G・フローベールのレビュー一覧
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「ぼく自身のつくりあげた言葉はひとつも見当たらず、だれでも一度これを読んだなら、そこに書いてある通りをうっかり口にするのではないかと心配になる」ような辞典、とフローベール自身が称したそうだ。フランスにある森羅万象について、俗説や偏見や紋切型表現を集めた本。
揶揄と諷刺を目的とした辞典といえばビアスの「悪魔の辞典」だが、あちらが攻撃的な文章ににやりとさせられる、けれんみあふれる読み物とするなら、この「紋切型辞典」にはそういったけれんが皆無である。はっきり言えば、読んでもあんまり面白くない。諷刺が直接的ではないので、さらっと読んでもよく伝わってこないのだ。攻撃対象への悪意と侮蔑が、二重三重に屈折 -
Posted by ブクログ
●エマは教養もあるし、現代なら離婚して仕事をして1人で生きるか、恋人と一緒になるか、もしくは夫とカップルカウンセリングに通って結婚生活をどうにか続けたかもしれない。
●エマはたぶん鬱病。
●19世紀半ばの話にしては、誰もかれもに信仰心が見られず、生活についての俗っぽい関心しかないのが不思議だった。
●ものの見方が全体的にダーク。フローベルは半ば引きこもりだったようで、引きこもりから見た世間というふうにも考えられる。
●フローベルはエマに共感していたのか(エマは私だ! と言ったとか?)それとも罰したかったのか。
●マルクスの娘のエレノアも仏語版から翻訳している。 -
Posted by ブクログ
原題:Madame Bovary par Gustave Flaubert 1856
p173辺り〜
ロドルフとエマの危険な会話と呼応する共進会の演説。これは映画や演劇、あるいはミュージカル(『ボヴァリー夫人』のミュージカルはいかなるものかと思うが…)などで再現してたらどうなるか?
p不明
田舎にとって窓とは都会にとっての劇場や〜のようなもの
2008年2月27日
Madame Bovary, c'est moi.フローベールがあの有名な裁判でどういった意味でそう述べたのかはわからないが、作品の最初の方では私もそう思った。理想、というよりか信じ込んでいた未来が、実は映画や物