ブライアン・グリーンのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
仕事に振り回されている時に読むには、あまりにも分厚い本だった。ということで、読むのにとても時間がかかってしまった。しかし、内容はものすごく刺激的だった。こんな本を書ける人がいるという事がまず驚き。
同じ著者の『エレガントな宇宙』は、現代物理を数式を使わず、丁寧に説明されていて、読んだ後、すっかり物理の勉強に気持ちを向けさせられた。
この本は、少し違って、宇宙の始まりから、生命の誕生、意識の発生、言語と物語、脳や宗教、芸術の起こりの意味、宇宙のその後、ボルツマン脳やマルチバースなどの紹介をして、時間の終わりまで、エントロピーと進化を軸に、世界を物理的立場から説明している。とにかく、ありとあらゆる学問に出会うし、たくさんのことを考えさせられる。とてもスケールが大きく、かつ、数学が背景にあって論理的な話。数式がないにもかかわらず難解な内容なのに、著者の理解の深さと誠実さのお陰で、最後まで読まされる。
最後に、存在の尊さについてを論じて終わる構成がとても素敵だった。
読み終わった瞬間に、もう一度読みたいと思った珍しい本だった。 -
Posted by ブクログ
上巻で5つのバージョンの多宇宙が紹介され(ひも理論の余剰次元をインフレーション理論と合体させて泡宇宙を生じるとするランドスケープ多宇宙は意味不明だった)、下巻ではさらに4つのバージョンが紹介される。まずは多宇宙で最も有名だと個人的に思っている量子力学(確率でしか捉えられない不確定性原理)の他世界解釈について。ここはシュレディンガーの猫をそのまま思考実験の例にすればよいのに、何故かあえて地図上の光子を検出する余計な例えに置き換わっていて残念に感じた。確率しか現実を語れないのはおかしい、あり得た量子の位置・速度は全て並行宇宙として実在するのである、とする多宇宙論。量子論で最小単位(プランク長さの最小時空)がコマ送りにされていく中で、不確定性によって量子の取りうるパターンが何通りもあり、そのたびに全パターンが実在です、というのは直感的にも違うかなと思ってしまう。猫が生きてるか死んでるか、どころの騒ぎでなく、全宇宙の最小単位(プランク長さの体積?だと10の185乗)が全てこの調子だとさすがにいくら宇宙が壮大だとしてもやりすぎな感じしかしない。次はブラックホールの境界面の研究から派生したホログラフィック多宇宙だが、ここに来て難易度がさらに飛躍する。ざっくりなイメージだと、先ほどの最小単位=プランク長さの体積ではなく、境界面の面積(これだと観測可能な宇宙の範囲で10の123乗で済む)を本質的に考えて、空間を情報量の自由度と考える発想の転換が必要となる。しかしバルク(体積)の物理と境界面の物理を同一視することができる理論が謎すぎるのと、それが実質的に異空間を投影していることになるため、ここから多宇宙が導かれるというのも謎だった。非常に興味深い話なのでブルーバックスなどで補っておくのがよいか。最後の多宇宙はシュミレーション仮説について(厳密にはさらにもう一つ、取りうる宇宙は何でも実在するという究極の多宇宙はスルーしつつ)。我々はコンピュータプログラムのシュミレーションの中にいるかもしれない、というのは昔から人を惹きつけてきた(リングの続編ループや、映画マトリックスでもお馴染み)。ここでの考察は、いくらコンピュータが極めて高性能だったとしても数学的な計算やプログラムがベースになるであろうということになり、無限や近似をどう扱っていくことになるかが非常に面白い。また、数学がベースになる以上、不完全性定理がシュミレーションといえど宇宙という広いスケールに当てはめられるのも興味深いが、ここはあっさり計算可能関数に収まっているだろうという一言で終わってしまっている。万物の根源は数である、と言ったピタゴラスの格言を思い出させる。
多宇宙をテーマに壮大な思考世界を旅させてくれる本書は、検証・観測が不可能かもしれない理論を研究する意義や、それを科学と呼べるかについて肯定的な立場を取っていて、この点は賛成できる。宇宙の晴れ上がり以前の重力波や、宇宙マイクロ波背景放射の詳細な観測で、何かを掴める時が果たして来るのか、自分が生きてるうちに… -
Posted by ブクログ
ベストセラー「エレガントな宇宙」のひも論者による多宇宙論の解説。順序立てた説明とアナロジーで分かりやすい。これを読んで多宇宙が合理的できっと現実を表していると思うか、それとも観測結果に統一理論を無理やり当てはめたこじ付けだと思うか、下巻に期待。ビッグバンは137億年前で、膨張が観測されているから宇宙は有限なのが主流かと思いきや、有限か無限かは観測上未解決とのこと。現在、宇宙の地平線までの距離は約410億光年、その向こうに無限もしくはまだまだ広い空間があったとしても、同じような宇宙の地平線をそれぞれ独立に持つ領域を考えるなら、それも多宇宙と同じ概念になる。そしてインフレーション理論や人間原理も多宇宙と親和性がよいと引き合いに出される。宇宙マイクロ波背景放射の一様性を説明するには離れた場所でも相互作用が必要要件となる。この地平線問題を解決するべく考え出されたのが、温度の一様性をゆっくり時間かけて取らせてから爆発的に膨張したとするインフレーション理論。空間を膨張させる斥力が宇宙定数として復活し、インフラトン場(個人的に初めて聞く)はポテンシャル・エネルギー(位置エネルギーに例えられる)を放出することで爆発的な膨張は終わる。爆発的膨張は宇宙のあちこちで起きたり持続したりバラバラなので、インフレーション多宇宙という考え方が出てくる。ひも理論といえば余剰次元。実はこの感知できない領域に唯一相互作用できるのが重力(ひもがループ形状)という。余剰次元の取りうる幾何学形状をカラビ=ヤウ図形といって10の500乗通りもあるとされ、ここも多宇宙と絡まさられるが、この辺で現実とのマッチが非常に怪しく感じられてくる。11次元の余剰次元メンブレーン同士がぶつかったときにサイクリック宇宙として消滅と再生が起き、その周期は1〜2兆年だとか紹介されてるが、余剰次元だったとしてもそこは同じベースのイメージだったのに、同一空間同士がぶつかるとは?しかも表裏一体のはずが接触は極端な低頻度である必然性は? 確かにひも理論は数学テクニックの発展に寄与したことは分かるが、計算を楽にするために超対称性粒子を持ち出して「プラスマイナスゼロ」をし、そして理論が想定したエネルギー領域で超対称性粒子がLHCで検出されていないことも重く受けておくべきかと。
-
Posted by ブクログ
年末年始に読む本は、出来るだけ仕事から遠そうな本にしたいと思う。
という観点から、年末年始には自然科学系の本をよく読みます。とくに、日常から遠いという観点からは、宇宙論とか、量子力学とか、「何世紀も分からなかった◯◯予測がついに証明された」みたいな数学ものとか、読みます。
(複雑系とか、ネットワーク理論とか、生命システム論とかも、好きでよく読むのだけど、やはり、これは、仕事に使えそう、とか考えてしまうので、年末年始にはあまり読みません。)
というわけで、超ひも理論のブライアン・グリーンの「隠されていた宇宙」上下2冊を2日間で一気読み。
物理学のさまざまな理論、相対性理論、インフレーション理論、量子力学、超ひも理論、情報理論などを突き詰めて考えていくと、結果として、宇宙は複数(というか、無限個)あると考えないと、つじつまがあわなくなる、ということになっている、という話し。
たしかに、最近、多宇宙(ユニバース⇒マルチバース)の本はかなりでている。が、さまざまなマルチバース論をまとめて、一つ一つの背景にある理論からどうして多宇宙になるのかを、ここまで親切に比較検討した本は、なかったと思う。
グリーンの本は分かりやすいことで定評があるので、マルチバースの入門書として、おすすめです。
とくに専門知識を必要としない、一般の読者を対象とした本ですが、マルチバースの話しが中心なので、ベースとなる相対性理論、量子力学、超ひも理論の入門書は、1〜2冊読んだあとのほうがいいかもしれません?
思えば,グリーンの「エレガントな宇宙」を6〜7年前に読んだのが、私が、自然科学系のポピュラーサイエンスにハマったキッカケだったな〜〜〜。「エレガントな宇宙」を読んだときには、「多宇宙論」への展開の可能性について言及はあるものの、そこのところは控えめで、超ひも理論から、いかにして実験で検証可能な予測をつくるか、ということを重視する堅実な科学者という印象だった。
が、グリーンさんも「エレガントな宇宙」を書いてから10年以上たって、かなり「実証可能性」は後退して、多宇宙派、なんでもあり派になった感じです。
この宇宙にいる私たちにとって、他の宇宙があるかどうか、は分かるわけないと思う訳だけど、実証出来るか、どうかは別にして、これだけ物理学のさまざまな理論が多宇宙を暗示しているなら、それでいいんじゃない?という気分ですね。
かぎりなく大きい宇宙があって、その宇宙は一つではなく、無数に、つぎからつぎに生まれ続けている。
と考えると、日常のいろいろな悩みは、相対的にどうでもよくなりません? -
Posted by ブクログ
エントロピーと進化を主要な動力源として考える粒子のパターンの遍歴を扱っている。
個人的には、星の核融合がエントロピーと重力で説明できることに感動した。
全く違う内容の小話なのだが、途切れることなく語る著者の力量にはただただ感服する。
ちょうど母親が入院中で、心細いときに、この壮大なまでの時間スケールを見て、不安感や焦燥感も感じた。
時間の始まりの方がよく話題になる中で、終わりをテーマとするのが面白いと思った。ただ疑問なのは時計の問題だ。何を根拠に時間を測っているのかわからない。太陽系がなくなれば年単位の時間もなくなるはずだ。
にしても、自分の有限性を知るとともに、自分のいない世界まで思考できるのはなんだろう?それこそ、進化に適応的だったのだろうか? -
Posted by ブクログ
『私たちが今も、これから先もおそらくずっと、行くことも、見ることも、検証することも、支配することもできない一連の並行宇宙(中略)これは科学なのだろうか?』
科学者でなくとも、この世に100%なんてものは存在しないと理解している人は多い。
しかし、そんな人でも日常生活で落とした物をした時に、量子世界の狭間に落ちたかもしれないなんてことは考えもしない。
では、その僅かな可能性であり、検証すらできない0.0000001%以下の世界を想像して仮説を構築することに、なんの意味があるのだろうか?
無限の遠くにある無限遠宇宙、次々と宇宙が誕生するインフレーション多宇宙、高次元に並列的に存在するブレーン多宇宙、ブレーンワールドが衝突と離散を繰り返し、空間でなく時間のなかで並行するサイクリック多宇宙。おびただしい数の形と大きさを備えた余剰の空間次元にもとづくランドスケープ多宇宙。
本書で語られる並行世界論は、どのバージョンにおいても自然界で実現することを立証した実験も観測もない。
そのせいか、ビッグバン、相対性理論、宇宙背景放射、ひも理論、量子ゆらぎなど、それほど難しい単語は出て来ないのに、読み進めるほどにわからなくなっていく。
そんなわからなさがピークに達する上巻の最後で、冒頭の問題提起がなされる。
並行宇宙論とは、わからないものを増やしつつけるだけの不毛な追求なのだろうか。下巻に続く。