマは脇に置いて、ストーリーだけを純粋に楽しんでしまっている自分が確かにいるのだ
食べ方一つで、こうも男の人生に待ち構えている艱難辛苦を浮き彫りにし、ストーリーのテンションを維持する、おおひなた先生、思っていた以上にデキる漫画家なのだろう
にしても、こうも頻繁に壁にぶつかる主人公も珍しいな。大抵は、一つの壁を乗り越えるなり、ぶっ壊すなりして、一皮剥ければ、次のトラブルはすぐにやってこないもんだが・・・・・そん時は真剣に悩み、腸が捩れるほど答えを出すのに苦労してるけど、一回、楽になると気を抜き、成長するチャンスを逃してるな、二郎は。いわゆる、喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプなのか
まぁ、そんなしょうもねぇ男だからこそ、読み手は彼が悶える度に共感し、応援したくなるんだろうなァ
ともあれ、この(8)でも二郎は自分の蒔いた種から生えた大問題に直面し、自業自得で痛い目に遭い、それも何とか片付いたと思った矢先に、ある意味じゃ、人生で一番の決断を迫られる事に。さて、二郎は男を見せられるかね
この(8)で読み手に問われた食問に対する、私個人の答えは次の通り
「コーヒーに砂糖入れる?」
まず、珈琲は飲めない。ただ、紅茶はストレートなら、砂糖は入れる派。レモンティーはそのまま飲む。ちなみに、麦茶に砂糖は入れたことがない。しかし、近藤さん、良いパンチ持ってるなぁ。愛があるからだろうな・・・
「最後の一個、いつ食べる?」
率先して食べるようにしている。もちろん、「食べていいか」、周囲に確認を取ってから、それが礼儀だと思っている。遠慮の塊を集めるテク、これは取り入れられそうだ。しかし、それでも最後の一個は出るモンだ
「枝豆の薄皮、食べる?」
恥ずかしながら、枝豆に薄皮がある事を、この話で初めて知った。トウモロコシに関しちゃ、そのままガブッと食べる派である。トウモロコシの美味さを一気に味わうのなら、コレであろう。ついに、服部さんにも遅い春がやってくるのだろうか
「クリームシチューはおかずになる?」
これは、リアルに世間の物議を醸したよなぁ。クリームシチューが基本的に私はダメだけど、他の家族は米と一緒に食べてる、普通に。私もビーフシチューはパンより米で食べたい方である。しかし、さすがにオムライスと寿司は米のおかずにした事もないし、しようと考えた事もなかった。やはり、食べ方は千差万別、個性が出るんだなぁ。白飯愛、それは絶対の答えが出るものではないにしろ、仮にナンバー1を決めるのであれば、「ひとめぼれ」を「コシヒカリ」のおかずにする人であろう
この台詞を引用に選んだのは、魂からの叫びだなぁ、と感じたので。やっぱ、この作品、基盤はギャグで、おおひなた先生はギャグ漫画家なんだな、と再確認できる一コマと二郎の形相でもある。人間、いくら澄ましていても、信じがたい出来事を目の当りにしたら、誰でもこうなる -
Posted by ブクログ
今回も共感しまくりだった
やっぱ、おおひなた先生って何気に凄ぇわ
食べ方の個人差を追求しつつ、そこに山あり谷ありのストーリーが軸にされており、読み手を飽きさせない。くどすぎるキャラの個性と絵柄も、慣れてくれば、さほど気にならなくなってくる
調味料、これは難しい問題だな。とりあえず、私は一口食べる。そこで満足できれば、そのまま食べるし、物足りなさを感じたなら作った人間に何かをかけるのか、を尋ねる。そのまま食べてください、と言われたなら、納得して食べるようにしている。料理人の方が立場は上、と考えている訳じゃないが、最高の味を引き出すための努力をしているのは確かなのだから、食べる側がそのバランスを調味料で勝手に崩してはいけない
焼き鳥は断然、タレである、私は。もちろん、塩も好きだ。しかし、塩はせいぜい、20本前後が限界だが、タレなら倍は食べられる。極端な話、素材に合った焼き方、味付けがあるんだから、やっぱ、そこは焼き手に一任すべきだろう。ちなみに、私は鶏皮が好きだ
ハンバーガー、上手に食べられるか、と聞かれたら否である。ただ、あまり、人の目を気にしたことはない。食べ方が汚いのは問題ありだが、ハンバーガーに勇ましくかぶりつかない方が、よっぽどマナー違反だろう。時たま、ナイフとフォークでハンバーガーを分解しながら食ってる、インテリ気取りを見かけるが、そういう奴は顔面を肘と膝で挟み潰して、鉄板焼きしてやりたくなる
ソフトクリームは滅多に食わないんだよなぁ。どちらかっつーと、かき氷か、アイスバーだ。しかし、女性の食べ方としては舐める方が好きだ。二郎と同じフェティシズムを持っているのか、と落ち込みはするが、白く溶けやすいそれを舌で舐めとっていく様には、独自のエロスが宿る、と言っても過言じゃない
ストーリーの方も、様々な大きい動きが起こり、これからの展開は今まで以上に目を離せない
ただなあ、あんま、こんな事は言いたくねぇが、作中に出てくるぬり絵、これはどうなんだ、と思っちゃう。驚きの表現方法ってのは大いにアリだ。頭ん中が真っ白になってるのが、これ以上ないくらいに分かる。しかし、先生は塗ってください、と言うが、ファンとして、これは塗り辛いぞ。コピーすりゃイイ話なんだろうが、なんか、それも違う気もする
この台詞を引用に選んだのは、相も変わらず、近藤さんの言葉も妙な深みに打ち据えられたからだ。保守、革新、どちらも適度な積極性が大事ってコトか -
Posted by ブクログ
カップ麺のフタ、全部取る?→この『目玉焼きの黄身、いつつぶす?』を読んだ影響だろう、つい、同僚がカップ麺を食べているトコに注目してしまう。さすがにズバッと聞けないので、各々の理由は定かじゃないが、私の周りは取る人間が多い。牛丼に紅ショウガ入れる?→入れないな。牛丼はアレで味が完成しているので、紅しょうがの辛味をプラスする必要性を感じない。ただ、たまに七味はかけたくなる。サンマのハラワタ食べる?→食べない。二郎の言い分には納得できるトコはある。しかし、この食い方はどうなんだ。まず、腹を割って内臓を除いて、骨を抜けば、もっと、秋刀魚の身を味わえるだろうに。餃子のタレどうしてる?→外食で餃子を食べるなら、醤油とラー油、酢を混ぜるオーソドックスなタレで、家で食べるならポン酢。最近は昆布ポン酢にはまってる。ちなみに、当然、焼肉と一緒で白飯が欲しい派だ、私ぁ。レンゲでミニラーメン作る?→作らないなぁ。そもそも、レンゲを使うかも微妙だな。まぁ、焼野原さんの美学、これはこれで悪くない。別に目の前でやられても気にならないかな。むしろ、私は汁が飛んでくるような、下手くそな麺のすすり方をされる方がムカッと来る。JINROいつ飲む?→私はカエルだから、てんでピンと来ないのだが、やっぱ、朝から酒を呑んでも許される(自分を許しちゃう?)生活ってのには、ある意味、幸福が宿るのかねw
五巻を越えても、ホント、この面白さは翳らない
多種多様なのが当たり前な食べ方に、あえて斬り込むっつー特異性が、こうも活かされるか。やっぱ、年季の豊富さがあるんだな、おおひなた先生にゃ
ストーリーの基礎はギャグだ、間違いなく。ただ、読み手をくだらねぇと思わせるネタで大笑いさせる一方で、その裏側にシリアスさを隠しているな、と感じるのは私だけじゃないはずだ。文字や言葉遣いだけでなく、食べ方にも人間性は、どうしたって色濃く出る。それが浮き彫りにされる事で、この『目玉焼きの黄身いつつぶす?』は、読み手に自分で選んだ職との向き合い方、自分を受け入れてくれる人間の受け入れ方、そして、未熟な自分を直視し、変える勇気を持てるか、を問うてくる
一つの作品の主人公としても、一介の人間としても、ただの男としても、未熟で歪でダメな存在である二郎に対し、情けないなと嘲笑いながらも、どこか、親近感が湧いてしまう人間も多いんじゃないだろうか
笑える、って感想だけじゃ済ましちゃならん作品だ、これは
もっと注目されるべきじゃないか、と思う一方で、争いの種になりかねないから、今の認知度くれぇが丁度、いいのかな、と感じる
この台詞を引用に選んだのは、これぞ、『目玉焼きの黄身いつつぶす?』を語る上で外せない名言だからだ・・・・・・まぁ、ぶっちゃけ、この面で言われたら、手が出ちゃうと思うが -
Posted by ブクログ
感想を書く前に、まず、おおひなた先生、この『目玉焼きの黄身いつつぶす?』の一番のファンである、お父様のご冥福をお祈り申し上げる
小説家でも漫画家でも、創作に関わる人間にとって、父と母に、自分の作品は面白い、と言ってもらえたら、「この職を選んでよかった」と思える瞬間が訪れるんでしょうね
あー、私も早く、その喜びを体験したいッッッ
では、感想を
改めて思ったが、この作品は、ここ最近、大きな波が来ているのか、食系の作品の中でも、かなり異質だな、と思った
食べ歩きをするでもなく、手間暇かけて料理を作るでもなく、各料理の正しい料理作法を紹介するわけでもなく、ただ、人には各々の食い方がある、そんな当たり前の事を漫画にしている
邪道、とまでは行かないが、正道には乗っていまい
ただ、個人的には面白ければ、内容が王道だろうが外道だろうが、私は気にしない
ここまでの人気が出れば、食漫画としては確実に本物なのだから
今回も色々と考えさせられた
まず、握り寿司に醤油を付けるか否か、は前巻から続いているテーマだが、付けた方が美味い寿司もあるだろうし、付けなくても美味い寿司もある。それに、ちょっと付いている方が好きな人もいるし、しっかりと付けた方が好きな人もいる。これはネタによりけりだ
湯豆腐はおかずになるか、私はなると思う。と言うか、焼肉の時もそうだが、湯豆腐のみを食べるのはキツい。また、豆腐オンリーでは、腹に溜まらないので、私は具が欲しい。でも、二郎が暑苦しく語った、タレをしっかり染み込ませた木綿豆腐を飯の上に乗せて食うやり方は、この冬、試してみたい
バウムクーヘン剥がして食べるか、これは私には答えられない、食べないからだ。ただ、実際、目の前で人が、層が重なっていてこそ美味いバウムクーヘンを、一枚ずつ剥がして食べていたら、「変わった食べ方をするな」と思う程度で、不愉快にはならないと思う。剥がし魔も、かなり人口が多そうだ。みふゆのコーティングを剥がしてしまう理由にも、そこはかとなく納得できる節はある。また、後編を読んで思ったが、二郎も相当だが、彼女も彼女で、ちょっと異常だよな。まあ、だから、相性がイイんだろうが
ハンバーグ、いつまで食べるか、何歳でも好きなら食べろよ、と言いたい。見栄も大事だが、好きな物を堂々と食えない人生のどこが楽しい? と言いつつも、私、ハンバーグ、外食した覚えがない。嫌いとか恥ずかしいとかでもなく、量の問題。美味いけど小さいと満足し辛いし、美味いけど大きいと今度は残してしまいそうになる。なので、自分好みの大きさにしたいから、ついつい、家でばかり食べてしまう
カップ麺のフタ、全部取るか、これも私は答えを持っていない。とある事情で、カップ麺の類を口に出来ないからなのだが、家族にそれとなく尋ねてみたら、父も母も妹も、全部剥がしてしまう派だった。己の論が穴だらけと知り、致命的な敗北感を味わった二郎に復活はあるのか!?
この台詞を引用に選んだのは、ガツンと頭を殴られたからだ。社会人の読み手であれば、このショックが理解できるだろう。仕事が順調な時ほど、行く道の先には失敗と言う名の落とし穴が現れる。仕事に慣れてきた時ほど、自分が慢心していないか、を客観的に確かめ、初心を思い出すべきなんだろう