中森明夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
アイドルになりたい子へのアドバイス。
アイドルという職業が生半可ではできないことがよく分かる。
なので、この本を読んでアイドルになりたいと思うのであれば、かなり意志が固いだろう。
アイドルとは「好き」になってもらう職業
好きになってもらうには個性が必要。
アイドルにとっての個性とは「魅力的な欠点」。
アイドルには運が必要。
その運を引き寄せるためには努力をしている必要がある。
これは、サッカーでなぜかゴール前にいて点を入れられるFWのよう。いつでも、ゴールの可能性があるポジション取りをする努力をしている。
アイドルは天然と腹黒しかいない。
そのままで魅力的でないなら腹黒になるべき。
腹黒になる-自分を魅力的に見せるためには、まず自分のことを知らなければならない。さらにはファンのこともよーく考えなきゃいけない。一人一人のファンを研究して、いかに自分をアピールするか?
アイドルになるのに一番必要なのはメンタル。
ガッツ、ハングリー精神。
アイドルの歴史に書いてあった
岡田有紀子の命日にファンがいまでも集まっている
というのは凄いなと思った。 -
Posted by ブクログ
人間を追い詰め狂わせるもの。
それにはいくつかあるけど、大きな要因の一つは「寂しさ」だと私は思っている。
たとえば、寂しくて、家出する。
寂しくて、不倫する。
寂しくて、アルコール依存になる。
寂しくて、人を殺す。
寂しくて、自殺や自傷行為に及ぶ。
寂しさは人をおかしくさせる。
そんなわたしたちの心を時々支配する「寂しさ」という感情について知りたくてこの本を読んだ。
しかし、読み終えると本著で著者は「寂しさ」を精神的飢えとして前向きにとらえている。
「寂しくてもいいんだよ」という寂しさ肯定の姿勢の本として読みたい人には良さそう。
それに「飢え」が成功や表現の原動力になるのはすごく同感である。
「飢え」があるからハードなことにも耐えられるし、表現や理想実現に突き進んでいける。
わたしは若手バンドが好きなんだけど、それは彼らの音楽に「満たされなさ」を持つもの特有の切なるパワーを感じるからだ。
そのため、ある程度売れてしまったり、バンドメンバーが結婚して子どもが生まれるとその「満たされなさ」に由来する切実さはなくなっていくので、私は好きだったバンドから経年で離れしまうことがよくある。
「飢え」る者特有の切実さとパワーが好きなのだ。
中森氏が「飢え」と評するものは確かにパワーだ。
でも「寂しさ」と「飢え」は似ていて重なる部分が多いとは思うけれど、そうじゃないものもある気がする。
個人的にはその辺りについてもう少し深めて欲しかったなあという物足りなさも。
著名人の成功と「寂しさ」の繋げ方に多少の強引さを感じたり、著者自身の自慢話も入っていた気がするけど(そこはきっとご愛敬)、読みものとしては面白かった。
著者のお母様に向けた本だったのね。
ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』を観て、著者が自分の父親がいなくなったことと、そのさみしさを自覚させられた、というエピソードがとても良いし、大杉栄やモンテーニュ、ルソーも読んでみたくなった。
ちなみに、個人的な寂しさに関する金言は、いがらしみきお先生の「ぼのぼの」の中でアライグマくんの「お前はさみしくないのか?」という疑問に対してフェネギーくんが答えた一言 “だってみんなひとりだろ” である。 -
Posted by ブクログ
前田敦子の卒業後はじめてとなる総選挙と、その後に指原莉乃のスキャンダルおよびそれにともなう彼女のHKT48への移籍の発表があった2012年に刊行されている本で、いずれもAKB48を愛する論客四人の座談会が収録されています。
「まえがき」で小林よしのりは、「我々は「あえて」嵌っているのではなく、「マジ」で嵌っている」と語っています。ただし、その「マジ」の中身にも論者によってちがいがあります。小林は、『ゴーマニズム宣言』でもくり返し語っていた彼自身の信じるプロフェッショナリズムにもとづいて、スター性をもたない少女たちが「ガチ」で芸能界という舞台で夢をめがけるすがたに声援を送っているように思えます。
これに対して宇野は、「あえて」というスタンスをとりたがる人びとが自己の内側にとどめている屈託を外部化し、「マジ」というスタンスで応援することができるようなシステムとして、AKB48を評価しているようです。戦後という共通の物語が喪失した80年代以降に「オウム真理教にハマる若者たち」が生まれたという社会状況のなかで、彼らを救う宗教としてAKB48が機能しているという彼のシステム論的な視座は、「ももいろクローバーZ」に「強度」を見る安西信一と対照的で、それなりにおもしろく読みました。
ただ、やはり一番説得力があるように感じたのは、戦後のアイドルの歴史を正確に踏まえた中森明夫の発言だったのですが。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
普通の人にしたら4人のおっさんが若いアイドルに熱を上げて口角泡を飛ばして議論するのなんてキモいだけだろうけど、これは女について語ってるのではなく、AKBと言うシステムについて語ってる。
アキバ系アイドルと思われていたAKBが今日の日本社会とどの様にコミットしているのか、4人の論客が喧々囂々。それぞれが別々の専門分野を持ってるからいろいろな見方があって、ヒートアップし過ぎて所々で論理が飛躍してしまってる(笑)のにも、その場の熱さとか思いの深さによるものだろう。
文中にある“「俺はこいつを推せる」そう思えた時、人間は初めて本気を出す”。AKBに限らず、みんな自分の大事なものには本気を出すと思うから私はこの四人のおっさんの本気を「キモい」と責められない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ漫画家の小林よしのり氏やサブカル評論家の人達 計4名が、AKB48について熱く論争した本。議論は、AKB48の魅力・アイドル論から、政治・メディア・宗教論へと展開していく。
最も印象に残ったことは、中森明夫氏の「アイドルは価値の創造(ねつ造)」であるという主張。私も同じようなことを考えていた。
小説などの「近代文学」にはもともと価値は無いと考えられていた。最初は大衆だけに受けて知識人にバカにされていたジャンルが、数百年かけて高尚な文化としての地位を勝ち取った。他の芸術のいろいろなジャンルもそうだと思う。
マンガ・アニメ・ゲームと同じく、アイドルというジャンルも、今その過渡期で摸作中なんだと思う。無料ダウンロードなどでコンテンツに対価を払うという意識が希薄になってきた現在、握手会や人気投票のために同じCD大量購入するという新たな消費行動を生み出した秋元康の手法は、経済価値の創造と言って良いのかもしれない。
ただ、この本の欠点は、著者4名がAKB48グループに心酔しすぎていて、冷静さを失った意見が多いこと。また、他のアイドルをきちんと論じきれていない。ももいろクローバーZは5人しかいないから多様性に欠けていて面白くない、と書かれていたが、目指すところが違うのだ。
何でも社会や政治に結び付けて考えたい著者達にとっては、AKB48グループだけが魅力的で、語る価値があるに見えるのだろう。 -
Posted by ブクログ
AKBは「生きる歴史」で、AKBの運動が世界を変える。
さらに、三島由紀夫がAKBを見たら、天皇よりもこっちの方がいいと言ったかもしれない、と気鋭の社会学者?野智史は宣っております。AKBはナポレオンで、舞台の上にいるのは世界精神なんだとも言い出しかねない勢いです。
本書にはその他に漫画家の小林よしのり、元祖アイドル評論家中森明夫、若手批評家の宇野常寛が参加しています。論争というより座談会ですね。我ら如何にしてAKBにはまったか。それも「あえて」でなく「マジで」・・・
AKBは誰もがアイドルになれるカルチャー・フォーマットで、「絶対に必要な条件はない。実は美人である必要もない。その子がアイドルになれるかどうかは、誰かがその子をアイドルと思うかどうか決まるんです」(中森)、ここに「なぜ人は推すのか」という問いの答えがあるようだ。つまり、一人のファンが劇場公演でも何でもいいから、一人のメンバーに出会い、ボクのイチ推しはキミだと宣言した瞬間、一人のアイドルが誕生する。
ある種のゲームを積み重ねることで何かしらの公共性を生む仕組みをゲーミフィケーションというが、AKBは日本での一番の成功例だと宇野は言う。総選挙においては「一票の格差も少ないし、死に票もない。複数投票で政権=センター争いのダイナミズムを味わうこともできるし、一票が重い下位メンバーの当落を左右するゲームも楽しめる」わけで、現実の選挙とは完成度が段違い、参加意識を醸成する回路の強度が別次元なのだ。
近年の「政治の劇場化」に対するマスコミの否定的な論調は、自らの社会を取り込むべく物語形成能力の劣化に対する反動であって、ソーシャル・メディアを前提とした「ゲーム」への参加は、今日の先進民主主義社会にあって倦怠期にある公共性や正当性をリフレッシュするための手掛かり、文化的回路のひな型になりはしないか。
たしかに総選挙をはじめ、握手会やじゃんけん大会などは金儲けのための商売であり、?野が言うように、アイドルオタクにCDをじゃんじゃん買わせる資本主義の権化みたいな搾取のシステムなんですが、公と私、個と多(他)を繋げるステージであることに間違いなく、そこにはファナティックだがある種の共同体が生み出されている。
情念だけが人を動かす。だがそれだけでなく、人と人の間には「推す」という独特な距離感が必要なのだ。