G・フローベールのレビュー一覧
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ネタバレ小説自体は読むのは三度目(新潮文庫の生島訳と河出文庫の山田訳は既読)。この翻訳はとても読みやすかった。
読み終えるのに1ヶ月ほどかかった。中盤の農業共進会までに5日くらい、その後しばらく放置してたまに少し読み、ロドルフと懇ろになって以降最後までを3日で。
集中すればもっと早く読めただろうが結果的にはこのペースでよかった気がする。エマの死後、シャルルの回想に現れる、まだ結婚する前のエマを彼と同じように懐かしむことができたのは時間が空いたからこそ得られた効果だったと思うから。
覚えているところと、すっかり忘れていたところがあった。
中盤まではよく覚えていた。ロドルフの逃走やレオンの尻込みは、忘 -
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読み終えるまで大分時間がかかったが、読み終えて読んで良かったと思える本だった。エマのシャルルに対する背信的な情事がいつ発覚し結末を迎えるのかと思いながら気の重さを感じながら読み進めるのだった。やはり読後はやるせない寂しさがどうしても残る。
しかし多彩な描写や豊富な語彙に引き寄せられ読書本来の楽しさや学び、恩恵を感じ取る事が出来た。
後書きで参考となる実話が存在した事を知り、この小説が発表された時、フランスの品位を貶めるのではないかと裁判沙汰になる程センセーショナルな存在になったと、それも理解出来そうである。
フランスにはフローベールという偉大なというか特異なというか作家がいて、その代表作を読ん -
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やっと、『ボヴァリー夫人』にたどり着いた!
これも、「『ボヴァリー夫人』のここが読みどころ! 訳者・太田浩一さんを迎えて」のイベントのおかげだ。/
だいぶ前にサルトルのフローベール論『家の馬鹿息子』の一、二巻を読んだが、実はそのときはフローベールの作品を一作も読んでいなかった。
今思えば、なんてでたらめな読書をしていたのかと悔やまれるが、そんなわけで、今度『家の馬鹿息子』を最初から読み直すにあたっては、どうしても事前にフローベールの作品を読んでおきたかった。
以前、『三つの物語』だけは読んでいたのだが、やはりそれだけではなんだか足りないような気がしていた。
ちょうどそんなところへ、今回のイベ -
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書き手の存在が極限までに削ぎ落とされた結果生まれた、素朴でスマートな写実力が魅力のフローベール文体。個人的にはそこまで惹かれないが、公平性、主人公と作者の距離の絶妙な取り方という点に関して、とても勉強になる。
書き手の感情はもちろんのこと、描かれた人物の内面をこと細かに書き連ねることはせず、分かりやすい行動や象徴的な動きにクローズアップし、それを丁寧に描写することで積み上げていく。
ただ「〜した」等が執拗に連続するため、本国の言語だと魅力的に思えるとこが、日本語になった途端、自分の好みである流れるような読書感は感じられなくなった感じはある。
正直好みではないかも。
突如差し込まれる非現実的な描 -
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ついに…読み終えてしまった…!めちゃくちゃにおもしろくて、素晴らしい作品…
①ダンブルーズ氏の葬式における描写。
・フローベールの死に対するあっけない滑稽な描きかた。『ボヴァリー夫人』でも死人の扱いはさっぱり、淡々と扱う。死にゆくまでの肉体的な苦しみは丁寧に描くものの、死そのものに対する厳かな目線はない。
「小石まじりの土がかけられた。これでもう、だれひとりとしてこの男のことなど気にかけないのだろう。」
という文章に見られるように、死んでしまえばおわり、という達観した死生観がみられる。⇔だからこそ、生きている間の滑稽なまでの生にしがみつく動き、がおもしろい
・葬式の「形式」を批判。参列した人 -
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よく思うのですが、女性が妻となり、家庭を守るという行為は、外に出て荒波にもまれながら、家庭を同じく守る夫とは対照的な苦痛があると思うのです。
さまざまな変化を社会という人ごみの中で体験する変化への苦痛と戦う夫と。
何も変化が無く、単調な家事を繰り返し、黙殺されそうになっている妻。
対極に居るから「だから男は」「だから女は」と、口論が絶えないんだと思います。
まあ、根本はそういう所が男女の相いれない原因の一つなのでしょうが、最終的には人間的な性格の問題ですよね。
大げさにそんな事を言っておいてなんですが、エマは私と違って、外界からの刺激を好む女性で、生活に圧迫されて年をとっていくのが耐えきれな -
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原著1877年刊。
未完の長編『プヴァールとペキュシェ』を除けば、フローベール最後の作品とのこと。
非常に趣の異なる短編が3つ入っているが、私としては、『ボヴァリー夫人』みたいな写実的な現代物の、巻頭にある「素朴なひと」が一番好きだった。
この作品は「暖かな眼差し」を感じさせるような人間的ぬくもりがあるように思うし、主人公である「素朴な」女中のキャラクターがとても好ましい。
この作品を読んでいると、鬼のように推敲しまくって彫琢されたフローベールの文章の「わざ」に惹き付けられる。一つの語りから次の語りへとなめらかに転調してゆくような「つなぎめ」部分は料理にたとえれば「絶品」という感じで -
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冒頭は、これでもかというぐらい当時の様子が描写されている。
まさに、もう一つの主人公は19世紀(改造前の)パリ。
主人公フレデリックが、超賢くもとんでもない阿呆でもなく、ごくごく普通な(時に失敗する)人間なのが良い。
これから面白くなるー!というところで下巻に続く。
今のところ回収見込みが無さそうなお金の貸し借りと、見込み薄の恋愛と決闘しかしてないよ、フレデリック!
あと、光文社古典新訳文庫の表紙絵は、作品を読んで膨らんだイメージを描いているらしいんだけど、この青虫のような人間の絵は一体何を表してるんだろう。
あ、、もしかして蝶(成熟した中年男性)になる前の、青くさいフレデリック自身を -
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ネタバレボヴァリー医師の妻、美しいエマが、姦通を重ね、虚栄に溺れ、借財に追われ身を滅ぼす話。目の前の誘惑に負ける、強欲で愚かなエマ。遺された者のことを考えない、身勝手で卑怯なエマ。でも、およそ500ページにも及ぶ彼女の半生を辿ると、同情してしまう自分もいる。
エマは根から倫理に反した人間ではなかった。ただの夢見がちな少女だった。親や周囲に決められた結婚だったが、夢を見るだけに止まっていた。参事官の演説中、ロドルフがエマを口説く場面では、その行間にエマ(天使)とエマ(悪魔)の会話が隠れているみたい。彼女の葛藤が見事に現れていた。そして、彼女の人生の転落へ扉が開かれる印象的なシーンだった。一度身を持ち -
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さすがは光文社新訳文庫!
訳注がとても親切な上、随所に画像が挿入されていて非常にわかりやすいです。さらに訳者まえがきでは、時代背景が解説されており、巻頭には地図、巻末には年表までつけられています。しかもしおりには、主な登場人物の簡単な紹介が。
このようないたれりつくせり、非常に快適そうな書なのですが、その入り口はなんだかとっても敷居が高いです。
「しばらくの間、辛抱強く読みすすめていただくことを願っています」だとか、「ともあれ、これから『感情教育』の大洋に乗りだす読者が、つつがなく航海を終えることを祈ってやみません」なんてなことが、いきなり、訳者まえがきに書かれているではないですか。
どうも -
Posted by ブクログ
想像したよりもずっと楽しんで読めた。
エマはゾラのナナのような根っからの奔放な女性では無かったように思う。では誰が犯人か?夫であるボヴァリー医師その人だろう。社会的に高い立場にいながら(この職を得ることが出来たのも母のお陰なのだが)、誰からも尊敬をえられず、その自らの立場にも気づかず、何とか起死回生を狙った手術のただ一回の失敗に自信を無くし、あげくに最後まで妻の不満や不貞にも気づかない愚鈍さ。エマは結婚という契約に縛られながら、自分を決して満たすことのない夫から離れ、女としての憧れや夢を外の愛人達に求める。結果、期待は裏切られ、最後には自滅へと至る。無知と田舎者特有の富や贅沢への憧れ故に悲劇的