青木新門のレビュー一覧

  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    青木新門著「納棺夫日記」を読みました。

     実は、今「OPローズダスト」を読み出したところだったのですが、「おくりびと」がアカデミー賞を受賞した翌日、職場の人がこの原作をぜひ読んでとわざわざ貸してくれたため、せっかくのお薦めだからとこちらを先に読み始めたのでした。

     映画「おくりびと」も見たいところだったので、やはりこの原作も気になっていました。

     原作は3章からなっており、1章と2章は、まさに作者が納棺の仕事を通して書かれた日記の文章になっています。

     そして、3章は「生と死」について、仏教の考え方をとおして作者の考えが述べられています。

     そして読み終わって感じたことは、いかに普段「死」について、真剣に考えていないということでした。

     理想とする「生」については、思い浮かべても、「死」についてはどうしても避けてしまうところがあります。

     でも、やはり「生」というものは、「死」というものがあって、考えられるべきものであることを感じました。

     最近ニュースで見られるような、残酷な「死」にまつわる事件が多いですが、「死」について、もっと深く考え、語るべきなのではないのでしょうか。

     映画「おくりびと」もぜひ見てみたいです。

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    2013年01月24日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    昔、死は日常(生)の延長にあったが、
    現在死は日常とは切り離された場所で秘めやかに起こっている。
    生と死が遠く離されてしまう事で、
    死はどんどんと忌み嫌われるものとなってしまう。

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    2012年11月18日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    ネタバレ

    一遍読んどかんといかんなあと思って。
    お亡くなりになった方を棺に入れる役割が「納棺夫」。意図せずにこの職についた著者の回顧&宗教観。
    映画にもなったため、かなり人が集まってこられたようだ。ご本人も書いておられるがだいぶん「名利の太山に迷惑」されたようだ。なかなか自分で「親鸞聖人か釈尊が著者の手をお借りして現世に出されたものと思いました。」という感想をあとがきに掲載は出来ない。
    親鸞聖人の教えをよろこばれた方の個人の受け取りを聞かせていただくにはとても面白かった。ただ、ご自身が話していることや体得したことが正しいという前提で話が進んでいるところは正直疑問でいっぱいだった。あ、妙好人にこういうのをいったら怒られるのだろうか。でもしょうがない。そう思ってしまった。
    オウム真理教の信者に関する視線も深くその状況を知ってというよりは「感想」じゃないかと感じた。
    この本にある第一章、第二章のようなご自身の話は面白い。死とそのまわりにある生の対比を感じる感性は素晴らしいなと思う。一方、第三章のような宗教的なこととあとがきの意見に関してはこれが正しいと思う人もいるかなと懸念。
    話題となった書としては押さえておいてもいいと思う。

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    2026年06月15日
  • 人は死ぬとき何を思うのか

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    死について、さまざまな視点で語られた本。シスターや末期病棟医、養老施設長、民俗学者、納棺業務などの、たくさんの死を目撃して来た人たちの死生観を読むと、どこかしらに共感や発見があるような気になる。当然、まったく分からない、そうは思えないというのもあるが、気になったときに手に取るべき本だろう。

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    2026年02月09日
  • 人は死ぬとき何を思うのか

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    渡辺和子さんの文章が特に読みやすく、心穏やかな人間なんだろうなということがわかる。

    死を恐ろしいものとして捉えるのではなく、生の完結として考えているわたしとしては、理解しやすい本だった。

    老年になれば考え方も変わるんだろうが、、、。

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    2025年12月15日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    死を受け入れた人はみな安らかになるというのが印象に残った。全てが光り輝いて見えるのなら、いつか来る死も案外悪いものではないのかもしれない。全然次元は違うが、一度会社でものすごく大きな目標を達成した時に、仕事をする上で関わった全ての人に感謝の気持ちが自然と湧いてきたのを思い出した。それのもっとスケールの大きい感情が起こるのかもしれないと思うと、生きる苦しみを乗り越えた先にご褒美が待っているのかなと思える。

    孤独死、淋しい死などはなく、残された人が勝手に決めつけているだけで、どんな死でも安らかである、という考え方はすごく救われる。どんな人も自分の生をやり切って旅立っていくのであって、そこに他人が良い悪いを決める事はとても失礼な事なんだと思う。

    途中の宗教の話は難解だと感じたけど、最後の章が補足になっていて良かった。

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    2024年01月23日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    おくりびとも見たし、再読のはずが、僧侶見習いをしている現状から、いかに弔い、残された家族に言葉を伝えるか?を考えてしまう。

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    2021年06月06日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    映画「おくりびと」の「原作」である。

    小説、つまりお話の形になっているのかなと思ったら、著者が書き連ねていた日記をもとにした、随想のような本であった。後半は宗教書っぽくなり、また話は宇宙物理学にまで及んだりする(死を突き詰めて考えると、どうもそういうところまで行ってしまうらしい)。

    映画では納棺師と言っていたが、なんと「納棺夫」だ。実際、映画のようなきれいな世界ではないし、忌まれる存在であったことは想像に難くない。本にも、(家族などの)素人がいろいろいじっていたら血とか何とかが出て来ただとか、蛆とか轢死体とか、映画ではあり得ない生々しい描写もある(映画でも少しは触れていたけど)。

    さてしかし、遺体を扱うだけに、技術や経験の蓄積みたいな話で済まないところが、この仕事の深さだろう。

    多くの、さまざまな死(と遺族)に向き合っていると、やがて死と生とがひとつながりであることが見えてくる。

    苦しんだ人も、怒りや憎しみを抱いた人も、死に顔はほとんど安らかなものであるという。いまわの際には「ひかり」が見えるともいう(立花隆氏の著書「臨死体験」にもそういうくだりがあったっけ)。著者自身、あるとき、蛆が神々しく光って見えたことがあったそうだ。

    その「ひかり」の前では生への妄執や現世的な欲望などがすっかり浄化され、言ってみれば「悟り」の境地が自然に訪れるらしい。

    なるほど、宗教とは何か、悟りとは何かを正面から論じている本だけに、映画(お話)に納得がいかなかったのも無理はない。

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    2019年06月06日
  • 人は死ぬとき何を思うのか

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    渡辺和子、大津秀一、石飛幸三、青木新門、山折哲雄諸氏の死生観でしょうか「人は死ぬとき何を思うのか」、2014.7発行です。一期一会の精神で人とつきあう(渡辺和子)行きたいところに行き、食べたいものを食べる(大津秀一)自然にまかせれば眠るように旅立つ(石飛幸三)現代の日本人には死生観が欠落している(山折哲雄)。69歳で病死した父は死ぬ少し前「母を頼む」と。99歳で死んだ母は眠るように旅立ったと聞きました。

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    2019年05月17日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    あとがきでも書かれていたけれど、私も1章2章派だな(^_^; 基本職業的文筆家ではない人の書いた文章だな、という印象を受ける本。
    あとまああれだ、本の中で散々批判されている側の人たちを、身近に昔から知っているからなー。そんなだけじゃないだろー、とも言いたくなる。

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    2017年01月21日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」の帯にこの本の著者の紹介があったので購入。
    「おくりびと」の元になった本だとは、他の人のレビューで知る。
    人生のいつのタイミングで読むかで、感じ方が変わるのだろう。
    いつかわからないけど、確実に来る誰かの「死」の時にきっともう一度読むんだろうな。

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    2016年06月11日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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     おくりびと、という映画があり、私はそれを読んでいないのだけれども、その元となった本としては聞いたことがあった。

     死と穢れと、ただ生きるということに対するまっすぐな視線が、読んでいると背筋を伸びる。
     さらに考えが成熟しているであろう、続編も読んでみたい。

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    2015年06月11日
  • 人は死ぬとき何を思うのか

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    5人の方が死について書かれている。
    石飛さん以外の方の書籍は読んだ事があったので
    イメージ通りでした。
    「平穏死」というもの。多分昔は当たり前だった事
    それを、受け入れて見守る大切さを考えさせられました
    でも、日本の今のシステムでは難しく
    本人や家族の思う通りにはいけないのかもしれない。

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    2014年12月03日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    死が光なのかしら、死の先に光があるのかしら。
    この人のいう美しい死とは、自然であるということかしら。自然になろうとするのではなく、そうあるというのは難しいことだろうに。
    この人の語りはなんだか自負というか驕りというか、強いプライドが見え隠れした。

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    2013年07月13日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    映画「おくりびと」の原作、ではなく原案になるのでしょうか?
    日記、という題ですがエッセイのような感じです。作者が葬儀社に勤めて、遺体の納棺を主にされていた話です。でも半分は宗教・哲学や死生観、親鸞とその著作や、死についての作者の考えが書かれていて、その部分はとにかく私には難解でした。詩人とそのスタンスー生と死、どちらにスタンスをとるかなどーについての話も。
    とにかく親鸞と嘆異抄なんて名前しか知らないし(・_・;)

    ただ、死に面して世界が輝いて見える、というのは少し実体験? があり、ちょっとわかる気もしました。
    腫瘍があります、と言われて病院から帰った翌日、本当に空も見慣れた町並みも異様に澄んで輝いて見えたものです。驚くほどに。(でも調べたら良性でした。。。(^^;) )

    死に際して、その人が穏やかになること、、、これも記憶にあります。しかしこちらは、あまりに苦い記憶ですが。。。

    死について論じることはまだ正直できないですし、その人、個々人のそれまでの生き方にもよると思うので、これという考えに至れるとも思えず。。。元々穢れとも思っていなかったものですし。
    ただそういう思考をそろそろしてもよいお年頃かもしれないな、とは思いました。この年になると多くの人をお見送りしましたので………。

    なんだかまとまりません。死について考えること、そのものが難しいです。
    死ぬことって、事象だけみればすべて等価で同じ様にも感じますし。。。

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    2013年06月05日
  • 納棺夫日記 増補改訂版

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    「嫌なもの、都合の悪いもの、特に生死に関わる根源的なものは、なるべく見ないようにして人間は生きている。地球を一つの生命体として見るなら、どこかが豊かでとこかが貧しいということなのだ。どこかの国にあり余るほど食物があれば、どこかの国で少女やハゲワシが飢えている。どこかで大漁の喜びがあれば、どこかでおとむらいの悲しみがある。美しいヒューマニズムの旗を掲げた人間が戦争を繰り返しながら、青い地球や少年の瞳を傷つけてゆく。悲しみは今日も、欲望の先に光っている。(p183)」

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    2013年05月10日