ゴーゴリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ『査察官』がめちゃくちゃ面白かった!
フレスタコフがめっちゃ好き。
途中までは「申し訳ないけどお金を貸してくれませんか」だったのにボプチンスキー&ドプチンスキーのときには面倒になったのか「(突然、ぶっきらぼうに)お金、ありますか?」になるところが好き。
フレスタコフがひとり勝ちして去るラストも楽しい。
爽快感があるね。
周りの人々が好き好んで騙されているような感じが安心して笑える。
フレスタコフをもっと見たい!
『査察官』は「検察官」と訳している場合もあるそうだね。
『鼻』『外套』が落語調なのも面白かったな。
『鼻』は、鼻が制服を着てるってどんな状態なんやろ。
『外套』はコートひとつでこんなにも話が展開できるのかと驚いた! -
Posted by ブクログ
ネタバレ各地で「死んだ農奴」売買を済ませて宿に帰って、一夜を明かした所から始まる
売買登記を裁判所で済ませた後、知事の家で晩餐会か開かれ、お偉いさんの夫人方にもチヤホヤされ万事が上手くいっていたチチコフだが、ある噂が立ってから町中の人間に避けられるようになる
その理由を知ったチチコフはN市を急いで出発する…
この巻は、上巻に比べて物語要素が薄く、当時のロシア(あるいはN市)の人間模様や価値観が詳細に描かれている。作者が顔を出して文学評論をしたり、ロシアのすばらしさを語り出すなど、一味違った面白さがあった
とはいえしっかり物語としても面白く、作品全体の「転」にあたる章もあったりと次の展開が気になりながら読むことが出来た。舞踏会の描写や、噂を伝えたい夫人方の描写も面白がりながら読んだ
第一部の終幕ということで、ついにチチコフの生い立ちが描かれた。あらすじに「詐欺師」とあるから、さぞやくざな暮らしをしてきたんだなと思ったら、意外、父の(事実上の)遺言を真に受け有能な役人としての生活をしていたらしい
森鴎外の『舞姫』において、これまでの英雄的主人公ではない、地に足の着いた「市井の人」が主人公であったことが反響を呼んだが、この作品においてもそうであると言えるだろう
作者自身チチコフのような悪党を主人公に据えていることには一家言あるらしく、「高潔の士」ではない理由を詳しく、皮肉った言い方で述べている。
ラストの下巻が遂に第二部となる。N市を出たチチコフがどういった顛末を送るのか、作者と一緒に追いかけたい
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Posted by ブクログ
2月にバーゲンで、定価の1/3で外套を購入。
ロシアで着ても大丈夫な位暖かいですが、でーじ重い。
1.5kgもあります。
この外套に身に包んだ瞬間、何故か、ゴーゴリの『外套』を読みたくなりました。
この作品は、悲喜劇なんですが、プロレタリア兼人望の無い、しがない安サラリーマンには、身につまされて笑えませんでした。
昨日も、永年勤続で賞金を貰いましたが、お偉いさんから、会社に返せとかチクチク嫌がらせを受けたし。。。
これって、パワハラじゃないかと憤りながらも、しっかり返しませんでした。
そこで一句、やせ蛙、負けるなまるま(○ま=一色の碧い彗星の略称)、ここにあり。パクリ。
感動したっ!以上!!(毎度お馴染み、小泉元総理のパクリ) -
Posted by ブクログ
▼ゴーゴリさんというのも、「いつか読んでみよう」と思っているうちに、「あれ?読んだのでは?」という気になってしまったいましたが、読んだことはありませんでした(笑)。
▼19世紀のかなり前半の人であり作であるはずなので、つまりはトルストイとかドストエフスキーの「ひとつ前の時代」。そう考えると、18世紀という間に、「産業革命」「資本主義」「ブルジョワジー」「都市」「現金貨幣経済」みたいなものがモスクワまで行きわたっていたんだな、という感慨。そういうものがないと、「ブルジョワジー向けの物語商品」というのは生まれないので。
▼「鼻」は、自分の「鼻」が独立した人格として活動をはじめてしまうというスラップスティックかつ不条理ファンタジーな風刺的一篇。 「外套」 は立派な外套を調達すること、に、自分の社会の構成員としてのメンツやプライドがすべてかかってしまった小役人?の悲喜こもごものドタバタコメディ。
いずれも「形式的な同調圧力社会」 と 「お金に支配される人生」が交錯して生まれる物語。
という主題性をおいておいても、かなり面白いし、訳も(恐らく)面白く読ませることに割り切った感じで好きでした。
▼「査察官」は、要は偽物役人が田舎で好き放題をする。田舎のひとたちは中央の役人にへつらってなんぼなのでだまされる。これは戯曲でした。確か手塚治虫の七色いんこで取り上げられていたような。今の自分が楽しんだかと言われると、やや口説かったかなあ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレチチコフの遍歴がようやく終わりを遂げる
場所は移り、明示的に農奴の購入をする場面は無くなったが、引き続き購入はしていたらしい
ゴーゴリの初期の構想、ダンテの『神曲』に準えるということから、本巻収録の第二部は「煉獄編」に当たり、ロシア人の善性が描き出されることとなる
自身ののらくらさや惰性を悪いとは思いつつも変えられない人々が善に傾く様子が描かれる
その転換からはチチコフも逃れること能わず、新たに手を出した詐欺の発覚を皮切りにこれまでの悪行が司直に暴かれる
一度見逃されていたチチコフは、今度こそダメだと絶望のどん底に陥るが、そこに救いの手が差し伸べられる。
当時のロシア文学らしく救いの手段はキリスト教的なものだが、心変わりする瞬間の描写は非常にドラスティックで、読んでいる私の心も揺るがすほどだった
単に善人の手によってのみ救われるというわけでなく、やくざ者の手も借りつつ改心を達成するというのがリアリスティックだった
続きが欠落しているというのは残念だが、遺された部分まででも十分作品として完成しており、読む価値はあると思う
「もう死んだ農奴のことなどは考えないで、あんた自身の生きた魂のことを考え、いさぎよく別な道をとってお進みなさい!」 -
Posted by ブクログ
詐欺師で人当たりのいいチチコフが、宿泊先のホテルを拠点に各地の地主を巡って「死んだ農奴」を譲ってもらう。その道中で様々な人種─酷く偽善的だったり、粗暴だったり、けちだったり─に出会う。
作者であるゴーゴリが想定していた三部作の一部目にして、ロシア帝国の悪の部分を知らしめるパート。事実、農奴が死んだことに対して何の憐れみの念ももたずに頭数の損失、ひいては無駄な税金を払わせるとして鬱陶しがる始末。
主題と関係ないところで言うと、チチコフが一日で食べ過ぎなところ。実際に地の文で「こういった連中の食い気と胃の腑には、作者も羨望を禁じえない。」と書かれている。
言い回しも古風なところがあって当時の時代感を感じつつ読むことが出来て面白かった
まだまだ一章は続くようだが、第二部から(第二部までしかないらしいけど)は善の要素が混じってくるようなので、チチコフがどういった人間と出会うのか楽しみ -
Posted by ブクログ
光文社古典新訳文庫のこちらには、浦雅春さんによって落語調で翻訳されたゴーゴリの三作品が収録されている。ゴーゴリはおろかロシア文学のロの字も知らない私だが、落語調、というのが気になって手に取った。
『鼻』がいきなりすごく面白い。ある朝床屋が焼きたてのパンを食べようと半分に切ったら、そこになんとお得意さんのお役人の鼻が入っている(のっけから、不気味とか不穏とかを通り越し、あらゆるルールを無視した世界であることが提示され、むしろ安心して読んでいける)。おかみさんに捨ててこいとどなられて捨てに行く。当のお役人の方も、起きたら鼻がないことに気づいてたまげている。町に出ると、馬車から自分より身分の高い役人の制服を着た紳士が降りてくるのだが、それがなんと自分の鼻。勇気を出してへりくだってお声掛けするも「私はあなたのことなんて知りませんが」などと鼻であしらわれる始末(鼻だけに)。どうしよう…というような素っ頓狂な話が、江戸落語調で、語られる(「ってやんでい!」という台詞もあったから江戸で合ってると思う)。私自身は落語に明るいわけではないが、夫が落語好きで、家や車でよく落語の音源をかけている。いろいろ聞くが、圧倒的に古今亭志ん朝が多く、私もかなり耳馴染みになっている。だからこういった江戸落語調の文章を読むと完全に志ん朝さんの声で再生される。好きな落語家さんのおられる方はぜひこの作品を読んでいただきたい。一席聞けた気分になれてお得ですよ。この話の終わり方も、そこは落語とは違ってちょっと考えさせるような、いや考えても結局なんにもならないような、絶妙な語りで締められており、この文庫六十頁の短編一作を読んだだけで、爆風に晒されたような心地。
『外套』は鼻に比べたらずっとずっとセンチメンタルで、相変わらず落語調ではあるが、ゲラゲラ笑うような噺ではなく、人情噺や怪談噺のような風情。哀切に満ちたバイオリンの伴奏をバックに白黒無声映画を見ているような感覚もあった。ゴーゴリの力なのか浦雅春さんの力なのかわからないが、なにかこちらの演出ごころを刺激してくるところがある。
『査察官』、これは五幕の喜劇の戯曲。三作の中では最も分量も多いのだが、筋はシンプルな勘違いモノ。各人物の本音と建前のギャップや、長台詞で滔々と語られどんどん壮大になっていく虚言、そして最後の場面の演出効果(冒頭で作者から俳優諸氏への注意としてコメントが添えられている)が見どころ。機会があれば一度舞台で見てみたい!
おかしな感想かもしれないが、三作全体を通してのむちゃくちゃさ、揺さぶられ感、饒舌ぶりといった感覚が、最近読んだものだと井上ひさしの『吉里吉里人』を読んだときと似ていた。
浦雅春さんによる解説、あとがきも興味深く、といっても解説の内容をきちんと理解するには色々と基礎知識が足りていないとは感じたが、ウクライナ。ロシアだロシア文学だと思っていたが、ゴーゴリはウクライナ生まれの作家だった。 -
Posted by ブクログ
恥ずかしながら名前は知っているがいつの時代の人も分かっていない。ただポップで、ドフトエフスキーが「我々は皆ゴーゴリの『外套』から生まれ出でたのだ」が気になったのと、『鼻』がどんな話なのか異常に気になったので、がちがちの訳の岩波文庫でなく、なんとなくライトな訳本のイメージのある光文社版を購入して読んでみた。
一言で言えばなんとも不思議な世界。決してすごくこった話でもないし、派手でもない。それなのになんだろうこの読後感。『鼻』にいたっては何ともいえず笑えてくる。しかも結末としてなんともすっきりしない。パンの中から出てきた鼻が服着て歩いて違和感がない。くすくす笑えるのになんだかぞっとするそんな作品だった。
『外套』に関しても、主人公の何とも言えない感情の浮き沈み、最後は幽霊と化すあたりまで含めてなんだかすごい。深くは理解できないが、圧倒的な存在感を感じる。
『査察官』はどたばた勘違い劇で、特別上手なトリックがある訳でもないのにおもしろい。単純で面白いのか。きっと本人たちの真剣さが笑えるのだ。そしてこれは最後の場面がといかく秀逸。なんとも言えない間と静かさに笑いがこみあげてくる。言い方が的確かどうか分からないが、ちびまる子ちゃんの「がーん」という場面を想像してします。
肩をはらず楽しい読書ができた。次はプーチキンを読んで、いよいよドフトエフスキーかトルストイだな。 -
Posted by ブクログ
第2部は第4章までで後は第…章になっている。完成していた現行をゴーゴリが死の直前に暖炉に放り込んで燃やしてしまったせいらしい。所々抜けている箇所があって話が飛んでしまっているのも残念。結局チチコフは途中で念願を叶えたらしいがそれも失ってしまい最後はアイデンティティを喪失して去っていく。各地を地主を訪ねて遍歴していくところや地主の屋敷でイベントが起こる箇所などはナボコフも言っているようにドンキホーテの影をみることができる。当初は神曲のような構成にしたかったらしいが煉獄篇で終わってしまった感じ。地主は贅沢や賭博にうつつを抜かし、農奴は飲み屋に入り浸り、役人は賄賂で私腹を肥やすことしか考えないというロシアの現実をリアリズムで描いた作品だった。